14時00分、マユルは指をボタンに置いて待っていた。PGSより先に、より「美味しい」スクラップを買いたい。ファイブスター号で漁れるのは1隻分だけだろうから、厳選したい。
『登録されました。10件です。』
「……来た!」
原型を保っている船体が4隻。残りは破片や戦闘ポッドのようだ。…やけに多いな?
『CER-2162-0396を推奨。』
「おっけ……いや、ごめん。394行かせて。」
まず速攻で一隻を購入する。中型レイダー船、状態D、53,200ドル。
『出発は84時間後、明々後日未明の午前2:00。』
事前に指示していた通り、プルメリアはまず「買うべき」スクラップを提示して、それからサルベージの概要を言葉で説明してくれている。
「396デカくない?ファイブスター号に入る?」
『サルベージ量によっては帰路でエンフォーサーに追随できなくなります。推奨はCER-2162-0397。』
「こうにゅ……ダメだ、PGSだ。」
『でしたらCER-2162-0398を。』
「やっぱデカくない?頼む頼む……よし、買えた!」
破片ロット、状態B、44,170ドル。
ふーっと一息つく。わずか30秒の出来事だった。スクラップ2件、今のファイブスター号ではこれが限界だ。というか私のお財布的にも限界。
PGSに対しては「掲載時刻を知っている」というアドバンテージがあるが、向こうは人数がいるしアシスタントAIも優秀だ。
ベスト…ではないが、セカンドベストに近い結果を選べたのではないだろうか。
早口で喋りっぱなしだったプルメリアも、いったん口を閉じた。
「それじゃ、詳細のブリーフィングをお願い。」
マユルは
ちなみにここはピエール・ディオンヌ。ラージュ氏の息がかかっているようだから、ちゃんと買ったよということを示すためにわざわざこの店でサルベージ権マーケットに参加したのだ。
『前情報の通り、エンフォーサーのコラ級2隻が護衛します。』
「だから出発をわざわざ月曜日の晩まで遅らせたわけね。ホント、お役所だよねー。」
RSD保安部……いや。RSD
『往路は34時間、到着後のサルベージ時間は12時間、8:00から20:00。帰路は36時間が割り振られています。」
「帰路は17万km弱。今のファイブスター号だとけっこうキツイよね。」
前のサルベージで手に入れた中型船サイズのバッテリー……のうち怪しいセルを取り除いて、サイズを1/3にまとめた再生バッテリーにする作業。これがまだ途中なのだが、こうなったらなんとしても出発までに間に合わせる必要がある。ファイブスター号に搭載すればバッテリー容量が4倍以上になり、スラスターにもっとエネルギーを送り込んで、もっと推力を出せるようになる。
『事前に観測していた中型船スクラップ4件の他に、破片や戦闘ポッドが6件。結論、このうち396、397、398は海賊の物資集積拠点の残骸と思われます。』
「この写真のやつね。縮尺と数字見てビックリしたもん。デカい。全部合わせたら中型船が2隻増えたくらいの大きさだよね。」
『はい。海賊は、特にバックがいる場合、惑星を周回するアステロイドを物資集積拠点に使うケースが多いです。残骸の写真には雑多なコンテナやパーツ類が多く、被害者から奪った品も集積しているものと思われます。』
「ひょっとしたら私のセンサーもあるかもしれないね?」
『センサーのような高額な品は、優先的に使用または売却されているでしょう。それこそ、木星へ運ばれている可能性が高いかと。』
「そりゃ残念。海賊のねぐらに行っても、中の宝箱には案外安い品しかないってわけね。」
『はい。』
ゲームで賊のアジトにロクなアイテムが落ちていないのは、金目の物は売り払われているから、かもしれない。
魔剣やら名前付きの銃やらを後生大事に宝箱にしまっている例もあるが。
「なのに最初、396をオススメしてたね。理由はやっぱりクライアント?」
『おっしゃる通りです。拠点の残骸の方が監査部へ提供できる有益な情報がある確率が高いと判断しました。』
