Millennium's Sky High 作:リンクス志望者
えー、前回頭空力要素は次回とか言いましたが、すみません。今回もそこまで行きませんでした。
じ、次回こそは必ず……。
「それで……」
酷い頭痛に悩まされている人のようにこめかみの辺りを抑えながら(たまにウォルターがこんな事をしていた。)、調月リオは口を開いた。
「『自分は『惑星ルビコン3』で活動していた傭兵で、自分達の文明では恒星間航行や『強化人間手術』といった高度な技術が発展していた』……という事だったわね」
彼女の発言を、わたしは首を縦に振り肯定する。
「そして、……あなた達の文明は『地球』から興った」
やはり、わたしは首を縦に振った。
「つまり、貴女の言い分が全て真であるとするなら───」
そこで彼女は一度言葉を切って、深く息をついて続けた。
「貴女は、俗に平行世界や異世界と呼ばれる、こことは異なる世界からやって来た、という事になるわね」
……まあ、そうなるのだろうか?
「……ACや貴女の身体という一応の根拠があるとは言え、正直俄には信じられない話ね」
確かにその通りだ。
「だとしたらどうやって……? 次元を越える何らかの手段或いは条件が向こう、若しくはこちらで揃っていたの? それとももっと別の……いえ」
彼女は小声でぶつぶつと何かを呟くと、瞑目して首を横に振った。
「当事者である貴女にこの件に対しての明確な知識や経験、記憶が無い以上、この現象に関して、今この場で答えを用意するのは不可能ね。……だったら、この話はこれで終えるのが合理的。話題を変えましょう」
賛成だ。
はっきり言ってわたしはこの手の考え事が苦手だ。ACの機体構成や戦闘に関することならいくらでも考えられるのだが、難しい理論についての考察だとか、算数や数学といったいわゆる『お勉強』は嫌いである。
「大分話が逸れてしまっていたわね。話を戻すわ。貴女の素性についてよ。……今更だけど、貴女の名前は?」
わたしはレイヴンだ。
万一気に入らないなら、強化人間としての品番であるC4-621と呼んでも良いし、独立傭兵としての登録番号であるRb23でも構わない。
「……レイヴン、と呼ばせて頂戴。人間を番号で呼ぶ程、私は人の心を失ってはいないわ」
それはわたしのウォルターの事を……。
……もう私にそんな事を言う権利は無いか。
それはともかく、わたしの事を人間として見てくれるのは凄く嬉しい。なるほど、これが喜びという感情だろうか……。
「ところでレイヴン、…………貴女に、帰る場所はある?」
……帰る場所?
待てよ、そういえば自分はこれからどうなるんだろうか。ルビコンへ帰還するなんて無理だが。
とにかく、わたしに帰る場所なんてものは無い。
なんて事だ、これからどうやって生きていけば……?
「……そう。それなら……。ごめんなさい、話題を変えましょうか。そうね……」
なぜか調月リオの纏う雰囲気が重苦しくなってしまった。
一体なぜだろうか。
そして何かを考え込むように黙り込んで、数十秒が経ったあと、彼女は再び口を開いた。
「……いくつかの質問に答えて貰うわ。と言っても、難しい事は聞かない。質問に対して、貴女の経験したことや感じる事を、貴女の思うままに答えてくれればそれで結構よ。まあ、簡単なアンケートのようなもの、と考えてくれれば良いわ」
なるほど。
……30秒ほど時間を頂けるだろうか?
「……? ええ、良いけれど……」
……エアー! 『あんけーと』って何ー!?
『単語について調べました。《アンケート》というのは、対象の意見や行動などを調べるために行う質問の事のようです』
なるほど、よく分かった。ありがとう。
「……もう良いわね? 質問するわ。
───一つ目。レイヴン、貴女は今まで、ACを用いて依頼をこなす傭兵として生きてきたのよね? あの機体構成からして、主に戦闘を伴う依頼を受けていたのは分かるわ。……貴女達の頭上に、ヘイローはあった?」
そんなものは無かった。わたしは首を横に振った。
「……そう。───二つ目よ。貴女は……人を、殺したことがあるかしら」
もちろん、とわたしは肯定した。
「………分かったわ。三つ目の質問よ。貴女は、殺人という行動についてどう思う?」
……?
