神を信じていなかった転生者は、最弱教団から世界を変える 作:むちゃうまご飯
しばらく誰も口を開かなかった。
朝の風が木々を揺らし、葉が静かに擦れ合う音だけが辺りに響く。
俺はノクスの言葉を頭の中で整理していた。
神核。
神の力の源。
それが奪われたことで、ノクス教団は衰退した。
「……神核って、取り戻せるものなのか?」
俺が尋ねると、ノクスは少しだけ考え込んだ。
「可能性はある。」
「でも、今どこにあるのかすら分からない。」
「神核は神以外には扱えないんじゃないのか?」
今度はグラムが答えた。
「普通なら、その通りじゃ。」
「じゃが、この世界には神具と呼ばれる遺物が存在する。」
「神具?」
「神が神代に造り出した道具じゃ。」
「その中には、神核すら封印できる力を持つものがあると伝えられておる。」
伝説のような話だ。
だが、この世界では神が実在する。
神具が存在していても不思議ではない。
「つまり……。」
「誰かが神具を使って、ノクスの神核を奪った可能性があるってことか。」
レオンが腕を組む。
「俺たちもそう考えてる。」
「でも証拠が何一つない。」
ガイルが拳を握る。
「十五年間、調べ続けても手掛かりはゼロだ。」
その時だった。
「ノクス様!」
教団の方角から、一人の少女が走ってきた。
息を切らしながら俺たちの前で立ち止まる。
「リリィ?」
「どうした?」
リリィは顔を青ざめさせながら言った。
「祭壇が……!」
「祭壇が光っています!」
その一言で、ノクスの表情が変わった。
「えっ?」
「そんなはず……。」
全員が一斉に教団へ走り出す。
十分ほどで礼拝堂へ戻ると、異変はすぐに分かった。
祭壇全体が、眩い紫色の光に包まれていたのだ。
昨日までの淡い光とは比べものにならない。
四本の柱に埋め込まれた結晶が脈打つように輝き、床に刻まれた魔法陣も浮かび上がっている。
「これは……。」
グラムが目を見開く。
「十五年間、一度も見たことがない。」
ノクスはゆっくり祭壇へ近づいた。光へ手を伸ばす。
その瞬間。
ブォォォン……
教会全体が震えた。
祭壇の中央から一枚の古びた石板がせり上がってくる。
「隠し部屋……?」
ゴルドが驚きの声を上げる。
どうやら誰も知らなかったらしい。
石板には古代文字が刻まれていた。
俺には読めない。
だが、ノクスだけは静かにその文字へ触れた。
「……そういうことだったんだ。」
「読めるのか?」
ノクスは小さく頷く。
「これは神代文字。」
「神しか読めない文字だよ。」
彼女はゆっくり読み上げ始めた。
『神核を失いし時、この祭壇は眠りにつく。』
『十人目の真なる信徒が現れし時、第一の封印は解かれる。』
十人目。
その言葉に全員が顔を見合わせる。
レオンがゆっくり数え始めた。
「俺。」
「ガイル。」
「セリス。」
「アイリ。」
「フィーナ。」
「ゴルド。」
「エリオ。」
「リリィ。」
「グラム。」
そして——。
「アステル。」
その瞬間、全員が俺を見た。
「俺が……十人目?」
ノクスは静かに微笑む。
「たぶんね。」
「君が教団へ入ったことで、封印が反応した。」
つまり偶然じゃない。
俺がこの教団へ入ることは、十五年前から決まっていたかのようだった。石板はさらに光を放つ。
すると、礼拝堂の奥の壁がゆっくりと左右へ開いていく。
ゴゴゴゴゴ……
地下へ続く石造りの階段。
冷たい空気が吹き上がり、奥は暗闇で何も見えない。
「この祭壇の下に地下があったのか……。」
ガイルでさえ驚いている。
「知らなかった。」
ノクスは真剣な表情で階段を見つめる。
「この教会を建てたのは初代信者たち。」
「私ですら、この部屋の存在は知らなかった。」
地下からは、かすかに紫色の光が漏れている。
まるで誰かが、十五年間ずっと待ち続けていたかのように。
ノクスはゆっくりと振り返り、仲間たちを見渡した。
「みんな。」
「たぶん、この先に私たちの教団の秘密がある。」
「そして……神核へ繋がる最初の手掛かりも。」
誰一人として反対する者はいなかった。
長年追い続けた謎。
その答えが、今まさに目の前に姿を現そうとしていた。
ノクスを先頭に、俺たちは地下へ続く階段をゆっくりと下り始めた。
カツ……カツ……
足音だけが静かな通路へ響く。
地下へ進むにつれて空気が変わっていく。
ひんやりとしているのに、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ、どこか神聖な雰囲気すら漂っていた。
「ライト。」
俺が聖法を発動すると、掌から淡い金色の光が溢れ、周囲を照らす。
「便利だな、その聖法。」
レオンが感心したように言う。
「明かり代が浮く。」
「そういう問題じゃないでしょ。」
フィーナが苦笑する。
階段を下り切ると、目の前には巨大な石造りの回廊が広がっていた。
天井は十メートル以上。
左右には神々の姿を象った石像が規則正しく並び、その瞳には紫色の魔石が埋め込まれている。
床には見たこともない紋様が刻まれ、微かに光を放っていた。
「こんな場所が教会の下に……。」
ゴルドでさえ驚きを隠せない。
「少なくとも数百年は経っておる。」
グラムが壁へ触れる。
「いや……千年以上前かもしれん。」
「千年!?」
「神代に造られた建築様式じゃ。」
神代。
神々が直接地上へ降り立っていた時代。
ホームに置いてある本で少しだけ読んだことがある。
まさか、その時代の遺跡が教団の地下に眠っていたなんて。
「待って。」
アイリが立ち止まる。
「誰かいる。」
全員が武器を構える。
静寂。
耳を澄ませる。
カチ……
カチ……
どこかで何かが動く音。
次の瞬間だった。
ガコンッ!!
