剣の丘。
アーチャーの固有結界──心象風景だというその空間には剣戟、爆発の音が絶えず響く。
剣で築かれたバリケードの向こうで、アーチャーがライダーとバーサーカーを相手取って戦ってくれているのだ。
これまで見せてこなかった彼の切り札、この固有結界の力でなんとか二騎をいなしてくれているが、それもいつまでもつか分からない。スバルたちは一刻も早く、スバルと士郎のパスを繋ぎ契約精霊ベアトリスを呼ばなければならないのだが……。
「トーサカちゃん、悪い。今俺死ぬほど体調悪くてさ。変な聞き間違えしたっぽいから、もう一度言ってもらえるか?」
訳あって、倒れるギリギリまで絶不調になっているスバルは、凛に聞き返す。
対して凛は、さも当然であるかのように先の言葉を反復した。
「だから。衛宮くんナツキくん、服を脱いで密着してくれる?」
「「聞き間違いじゃなかった……!」」
理外の要求に絶句するスバルと士郎。おかしい、今まで凄くシリアスなパートをしていた──というかリアルタイムでシリアスな死線を潜っている弓兵が向こうにいるのだが。
「あの、トーサカさん? 俺そんな腐ったお姉様方向けのサービスは受け付けてないんだけど」
「ふざけないの。脱ぐって言っても上だけで良いから。魔術回路の移植は精神と体の融合、出来るだけ接触を多くしなきゃいけないのよ」
「え、これ冗談とかじゃなく本気のやつ? 俺たち、アーチャーが決死の戦闘してる裏で上裸で抱き合うの?」
「……どうも本気らしい。覚悟を決めるしかなさそうだぞスバル」
「くそ、パワーアップイベントってもっと格好良い演出が入るもんじゃねぇのか!」
結局やむを得ず、上を脱いだスバルと士郎は密着する。「ロズワールとの入浴でもこんな密着はしてねぇ」だのぼやきつつ士郎を抱くスバルだったが、相手の士郎はなにやら真剣な顔付きでじっと……スバルの唇を見ていた。
「……おい、シロウ……? その、悪いんだけど俺には心に決めたエンジェルが既にいてだな」
「スバル。その口元の跡、
「あ、あー、そっちか。……まぁちょっとな、結構しんどい」
今スバルを襲うのは、全身への鋭かったり鈍かったり様々な痛みと倦怠感、頭痛、吐き気エトセトラだ。頭はガンガンと打ち鳴らされ、胃の中がかき回されているような不快感が常に付きまとう。先刻も堪えきれず陰で嘔吐した。正直、ひと思いに殺してくれた方が楽だとすら思える。けれど。
「けど、まだ大丈夫だ、アーチャーに比べりゃ全然かすり傷」
「──無理するなって言っても……聞かないよな。早く済ませよう」
「これから神経切り離す奴に心配されちゃ世話ねぇな」
「あなたたち、乳繰り合うのは戦いが終わってからにしなさいよね。始めるわよ、目を閉じて──」
凛の言い草に文句はあるが、事態が事態なので大人しく従って、瞼を閉じる。
『――Auftra
……凛の詠唱が始まる。
士郎の魔術回路を受け入れる為、スバルと士郎は同調する必要があるのだという。
『Das dritte
スバルは心を落ち着けて、ただ士郎の存在にだけ意識を向けた。
すると次第に、召喚以降希薄だった士郎との繋がりが、色濃く、太く、感じられて。
『das Fl
互いの境界が曖昧になって。
衛宮士郎という存在が、ナツキ・スバルの中へと──。
「──
幾千もの剣が射出され、矢として敵に襲い掛かった。
名の知れた偉人が振るった名剣魔剣、その複製品が、不敬にも
並の戦士であればそれだけで蜂の巣になってしまうだろうその弾幕は、しかし二騎の敵には通用しない。片や圧倒的な飛行性能でそれを躱しきり、片やその肉体で全てを弾いてみせる。
「規格外だな、まったく」
この心象世界の主、アーチャーは呆れて笑いを零す。
スバルたちの時間を稼ぐと見栄を切ったアーチャーだったが、もはやそんな力が残っていないことなど自らが一番分かっている。万全のアーチャーであれば打つ手もあっただろうが、今の彼は天馬に蹂躙され満身創痍。立っているのがやっとで、矢を射りたくとも力が入らない。
「■■■■■■──!!」
剣の雨
せめてできる限りの抵抗を、と無駄と理解しつつも剣による掃射をしようとしたアーチャー。
「────」
その、アーチャーの動きが止まる。違和感を覚え、自らの体を見下ろす。……間違いない。
立ち尽くす弓兵へ向けて振り下ろされた斧剣を──アーチャーは軽やかに跳び回避した。先程まで鉛のように重かった手足を自在に稼働させ宙で回転する。
「──傷が癒えた、いや違うな。負担が減じた。凛か? ……いや」
