「だから言ってるだろ。桜はローブのサーヴァントが連れていきやがったよ!」
「キャスターが桜を……! 慎二、お前それを黙って見てたっていうのか!」
「はぁ!? サーヴァントに敵うもんかよ、馬鹿!」
深夜、間桐慎二の病室。
桜を心配して駆けつけたスバル、ベアトリス、士郎の三人は、慎二の証言を聞いたところだ。因みに面会時間は過ぎてしまっているので、窓から侵入した。
……懸念は的中、既に桜は攫われてしまった後だった。
「聖杯を降ろすには街一帯の住人の魔力が必要って言ってたから、すぐにサクラを生贄にはしないと思いたいが……。でもあの倫理観の終わった夫婦だ。早いとこ助けにいかないと果たしていつまで無事なもんか……!」
「一刻の猶予も無いのよ。柳洞寺へ向かうべきかしら」
「ベア子の言う通りなんだが──マズいな。今朝言ったろ、山門はアサシンが守ってるし、クズキはステゴロ最強だ。できればどっちとも戦闘は避けたかったんだが……」
「サクラを攫った以上、連中は一丸となってベティーたちを待ち構えているのよ。交戦は必至かしら」
「そうだよなぁ……」
桜は一刻も早く助け出さなければならないが、それには越えなければならない壁が立ちはだかる。
アサシン。柳洞寺の門番。三方から同時に斬撃を放つ秘剣を使う。
葛木。キャスターのマスター。その暗殺拳は正面戦闘では対処が難しい。
キャスター。街の人々から魔力を吸い上げている魔女。魔力を貯め込んでいる。
「さて、どう対処したもんか……」
黙り思考に集中するスバルへ、ベッドの上の慎二が迷惑そうに言う。
「あのさ、作戦会議は帰ってやってくんない? もうド深夜なんだから寝かせて欲しいんだけど」
「そうも言っていられない。サクラはお前の妹なんだろ。お前だって気が気じゃない筈だ」
スバルは当然のこととしてそう返す。慎二がいかに学校に危険な結界を張った下衆であろうと、家族の情は当たり前に持ち合わせているだろう、と。
その言葉に対して慎二は、
「は? 知るもんかよ、あんな奴。ちょっと魔術回路があって爺さんから目をかけられてるからって、調子に乗ってるからこんな目に遭うんだ」
「────」
「カス、なのよ」
「慎二、お前……!」
「な、なんだよお前ら! 僕に文句があるっていうのか! 僕は兄貴なんだ、妹をどう扱おうが部外者のお前たちには関係ないだろ!」
耳を疑う理論で言い返してくる慎二。その醜悪な姿に、スバルは決意を固め、慎二に目線を合わせる。
「な、なんだよ、セイバー。使い魔風情が僕に意見するっての?」
なおも悪態をつく慎二へ、スバルははっきりと告げてやった。
「──決めた。シンジ、腕をベア子に治してもらえ。一緒にサクラを助けに行くぞ」
「し、正気かしら」「いや、それは──」
スバルの決断に他二人は難色を示す。
慎二本人も勿論、
「は──はぁぁぁ!? セイバーお前、話聞いてたか!? 僕は桜なんてどうなろうが知ったことじゃないし、そもそもサーヴァントのいない僕がキャスターに挑める訳ないだろ!」
唾液を飛ばし反論を捲し立てる。
彼の言い分は一部正しい。サーヴァント同士の戦闘に慎二が入る余地など無い。ただ足手纏いになるだけだろう。
「それを横から口を出して『桜を助けに行け』だと? お前も桜か! 皆そうだ、桜、桜、桜! どうしてあんな、ただ魔術回路があるってだけのグズにばっかり構うんだ! 間桐の長男は僕だ、間桐を継ぐのは僕の筈だ! それを皆して、僕をいないものみたいに扱ってるんじゃない! 僕が! ここに! いるだろ──!!」
もはやスバルへの反論ですらない、子供の駄々のような怒声が叫ばれる。
まさに醜態。とても男子高校生のする態度では無い。
……それでも。それでもスバルは、ここで慎二を腐らせたままにしておいてはいけないと。
『これまで、全部――俺のおかげで、どうにかなってきただろ!?』
苦々しい記憶。愚かな自称騎士の面影を、スバルは慎二に見ていた。
