神を信じていなかった転生者は、最弱教団から世界を変える   作:むちゃうまご飯

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初級魔法

翌朝。

俺は宿屋の主人に礼を言い、一階へ降りた。

「もう行くのか?」

「ああ。まずは冒険者ギルドってところに行ってみようと思う。」

主人は頷くと、地図を取り出して机に広げた。

「ここから真っすぐ大通りを進め。噴水広場が見えたら左だ。でっかい剣と盾の看板がある建物がギルドだ。」

「ありがとうございます。」

「そういや兄ちゃん、金は持ってるのか?」

革袋の中を確認する。

銀貨が八枚、銅貨が十二枚。

この世界の価値はまだ分からないが、多くはないだろう。

「少しだけですね。」

「無駄遣いだけはするなよ。」

主人の忠告を胸に、俺は宿を後にした。

街は朝から活気に満ちていた。

露店には見たことのない果物や肉が並び、鎧姿の男やローブを纏った女が忙しそうに行き交っている。

耳の長い種族や獣の耳を持つ人間までいる。

「本当に異世界なんだな……。」

しばらく歩くと、大きな石造りの建物が見えてきた。

入口には交差した剣と盾の紋章。

『冒険者ギルド』

間違いない。ここだ。

俺は深呼吸をして中へ入った。

中は酒場のように賑やかだった。

朝だというのに大勢の冒険者が依頼書を眺めたり、仲間と談笑したりしている。

受付には数人の女性が並んでおり、その一人が俺に気付いて微笑んだ。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「冒険者登録をしたいんですが。」

「かしこまりました。仮登録証はお持ちですか?」

俺は革袋から木札を取り出した。

受付嬢はそれを見ると、小さく頷いた。

「こちらは仮登録証ですね。それでは正式登録についてご説明いたします。」

紙を一枚取り出し、説明を始める。

「冒険者になるためには、実際に戦闘能力を証明していただく必要があります。そのため、魔物・聖物・武物のいずれかから採取した魔石を五個以上提出してください。」

「五体倒せばいいってことですか?」

「はい。種類は問いません。ただし、自力で討伐した証明として魔石が必要になります。」

なるほど。

ゲームみたいに試験があるわけじゃないんだな。

しかし、魔物は解るが、聖物と武物は初めて聞く。

この世界特有の生物だろう。

「達成後、正式なギルドカードを発行いたします。また、依頼を受けられるのは正式登録後になります。」

変な強い魔物に当たっても嫌だし、一応おすすめの魔物、聞いておくか。

「ちなみに、一番弱い魔物はなんですかね?」

受付嬢は少し考えた後、パッと閃いた顔をして机の上にある地図を指差した。

「東の森にはレベル2の聖物『ブック』が生息しています。比較的温厚ですが、攻撃されると反撃しますのでご注意ください。」

レベル2か。

今の俺でも何とかなるだろうか。

そう考えていると、不安な顔をして受付嬢が首を傾げた。

「失礼ですが……武器や魔法は扱えますか?」

その質問に俺は固まった。

そういえば、この世界に来てから一度も魔法を使っていない。

「いや……使えるかどうかすら分かりません。」

受付嬢は驚いた表情を浮かべた。

「でしたら、先に魔術書屋へ行かれることをおすすめします。魔法を学ばずにブックへ挑むのは危険です。」

「魔術書屋?」

「はい。この街で最も有名なお店があります。ただし……。」

受付嬢は苦笑いを浮かべる。

「魔術書は、とても高価ですよ。」

嫌な予感しかしない。

俺は革袋の中の銀貨を握り締めながら、受付嬢に教えられた魔術書屋へ向かうことにした。

 

受付嬢に教えられた通り、大通りを外れて細い路地へ入る。

人通りは少なく、昼間だというのにどこか薄暗い。

その奥に、一軒だけ古びた店が建っていた。

色あせた木製の看板には、

『魔術書専門店 黒梟堂』

と書かれている。

「ここか……。」

何だか不気味な気配が漂っているな。

店の扉を開けると、カラン、と鈴が鳴った。

中には本棚が天井まで並び、革表紙の本がぎっしりと詰め込まれている。

古い紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。

「へい。坊や、いらっしゃい……。」

店の奥からしわがれた声が響く。

現れたのは、小柄な老婆だった。

背中は歪曲に曲がり、真っ黒なローブを羽織っている。

長い白髪を後ろで束ね、口元には不気味な笑み。

何より印象的だったのは、その目だった。

年老いているはずなのに、獲物を狙う猛獣のように鋭い。

「初めて見る顔だねぇ。旅人かね?」

「ええ。魔術書を探していて……。」

「ほぉ?」

老婆は俺を頭の先からつま先まで眺める。

「坊や……あんた、まだ魔法を一つも覚えちゃいないね。」

「分かるんですか?」

「三百年も魔術書を売っとれば、長年の勘がついて、解るようになるものさね。」

三百年?

