その破滅は相互理解より始まった。
相互不理解ではない。
むしろそれはこの上なく理性的に互いが歩み寄った末に生じた必然でもあった。
ある日、突然に
それは外宇宙からの来訪者の存在を知らせる合図に他ならない。
異常気象、未知の現象、そういった希望的観測は即座に塗り潰された。
他でもない、彼等自身からの
地球人類より遥かに進んだ文明の技術や概念。
旧世代ではオカルトとされたその数々が惜しみなく開帳され、めでたく国交は樹立する。
……そして、僅かな期間で破綻したのだ。
理由については定かではない。
あるいは我々末端には伏せられているとしても不思議はない。
人としての道徳・倫理を至上とするあまり、譲らず外宇宙の彼等にもそれを強要した。
そういった噂がまことしやかに流れてはいたが。
それを彼等が突っぱねたことは驚くには値しない。
むしろその理性をこそ褒め称えるべきであろう。
一つ譲ればまた一つと際限なく調子に乗り続けるのが人類の
例えばその過程で宗教を刷り込み、偉大な指導者をそれらと同一視させればどうなるか?
不合理な便宜を招き、足の引っ張り合いが横行し、腐敗の温床となっていたであろう。
それこそ今のような事態を招くよりもっと早い段階で内乱が発生していてもおかしくない。
だとすれば彼等の回答はこの上なく誠実で理性的であったに違いないはずだ。
ともすれば、人類はその眩しさに目を焼かれてしまっても不思議ではないほどに。
そう、先に
彼等は愚かにも外宇宙からの来訪者たちとの手切れを
技術交流という名の施しによって自身が力を付けたと勘違いした上の暴挙であった。
しかしながら、彼等は何処までも理性的であった。
攻撃を受けても幾度も対話を呼び掛けてきた。
それらにまるで効果がないと見るやこちらに応じた暴力による対話に切り替えた。
暴力という対話手段は皮肉なことに、人類に対しては効果
人類は面白いように惨敗し続けた。
赤子の手をひねるように、と表現すればいっそ赤子に失礼であると感じる程度には無様に。
それでも人類は止まらなかった。
……いや、止まれなかったのであろう。
何故なら指導者というものは安全な場所で過激な意見を声高に叫ぶものらしいからだ。
前線に立たされる兵士たちが恐怖を覚えても指導者はそれを真に共有はできない。
だから、人類は惨敗に惨敗を重ねて地上のほとんどが彼等に奪われるに至った。
そして今、過激派と呼ばれる連中は宇宙ステーションに居を構えて最後の賭けに出ている。
そんな回想に浸っている中で。
皮肉げに持ち上げられようとする唇がまるで蓋をするように柔らかい何かで塞がれた。
吐息が混ざり合う。
宇宙ステーションの隔離ブロックで行われる小さな秘め事。
こんな場所では、例え誰かの吐息であっても空気は貴重なものだ。
そんな常識を盾に、貪るように互いの歓びを交わし合う。
……果たしてどれだけ時が経過したのか、しなだれかかる身体をそっと抱き止める。
羽根のように軽いソレをまるで掻き抱くようにしっかり繋ぎ止め、確かな熱を感じる。
静寂の空間に互いの鼓動を思う。
甘やかな温もりに包まれ強張った身体が弛緩してゆく。
無重力の波の中に只々溺れそうになる感覚。
最後の時を迎えるのならば、あるいは彼女とただ共に在ることが幸せなのかも知れない。
やがてどちらからともなく顔を近付けて、そして、再び重なり合った。
顔を離し、銀の架け橋が途切れるのを横目に彼女の表情を目に焼き付ける。
ゆっくり広がる乱れた髪、紅潮した頬、周囲に浮かぶ文字通りの玉の汗の雫たち。
そして潤んだ瞳と、その中に映る自分自身。
彼は唇を真一文字に引き結び、決意を秘めた光をその眼に宿していた。