今回は金主がいる。前金だけで1万ドルも払ってくれたお金持ちの金主が。私の中型船計画に役立ちそうなパーツを集めるのも良いが、それよりは情報料が稼げそうな残骸を狙うということだ。最大10万ドルはバカにならない。
「この前のアイツも私掠船っぽかったし、支援元の企業がどこかわかるような物的証拠が見つかれば、高く売れるかな。」
『そうですね。その意味でも、襲撃を受け逃げた側である396や398を推奨しました。逆に、襲撃した側で撃破されたであろう392、393については、乗員が退避する際に足がつく品や高価な品を持ち出していた可能性が高いです。』
「見た感じヒギエア系っぽいよね。土地勘的な意味でも、火星系のスクラップを狙ったほうが良いね。」
『それで、マスターが選んだのはCER-2162-0407でした。スラスター部も破損しており、状態Dとのことでしたが…?』
「似てたから。」
『……なるほど?』
全長32m、中型レイダー船「ルゥオグゥオ級」。武装と船倉の両方を抱えて、
2ヶ月前に襲ってきた海賊が使っていた船と、同じ型である。
あの腹から出てきた全高12mの機体は、明らかに技術の水準が違った。関節の追従も、放熱板の展開も、ベルトで見かけるどの作業ポッドとも別の世代のものだった。火星の企業が造った最新型、ひょっとしたらまだ試験中の試作機かもしれない。
そういうものを1機運用するには、整備の工具が要る。予備部品が要る。専用の架台と給電の口が要る。
このスクラップがあのときの船と同じものとは考えにくいが(奴があの場にいたならスクラップにはなっていまい)、同じパーツを抱えている可能性はけっこうある。
もしそうなら、RSDがうんと高く買い取ってくれるはずだ。10万ドルの予算上限を超える交渉すら可能だろう。あのとき渡したセンサー分を取り返して、お釣りが10倍返ってくる。
『今しがた、全スクラップが購入されました。』
「おー。買い手はPGS?わからないか。」
とはいえ、あの距離まで飛べて、中型船に手を出せる独立系は少ない。
今時点でケレスにいる、という条件も含めると、今回の現場に来るのはおそらくPGSとマユルだけになるだろう。
集合はEゲートの外周だった。
アヴローラの近くに、ファイブスター号が1隻だけ張り付いている。
そして少し離れたところに、エンフォーサーのコラ級が2隻。間近で見たのは初めてかもしれない。
海賊船は奪ったものを持ち帰るために船倉が要る。バルジは船体の大半が倉庫である。ところがコラ級は、中身のほとんどがタンクに装甲、武装とセンサーで占められていた。貨物区画を持たず、生活区画も小さい。
全長36m。稜線を潰した箱を並べたような外形で、丸みも流線形も一切ない。鋼鉄アロイの複合装甲を厚く張っていて、継ぎ目のボルト頭まで見える。
前部の上下に10.2cmレールガンの砲塔。細長い砲身が2本、揃って前を向いている。その後ろにミサイルの発射筒。船体の角には散弾式の速射砲が4基。ミサイルや弾頭を撃ち落とす迎撃兵装だ。中央部の上面には球形のセンサーアレイ。第四艦隊などの「外洋艦隊」と異なり、
出航前に、バルジの船倉へ呼ばれた。安全ブリーフィングである。
外部の人間はマユル1人だった。
随分顔ぶれが変わっている。
半年前に一緒に働いていた顔が、半分も残っていない。入れ替わりの激しい業種ではある。それにしても多い。
「木星に行ったのさ。」
隣で装具を締めていた男が、聞いてもいないのに言った。ラケシュ。マユルが辞める前の半年、同じ班にいた人だ。
「会合期だからな。カリストもガニメデも人手が足りないってんで、ウチの2割増しの金額が出てる。腕のあるのから順に抜けてく。うちなんか経験3年以上が4人しか残ってない」
「あなたも含めて。」
「ああ。おかげでベテラン勢の負担がキツくてな。あそこ見てみろ。まとまってるのが今年入ったガキどもだ。」
新人勢は全部で8人か。みんな手足が細くて、EVASの中で泳いでいる。ケレスの重力で育った体だ。書類の無い親から生まれて、書類の無いまま放り出された子たち。
1年ちょっと前の自分も同じ立場だった。
「お前さん、自前の船を仕立てたんだってな?」