壁一面が眩しく光り始めた。
「伏せろ!」
レオンが叫ぶ。
無数の光の矢が壁から一斉に放たれる。
ビュン!ビュン!ビュン!
レオンが被弾する。
「ファイアボール!」
俺は火球を放ち、数本を撃ち落とす。
ガイルは拳で矢を叩き落とし、フィーナは素早く回避する。
セリスが槍で軌道を逸らし、アイリは氷の壁を作り出した。
「ヒール!」
肩へ一本刺さったレオンをすぐに治療する。
数十秒後。
罠は止まった。
「はぁ……。」
思わず息を吐く。
「遺跡そのものが侵入者を拒んでる。」
ノクスが真剣な表情になる。
「ここは普通の地下室じゃない。」
さらに奥へ進む。
回廊の終点には、巨大な扉が待ち構えていた。
高さ五メートルほどある白銀の扉。
中央には翼を広げた女性の紋章。
そして、その下には四つの窪みがあった。
「何だこれ。」
ガイルが扉を押す。
びくともしない。
「鍵が必要なのか?」
ノクスは窪みを見つめる。
「違う。」
「これは属性。」
「属性?」
「物理。」
「気。」
「魔力。」
「神力。」
俺は思わず息を呑んだ。
俺は全て使える。
偶然とは思えない。
「四つ全部を同時に流し込む仕組み……。」
グラムが呟く。
「しかし普通の人間では不可能じゃ。」
「物理型は魔力が少ない。」
「魔術師は神力を持たない。」
「聖職者は物理が弱い。」
「武闘家は魔法を扱えん。」
確かにそうだ。
この世界では特化型が普通。
四属性を均等に持つ者など、ほとんど存在しない。
すると。
全員の視線が自然と俺へ集まった。
「……まさか。」
ノクスが小さく笑う。
「アステル。」
「君ならできるかもしれない。」
俺は扉の前へ立つ。
四つの窪みへ両手を添えた。
深呼吸をする。
まずは物理。
身体へ力を込める。
次に気。
全身を巡る生命エネルギーを集中させる。
右手へ魔力。
左手へ神力。
四つの力を同時に制御する。
今まで経験したことのない難しさだった。
「ぐっ……。」
魔力が暴れそうになる。
神力が流れすぎる。
気が身体中を駆け巡る。
物理が乱れる。
「落ち着いて。」
ノクスの声が聞こえる。
「全部を同じだけ。」
「均等に。」
均等。
そうだ。
俺は最初から万能型を選んだ。
どれか一つじゃない。
全部を信じた。
その瞬間。四つの窪みが同時に輝く。
赤。
緑。
青。
黄色。
四色の光が混ざり合い、純白の柱となって天井へ突き抜けた。
ゴゴゴゴゴ……
巨大な扉がゆっくりと開いていく。
中から溢れ出す神々しい光に、誰もが思わず目を細めた。
「開いた……。」
ノクスは震える声で呟く。
「やっぱり。」
「この遺跡は、四属性を持つ者のために造られていた。」
俺は静かに拳を握る。
偶然ではない。
この世界へ転生したこと。
四属性の力が使えること。
そしてノクス教団へ入ったこと。
すべてが一本の線で繋がり始めていた。
扉の先には、どんな真実が待っているのか。
俺たちは息を整え、一歩ずつ神代の最奥へ足を踏み入れた。
扉の向こうへ一歩足を踏み入れた瞬間。
ブワッ――。
暖かな風が頬を撫でた。
地下のはずなのに、目の前には満天の星空が広がっている。
「なっ……。」
思わず言葉を失う。
天井が無い。
いや、あるはずなのに見えない。
夜空のような景色が果てしなく続き、無数の星がゆっくりと流れていた。
「これは……幻術?」
アイリが驚いたように呟く。
グラムは静かに首を横へ振る。
「違う。」
「神域じゃ。」
「神域?」
「神が力を蓄えたり、重要な物を保管するために造った特別な空間じゃ。」
部屋の中央には巨大な円形の祭壇。
その周囲を十二本の白い柱が囲み、それぞれの柱には異なる紋章が刻まれていた。
剣。
天秤。
炎。
海。
太陽。
月。
生命。
死。
そして、一番奥。
黒い翼を広げた女性の紋章。
「あれ……。」
ノクスが息を呑む。
「あれは私の紋章。」
祭壇へ近付く。
すると、床に刻まれた魔法陣が淡く光り始めた。
『神格認証を開始します。』
突然、機械のような声が空間へ響いた。
全員が武器を構える。
『現神ノクス、認証。』