……あの時、自称騎士を英雄にしてくれた声援が、目の前のこの男には無いと言うのなら。
誰も彼もがこの男を見捨て、彼自身すら己を見限っているというのなら。
英雄は、醜態を晒す男へ、言った。
「なぁ、シンジ。お前……、魔術師でもマスターでもなくなって。その上、兄貴ですらなくなったら、お前には何が残るんだ?」
「────は?」
「お前、魔術師の家柄であることもだけど、同じくらい長男だって、兄貴だってことを笠に着てるだろ。でも、ここで桜を見捨てたらお前は兄貴でも無ぇよ。それならお前は誰なんだよ」
突如慎二に対して挑発的な発言をするスバル。
慎二は面食らいつつも不機嫌そうに返した。
「──お、お前……、僕に喧嘩売ってるわけ……?」
「そう思うなら買ったらいい。でも買うのはどこの誰さんだ? お前は何なんだよ、シンジ」
「ぼ、僕は、間桐の魔術師で──」
「魔術回路も無いのにか」
「な──ッ!?」
それは間桐慎二のもっとも触れられたくないコンプレックス。それを無遠慮に踏み荒らして、なおもスバルは続ける。
「魔術を使えない体なんだろ? 真っ当な魔術師には成れねぇんだろ? じゃあそこに駄々捏ねてても何も変わらねぇよ」
「──じゃあ何? 魔術師になんて成れないんだから、おとなしく諦めろって。お前はそう言いたいわけ?」
「そうじゃねぇ。今のお前は欲しがるばっかで何もしてねぇって話だ。ナツミが言ったろ、『豚の欲望』ってやつだよ。──ここで尻尾撒いて逃げ出して、隅で蹲って。それがお前が成りたい魔術師の姿なのかよ。違うんなら、いくら逃げたって逃げた先で余計に自分を嫌いになるだけだぜ」
「──っ、知ったような口を──!」
「知ってるさ」
「──っ!」
「成りたい自分になる為の実力が至らないのも、その責任を他人に押し付けたいのも、そんな態度を取るから周りから見放されてどんどん駄目になっちまうのも、全部分かる。全部知ってるよ」
きっと、士郎よりも凜よりも、スバルが一番慎二を理解している。
菜月賢一の息子だという希望に縋り、圧し潰され、腐ったナツキ・スバルは。
エミリアの騎士だという理想に縋り、暴走し、見放されたナツキ・スバルは。
きっと今この世界の誰より間桐慎二を理解できる存在だと、そう自負していた。
「──シンジ。俺もさ、魔術使えないんだ」
「────!!」
「そんな俺でも、好きな子に並び立てる自分になりたかった。だけど俺自身には何の力も無いから、鍛錬して、背中を押してもらって、手を繋いでもらって、皆の力を借りてなんとか好きな子に追いついた」
言いながらベアトリスの手を握る。ベアトリスは誇らしげに鼻を鳴らした。
その可愛らしい振る舞いに笑みを浮かべ、スバルは慎二へ向き直る。
そして、今一度目線を合わせ、呆然とする慎二へ告げた。
「──俺の名前はナツキ・スバル。大好きな女の子、エミリアの騎士に成った男だ。……お前は、誰で、何に成る奴なんだ?」
僅かに空が白み、あと数刻で日の出が訪れようかという早朝。
柳洞寺へ続く石階段をスバル、ベアトリス、士郎の三人が駆け上がっていく。
──そこに間桐慎二の姿は無い。
腕はベアトリスが治癒したのだが、彼は病室で作戦会議をする三人を黙って観察したきりで、結局ついてこようとはしなかった。
実際問題、彼が来たところで戦力的なプラスは全く無いのだが……先のスバルの言葉で、少しでも彼の心情に良い変化があれば良いと、スバルは切に思う。
……と、先頭を走っていたスバルは立ち止まり、山門を見上げた。
「まぁ当然いるよな、アサシン」
「如何にも。──アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」
柳洞寺の山門に立ち塞がる剣士、佐々木小次郎。この男を越えないことには桜を救出することは不可能だ。
「一応聞くけど。うちのマスターの可愛い後輩がキャスターに攫われて生贄にされそうなんだわ。ここ通してくんないか?」