「はい。ローンですけど。」
ラケシュは留め金を鳴らして、それから笑った。
「利子で4割だろ?支払いが遅れたら延滞料。それでも遅れたら担保の船を取り上げられちまって、でも借金だけは残る。バカみたいな条件だと思わなかったのか?」
「それはまあ、はい。」
ラケシュはしばらく手を動かしてから、口を開いた。
「まあ、上がりがデカいってのもわかるけどよ。」
「はい」
「俺たちが漁った分は、全部会社のもんだ。インセンティブはもらえるがな。お前さんは独立だから、総取りだ」
「そうですね。良くも悪くも。」
「ま、お前さんが賭けに勝つことを祈ってるよ。」
それだけ言って、彼は装具を肩に掛けた。
作業長のコズロフが、出航ベクトルと作業区画、それから緊急時の集合点を読み上げた。
10分で終わって、質問は受け付けない。最後に、彼はマユルの前で足を止めた。
「ファイブスター号の方ですね。」
「はい、コズロフさん。」
1年いた会社の作業長は、マユルの顔を知らなかった。ガリーナと違って、独立系の情報も見ていないようだ。
「言うまでもありませんが、『横流し』はしないようにお願いします。弊社の区画にも立ち入らないよう。疑うようなことはしたくありませんので。」
「法務のユーリさんの怖さは知っているつもりです。」
「……良いでしょう。では、今回はよろしくお願いします」
コズロフの目には鋭い警戒心と、それにわずかな怯えが交じっているようだ。
とにかくリスクを取りたがらない、小心な作業長だった。PGS内では「慎重」という評判だったが。
片道1.4日。特にPGS側の人間と話すこともない。
マユルはときたま再生バッテリーの様子を見ながら、小説を読んで過ごした。
現場に着いて、PGSが最初に取り掛かったのは396番だった。仮称・物資集積拠点の、一番大きな塊。バルジの腹が開いて、ワーカードローンが8機吐き出された。
さらにサルベージャーが12人。EVASの背中に番号が光っていて、それぞれ担当の残骸へ散っていく。彼らのヘルメットには担当箇所とそこまでの道のりが表示されているはずだ。それから、バルジのAIが8機のドローンを束ねて、人手に余る作業や危険なパーツを片付けて行く。
マユルが398番に向かうその間に、小型船1隻分のスクラップが船倉に積み上がっていった。キャパシタには放電抵抗を先に噛ませ、弾薬類は衝撃を与えないよう緩衝材を巻いていっている。
実に効率的だ。見ていて気持ちがいい。
今後良い計算機を手に入れて、ドローンも仕入れたら、プルメリアに同じことをやってもらおう。
コラ級の2隻は、現場の外側に離れて浮いていた。センサーアレイだけがゆっくり回っている。
CER-2162-0398は396番より小さな塊。ここは生活区画だったようで、バンクベッドや無重力用シンクが置いてあった。
破壊された物資集積拠点は、船のスクラップをアステロイドに係留して、通路を繋いで造ったもののようだ。完全にアステロイドに埋め込んでしまえばもっと見つかりにくくなると思うが、それよりは可搬性を取ったのか、あるいは単に面倒くさかったのか。
レールガンによるものか大穴が空いており、そこから侵入すればブービートラップの類も無視できよう。中は襲撃側の海賊に漁られた形跡があり、ロッカーの中身が乱雑に放り出され、金庫が置かれていたであろうスペースも空っぽになっている。
最悪、金目の物がなくても構わない。マユルが狙っているのは証拠品の情報料だ。残念ながら端末や電子機器類はなさそうだったが、ロッカーに入っていたであろう私物類をまとめてロッカーの1つに押し込んで、そのロッカーごと持っていくことにする。もちろん、回収前の状態も撮影してある。中にはEVASも3着あったから、地味に中古市価が高くなるはずだ。
バンクベッドには髪の毛やらシミやら付いているが、たぶんこのベッドも中古のものだ。DNAを取ったって証拠能力には限界があるだろうし、海賊本人の身柄を抑えていなければやはりあんまり意味がない。「海賊の拠点で火星系の遺伝子が見つかったぞ」と仲裁センターで叫んでも、差別だなんだと打ち返されるのが関の山だ。
