今日はテスト結果が発表される日。赤点を取ったなら即退学となる運命の日だ。流石に俺も愛衣もしっかり勉強してたし、手応えもあったから赤点はまず無いだろう。あるとすれば、うちのクラスの馬鹿どもくらいだ。休み明けにも関わらず緊張した空気が蔓延している。退学の賭かる赤点組は固唾を呑んでいるだろう。この空気には流石の茶柱先生でも驚きの表情を隠せないでいる。
「先生、今日結果発表が行われると伺っていますが、それはいつでしょうか?」
「おいおい、どうした平田。お前だったらあれくらいのテストは余裕なはずだ。違うか?」
「良いから答えて下さい」
「喜べ、今からだ。放課後のSHRでは手続きが間に合わない場合があるからな」
その一言にどれだけが反応しただろうか。神頼みのつもりか手を合わせる者、身を縮こまらせる者、逆に微動だにしない者など様々だ。そんな生徒らを無視してホワイトボードに1枚の紙が貼り付けられる。生徒の名前と点数の一覧が載せられた大きな白い紙をオレたちは凝視する。
「正直なところ、私は感心している。国語、数学、並びに社会では同率一位...つまり、満点が10人以上居た。どうしたお前たち、やけに静かだな。嬉しくないのか?」
上から名前を探す。俺は全教科満点だったが、やけに満点が多いのは過去問のおかげだろう。次からは殆どが満点を逃すはずだ。
他の連中はどうやら『手続き』という言葉に引っかかって最下位の点数を気にしているようだ。最下位は須藤、60点を超えたのは英語以外。その英語の点数は38点。
「っしゃ!!」
思わず、須藤は立ち上がり叫んだ。池や山内も同時に立ち上がり喜ぶ。
「見たろ先生!俺たちだってやるときはやるんだぜ!」
「ああ、認めている。お前たちが頑張ったことは。だが────お前は赤点だ、須藤」
須藤の名前の上に一本の赤いラインが引かれていく。
「は?ウソだろ?なんで俺が赤点なんだよ!赤点は31点って言ってただろうが!」
「誰がいつ、赤点は31点だと言った」
「いやいや、先生は言ってたって!なぁみんな!?」
「お前らが何を言っても無駄だ。この学校の試験における赤点基準は各クラス毎に設定されている。そしてその求め方は平均点割る2。今回のテストの平均は80、それを割れば40。つまり38点の須藤は2点足りなかったということだ。惜しかったな」
「ウソだろ...俺は...俺が、退学ってことか?」
「短い間だったがご苦労だったな。放課後退学届けを出してもらうことになるが、その際には保護者に同伴する必要があるからな。この後私から連絡しておく」
淡々と突きつけられる非情な現実。ショックのあまり、動かなくなってしまった様だ。
「ま、待ってください先生!本当に...須藤くんは退学になるんですか!!」
採点ミスはないか、そんな悪あがきもあったがそんなものはあるはずが無く、須藤の赤点が覆ることはなかった。
「平田、諦めろ。全ては赤点を取った須藤の自業自得だ。これ以上は時間の無駄だろう。もう少しで1時間目も始まる。私は行くぞ」
そう言って茶柱先生は教室を後にした。それを追うように俺も席を立つ。
「火神くん...?」
「トイレ」
と嘘を吐いて教室から離れる。今回は吐かないよう気をつけないとな。
茶柱先生の後を追うと屋上に出てタバコを吸っているようだった。近年若い人の喫煙者は減っているらしいが、吸う奴は吸ってるということか。
「教師が学校で喫煙ですか。しかも学生の来れる場所で」
「室内だと臭いが篭って煙たがれる。私以外にもここで吸っている先生はいるぞ。...で、何の用だ?女性恐怖症のお前がわざわざここまで追ってきて。まさかお前も須藤の退学になにか言いたいのか?」
「そんなことに興味はありません。...先生、ここは実力で生徒を測る、でしたよね?」
「ああそうだ。ただしあらゆる面でな」
「俺は今回の試験で全教科満点を獲りました」
「そうだったな。それはおめでとう」
「なので...ポイントをください」
「なるほどな...確かにお前は今回の試験で実力を示した。いいだろう、ポイントを進呈しよう。明日には5万ポイント支給するようにしておこう」
「ありがとうございます」
「これからも精進するように。それにしてもお前は退学について何も言わないのか?」
赤点をとったら即退学。というのはテスト前どころか5月頭に言われた事で、学校のルールとして存在する以上学生なら従わなければならない。反抗するだけ無駄な努力だ。それに、
「俺は、俺と妹が一緒に居られれば他の連中がどうなろうと知ったこっちゃありません。誰が退学しようが、2000万でクラスを移動しようが、俺にはどうでもいいことだ」
「ならその妹が退学になったらどうする?」
「助けます。何があっても。無理なら一緒に退学しますが」
「筋金入りのシスコンだな...そういえばお前ら兄妹に星乃宮が話があると言っていたな。放課後に暇なら保健室に行ってやれ」
星乃宮先生、最後に会ったのは部屋を引っ越した前日。用もないので保健室なんて行かないし、金曜までテスト期間だったしで気を使ってくれたのだろう。
「わかりました」
「茶柱先生」
そこで新たな客人が。綾小路がやってきた。お前は何の用だよ。
「んじゃあ俺は戻ります。授業があるし。綾小路も早く戻ってこいよ」
「お前にも手を借りたいんだがな...」
「俺にメリットがあるならいいけど」
「...ないな」
「んじゃ帰る」
多分須藤のテストの点数をポイントで買おうとか言うんだろうな。『ポイントで買えないものはない』というルールがテストの点数にまで効力はあるだろう。だがその価格は安くは無いだろう。果たしてポイントを貰っていない俺たちDクラスの生徒が出せる額だろうか?そもそもそんな事を何故綾小路がするのだろうか?
