神を信じていなかった転生者は、最弱教団から世界を変える 作:むちゃうまご飯
今では数え切れないほどの作品が存在する王道ジャンルです。
チート能力を授かり、最強となって無双する主人公。魔王を倒し、仲間と出会い、ハーレムを築く。そんな物語を一度は目にしたことがあるでしょう。
しかし、この物語の主人公は少し違います。
彼は重度の糖尿病で命を落とした、どこにでもいる三十七歳の独身会社員。死後、神から告げられたのは「異世界で信じられる神を見つけてほしい」という、あまりにも不可解な使命でした。
なぜ神を信じていなかっただけで異世界へ送られるのか。
この世界の神々は本当に信じる価値があるのか。
そして、人は何をもって「神」を信じるのか。
これは、魔法や剣が存在する異世界を舞台に、一人の無神論者が"信仰"という答えを探し求める物語です。
もちろん、冒険者ギルドや魔物、ダンジョン、王国同士の争いなど、王道ファンタジーの要素も数多く登場します。しかし、この物語の本当のテーマは「神とは何か」「信じるとはどういうことなのか」です。
もし少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひアステルの第二の人生を見届けていただけると嬉しいです。
俺の名前は佐藤翔太。
三十七歳。独身。
恋人はいない。結婚もしていない。
人生で何か大きな成功を収めたわけでもなければ、取り返しのつかない失敗をしたこともない。
親と同じ会社へ就職し、毎朝同じ時間に起き、同じ電車に乗り、同じ仕事をこなし、夜になれば同じ道を歩いて帰宅する。
給料は平均より少し上。
上司から怒鳴られることもなければ、特別評価されることもない。
周囲から見れば「安定した人生」。
自分でも、それで十分だと思っていた。
休日になれば釣りへ出掛ける。
朝早く川へ向かい、何時間もぼんやり浮きを眺める時間が好きだった。
魚が釣れなくても構わない。
静かな時間があれば、それだけで満足だった。
帰り道には決まって古本屋へ立ち寄る。
店の奥にある百円コーナーを漁り、読んだことのないライトノベルを何冊か買う。
家へ帰り、ラーメンをすすりながらページをめくる。
それが俺の、小さな楽しみだった。
だから、自分の人生を不幸だと思ったことは一度もない。
ただ、健康だけは無頓着だった。
朝は缶コーヒー一本。
昼はコンビニ弁当。
夜はカップ麺かラーメン屋。
そして二リットルの炭酸飲料を一本空ける。
それが十年以上続いていた。
周囲からは何度も言われた。
「体壊すぞ。」
「野菜くらい食え。」
「糖尿病になるぞ。」
そのたびに笑って流した。
病気なんて、自分にはまだ先の話だと思っていた。
だから健康診断で再検査の通知が届いた時も、深く考えなかった。
少し数値が悪かっただけだろう。
そう思って病院へ向かった。
診察室へ入ると、担当医は難しい表情でカルテを見つめていた。
「佐藤さん。」
「検査結果が出ました。」
声は静かだった。
しかし、その静けさが妙に嫌な予感を抱かせる。
「重度の糖尿病です。」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……糖尿病?」
「はい。」
「かなり進行しています。」
「このまま放置すると命に関わります。」
思わず苦笑する。
糖尿病。
テレビで何度も聞いた病名だ。
食生活を改善してください。
運動してください。
そんな病気だと思っていた。
命に関わる?