質問の意図が掴めない。これを聞いて何の意味があるのだろうか、とわたしは疑問に思った。
「意味はあるわ。……お願い、質問に答えて」
……。
わたしは、殺人は本当はやってはいけない事であると、知識の上では一応知っている。何百人、下手をすれば何千人と殺した後でそんな事を言っても仕方ないとは思うが。わたしは惑星封鎖機構の要撃艦が何人乗りだったかなんて知らないし、ルビコン解放戦線のストライダーが何人で運用されていたかも知らない。
今のところ、殺った事に後悔も無い。適切な報酬さえ貰えれば何人でも殺す。
それがわたしという傭兵だ。
「……分かったわ。……次の質問よ。貴女は、誰かに頼まれて、妥当な金額のお金さえ貰えれば、殺人を含めて『どんな事でも』する?」
当然である。施設の破壊からハッキング阻止まで、何でもござれだ。
ただし、受ける依頼は選ぶが。
「……それは、どういう意味かしら」
調月リオという女性がそう扱ってくれたように、わたしは一人の人間だ。自分の意思がある。信念がある。やりたいことが、ある。
やりたくないことはどれだけお金を積まれたってやらないし、報酬が少なくても、それが『わたしのやりたいこと』だったなら、わたしは仕事を受ける。
だからわたしは、
話が逸れた。
まあとにかく、自分がやりたくない仕事は、どれだけお金を積まれてもやらない。
わたしは贅沢な傭兵なのだ。
「そう、分かったわ。……次で最後の質問よ。例えば貴女が、今とてもお金に困っているとしましょう。そんな時、貴女の元に一つの依頼が舞い込んできた。内容は───特定の人物の殺害よ。貴女は、この依頼を受ける?」
もちろんだ。
「そうでしょうね。では───仮に、その土地で『殺人が絶対的な禁忌』とされていたら? もしも貴女の行動が露見してしまえば……貴女の人生は、間違いなく終わる。だとすれば、貴女はこの依頼を受ける?」
それは……受けないと思う。お金なら他の仕事で稼げば良いし、わざわざ人生を賭ける程のリスクを負ってまでそんな依頼を受けはしない。と、思う。
昔の、自我が希薄だった頃は考え無しに受けていたとは思うが、今は違う。
「そう。……ありがとう、十分よ」
……それで、なぜ調月リオは突然こんな質問をわたしにしてきたのだろうか。
「それは……そうね、貴女の持つ殺人という行為に対しての意識を知りたかったのと、もう一つ。『理由があれば、貴女は殺人を踏みとどまれるか』を知りたかった。つまり、……何と言うべきかしら。その……このキヴォトスという世界に、貴女が適応する事ができるか。それが、知りたかった。長々と質問してごめんなさい」
……わたしが、この世界に、適応?
それはどういう事だろう。
「何か帰還の手段があるのなら話は変わるけれど……レイヴン、貴女には帰る場所が無いのでしょう? となれば、貴女は今日からこの世界で生きていく事になるわ」
「もしも貴女が、殺人という行為が絶対的な禁忌とされるこの世界に適応出来なければ───さっきの質問で、殺人の依頼をそれでも受けると答えていたら。お金さえ積まれれば、人を殺すと答えていたら───私は、貴女をこの場所に幽閉するつもりだった。……キヴォトスに暮らす人々、そしてセミナーの会長としてミレニアムの生徒を守るための行動よ。分かって頂戴。 けれど───」
彼女は一度言葉を切って、僅かに微笑んだ。
「理由はどうあれ、そうはならなかった。ありがとう。今はそれで十分よ」
……今はそれで十分?
何が何に十分なのだろうか。駄目だ、さっきからいまいち話についていけていない気がする。
「……肝心な事を言っていなかったわね。まあ、敢えて言わなかったのだけど。───貴女がもし望むなら……貴女に、生徒としての身分を保証するわ」
『レイヴン。どうやらこのキヴォトスでは、《生徒としての身分》というのは《人権》とほぼ同程度の概念のようです。この世界で生きていくなら、入手はほぼ必須……。この話には乗るべきではないでしょうか。もちろん、対価にもよりますが』
なるほど、つまり『生徒としての身分』というのは『傭兵ライセンス』と大体同程度に重要なものらしい。
……必須も必須じゃないか。
それをくれるとは有難い。では、わたしは対価として何を差し出せば良いのだろうか。AC以外のものなら何でも差し出すが。
「……えっ、対価」
───と、なぜか調月リオは驚いたように目を見開いた。
……が、すぐにそれを取り繕って。
「そうね……。『入学試験』を行いましょうか。貴女の学力、運動能力、戦闘能力の試験をそれぞれ行うわ。貴女は今日まで寝たきりだったから……そうね、暫くはリハビリに努めることにしましょう。試験はその後よ。合格したら、貴女は晴れてミレニアムの生徒となるわ」
なるほど。
試験に合格すれば、生徒としての身分が手に入る、と。
学力はともかく、運動能力と戦闘能力には何の問題もない。わたしは腐っても強化人間だ。普通の人間とは訳が違う。……はずだ。
なんなら学力も、試験の時にエアに頼んでカンニングを───
『それはダメです、レイヴン。あくまでも自分の力で挑むことに意義があります』
そんなあ!?
……失敬、少々取り乱した。
とにかく、運動能力も戦闘能力も問題ないだろう。試しにベッドから降りて軽く身体を動かしてみたところ、以前と全く変わりなく動ける事が判明した。幸い、身体は鈍っていない様だ。これなら余裕で試験に受かる───!
───試験当日。
「……五感の鋭さには目を見張るものがあるわね。例の手術の影響、という事かしら。特に動体視力と瞬発力については───素晴らしい、としか言えないわ。この点に限って言えば、貴女はネル以上の能力の持ち主よ」
「ただし運動能力は駄目ね。殆どの項目で、平均値を大幅に下回っているわ」
そんな……わたしは、強化人間だぞ………!?