視線を向けた先に、剣の陰に嘔吐しているナツキ・スバルが映った。
……自分の快調と少年の不調が繋がる。少年はいかなる力か、アーチャーの傷──というより苦痛を肩代わりしたらしかった。スバルは口元を拭うと、何事も無かったかのように士郎と凜へ向き直る。──英霊一騎が膝を折るだけの苦痛だ、一体あの顔の裏にどれだけの痛みを噛み殺しているものか。
……まったく、あのサーヴァントも衛宮士郎に呼ばれるべくして呼ばれた存在らしい。
「……余計な真似をしてくれたものだ」
アーチャーの傷は塞がっている訳ではない。無理のできない身体なのは変わらない。それでも、苦痛なく動く体ならばアーチャーにはまだ出来ることがある。
「──
大剣を振り抜いた攻撃後の狂戦士、僅かだが確かな隙にその呪文は紡がれた。
弓兵の手には黒い洋弓が握られ、剣が矢として番われている。螺旋状の刀身、それを更に圧縮させた矢の名は。
「────"
バーサーカーへ射出される魔剣。
大気を抉り穿った剣は標的に命中するや、炸裂、爆散する──!
「■■■──」
爆炎の先、バーサーカーの胸元には大穴が開いていた。バーサーカーはそれきりピクリとも動かなくなる。
しかし相手は十二の命を持つ大英雄ヘラクレス。その風穴すら命を消費して容易に回復してしまうのだろう。──それで構わない、蘇生するまではライダーに専念ができる。
アーチャーは、今も剣の掃射を躱し続けている天馬を見上げる。
対するライダーも心中穏やかではない。地上の光景はさしもの女怪にも冷や汗をかかせた。
「あのバーサーカーを一射で、ですか……」
天馬がいかに神代の神秘と言えど、あの狂戦士を一撃の元に葬った宝具をまともに食らえば無事では済むまい。元より今のライダーは、大幅に出力が下がった上で、昼の学園での怪我が修復しきっていない状態。アーチャーの宝具と正面からやり合うのは分の悪い賭けになってしまうだろう。
……弓兵が矢を番える。それは、禍々しい刃が不規則に重なった漆黒の魔剣。標的は天空の白馬、限界まで弦が引き絞られた。
「──食らう訳には、いきませんね」
ライダーは天馬を繰り、縦横無尽に空を駆けまわる。いつ射られようと回避し、発射後の硬直する弓兵を轢き潰してくれよう。
狙い定めるアーチャー、カウンターを目論むライダー、互いの睨み合いは数十秒続いた。
「■■■■■■──!!」
「「──っ!!」」
死の淵から蘇ったバーサーカーの唸り声、それが合図。
アーチャーが手を離す。矢は赤き閃光として空へ打ち上げられた──!
「────"
紅の空を両断するが如き一閃。常人が捉えることなど決してできない閃光を、しかし神代の神秘は易々と回避する。そのまま硬直しているアーチャーへ突進、蒸発させる──かに思えた。
「──っ!!」
咄嗟に急上昇、天馬は四方からの剣の砲撃を躱しながら空を駆ける。ライダーが動揺したのも無理からぬことだ。──確かに躱した筈の先の矢が、猟犬が如く今も天馬の尾につけてきているのだから。
──フルンディング。北欧の英雄ベオウルフが振るったとされるその剣は、一度狙った標的を決して逃がしはしない。そしてその効果は矢として射出された今も健在。自在に旋回する天馬を、見失うことなく追尾し続ける。
もはやライダーはこの魔剣から逃げ続けるか、打ち払うしかないのだが、迫る魔剣は易々と打ち払うことなど許さない圧倒的な破壊力を帯びている。
それは瞬時に打ち出せるような代物ではない、数十秒は魔力を込めたであろう渾身の一射──。
「──しまった。それが狙いでしたか……!」
弓兵の罠。
アーチャーが矢を番えた状態で睨み合っていたのは、狙いを定めていたのではない。元より必中の矢に力を込め続けていたのだ。
「アーチャーを殺してしまえばこの追尾が止まる可能性もありますが……彼は盾を持っている。それが万が一、
アーチャーへの攻撃は、アーチャーと猟犬とで挟み撃ちにされるリスクを伴う。アーチャーが万全であるうちは下手に突っ込まず、矢から逃げながら様子を見るしかない。
かくしてライダーは猟犬と共に暫し空へ繋ぎ止められた。
荒廃した地上に立つのは、この世界の主たる弓兵と、なおも十の命を持つ狂戦士。
アーチャーは無数の剣でバーサーカーを取り囲み、高らかに言ってみせる。
「御覧の通り、貴様が挑むのは無限の剣。剣戟の極地。──恐れずしてかかってこい!」
──ライダーは猟犬で足止めした。
あとはナツキ・スバルが帰還するまで、バーサーカーの相手をし続ける──!
