戦火の共犯者   作:西園寺桜花

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7話

 

 

 輸送車の荷台では、軍靴と車輪が砂利を踏みしめる音が鳴り響いていました。

 

 自分はもう一度だけ窓から顔を出して、村のあった方角を向いてみましたが、もう見えませんでした。

 

 自分が何気なく窓の外を眺めていると、先程のあの子供の笑みが脳裏を過りました。

 

 あの子は今頃、何をしているのでしょうか。

 

 ですがそんな事を考えても仕方のないことなので、自分はこれからの事に意識を切り替えました。

 

「シルフ。ピュエリ鉱山とは、どのような場所なのですか?」

「……ん?ああ、簡単に言えばフラメールの生命線である天然の要塞だ」

 

 どうやら鉄鉱石の採掘地であり、そこを失うことは銃の供給が止まることを意味するらしいです。

 

「要するに、そこを奪われればフラメールの敗北がほぼ確定する」

「それほどまでに重要拠点なのですか。……それと、天然の要塞とは?」

「傾斜が激しく道も荒れ果てている。さらに、鉱山夫たちの協力によって塹壕や縦横無尽に通る坑道が張り巡らされているらしい」

 

 シルフはおそらくフラメール司令部から受け取った通信書と地図を見ながら言ってました。

 

「つまり、兵士を臨機応変に配置できる守りやすい構造というわけですか」

「その通りだ」

 

 というかシルフは輸送車の中でも書類を読んでるのですか。

 

「移動中まで仕事をするのですか?」

「移動中だからこそ仕事ができるんだ。効率的かつ合理的だろう?」

 

 いやまあ、理屈としては理解できるのですが。

 

「酔いませんか?車に」

「そんな簡単に酔うほど繊細ではないし、ヤワでもない」

 

 そんな軽口を叩きながらも書類から目を背けることはありませんでした。

 

 どうやらシルフは、頑なに仕事を進めたいみたいです。

 

「逆に移動中にまで何を読んでるのですか?」

 

 そう言うとシルフは資料を自分にも見えるように広げました。

 

 覗き込んでみると、そこにはピュエリ鉱山周辺の地図がズラっと書き込まれていました。

 

「トウリ。お前はこの道を通る事にどう思う?」

 

 自分はシルフの指さした所をまじまじと見ました。

 

 そこは近道でしたが、急な斜面が多い印象が見受けられました。

 

「……西側の道は、少しばかり危険ですね」

「何故だ?」

「斜面があります。車両が通るには些か狭いでしょう」

「ああ、私も同感だ」

 

 シルフが軽く頷いたのを確認して、自分も少しホッとしました。

 

 自分もやることがなかったので、次第にシルフの仕事に入り込んでいきました。

 

 

 どれだけの時間そうしていたでしょう。

 

 こうした参謀の仕事は自分はやったことがなくて、とても新鮮だったのでしょう。

 

 時間を忘れるほどにシルフの仕事に入り込んでいた気がします。

 

 自分も前世でよくFPSのチームメンバーと共に作戦立案などをしていましたが、それとは訳が違います。

 

 どちらかと言えばFPSというよりリアルタイム戦略ゲーム──RTSに近い気もしました。

 

 自分は少し休憩がてらに水分補給をしていたのですが、シルフは水筒の中を覗き込んだままでした。

 

「シルフ。水筒は?」

「……あー、あるにはあるんだが」

 

 どこか歯切れの悪い返事をしながら、自分から目を逸らしました。

 

「もしや、中身を汲んでくるの忘れましたね」

「……そうらしいな」

 

 なぜ他人事のように言ってるのでしょうか。

 

「昨日も食事を忘れていましたよね」

「よく覚えているな」

「貴方の副官ですから」

 

 自分がシルフに詰め寄ると、彼女はバツが悪そうに顔を背けながら。

 

「……じゃあ、お前のを少し貰えるか?」

「仕方ないですね」

 

 そんなシルフの様子に呆れながらも、自分は手に持っていた水筒を渡しました。

 

 自分はシルフが飲んでいる様子をぼんやりと見つめていました。

 

 こうやって見てる分にはただの年相応の少女なのですがね。

 

 

 

 

 輸送車が停車したのは、丁度昼頃でしょうか。

 

 兵士達が思い思いに憩いの場に立ち寄る中、自分も輸送車から降りました。

 

 輸送車での移動は楽ではありますが、流石に身体がなまってしまいそうです。

 

 自分が身体を動かすために、軽く周囲で走り込みをしていた時のことです。

 

 何やら騒がしいと思ってサバト兵達の集団に近づいてみました。

 

「……なあ、このワイン飲んじゃ駄目かな?」

「一本くらいなら開けてもいいんじゃないか」

 

 そこには、大量のワインを運ぶ輸送部隊に群がる酒好き共がいました。

 

 まるで、お砂糖に群がる蟻さんみたいでした。

 