テーブルと椅子がある食堂エリアにはフードレーション類や菓子類のほか、開封済みの酒瓶が20本も転がっていた。米を原料にしたタイプだ。つまりは酒場だったのだろう。こういう場所には違法薬物「ティエンティー」がありそうだからと念入りに探してみたが、見つからなかった。情報料が狙えたのに。
代わりに見つけたのは手のひらサイズの小さな箱。細長い樹脂製の酒類ケースをよく観察すると、なんと天板の一部が外れるようになっていて、中に埋め込むようにして収納されていたのだ。黒いカーボン製の箱の中には謎の文字列が書かれたシートと、鉛のケース。その中には小さなチップが収められていた。こっちは情報料がもらえるかもしれない。
それから、現地で見て欲しくなったのは抵抗運動機器だ。H型の金属器具にハーネスやウェートが付いたもので、見た感じ完品。無重力環境で全身の筋肉を鍛えて、
ケレス生まれのマユルは細っこい。筋肉量が足りないから、Gにも耐えられない。EVASのアシストにも限界がある。
「毎日の運動かー。健康には良いのかなあ。疲れるけど。」
ピアッツィ・ベース、B2のジムにはこれのゴツい版が並んでいたが、利用料が月額1,980ドルもある。となればこの運動器具も、そこそこ金目の物と言って良いかもしれない。デカいから海賊が持ち帰らなかったのも納得だが。
あとは、生活区画につきもののライフサポート系。酸素タンクだけ取り外されていたようだが、窒素と空気ポンプは残っているし、やはりかさばる二酸化炭素吸着装置も残っていた。これも持ち帰ろう。
今回はサルベージに使える時間が12時間しかない。適当なところで切り上げて、次に行こうか。
マユルが398番を処理する間に、PGSは396番、397番、400番を終わらせて399番に取り掛かっていた。残り8時間。ペースとしては悪くない。
サルベージ・バルジは図体が大きいが、荷物が軽い間は軽快に動く。それに、戦闘ポッドの残骸は安全確認だけしたらまるごと格納してしまって、中で処理する方針にしているようだ。
394番は聞いていた通りひどい状態だ。特に船尾がぐちゃぐちゃである。
ミサイルがスラスターに刺さって、足が鈍ったところを実体弾で滅多打ちにされている。船首の76.2mmレールガンも念入りに潰されている。外壁はカーボン主体で、中央区画だけは繊維強化プラスチック、セラミック、鋼鉄の複合材「ティエシャン」で囲っている。狙い目はこの装甲で守られた部分になるだろう。
ファイブスター号を船尾側に寄せて、回転も合わせる。
中型イオンスラスターが4基。船尾の右上、右下、左上、左下。装甲は軽めにしてスラスターを多く積む攻めた配置だ。あの海賊が言っていたように、ルゥオグゥオ級は加速がウリの船というわけだ。
4基とも損傷しているが、右上だけが浅い。直撃がなかったようで、ノズルは歪んでいるが、高周波電源部の筐体に焦げがない。
「よし。これで2基分だね。」
前に手に入れた1基と合わせて、再生品スラスターを2基作れる見込みだ。残りのスラスターからも取れる部品は取っていく。
無事そうなのは、超伝導コイルが1基、電力変換モジュールが1基。丁寧に外してファイブスター号の筒へと運びいれた。
中央区画には、船倉の開口部から入れそうだ。大きさは4m四方しかない。中は空。おそらく抱えていた戦闘ポッドは399番か400番だろう。
マユルの期待の顔が徐々に落胆へと変わる。
架台の跡が無い。太い給電のコネクタも無い。工具を掛けておく金具も、専用の治具も、床に溶接した固定点すら無い。
コンテナを縛るラッチが並んでいるだけの、簡素な箱だった。
「……なんにも無いじゃん」
この賭けには負けた、と。目当てのお宝は最初から存在しなかったようだ。
中央区画の前方。ハッチを開くと、狭めのコックピットがあった。こちらも無事のようだ。
しかもなんと、コンソールが無傷で残っている。
筐体に歪みも無く、電源を入れれば起動しそうな顔をしている。中型船のコンソールは高い。それ以上に、こういうものには航行記録が入っている。