「火神くん」
教室に戻るなり今度は黒髪ロングの女子生徒に話しかけられた。授業始まるんだけど。
「何?てか誰?」
「堀北鈴音よ」
堀北、といえば確か平田とは別に勉強会を開いて赤点組の面倒を見ていたという女子か。そういえば話した事無かったか。
「貴方、テスト範囲が変わったこと、知っていたのね?」
「それは皆知ってることだ。まあこのクラスでは発表されなかったけど」
「いいえ、貴方が知ったのは少なくとも私たちより早かったはずよ。教えてくれた平田君は貴方から聞いたと言っていたわ」
なーんで今聞いちゃうかな。授業前で綾小路以外全員いるんだけど。しかしミスった、平田には俺から聞いた事は伏せてもらうべきだったな。
「どういうことだよ、火神」
「貴方の妹がAクラスにいるのはここにいるほぼ全員が知っている。貴方も恐らくその妹から少なくとも金曜日中に聞かされたのではないかしら?」
「ああ、聞かされた。Dクラスが範囲変更の話は聞かされていないと言ったら驚いてたよ。そりゃあそうだよな、退学がかかってたんだから」
「何故平田君にしか教えなかったの?何故金曜日中に教えなかったの?貴方が情報を共有しなかったせいで須藤君は退学になったのよ?」
須藤が退学になったのが俺のせい?笑わせるな。
「つまり須藤の退学は俺のせいだと言いたいのか?だがな堀北、須藤以外はちゃんと赤点を回避した。俺以外は月曜に知らされたにも関わらずな。これで赤点がもっと多かったら非を認めるが、たった1人だとなぁ、そいつの努力不足じゃないのか?」
「貴方が変更を知ったのは金曜日、平田君に教えたのは月曜日。土日の2日間が使えれば結果は変わっていたはずよ」
「どうだろうな?急に範囲が変わったなんて言われればモチベが下がって勉強が手につかなくなる可能性もあった。それに最後は結局過去問の丸暗記をしようとしてたんだろ?なのに丸暗記も出来ないようなら土日が使えても意味があるようには思えないな」
過去問を手に入れたのなら苦手科目を優先するべきだった。だが須藤は苦手だからか、ギリギリまで手をつけなかった。当日の休み時間にも寝落ちしたなんて話が聞こえたくらいだ。それでどうにかなるほど高校のテストが甘いはずがない。
「まあ何はともあれ赤点は本人の責任だ。取ってしまった以上ここにいる資格は無くなったんだ、さっさと家に帰る支度をさせるんだな」
「残念だが須藤は退学にはならないぞ」
「えっ...?」
声の方を向くと綾小路が戻ってきていた。
「須藤の赤点は無くなった。だから退学になることはない」
「マ、マジか...?退学じゃなくなった、のか?俺は...?」
「ああ、後で茶柱先生に確認してみろ」
「うおおおっしゃあああああ!!!!」
「マジかよ...良かったな、健!!」
こいつ、他人のために点数を買ったのか?それとも自分の点数を売って赤点ラインを下げたか?可能性があるなら後者だ。テストの点数なんてかなり高額のはず。今のDクラス生徒では1点だって買えないだろう。
「どうやら首の皮1枚くっ付いたようだな。堀北、そろそろ授業が始まるぞ。席に戻りな」
「...っ、言われなくてもそうさせてもらうわ」
「ああそうだ、忘れていた。俺が平田にしか言わなかった理由だが...このクラスにおいて、1番信用出来るのが平田だからだ」
行動力、人望、誠実さ。この3つを兼ね備えた平田なら確実に拡散してくれると思ったからだ。
「これでいいだろ?さ、とっとと戻った戻った」
しかし何故綾小路は須藤なんかを救ったのだろうか。暴力的でバカで運動以外取り柄のない奴なんて切り捨てればいいのに。これから先、使い道はあるんだろうか?肉壁くらいしか思いつかないな。
キンコンカンコン
一悶着あっても変わらず鳴り響くチャイムは始業を告げ、テストから解放された学生達を日常に引き戻していく。