「確かに見過ごせぬ外道働きだが……。生憎この身はキャスターに生殺与奪を握られていてな。それに私自身、こうして一介の刀振りとして機会に恵まれるのであればそれ以上の望みは無い。遠慮は不要だ、正面から斬り伏せて進むがいい、セイバー」
「ま、そうだよな。聞いてみただけだ。──シロウ、任せるぜ」
「任された。……なぁ、スバル」
「ん──」
「慎二の奴を叱ってやってくれて、ありがとう。……俺には出来なかった事だ」
「……おう! 次はお前の番だぜ、マスター」
「ああ、行ってくる」
衛宮士郎が階段を上がる。踊り場で立ち止まり、アサシンと向かい合った。
空手のまま、士郎は口を開く。
「アサシン。見ての通り俺は剣士じゃない。アンタと真っ当に斬り合ったら勝ち目なんて無いだろう」
「……ほう、では聞こう。ならば何故この階段を上がった」
問われた士郎は、一度大きく深呼吸をし、堂々と答える。
「俺はこれから、アンタに秘剣を使わせる。アンタが秘剣を使って、俺がそれを突破できたらここを通してもらう」
「──成程。秘剣を
アサシンは愉快そうに笑みを浮かべる。この周回において未だ見せていない秘剣を士郎が知っていることなど、彼にとってはさしたる問題ではないらしい。
彼にとって問題なのは、眼前の相手が満足できる死合い相手か、ただそれだけ。
「いいだろう、私に奥義を切らせてみせろ」
一切隙を見せず、けれど出し物に目を輝かせる幼子のような面持ちでアサシンは士郎を見やる。少年が大言を口にした以上、アサシンも彼を過小評価などしない。
──アサシン、佐々木小次郎。その正体は生涯剣を振り続けただけの無名の農民だ。ただ、架空の英雄である佐々木小次郎の秘剣を再現できるという一点で、佐々木小次郎の殻を纏ってここにいる。
故にアサシンは宮本武蔵など知らない。死ぬまで農民であったその身には、ついぞ剣の腕を振るえる好敵手は現れなかったのだ。
アサシンはここで待っていた。己の渇きを満たしてくれる好敵手を。剣の腕を遺憾なく披露できる英傑を。
「さあ、見せてみろ。セイバーのマスター……!」
高揚し告げるアサシン。
それを受ける士郎は集中を研ぎ澄まし、機を計っているようだった。
──光。
暗闇が支配していた山門前に、地平線の彼方から光が差す。
空を紅黄色に染める朝焼け、それが士郎を照らした瞬間。
「────
その光を合図に、士郎は魔術回路に目一杯魔力を流す。目指す地点は一つ、あの日輪だ。
ナツキ・スバルの記憶の中に鮮烈に刻まれた、燃え盛る情熱の記憶。
かの者の手に握られた魔剣を解析・再現。永い夜を追い越し、今ここへ再臨させる──!
……士郎は、空手の腕を前へ掲げて、
その剣を──眼前の
「なんと──」
燃え盛る炎の尾を引いて現れたその魔剣は、剣客の視線を釘付けにする。
息を呑むのはアサシンばかりではない。スバルも思わず声を漏らした。
「……その、剣、は、──プリシラの」
振りかざすは灼炎の輝き。閉ざされた夜を拓く刃。
絶世の剣は昇る朝日を受けて、その刀身を眩いばかりに煌めかせる。
生涯好敵手に巡り合う事の無かったアサシンにも一目で分かる。士郎の握るその魔剣は、この世ならざる異質にして快刀。二度と
「名高き業物と見受ける。相手にとって不足無し、……望み通り、我が究極の剣で以て斬り伏せよう」
アサシンは、その長刀を掲げ構えをとった。間違いない、あれこそが一度スバルを葬った必殺の──、
「────秘剣」
その身から魔力を感じさせないアサシン。しかし剣気と呼ぶべき圧倒的な気迫が士郎を刺す。
アサシンの奥義が放たれようとしている中、相対している士郎は──目を、閉じた。
「な──」
見ていたスバルは思わず声を漏らす。戦闘の最中、それも相手が必殺の構えをとった状態で、士郎は致命的な隙を晒していた。
だがアサシンはそんなことで手を緩めはしない。むしろ何か策があるな、と自身の奥義に一層の集中を乗せる。そして──、
「────燕返し」
奥義の名は紡がれた。
乱舞する白銀の軌跡。
完全に同時に放たれた三つの刃が士郎へ襲い掛かる──!