『信徒十名、認証。』
『資格確認中……。』
『特殊個体を確認。』
その瞬間。
一本の光が俺へ降り注いだ。
「俺?」
『四属性均衡個体。』
『神代以来、初確認。』
「神代以来?」
ノクスが驚いて俺を見る。
『資格あり。』
『封印を解除します。』
ゴゴゴゴゴ……
祭壇の中央がゆっくりと開き始める。
その中から浮かび上がったのは、一つの水晶だった。
人の頭ほどある巨大な透明水晶。
内部には紫色の光が渦巻いている。
「神核か!?」
ガイルが叫ぶ。
しかしノクスは首を振った。
「違う。」
「これは……。」
彼女はゆっくり水晶へ触れる。
次の瞬間。
水晶から一人の女性が現れた。
いや、正確には映像だった。
長い銀髪。
純白の衣。
黄金色の瞳。
圧倒的な神々しさを放つ女性。
『もし、この記録を見ている者がいるなら。』
『私は創世神アルテミア。』
その名前を聞いた瞬間。
グラムがその場へ膝をついた。
「創……創世神様……。」
レオンたちも言葉を失う。
創世神。
世界を創ったと伝えられる最高位の神。
その本人が目の前に映っていた。
『この記録が再生されたということは、ノクス教団は滅びていないようですね。』
映像の女性は優しく微笑む。
『安心しました。』
ノクスは静かに呟く。
「私のことを知ってる……。」
『ノクス。』
『あなたは十二柱の神々の中でも、最も人を愛した神でした。』
『だからこそ狙われました。』
礼拝堂が静まり返る。
『十五年前。』
『あなたの神核を奪った者は、人間ではありません。』
「!」
全員の表情が変わる。
『神です。』
その一言で空気が凍りついた。
「神……だと?」
レオンが目を見開く。
『十二柱の中に、一柱だけ世界を裏切った神がいます。』
『その者は他の神々の神核を奪い、自らの神格を高めようとしています。』
ノクスの顔色が青ざめる。
「そんな……。」
『今のあなたは神核の一割しか持っていません。』
『本来の力は失われています。』
『しかし、希望があります。』
創世神は真っ直ぐ俺を見た。
『四属性を持つ者。』
『あなたなら、神核へ触れる資格があります。』
「俺が……?」
『神核は神しか扱えません。』
『ですが、四属性を完全に均衡させた人間だけは例外です。』
『だから、この場所はあなたが現れるのを待っていました。』
俺は思わず拳を握る。
四属性を選んだ理由は単純だった。
万能になりたかった。
ただそれだけだ。
まさか、その選択が神代から続く秘密へ繋がっているなんて。
『これより先は試練です。』
『試練を乗り越えた者だけが、第一の神核の欠片を手にできます。』
祭壇の奥から再び轟音が響く。
ゴゴゴゴゴ……
さらに奥の壁が左右へ開いていく。
暗闇の先には、巨大な石橋が一本だけ続いていた。
橋の向こう側には、黒い玉座。
そして、その玉座には、一体の騎士が静かに座っている。
漆黒の鎧。
身長は三メートル近い。
膝には巨大な黒剣。
顔は兜で見えない。
しかし、その存在感だけで息が苦しくなる。
『第一試練。』
『神殿の守護者。』
『神代騎士アーク・ガーディアン。』
『推定戦闘レベル……五十。』
その瞬間。
騎士がゆっくりと立ち上がった。
ギィィィ……
千年以上眠っていたとは思えないほど滑らかな動き。
赤い瞳が、まっすぐ俺たちを見据える。
「来るぞ!」
レオンが剣を抜いた。
神代から眠り続けていた守護者との戦いが、今、始まった。
ギィィィ……。
重厚な鎧が擦れる音だけで、空気が震えた。
神代騎士アーク・ガーディアンはゆっくりと玉座から立ち上がる。
三メートルを超える巨体。
全身を覆う漆黒の鎧には、紫色の紋様が脈打つように光っていた。
その右手には、人間一人分ほどもある大剣。
床へ切っ先が触れただけで、石畳に深い傷が刻まれる。
「……これがレベル50。」
レオンが額に汗を浮かべる。
ゴーレムとは比べものにならない。
ただ立っているだけで威圧感が押し寄せ、身体が本能的に「逃げろ」と警鐘を鳴らしていた。
『試練開始。』
機械的な声が神殿へ響く。
次の瞬間。
ドンッ!!