──己の心象世界の中心で、アーチャーはたまらず膝をついた。
戦意は折れていない、まだ敵を見据えられる。
痛みに折れてもいない、スバルが半分引き受けている。
……だが、肉体が限界だった。腕が、足が、もう全く言う事を聞かない。
「バーサーカーがたった一人のサーヴァントに、六回も殺されるなんて……! ──手を抜いていたんじゃないでしょうね!」
声を響かせるのはバーサーカーのマスター、イリヤだ。名剣、魔剣に貫かれこの場で六つの命を失ったサーヴァントを叱責する。当のバーサーカーは丁度、負った全ての傷を完治したところだ。
……いくら少女が不満だと騒ごうと、バーサーカーは回復し無傷。更には未だ五つの命がある。
この場の勝者がどちらかなど、頭上を飛ぶライダーでなくとも一目で明らかだろう。
「さぁ早く殺しなさいバーサーカー! そいつをやったらライダーとセイバーの番よ!」
イリヤが無慈悲に命じる、バーサーカーが足を踏み出す。アーチャーは息を呑んだ。
奴がここまで来て、アーチャーにその斧剣を振り下ろしたのなら全てが終わりだ。魔術回路を移植中の凛たちでは満足に逃げることすらできず、目の前のバーサーカーと、猟犬の消えたライダーに蹂躙されて全滅するは必定。
やはり己は、この世界は、所詮は偽物。空っぽの理想の成れの果てでしかなかったのだ。
圧倒的な現実の前に、脆き理想は崩れ去る──。
「──そこまでだ」
──声が、した。
死合の只中に、声の主──場違いなジャージ姿の少年が割り込む。
彼は振り返ると、満面の笑みを弓兵へ向けた。
「最高に格好良かったぜアーチャー。──選手交代だ」
少年は弓兵の不調を一部肩代わりにしている。決して笑えるような体調ではないだろうに、それでもこうして笑ってみせた。アーチャーは思わず微笑を溢し、片目を瞑って返す。
「見せ場だけ掻っ攫いに来たか。君のマスターが志す正義の味方の真似事かな。──ナツキ・スバル」
「悪態つく元気はあるんじゃねぇか、そりゃ重畳」
少年──セイバー、ナツキ・スバルは、両腕を組んで堂々とバーサーカーの前に立ち塞がる。
「──あとは任せろ」
「■■■■■■──!!」
スバルから何かを感じ取ったのか、巨人の殺意は全てが眼前のスバルへと集中した。
吼え、駆け出す。対するスバルは、組んでいた腕を解いて下げただけだ。
無謀。
信じて託したアーチャーの目にすらそう見えた。
かの大英雄ヘラクレスの振るう剛腕、それをスバル如きが受けきれる筈もない。
そうして、不可避にして必死の斧剣が振るわれる、その瞬間。
──スバルが下げた腕。
その手のひらが──幼い手と固く繋がれる。
いつからそこにいたのか。
少年と手を繋いだのは幼い少女だ。
長い金髪を両側にまとめロールさせたツインテール、華やかなフリルのついたドレス。
およそ戦場に似つかわしくない可憐な少女は、愛おしそうに繋いだ手の感触を確かめて、
一言。
「────アル・シャマク」
──漆黒の影が、狂戦士を飲み込んだ。
──アル・シャマク。対象を別次元へ飛ばす陰魔法の極致。
スバルの眼前に迫っていたバーサーカーは、その影に完全に包み込まれる。
こうなっては、さしものバーサーカーももう何も──、
「これが貴様の
「──っ!?」
影に包まれた巨体が、そう発した。
これまで一言も話さなかったバーサーカーの発声にスバルは身構える。アル・シャマクを受けた状態からでも何かしてくるのかと──、
「──異界の秘術、侮れぬものだ」
……影が小さくなり、消滅した。その場には、戦士の賞賛だけが残される。
──バーサーカーのサーヴァント、ヘラクレスは第五次聖杯戦争から完全にその姿を消した。
「……あんだけ強くて実は器もデカいとか、俺の立ち場が無いじゃん……」
「何とどこで張り合っているのよ……」
軽口を叩くスバルに、小気味良い突っ込みが入る。