「これは……先に確保だね」
この状態の品なら、おそらくケレス中古市価で26,000ドル以上にはなる。さらに、監査部が喜ぶ情報も入っているかもしれない。
コックピットの左舷側は寝室、右舷側は生活区画のようだ。1人で使うならけっこう快適そうである。コンソールを切り出すのは手間だし、このコックピットブロックごとワイヤーで持って帰るのもアリかもしれない。
装甲で守られた最後のブロック、弾薬庫は前部にあった。上部のミサイルベイがレールガンで潰されており、その余波で弾薬庫もボロボロになっている。
今どきのスマートなミサイルはそうそう誘爆も起こさないが、それでも右舷側は溶け落ちるように崩れている。
幸い、左舷側のミサイルローダーには2発だけ無事なミサイルが残っていた。ZK-42「
「……これ、持って帰るの怖いなあ」
信管に触らないよう、ラックごと切り離して固定した。発射の信号を送らない限り安全なはずだが、なんせ整備していたのは海賊だ。「筒」の上にワイヤーで繋いでおけば、いざ爆発しても筒が盾になってくれるだろうか?いや、薄いカーボン壁じゃあ無理か。
作業開始から10時間。最後のラッシングベルトを締めて、マユルは端末の積載表を見た。
中型イオンスラスター1基 610kg
同・部品取り分(3基から) 480kg
超伝導コイル1、電力変換モジュール1 660kg
コックピットブロック 3,200kg
ZK-42 2発+ローダー 440kg
398番回収分 590kg
質量はEVASの機能でバネ秤のように推定したものなので、誤差もある。だから10kg単位で表示している
往路と同じ加速で帰るなら、安全マージンを考えればここで止めるべきだ。これ以上積むとコラ級に付いていけなくなるかもしれない。
重さの半分はコックピットブロックである。中型船を組むとき、船首にこれをそのまま付けたらどうだろう、と考えたのだ。
左舷に寝室、右舷に生活区画でコンパクトな1人用だし、気密も生きている。今のファイブスター号の生活区画は観測船から持ってきたもので、複数人用なのでデッドスペースも多い。
このサイズと設備をゼロから作ろうとすれば5万ドルは要る。設計に合わせて船体のほうを寄せれば、そのぶん浮く。
筒の前半分はまだ空いている。体積が余って質量が尽きるのは、サルベージャーとしては上手くない方かもしれない。
PGSのサルベージャーたちは移動のたびに休憩できているが、移動1回のマユルは5時間近くぶっ続けて動いていた。出発まで残り2時間、今のうちに休憩時間を取っておこう。
PGSの方を見ると、サルベージ・バルジが所在なげに佇んでいるのが目に入った。センサーログを見るに395番の作業に入ってから既に90分。この後は、21.2km移動して最後の392番に取り掛かるはずだ。
そういえば、「サルベージ中はパイロットは暇なんだー」、と昔アイツが言っていたな。こういうふうに複数のスクラップを順繰りにサルベージするときは、出発が読めないから仮眠も取りにくいし、かといって作業者や管理者は忙しそうだしでやることがないのだという。せっかくだからと操縦席に短距離通信を繋いだ。
「ファイブスター号です。こっちは終わりましたよ。」
「早いな?」 男の声だった。
そっか。ルールーじゃないのか。
「マユルです。ご挨拶が遅れまして。」
「ああ、俺はアンバーだ。よろしくな、マユルさん。」
「こちらの調子はぼちぼちでした。来たかいはありましたね。」
「そりゃあ良い。こっちも随分調子がいいらしいな。コズロフ作業長が言うには、どうも持ち帰りたい品が予想以上に膨らんだらしい。」
「おおー、おめでとうございます。こういうときはでっかい船が羨ましいです。」
「そうだなあ。俺も今の仕事にありついてまだ3ヶ月だけど、とにかく倉庫がデカいからな。ボトムヘビーっつうか。」
「ですよね。こっちは入らないモジュールをワイヤーで無理やり持って帰る予定ですよ。」
「なるほどな。作業が早いわけだ。」
うーん……。持ち帰りたい品が多かった、と。ふーん……?