大袈裟だ。
「本日、このまま入院してください。」
「え?」
「今すぐです。」
医師は机の上へ書類を並べながら説明を続ける。
「血糖値が異常な数値です。」
「膵臓への負担も限界に近い。」
「この状態では非常に危険です。」
医師の口調は終始落ち着いていた。
だが、その額にはうっすら汗が浮かんでいる。
本気で焦っている。
それだけは伝わってきた。
俺は少し考え、首を横へ振った。
「辞めておきます。」
医師の動きが止まる。
「仕事がありますし。」
「入院なんてしたら会社にも迷惑が掛かります。」
「それに……お金も掛かるでしょう。」
医師はしばらく黙っていた。
まるで言葉を選んでいるようだった。
「佐藤さん。」
「これは脅しではありません。」
「お願いです。」
「入院してください。」
「今なら、まだ間に合います。」
その言葉を聞いても、俺の考えは変わらなかった。
糖尿病で死ぬ。
どうしても現実味がなかった。
「すみません。」
「やっぱり帰ります。」
医師はゆっくり目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……分かりました。」
「ですが、少しでも異変を感じたら、すぐ救急車を呼んでください。」
「分かりました。」
俺は軽く頭を下げ、診察室を後にした。
病院を出る。
真夏の日差しが容赦なく降り注いでいた。
照り返しでアスファルトが揺らめいて見える。
喉が渇いた。
自動販売機でいつもの炭酸飲料を買う。
プシュッ。
勢いよく蓋を開け、一気に喉へ流し込んだ。
炭酸が喉を刺激する。
「……やっぱりうまい。」
医者に見られたら怒られるだろう。
そんなことを考えながら苦笑する。
俺はまだ、自分が死ぬなんて一ミリも思っていなかった。
夜十一時過ぎ。
風呂から上がり、ソファへ腰を下ろした。
テレビではバラエティ番組が流れている。
机の上には食べ終えたカップ麺。
飲みかけの炭酸飲料。
いつもと変わらない夜だった。
異変は、本当に突然だった。
「……あれ。」
息が苦しい。
胸の奥が締め付けられる。
立ち上がろうとしても足に力が入らない。
全身から嫌な汗が噴き出す。
「なんだ……これ……。」
視界が揺れる。
床へ膝をつく。
苦しい。
息が吸えない。
空気が肺へ入らない。
喉ではなく、体の奥が酸素を拒絶しているような感覚だった。
震える手でスマートフォンを掴む。
画面を開く。
一一九。
あと少し。
あと少しで押せる。
指先が画面へ触れる。
しかし、その瞬間。
スマートフォンが手から滑り落ちた。
カラン、と乾いた音が部屋へ響く。
手が動かない。
呼吸ができない。
視界の端からゆっくり黒く染まっていく。
(こんなところで……。)
初めてだった。
死ぬかもしれないと思ったのは。
もっと旅行へ行けばよかった。
親孝行もしていない。
結婚もしなかった。
趣味ばかりの人生だった。
後悔が次々と浮かぶ。
だが、それを考える時間すら残されていなかった。
意識が急速に遠ざかっていく。
最後に見えたのは、床へ転がったスマートフォンの画面。
そこには押しかけた「119」の数字だけが、ぼんやりと映っていた。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
耳鳴りがする。
いや、違う。
風の音だ。
ゆっくりと意識が浮かび上がる。
頬を撫でる風は驚くほど心地よく、肺へ吸い込む空気は、生まれて初めて味わうほど澄んでいた。
息ができる。
さっきまでの苦しさが嘘のように消えていた。
重かった体も軽い。
まるで長年まとわりついていた何かが、一瞬で消え去ったようだった。
ゆっくりと瞼を開く。
視界いっぱいに広がるのは、青空。
どこまでも澄み切った空には雲がほとんどなく、白い光が柔らかく降り注いでいた。
「……病院じゃない。」
起き上がる。
足元には白い石。
その先には雲。
まるで巨大な神殿が空へ浮かんでいるような場所だった。
柱は人が十人並んでも抱えきれないほど太く、天井は見えない。
静寂だけが辺りを支配している。
夢にしては妙に現実味があった。
「気が付きましたか。」
後ろから声がした。
振り返る。
一人の女性が立っていた。
年齢は二十代ほどに見える。
純白の衣をまとい、銀色の長い髪を風になびかせている。
整った顔立ちをしているが、どこか人間離れした雰囲気があった。
不思議なのは、その姿を見ても驚きより納得が勝ったことだ。
ここは、地上ではない。
そんな気がした。
「ここは……。」
「安心してください。」
「苦しくありませんよ。」
女性は穏やかに微笑んだ。
その笑みには、医者のような優しさとも、教師のような厳しさとも違う、不思議な安心感があった。
「あなたは先ほど亡くなりました。」
その言葉は、あまりにも静かだった。
だが、俺の胸には重く響く。
亡くなった。
やはり、そうだったのか。