冗談なのか本当なのか判断がつかない。

老婆はクックックッと笑い、本棚から一冊の本を取り出した。

黒い革表紙に銀色の文字が刻まれている。

『魔術書【初級】』

「初心者ならこれ一冊で十分だよ。」

俺は本を受け取る。

思ったより分厚くて重い。

ページをめくると、火、水、風、土、など、様々な魔術が細かく書かれていた。

「これ、いくらですか?」

「銀貨10枚だよ。」

困ったな。足りない。

銀貨8枚と銅貨12枚が俺の全財産だ。

どうする?バイトして稼ぐしか......。

そもそもそも異世界にバイトがあるのだろうか。

俺が困った顔をしている様子を見て老婆はニヤリと笑った。

「高いと思うかい?」

「思いますよ! 高すぎます!」

「なら買わなきゃいい。」

あっさりと言い放った。

「その代わり、魔法も使えず森へ行って、聖物に返り討ちにされるだけさ。」

ぐっ……。

言い返せない。

受付嬢も魔法を覚えろと言っていた。

つまり、この本は必要経費なのだ。

「せめて銀貨五枚にしてください。」

「銀貨9枚。」

「じゃあ六枚はどうですか?」

「9枚。」

「七枚。」

「8枚。」

おや?少し下がったぞ。

8枚ならギリ足りるが、持ち金ほとんどを失うことになりそうだ。

「そんなに頑ななんですか?大人気ないですよ。」

「商売だからねぇ。」

老婆は椅子に腰掛け、湯気の立つお茶をすすりながら続けた。

「坊や、あんたは勘違いしている。」

「何をです?」

「これは本じゃない。命だ。」

いきなり何を言い出すんだ。この婆さん。

老婆は机を指で叩いた。

「魔術書一冊あれば、食料を得られる。依頼を受けられる。金を稼げる。逆に魔法がなければ、森で一日も生きられない。」

「でも、持ち金ほとんどですよ?」

老婆はニヤニヤしながら身を乗り出した。

「例えば銀貨を一枚残したとしよう。宿に泊まれる。飯も食える。だが明日、魔法が使えず死んだらその一枚に何の価値がある?」

言葉に詰まる。

確かにその通りだ。

「……分かりました。」

「いいのかい?」

「でも、一つだけ条件があります。」

「条件?」

「この本を買ったら、使い方を教えてください。」

老婆は少しだけ目を細めた。

「普通なら講習料を取るところだが……。」

沈黙が流れる。

俺はゴクリと唾を飲んだ。

いけるのか?

やがて老婆は笑った。

「いいだろう。その代わり、今日だけだよ。」

「ありがとうございます。」

俺は革袋を机の上へ置いた。

銀貨が一枚、また一枚と並んでいく。

八枚すべて置き終えると、財布の中には銅貨十二枚だけが残った。

「毎度あり。」

老婆は満足そうに笑いながら、本を俺へ差し出した。

うむ、高いが、悔いは無い。

「それで……どうやって覚えるんですか?」

「魔術書ってのは知識じゃない。魔力の流し方そのものを記録した道具さ。」

「魔力の流し方?」

「本を胸に当てて、自分の魔力をゆっくり流し込むんだ。」

言われた通り、本を胸に抱え、意識を体の中へ向ける。

すると、不思議な感覚があった。

体の奥底から温かい何かが湧き上がり、本の中へ吸い込まれていく。

次の瞬間。

あの、異世界で最初に目覚めた時と同じように、大量の知識が頭の中へ流れ込んできた。

火球の生み出し方。

風の刃の形成。

水弾の圧縮。

土壁の生成。

次々と魔法の知識が脳裏へ刻み込まれていく。

「っ……!」

頭が割れそうな痛みに思わず膝をついた。

数秒後、痛みは嘘のように消えた。

「終わったようだね。」

老婆がニヤニヤしながら言う。

「これであんたは初級魔術師だ。」

俺は恐る恐る右手を前へ突き出した。

魔力を集中させる。

頭の中に浮かぶ詠唱を思い描く。

すると、掌の上に小さな赤い火の玉がふわりと現れた。

「……できた。」

人生で初めて魔法を使った。

その光景に思わず息を呑む。

老婆は満足そうに頷いた。

「森へ行きな。魔法は本を読んで強くなるもんじゃない。何度も使って、何度も戦って、初めて自分の力になる。」

俺は大切そうに魔術書を抱え直し、店を後にした。

残った金は、銅貨十二枚。

もう後戻りはできない。

次に向かう先は、東の森。

俺にとって最初の実戦が、そこで待っていた。

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