マユルはアンバーと雑談をしながら、しばし考えた。
思えばPGSにいた頃は、撤収の足が遅いと怒鳴られたものだ。船が次のスクラップに向かうときには全員を収容しないといけないし、なにぶん大所帯だから、出入りに時間がかかるのだ。PGSが中型船以上しか相手にしない理由の1つだろう。
「あー、ちょっと思いついたことがあるんですが。作業長にお繋ぎいただけますか」
『待ってろ』
「なんですか、ファイブスター号さん。こちらは今忙しい……」
「あと1時間54分。392番をやるには時間が欲しいですよね?」
そうだろうね、向こうは時間がないわけで。というわけでいきなりぶっ込んでみた。
「撤収時刻の延長に協力してくれるんですか?」
「いえ。通らないと思いますよ。エンフォーサーは頭が硬いですから」
「じゃあなんです?…おい、11番!その箱は絶縁を噛ませろ!」
短距離通信の向こうだが、様子がありありと想像できる。安全規則を厳守しての作業だから、1つ1つの工程に時間がかかる。
いくら人数がいても、「最後に残った工程」に携われるのは1人か2人だ。時間と規則の板挟みで、そりゃあ焦りもするだろう。
「ご提案です。班を2つに割ってください。395番はそのまま、392番に先遣を6人。ベテラン2人と新人4人で足ります。重そうな工程だけ先に手を付けさせるんです。」
「なんだと?おい、まさか……。」
「うちが運びます。2,000ドルでどうでしょう。」
椅子の軋む音が入って、それから通信の向こうで誰かが早口に何か言い、コズロフがマイクを手で塞いだらしい音がした。
「ふざけないでいただきたい。横流しの温床ですよ、そんなもの。」
言葉が少し崩れた。
「こちらが395に到着するまであと6分かかりますから、その間にボディチェックなりなんなりやっておいてください。」
「リスキーすぎるでしょう!予定にない分派など……。」
通信に3人目が入った。
『ソリストです。作業長、当機は本提案の受諾を推奨します。』
視界の隅にPGSの識別子が立ち上がって、その横にアバターが出た。つま先で立ったバレエの踊り手が、片腕を頭の上で丸めたアイコンだ。
『392番までは14.2km。ファイブスター号の輸送で片道20分、今から25分後には展開できます。本船が到着するまでにはあと72分を見込みます。なお、EVASの推進器による移動は片道5時間11分で、社内規程4-11の無索移動の上限を31倍超過します』
「しかしね、その間に事故があったら……」
「あーっと、旅客賠償保険はないですが、貨客の検査は通ってます。」とマユルが横から挟んだ。
『事故の場合はマユル様に全額請求としましょう。』
「そちらの故意または過失の場合を除き。」
『乗船者6名の同意書を本船で発行できます。保険の代わりにはなりませんが、社内的には足ります』
そこで、
『やれ。マユル、2,000でいい』
「ありがとうございます」
『コズロフ、あたしの決裁にしとく。あんたは記録だけ取りな』
「……承知しました。両船の外部カメラと、乗降時の点呼を条件に付けます。言うまでもありませんが、貴船パイロットが船外に出ることは受け入れられません。」
「それはそうでしょう。あくまで貨客だけですよ。」
私が395のスクラップに手を付けるのは認めない、と。そりゃ、当然の警戒心だ。
392番は平べったい三角形のような形のスクラップだった。ヒギエア型の海賊船だ。マユルはあまり見たことがないタイプ。腹部に大きなミサイルベイを持っていて、数隻揃えれば小型ミサイルの飽和攻撃ができる。戦闘ポッド主体の海賊を狩るのにピッタリな型というわけだ。
そのミサイルベイがまるまる残っていたわけだから、回収に時間がかかるのも頷ける。
スクラップの船尾側で回転を合わせると、工具箱を持った6人がEVASで飛んできた。先頭はラケシュだった。
エアロックの外で、彼は筒に括り付けたコックピットブロックをしばらく眺めていた。それからヘルメットを外して、言った。
「そうか、タクシーもやってたんだな」
「2回だけですけど」
「よくとっさに思いつくよ、こういうのを。」
「ありがとうございます。まあ、PGSはいちおう古巣ですし。」
「そこだよ。使えるもんはなんでも使うってわけだ。そうやって稼ぎ口を見つけるのが上手いから、独立してもやってけてるんだろうな」