……そうか、そうだった。
時が止まったかのように互いに見詰め合うこと暫し。
そして程無く、電子音が無言の邂逅を妨げた。
「……時間だ」
スーツのジッパーを上げる。
逃げ場のない熱が内に籠もるが、今はそれに不快感は覚えない。
幾度となく繰り返した動作で迷いなく準備を整えていく。
縋るように手を伸ばした彼女の姿に気付きながらヒラヒラと手を振ってその場を後にした。
どうか幸せになって欲しい。
そんな儚い願いは声には出さず胸の奥へとしまい込んだ。
これからの彼女にとっては余分な荷物となるであろうから。
足取り軽く、隔離ブロックの奥へと進んでゆく。
こんな狭い場所までわざわざ見送りに来ていたお節介どもと軽く挨拶を交わしながら。
笑みを浮かべる者には笑みを返して。
手を上げて待つ者とはハイタッチを交わして。
手を振り、握手して、憎まれ口を叩き合いながら、漸くのことコックピットに到着した。
コックピットは一人乗り、ここから先は優雅な一人旅だ。
コンソールをチェックしていく… システムはオールグリーン。
どうやら最後の最後で出撃できないというヘマは避けられたようだ。
この日のために残った全ての武器・兵装を結集し、この機体のみに全てを背負わせたのだ。
正真正銘、抵抗勢力最後の牙にして虎の子だ。
……だからこそ『我々は武器を捨てて逃亡する』というこの上ない意思表示として機能する。
そう。
彼等への勝ち目がないと理解しながらも頭を下げられなかった抵抗勢力は、今日、旅立つ。
遥かなる外宇宙へと。
それこそが、『プロジェクト・エデン』。
地上で保護下に置かれた同胞や地球そのものを見捨て外宇宙に楽園を求める計画だ。
そもそも彼等が外宇宙から訪れたというのにその何処に逃げるというのか。
……けれど、逃げ出した先に楽園あれかしと願う気持ちそのものは理解できなくはない。
全員が無事にその楽園とやらにたどり着ければ良い。そう心から願う。
自分を除いて、だが。
自分の役割はまぁ、有り体に言ってしまえば
おそらく理性的な彼等は特に抵抗もなく逃げる我々を見逃してくれるであろう。
しかし、それを100%信じ切ることは出来ないのだ。他でもない我々自身の弱さゆえに。
なによりこれは個人的な意見なのだが…
── どうにも自分は、『正しすぎる』彼等が気に入らないようなのだ。
「……イグニッション」
駆動部に火を灯す。
宇宙ステーション隔離ブロックの粗末なカタパルトから『最後の兵器』が今、飛び出す。
程無く、宇宙ステーションの噴射口から光が煌めき徐々に衛星軌道上を離れてゆく。
いつまでもそれを眺めていたい気持ちに蓋をして、自分は前方に視線を戻す。
自分のことを英雄だと持て
何も救えず、何も変えられなかった自分には過ぎたる称号だろう。
なにより、ご覧の通り清廉潔白とは程遠い人格だ。
自分のことを守護神だと崇める者もいた。
たまたま死ななかっただけで自分より優れたパイロットは山ほどいた。
そんな連中を差し置いて自分こそが最強だなんて
なにより、その不死身の神話は今日確実に、間違いなく
帰るつもりはない、というのは気楽なものだ。
初速からフルスロットルで飛ばしても、機体に無理をさせても誰にも文句は言われない。
「……天の光は
小さく呟く。
まさに
不出来な存在たちの、無価値なる逃走劇のために立ちはだかる時代に咲いた
そんな自分を呼ぶならば、そう。
時代の転換期にあらゆる力を背負い、正しき存在
平和な時代の礎となって散って
であるならば、自分は…──
広大な宇宙の海の中。
楽園を目指す船の遥か後方で、誰にも感知できない小さな閃光が一つ煌めいた。