「というか呼び出して早々こんな窮地なんて、危なっかしくておちおち目も離せないかしら」
「人をそんな元気な幼稚園児みたいに。でもそうだな、お前が来てくれて本当に助かったよ」
「まったく。スバルはベティーがいないと何もできない、仕方のない契約者なのよ」
「ああ、俺も愛してるぜ。ベア子!」
「会話になってないかしら!」
スバルは愛らしく叫ぶ己が契約精霊──ベアトリスを強く抱きしめた。
これまで呼び出せなかった彼女だが、本来は英霊スバルと共に在る存在だ。士郎とのパスが正しく繋ぎ直せたことでこうして無事再会出来た。
精霊騎士ナツキ・スバル、完全復活である。
「っと、勝利に酔うのもベアトロミン摂取も後回しだ。ライダーは上からこっち狙ってるし、アーチャーは死にかけだし、シロウは魔術回路を剥いじまってどうなるか分からん! 問題山積みだ」
スバルが「まずはライダーを警戒しつつアーチャーに治癒魔法か?」などと考えていると、
「……うそ。バーサーカー……」
イリヤが虚ろな目付きで、バーサーカーが消えた虚空を見つめていた。
「……バーサーカー、死んじゃったの……?」
置いていかれた子供のように、拠り所を失った様子で立ち尽くしている。
「────」
彼女、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは敵マスターだ。彼女の命令でスバルは優に百回以上は殺されている。
……だがそれでも今この瞬間の彼女は、ただの家族を亡くした子供だ。
その姿を、どうして放っておけるだろうか。
「──イリヤ」
少女へ声をかけようと、その手を伸ばした時。
「スバル──!」
背後から聞こえるのは、己がマスター、衛宮士郎の声だ。スバルは魔術回路の移植が済むや否や戦場に飛び出してしまった為、彼ともまだろくに話をしていない。
「おうシロウ、さっきは突然飛び出して悪かった! お前との繋がり、ちゃんと感じるぜ。けど、まだライダーがいるからこっちへ来ちゃ──」
「そんなことより、まずいんだ!」
スバルの言葉を遮る士郎は切羽詰まった顔をしている。
その背後、アーチャーの固有結界が──黒い染みに浸食されていた。
「──これって」
スバルはその影を知っている。
それは、聖域を、監視塔を、魔都を飲み込んだ──。
「スバル! ──
「────どうして」
どうして影が出現したのか。
どうしてその名を士郎が知っているのか。
浮かぶ疑問に言葉を失ったスバル、その耳元で。
──愛してる。
愛の言葉が囁かれる。
瞬間、暗闇が溢れ出した。
遠方からスバルたちを取り囲むように剣の丘を塗り潰してく黒。
「──っ、イリヤこっちだ!」
「────」
スバルは思考を放棄、放心するイリヤの手を引く。
次いで、アーチャーへ駆け寄りその体を抱き込んだ。
「ベア子!」
「ムラク──!」
陰魔法により重さを消し、アーチャーとイリヤを両脇に抱える。
周囲は影に塞がれ逃げ道など無い。だからといって何もしない訳にはいかない──!
──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
「ナツキくん、これは──」
「ひぃぃ、誰でもいい、早くどうにかしろよぉ──!」
凛と慎二が駆けてくる。スバルにも何故こうなったかは分からないが──、
「とにかく影に飲まれたら終わりだ! 逃げるしか……!」
──愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。
◆サーヴァントセイバー:宝具
"
ランク:E→E+ 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:1000人
レンジ内の仲間の位置を把握し、その不調をセイバーが肩代わりできる。
『セカンドシフト』では他の仲間と不調を自由に分配可能。