──秘剣・燕返し。アサシン佐々木小次郎が生涯をかけて辿り着いた究極の剣。次元を屈折させ同時に三方向からの斬撃を繰り出す、魔法の域にまで研鑽された剣技である。
三方からの斬撃という牢獄に囚われた士郎。
一瞬の後には無残にその身を裂かれる、その刹那。
爆炎が走る。紅き炎が戦場にて炸裂した。
傍で見ていたスバルとベアトリスは眼前の火の粉に思わず顔を背けた。
慌てて戦場に目を向け直すと、そこには先刻と立ち位置の入れ替わった、交差し背を向け合った二人の姿がある。共に剣を掲げ、剣戟は終わったとばかりにただ静止していた。
石階段を静寂が支配する。耳鳴りだけが聞こえる数秒の後。
──ぼう、と。アサシンの全身が発火した。
その身を焼かれながらも、侍はあくまで静かに口を開く。
「──見事」
「……違う、俺が無粋をしただけだ」
石階段の踊り場には、燃え盛る敗者と勝者である少年が目も合わさず立ち尽くしている。
しかし勝者である筈の少年は、申し訳なさそうに目を伏せた。
「これは剣狼の帝国が七十七代にかけて継いできた宝剣。アンタの生涯を賭けた研鑽に俺じゃとても敵わないから、一国の歴史を持ち出す無粋をした。──悪かった」
──長年使用された武具には意思と呼ばれるものが宿る。
士郎の投影魔術は、その剣の意思が覚えている技術──『憑依経験』まで解析・複製するものだ。
この剣は覚えている。
かつての担い手、かの太陽の女が四方を亜獣に囲まれても物ともせず薙ぎ払ったことを。
かつての担い手、かの荊棘帝が礼賛者の分身に三方を囲まれても事も無げに焼き払ってみせたことを。
──『陽剣』ヴォラキア。ヴォラキア帝国皇帝のみが振るえる、斬りたいもののみを斬り、焼きたいもののみを焼く魔剣。
帝国の頂点に立つ只一人が振るう剣には、周囲からの一斉攻撃を薙ぎ払う経験が蓄積されている。
衛宮士郎はただ、剣が覚えている経験に身を任せるだけで良かった。
故に士郎に誇ることなど無い。かの剣豪を打ち破ったのは衛宮士郎に非ず。
ただ、七十七代に渡るヴォラキア帝国血の歴史が、一剣士に
「剣の国の研鑽……その集積、か。成程、一農民の生涯では届かぬが道理だ」
炎に包まれたアサシンは、刀を降ろすと構えを解き、士郎へ向き直る。
「なに、謝ることはない、セイバーのマスター。生涯好敵手に巡り合わなんだ私が、最期に国を相手に剣を振れたのだ。感謝こそすれ文句などあるものか。──行け、私は路傍の障害に過ぎん。お前たちにはまだその手で果たさねばならぬことがあるのだろう」
「……ああ」
士郎たちがアサシンの横を駆け上がっていく。その足音が次第に遠のき、聞こえなくなった。
山門前に一人立つアサシンは、ごぼ、と堪えていた吐血を溢れさせ、
「……我ながら欲深いものだ。贅沢にも、あの剣の真の担い手と死合えなかったことを残念に思うとは」
目を閉じ、そう恥じ入るように口にした。
「剣狼の帝国、か。きっと、この身を焼く炎のように、鮮烈に命を燃え滾らせる者たちだったのだろう」
佐々木小次郎は、見知らぬ異国に想いを馳せる。瞼の裏には、剣狼たちが刹那に全てを賭けて走り抜ける、剣戟の響く大地が果てしなく広がって。
──侍は、燃え盛る朝焼けに溶けて消えていった。