ラケシュは新人相手に「お前らも見習えよ」などと言っている。ああやって面倒見が良いから、今の職場を離れたがらないんだろうな。
「俺らなんか、見つけちまったもんでもう頭がいっぱいになってたからな。」
「……ちなみに、見つけちまったもんというのは?」
ラケシュは残り5人に視線を向けると口に手を当てて、それからマユルの近くに寄ってきて、囁いた。
「驚いて事故るなよ?あの基地にあったんだよ……ゴールドクレスト号の積荷が。」
「わお!」
「一部だけどな。」
精密機器のコンテナが見つかったのか!市価だけでも相当の額になるはずだ。今回ジャックポットを当てたのはPGSの側だったらしい。
正直羨ましい。マユルはこういう「引き」は昔から弱いのだ。
ラケシュは船内を一周見てから、付け足した。
「そういうわけで、俺らもボーナスをたんまりもらえる予定なのさ。」
「それはラッキーでしたね。」
「だろ?なんなら、お前みたいに独立を考えても良いのかもな。……まあ、もしチームを大きくする気になったら、誘ってくれ」
さて、タクシー客が6人も乗り込んできたわけだが、生活区画は6人が入る広さではない。しかも、今は在庫と運動器具で半分埋まっている。
そこで、マユルは筒のハッチを開けて空気を入れた。
上半分が丸ごと空いているので、むしろこちらのほうが広い。6人のうち4人はスラスター1基とコックピットブロックの隙間に、EVASを着たまま並んでもらう。なんといってもワイヤーラックがあるので、EVASの上から腹に巻き付けるようにして身体を固定しておくことができる。
「ひっでえな。本物のタクシーだったら星1評価を付けるとこだ。」と新人の1人が愚痴るのが聞こえた。宇宙船内は声が反響するので、気密の場合ヘルメットを取るとボイスチャットをミュートにしていてもけっこう遠くまで声が聴こえるものだが、まだその辺の感覚が身についていないのだろう。あと、評価は甘んじて受け入れよう。
392番への取り付きが18時08分。18時34分には切り出し作業をスタートできた。コラ級2隻のうち後ろ側の1隻が、センサーアレイの回転を止めてこちらを向いていた。
アヴローラは395番を18時54分に終え、なるだけ急いで19時18分に392番へ飛んできた。撤収は20時00分ちょうど。エンフォーサーは2分の遅れも許さず、最後に切り出したCIWS2基は船倉の口に括り付けたまま帰ることになったらしい。
慣性航行に入ってから、ガリーナから通信が来た。
『2,000、送金の手続きは出しといた。ケレスの回線に繋がったら処理される』
「ありがとうございます」
『礼はいらない。安かったからね』
結果を見れば、PGSからしてもマユルの提案を受けていて大正解だったろう。
『それで、本題だ。船持ちのまま、うちの傘下に入る気は無いかい』
「傘下、ですか」
『あんたは船と権利をそのまま持つ。うちは仕入れと登録と保険と検査と法務を引き受ける。取り分の詳細は帰ってからになるが、「インセンティブ給」で2割ってのが相場だ。』
「はい」
『それと、船持ちで入るならストック・オプションが付けられる。うちの若いのには絶対に出せない条件だよ。権利を行使したら、あんたは株主だ』
「PGSの。」
『そう。株主でかつ、社員だ。』
なるほど。
「ありがたいお話ですが、この場でお断りいたします。」
にべもなく断る。
『まあ、そう言うと思ったよ。理由くらい聞かせな。』
「理由ですか……。感覚的なものなんですけど……。いえ、そうですね。感覚です。つまり、性分です。」
『PGS時代に扱いが悪かったって話なら、謝るよ。ウチは安全第一で、快適性は第……十五くらいだからね。』
「ははは。でもそういうんじゃなくって、本当に性格というか、気質の問題なんです。組織の下で動くのが苦手っていうか。」
『……そうかい。意外だね。』
「そうですか?」
『だってあんた、今日示したじゃないか。同業者でも競合ではなく協力関係を持てるって。』
「その方が合理的だっただけで……」
『合理的、ってただそれだけで、ピリピリしてるコズロフを抑えて短期間で調整を付けちまった。あんたさ。組織が嫌いなのかもしれないけど、たぶんだからこそ……。』
ガリーナは少し言葉を探してから、指を鳴らした。
「だからこそ、組織の中や組織の隣にいても自由でいられる。しがらみや他人の機嫌なんか気にもとめないで、ベストを選べる。それはね、1つの才能だよ。」