アーク・ガーディアンの姿が消えた。
「速い!」
ガイルが叫ぶ。
一瞬遅れて轟音が響く。
ズガァァァァン!!
巨大な剣が振り下ろされ、レオンが立っていた場所を真っ二つに切り裂いた。
石畳が砕け、衝撃波だけで俺たちは吹き飛ばされる。
「ファイアランス!」
俺は反射的に魔法を放つ。
炎の槍が一直線に騎士へ突き刺さる。
しかし──。
ドゴン!!
火花が散っただけだった。
「効いてない!?」
鎧には傷一つ付いていない。
「魔法耐性か!」
アイリが氷槍を放つ。
ガイルは拳を叩き込み、レオンは剣で斬りつける。
だが。
キィィン!!
すべて弾かれた。
「硬すぎる!」
ゴルドが顔をしかめる。
「並のミスリル以上だ!」
アーク・ガーディアンは無言のまま剣を横薙ぎに払う。
「伏せろ!!」
グラムの叫び。
全員が床へ飛び込む。
剣圧だけで柱が三本まとめて切断された。
轟音と共に天井の石が崩れ落ちる。
「ヒール!」
俺は負傷したフィーナへ回復魔法を掛ける。
だが、このままでは押し切られる。
レベル差がありすぎる。
俺のレベルは25、仲間は推定30前後。
レベル50を倒すのは厳しそうだ。
「アステル!」
ノクスが叫ぶ。
「ステータスを見て!」
「え?」
言われるままスクリーンを開く。
==========
《ノクス神殿》
神域補正:発動中
全能力+30%
神力回復速度+300%
==========
「神域補正……?」
「ここは私の神殿!」
「本来の力は失っていても、この場所だけは私の権能が少し残ってる!」
なるほど。
だから神力の回復が異常に速いのか。
その時だった。
アーク・ガーディアンの鎧が紫色に光る。
『第二段階へ移行。』
「まずい!」
グラムの顔色が変わる。
騎士は左手を掲げた。
神殿中の魔力が一点へ集まり始める。
巨大な黒い魔法陣。
直径二十メートルはある。
「魔法まで使えるのか!」
レオンが歯を食いしばる。
「あれを撃たれたら誰かが死ぬ!」
「どうする!」
誰も答えられない。
その時。
俺の胸元で何かが光った。
ノクス教団へ入団した時にもらった、小さな教団章だった。
ブワッ……。
紫色の光が溢れる。
『条件を確認。』
『ノクス教団所属。』
『四属性保持者。』
『神域内。』
『限定権限を解放します。』
「え?」
頭の中へ情報が流れ込んでくる。神力と魔力を同時に扱う技術。
二つの力を融合させる術。
「これ……。」
ノクスが驚いた顔をする。
「まさか。」
「神術……。」
「神術?」
「神しか使えないはずの技。」
頭の中へ一つの名前が浮かぶ。
《聖炎》
神力と魔力を融合させる初級神術。
「できるか分からない。」
「でも……。」
やるしかない。
俺は右手へ魔力。
左手へ神力を集める。
本来なら混ざり合わない二つの力。
ゆっくり。
少しずつ。慎重に。
「ぐっ……!」
激痛が走る。
少しでも制御を誤れば暴発する。
それでも。
「混ざれぇぇえ!」
二つの力が一つになった。
白金色の炎が掌に生まれる。
神々しく、それでいて圧倒的な熱量。
「成功した!」
ノクスが目を見開く。
アーク・ガーディアンも初めて動きを止めた。
まるで、その炎を知っているかのように。
「みんな!」
「時間を稼いでくれ!」
「了解!」
レオンたちが一斉に飛び出す。
騎士の注意を引きつける。
その間に俺はさらに力を込めた。
白金の炎は槍の形へ変わっていく。
神力。
魔力。
二つが完全に一つとなった瞬間。
神殿全体が眩く輝いた。
「これが……神術!」
俺は大きく息を吸い込み、白金の槍を構えた。