「……皆さん。まだ真昼間なのにもうワインを開けるのですか?」

「なんだなんだ?オースも飲みたいのか。悪いが順番通り後ろに並んでくれ」

 

 自分はその場を仕切ってる偉そうな兵士に尋ねてみました。

 

「シルフの許可は取っているのですか?」

「許可も何も『酒を飲むのはサバト人の自由だ』と言って本人がヴォック飲んでるくらいだぜ」

 

 軍を率いる指揮官がそれで良いのですか。

 

 サバト文化に馴染んでいたつもりですが、時々このようにカルチャーショックが起こったりますね。

 

「てか、聞いてくれよオースちゃん!この前の飲み勝負で俺はフラメールの酒飲みに圧勝したんだよ」

「おおー、それは凄いですね」

 

 流石はサバト人です。……褒めていいのか分かりませんが。

 

「ガハハ!いつかオースの酒飲みと勝負してみたいな。というかオースちゃん紹介してよ〜、オースで強い酒飲みをさぁ」

 

 この兵士は酔っているのか分かりませんが、自分の肩に片手を置きながらダル絡みしてきました。

 

「ええ、強い酒飲みなら知ってますよ」

「お〜!誰だ誰だ?」

「その方は自分の元上官でして、小隊長でしたよ」

「あー、やっぱりそっちでも小隊長とかが酒強いのな。ゴルスキィさんも酒強いし」

 

 

 その後、色々とその兵士や他の兵士達と会話を重ねている内に昼休憩は終わってしまいました。

 

 自分は再び輸送車に揺られていました。

 

 手持ち無沙汰で自分はどうしようかと思っていると、時々シルフの方へ視線が移ります。

 

 シルフは相変わらず地図や書類に目を落として、手を動かしていました。

 

 その周辺には使用済みの食器が隅の方に置かれていました。

 

 自分が執拗にシルフにきちんと食事を取るように言いつけておいたので食べてくれたみたいです。

 

 ですがよくシルフの動きを見ていると時折、書類を書く手が遅くなったりしていました。

 

 さらに目元を見てみると瞼がいつもより落ちているのが目に見えて分かります。

 

「シルフ。眠いのではありませんか?」

「別に、眠くない」

 

 明らかに眠そうでした。今だって欠伸をしながら答えましたし。

 

「今だって欠伸をしましたよ」

「してない」

「しました」

「……」

 

 シルフは動かしていた手を止めて、こちらを見ながら少し思案していました。

 

「トウリ。お前は随分と私の事を見ていないか?」

「そりゃあ、貴方の副官ですからね」

 

 シルフはムッとした表情を浮かべてこちらを見つめました。

 

「副官というより私の母親じゃないか」

「貴方の生活力が無さすぎるのが悪いです」

「……はいはい、分かりましたよーだ」

 

 諦めたような表情を浮かべて、書類仕事に戻りました。

 

 反抗期の子供みたいでした。

 

 

 

 

 夕暮れ時が近づいて来た頃、我々サバト旧政府軍の本日の宿営地を決める時間が来ました。

 

 シルフが地図を広げたので自分も覗き込んで、見てみました。

 

「ここならば水源が近いですね」

「ああ。だが、少しばかり道路から離れすぎる」

「ではこちらは?」

「敵に見つかりやすい」

「でしたらその中間は……」

 

 自分が思いついた案をシルフが添削し、シルフが思いついた案を自分が添削しました。

 

 気がついたら自然と机を囲っていて、具体的かつ現実的な案がスルスルと出てきました。

 

 お互いが共鳴し合うように、鋭く確実な手順に分解されていくのを感じました。

 

「……話をまとめるとここが良いってことだな?」

「異論ありません」

 

 数分もかからない内に、あっという間に野営地を決めることができました。

 

 シルフと二人で決めるのが一番効率的ですね。

 

 

 

 

 野営地にて、兵士達は夕食を取り始めました。

 

 真昼間にワインの瓶を開けていたにも関わらず、今もワインを握りしめている兵士がいました。

 

 夕食は相変わらず騒がしいものでした。

 

 ですがそんな夕食が終わると、兵士達はそれぞれの天幕に行ってしまいました。

 

 先程まで騒がしかった部隊が静かになりました。

 

 なので自分もそろそろ寝ようと思って、自分の寝床へと向かいました。

 

 

 毛布をいくら掛け直しても、しっくりくる位置が見つかりません。

 

 炎がパチッと弾けるような音。遠くから聞こえてくる話し声。夜風が草原を撫でていく音。

 

 世界中の微かな雑音が、まるで自分を眠らせまいと協力し合っているかのようでした。

 

「……寝れませんね」

 

 なので自分は少しばかり夜風に当たって時間を潰そうと考えました。

 

 自分がなんとなく周りを見回していると、少し離れたところにシルフがいました。

 

 どうやら焚き火のそばでまたしても地図と睨めっこしているようです。

 

 しばらくその様子を遠巻きから眺めてました。

 