最後の記憶。
苦しくて。
息ができなくて。
床へ落ちたスマートフォン。
あそこで終わったのだ。
「……そうですか。」
意外なほど冷静な声が出た。
取り乱す気力すら残っていなかった。
「家族には迷惑を掛けましたね。」
女性は何も答えない。
ただ静かに俺を見つめている。
「火葬も、終わっています。」
その一言だけで十分だった。
もう戻れない。
現実を突き付けられた気がした。
しばらく沈黙が続く。
やがて女性は、小さく息を吐いた。
「ですが、一つだけ困ったことがあります。」
「困ったこと?」
「はい。」
女性は目を閉じ、まるで何かを確かめるように呟いた。
「あなたには、行き先がありません。」
意味が分からなかった。
「普通、人は亡くなると、それぞれの信じた神のもとへ向かいます。」
「ですが、あなたはどの神も信仰していませんでした。」
言われてみれば、その通りだった。
初詣へ行くことはあった。
寺にも神社にも行った。
だが、それは行事としてであり、信仰とは違う。
神を本気で信じたことなど、一度もない。
「そのため、このままでは魂を導くことができません。」
女性はそう言って、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「そこで、あなたには一つ役目をお願いすることになりました。」
「役目……。」
「異なる世界で生き、あなた自身が信じたいと思える神を見つけてください。」
異なる世界。
その言葉に現実味はない。
けれど、ここへ来てから起きている出来事も十分現実離れしている。
「それが終われば……。」
「私は元の世界へ戻れますか。」
思わず尋ねていた。
女性は少しだけ寂しそうに首を横へ振る。
「いいえ。」
「あなたの人生は、すでに終わっています。」
その言葉に、不思議と絶望はなかった。
もう覚悟はできていたのかもしれない。
女性は静かに右手を差し出す。
その掌から柔らかな光が溢れ始めた。
「新しい人生が、あなたを待っています。」
「どうか、自分の目で見て、自分の心で選んでください。」
光が視界を包む。
足元が消える。
重力がなくなる。
意識が引き伸ばされるような感覚に包まれながら、俺は最後に一つだけ思った。
――もし、本当に神がいる世界なら。
俺はそこで、何を見ることになるのだろう。
次の瞬間。
俺の意識は、眩い光の中へと溶けていった。
目が覚めたら何処かの宿のベットに横たわっていた。
宿の中を見回してみる。
木造の壁に、小さな窓。家具も木で作られていて、ゲームで見たようなファンタジー世界そのものだった。
「本当に来ちまったんだな……。」
思わずため息が漏れる。
すると、一階の方から誰かの声が聞こえてきた。
「兄ちゃん!目が覚めたのか!」
階段を駆け上がってきたのは、筋肉質な中年の男性だった。
立派な髭を生やし、エプロンを身に着けている。
「昨日は街道で倒れていたんだ。旅人かと思って宿まで運んだんだが、丸一日眠っていたぞ。」
街道で倒れていた?
俺は転生した瞬間、街道にいたのか。
「助けていただいてありがとうございます。」
自然と頭を下げる。
「気にするな。困った時は助け合いだ。」
いい人そうだ。
異世界にもこういう人はいるんだな。
「ところで兄ちゃん、名前は?」
そう言われて少し考える。
佐藤翔太。
そう答えようとして口を開いた瞬間、頭に激しい痛みが走った。
「っ……!」
大量の記憶が頭の中へ流れ込んでくる。
知らない街。
知らない言葉。
知らない文字。
そして、この体の持ち主の名前。
「アステル……?」
思わずその名を口にしてしまう。
「お、思い出したか!そうだ、お前さんはアステルって名前だったな。」
どういうことだ。
俺は佐藤翔太のはずだ。
なのに、この体はアステルという少年らしい。
鏡を貸してもらうと、そこに映っていたのは三十七歳のおっさんではなかった。
十五、六歳ほどの黒髪の少年。
頬は細く、体も軽い。
「マジかよ……。」
若返ってる。
これが異世界転生ってやつか。
「兄ちゃん、今日は無理せず休んでいけ。金なら気にしなくていい。」
宿屋の主人は笑いながら部屋を出ていった。
一人になった部屋で、俺は窓の外を眺める。
活気ある市場。
鎧を着た冒険者。
空を飛ぶ見たこともない鳥。
本当に異世界なんだ。
だが、一つだけ気になることがある。
神はこう言っていた。
『信じられる神を見つけてくださいね!』
つまり、この世界には神が存在するということか。
「……まずは情報収集だな。」
俺はそう呟き、ベッドの横に置かれていた革袋を手に取った。
その中には銀貨が数枚と、一枚の木札。
木札には見慣れない文字が刻まれていたが、不思議なことに意味が理解できる。
『冒険者ギルド 仮登録証』
俺は思わず苦笑した。
「転生したら、やっぱり冒険者スタートなのか。」
こうして俺の、二度目の人生が始まった。