「おお坊主、この辺で見ない顔だな。俺もお前さんくらいの頃はな……」
そう話し始めたのは、見ず知らずの男だった。
初めての田舎町でのバス待ち。
変なおじさんだな。
そう思いつつスマホで時間を確認する。
あと40分は来ないバスに暇を持て余していたぼくは、馴れ馴れしい男に耳を傾けることにした。
「俺もお前さんくらいの頃はな、いろんな街へ遊びに行ったさ。都会はもちろん、北にも、南にも、島でも、山でも、海外でも。
自分探しと宣って旅をするのが流行ってた。俺はそういうんじゃなくて、単にダチと暴れ回ってただけなんだがな。
楽しかったが、大人からすりゃ迷惑極まりない連中だったろう。当事者の間は気づかないもんだ。
俺たちは怖いもんなしだったから、注意されてもなにも響きやしねえ。だから『お前たちみたいなのは絶対にxx山には行くな』なんて言われた日には行かない理由が無くなっちまった」
カリギュラ効果、というやつか。押すなと言われると逆に押してみたくなるやつ。
しかしその注意をしたやつは、この男のグループに行って欲しかったんだろうことは、僕でもわかる。
理由はわからないがまずいことになって欲しいという悪意だ。
目線を合わせて続きを促すと、男は満足そうに話を続ける。
「何があるのか知らないが、行ってやろうと話を聞いたその日のうちに車を走らせた。男ばっか6人で地図を見ながら、そのxx山とやらまでな。
だけどクソみたいな山道を走ってるうちに、そもそもなんで行っちゃいけない山なのかすら全員わからねえから、イライラしてみーんな飽きちまった。変なことも起きてないからな。アホだろ?
んで、さっさとふもとの田舎町に降りて帰ろうとした時だ。後ろから誰か走ってきた」
それは車の後ろを、ということですか。
「ああ、そうだ。言った通り怖いもの知らずのガキどもだったからな、田舎もんが俺たちに騒音とかで文句を言いに来たのだと思った。
だが、変なんだ。あの日イキリ散らかしてた俺たちは、かなりスピードは出してたはずだ。
なのに、『誰か』はずっとついてくる。それどころか少しずつ追いついてきてるように見えた。
暗くて顔はよくわからないが、異様なのは明確だった。
同じように異変に気づいたやつが『スピードを上げろ!』と叫んだけど、どうしたってそれはどんどん近づいてきた。運転してたやつはもう半狂乱だった。どう考えても人間じゃねえからな。
それでも振り解こうとスピードを上げ続けた。運転手がナビを求めて『今どこ走ってる!?』って質問を飛ばして、答えるために外を確かめてゾッとしたよ。
これだけぶっ飛ばし続けてたのだから、もう隣町に届いてるはずだった。
おかしい。まだこの町から出られてないなんておかしかった!
そしてさらに最悪なことが起きた。ガソリンが切れた。『誰か』はすぐそこだ。全員車から飛び出していろんな方向に逃げた。
少なくとも全員、あれ、あれに捕まったらヤバいと確信していた」
どうなったの? みんな逃げ切れた?
「……さあな。とにかくみんな走った、と思う。逃げるのに必死だったもんで、他のやつの方向なんてわからん。
それでも必死に隠れられそうな山の藪があるところを探して走った。たまたま2人はすぐに合流したが、身動きを取る気になれなくて息を潜めて朝を待った。
明るくなれば人影くらいはわかると踏んだのだが、平坦な田んぼ道に立っているものはなかった。『あれ』がどこに行ったかわからないが、他の仲間を心配する余裕も出てきたから、助けを求めがてら探しに出たんだ。
車まで戻ったが、誰もいない。ドアもシートベルトもしまったままだった。
仲間も他の何かも見つからないから人を頼ろうとどの民家を訪ねても、どれほど田んぼを見渡しても人と出会わなくて、俺たちが怪奇現象の只中にいることを、初めて理解したんだ。
その時、はじめて。
そんで、民家の一つに拠点として住んで、仲間を待ったが、あとの3人は今になってもなお会えていないんだ。
もっと言えば……俺以外の2人も食いもんを探しに出てそれきりだ。見たかったのか、あいつらだけ家に帰っちまったのかはわからねえ。
俺だけがここにいる。それはたしかだ。俺だけが、俺だけずっと、ずっと、帰れてない……ずっと……。
だが、坊主、お前だ。お前さんがここにいる。この町に、俺以外の!」
そう言うと男は僕の肩を強く掴んで訴えかけた。
「お前さん、バスでここに来たのか? バスで帰るのか? バスは……来るのか?」
「ええと、はい。もうしばらくすれば、その予定ですけど……」
「ああ、よかった……」
男は先ほどの気迫が嘘のように脱力し、バス停のベンチへもたれかかる。よかった、これで、ようやく俺も、よかった。そう何度も繰り返し呟きながら。
僕がどう声をかけるべきかと困っていると、遠くから排気音が聞こえた。
「来た!」
と僕より先に顔を上げて男が立ち上がる。
やがてバス停の前にそれが停車して、扉が開いた。
「お待たせいたしました。こちら……線のぼり、xx町……」
「ありがとう、坊主、ありがとう。やっと家に帰れる」
「いえ、僕はあなたの話を聞いていただけですよ」
アナウンスを尻目に男は何度もぼくに頭を下げる。そんな、いいのに。
何度も下げられる頭が扉の向こうに消えていって、バスは発車した。
なんだか妙な男だったけど、多少の暇つぶしにはなったなあと思いながら、時計を確認する。ぼくのバスはあと20分もすれば来るだろう。