 ……せっかくですし、明日の行程について再確認しておきましょうか。

 

「シルフ。明日の行程ですが……」

 

 自分がシルフに近づいて尋ねてみたら、彼女は不可解そうな表情になりました。

 

「ん?昼に確認しなかったか?」

「そうでしたね」

「じゃあ何だ?」

 

 少しばかりの間、自分は話すのを躊躇っていましたが、意を決して。

 

「……その、眠れなくて」

 

 本音を零してしまいました。

 

「そうか。……こっちに」

 

 シルフが隣を指さしたので、隣に腰掛けました。

 

 それからしばらく沈黙が場を支配していました。

 

 夜風が木々の葉を揺らしていて。

 

 昼間は気にも留めなかった葉擦れの音が、夜になると妙に大きく聞こえました。

 

 時折、風が自分の髪を撫でていき。

 

 シルフの書類の端も、風に煽られて僅かに揺れていました。

 

 彼女はそれを片手で押さえながら、何事もなかったように文字を追っています。

 

 同時に、黙って書類に何かを書き込んでいて、紙を擦るペンの音だけが、時折聞こえます。

 

 ────さら、さら、と。

 

 自分も何も言わずに、何となくその音に耳を傾けていました。

 

 ですが、不思議と気まずくはありませんでした。

 

「ここにいてもいいですか?」

「何故今更聞くんだ?」

 

 しばらく環境音に耳をすませていた時に、今更ながら確認しました。

 

「……邪魔ではないかと思って」

「邪魔なら、とっくに言っている。お前が好きなだけいればいい」

 

 シルフから『隣にいてもいい』という許可を貰って、ほんの少しだけ。

 

「では、そうさせて貰いますね」

 

 少しだけ、嬉しい気持ちになったのでした。

 

 

 この穏やかな沈黙が破られたのは夜もかなり更けてきた頃でした。

 

「……ふぁ〜、そろそろ寝るとしよう」

「それもそうですね」

 

 シルフが欠伸をしながら答えたので、自分も立ち上がろうとしました。

 

 ですが。

 

「……もう少しだけ、ここにいてもいいですか?」

「ん?ああ、構わないが」

 

 この心地良さを手放したくなかったのかもしれません。

 

 自分は座り直しました。先程よりもシルフに近い場所に。

 

 

 

 

 どれだけの時間が経っただろうか。

 

 シルフは次なる策略を思索するために、じっくりと地図を眺めていた。

 

 しかし、しばらくすると自分の肩に温かいものが寄りかかっているのを感じた。

 

 視線を地図から逸らしてみると。

 

「ん……」

 

 トウリが穏やかな寝息をたてていた。

 

 眉間の力がすっかり抜け、緩んだ唇から温かな息が漏れている。

 

 その一定の呼吸のリズムを聞いているだけで、こちらまで心が解けていく気がした。

 

 彼女に肩を預けていると、いつしか地図を読む手が止まっていた。

 

「……仕方ないな」

 

 シルフは近くにある自分の天幕にトウリを運ぼうとした。

 

「は?……軽すぎるだろ」

 

 軽いってものではなかった。その寝顔も相まってまるで人形のように感じられた。

 

 こんなに華奢な体躯で戦場を駆け巡っていたことをシルフは信じられなかった。

 

「……私の食事を心配するより、自分の事を心配するべきじゃないか」

 

 そんな事を思案している内に寝床に着いた。

 

 優しく、丁重な手つきでトウリを寝かせた後に毛布をかけた。

 

「お前に風邪を引かれると作戦に支障が出る」

 

 どこか言い訳めいた独り言を零して、シルフも眠りについた。

 

 

 

 

 翌朝。目を覚ますとそこは自分の寝床ではありませんでした。

 

 少しの間ボーッと思案していたら、毛布がかけられていた事に気が付きました。

 

「起きたのか、トウリ」

 

 シルフの声を聞いて少し驚きましたが、同時に今の状況を理解しました。

 

「おはようございます。……自分は寝てしまいましたか?」

「まあ、そうだな。よく眠れたようで何よりだ」

 

 こんな状況は初めてのはずなのに、この感覚はどこかで見覚えがありました。

 

「ありがとうございます。お陰でよく眠れました」

 

 それはロドリー君から貰った狐の人形を抱きしめて寝た時と似ていました。

 

 確か、あの時も眠れなかった気がします。

 

「それよりもシルフ、朝食はもう食べましたか?」

「あー、まだだな」

「……またですか」

 

 自分はすぐに起き上がって、テキパキと自分やシルフの朝食を用意しました。

 

 それを手渡すとシルフは普通に受け取って、朝食を食べ進めました。

 

 そういえば、いつから自分はシルフの朝食を気にするようになったのでしょう

 

 一瞬だけそんな事を思いましたが。

 

「……副官だからでしょう」

 

 そう結論付けて、自分も朝食を食べ進めたのでした。






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