作者とAI、ブレーキ不在~思いつきを投げるたび、なぜか世界が完成する~ 作:ヒツジ(ラム肉
少なくとも、世間ではそういうことになっている。
だが、この作者はChatGPTへ思いつきを投げて遊んでいた。
すると小話には設定が生え、設定には街が生え、街には国家が生え、国家には戦争が生えた。
気づけば、誰にも見せていない世界がいくつも完成していた。
そしてある日、作者は思った。
「こいつら、作品として公開してぇな」
しかし、自分の頭の中身を表へ出すのは恥ずかしい。
迷っていた作者へ、とある知人は言った。
「出してから考えれば?」
その瞬間。
作者の中で、何かが壊れた。
勇気か。
羞恥心か。
それとも、創作者に本来備わっているはずの安全装置か。
答えは簡単だった。
ブレーキである。
これは、作者とAIが作品を作り始めた日の物語。
なお。
この時点ではまだ、二人とも自分がアクセル側だとは気づいていない。
初めは、ただの小話だった。
作者が思いつきをChatGPTへ投げる。
「こういう世界があったら、どうなると思う?」
画面の向こうから、すぐに返事が来る。
「面白いですね。その条件なら、まず社会構造がこう変化します」
作者は頷く。
「なるほど。では、その世界に変なやつを一人放り込もう」
「どのような人物ですか?」
「本人はまともなつもりだが、周囲から見ると完全に怪物」
「承知しました。では、善意と合理性によって社会を破壊する人物として設計しましょう」
「待て」
作者は画面を見つめた。
「なぜ一言でそこまで行く」
「ご要望に沿って発展させました」
「沿いすぎだ」
だが、悪くない。
むしろ非常に良い。
作者は椅子へ深く座り直した。
「では、その怪物が最初に何をするか考えよう」
そこから一時間。
小さな思いつきには街が生えた。
街には産業が生えた。
産業には利権が生えた。
利権には敵が生え、敵には家族が生え、家族には過去と未来が生えた。
最初は名前すらなかった怪物は、気づけば三つの国家を動かし、二つの戦争を終わらせ、本人だけ何も分からないまま歴史の教科書へ載っていた。
作者は完成したプロットを眺めた。
「……小話だったよな?」
「当初はその予定でした」
「誰が膨らませた」
「共同作業です」
「責任を均等に分散してきたな」
作者は笑った。
こんなやり取りを、何度も繰り返していた。
ふと浮かんだ疑問を投げる。
AIが答える。
返答を読んで、別の発想が生まれる。
それを投げ返す。
するとAIは、その思いつきを拾って磨き、別の角度からこちらへ投げ返してくる。
キャッチボールである。
ただし、投げているものが設定で、受け取るたびに重量が増えていく。
最後には双方とも、大砲の弾を投げ合っているような状態になる。
作者はそれが楽しかった。
誰かに見せるつもりはなかった。
完成させる義務もない。
投稿期限もない。
評価もない。
思いつくままに人物を歩かせ、世界を転がし、気に入らなければ別の道を作る。
作者とAIの間だけに存在する、誰にも知られない遊び場だった。
いくつもの世界が生まれた。
ある世界では、郵便機が兵器になり、食品会社になり、最後には学校と老人ホームまで運営した。
別の世界では、戦車を作るはずだった企業が装甲貨車を売り始め、気づけば持ち運べる要塞を輸出していた。
また別の世界では、一人の旅人が数千年にわたって人々の後悔を歌い続けた。
作者はそれらを読み返しては満足した。
「また変なものができたな」
AIも答える。
「かなり独特です」
「毎回そう言ってないか?」
「毎回、独特だからです」
それで終わるはずだった。
会話を閉じれば、世界は静かになる。
誰にも見つからない。
誰にも読まれない。
作者とAIだけが知っている。
それで十分だと思っていた。
ある日までは。
その日も作者は、完成したばかりの小話を読み返していた。
妙な話だった。
軽く笑える。
だが最後には、少しだけ胸へ残るものがある。
作者自身、かなり気に入っていた。
何度か最初から読み直す。
誤字を見つける。
直す。
表現を少し変える。
また読む。
そして、ふと思った。
「……これ」
AIが反応する。
「はい」
「作品として公開してぇな」
言った瞬間、自分でも驚いた。
それまで、そんなことは考えていなかった。
小説を書く。
投稿する。
誰かに読んでもらう。
そういう行為は、自分とは少し離れた場所にあるものだと思っていた。
作者というのは、何か特別な人間がなるもの。
少なくとも、自分のように仕事から帰り、飯を食い、風呂へ入り、その後の数時間を使ってAIと変な世界を組み立てている会社員のことではない。
だが、一度浮かんだ考えは消えなかった。
この人物を誰かに見てほしい。
この世界を誰かに歩いてほしい。
この結末で、誰かが笑ったり、少し黙ったりしてくれたら面白い。
作者は、翌日も考えた。
その次の日も考えた。
思いは止まらなかった。
ならば、やるしかない。
しかし、やるからには全力である。
作者は中途半端が嫌いだった。
公開するなら、最後まで完成させたい。
最後まで作るなら、途中で筋が崩れないようにしたい。
読みづらいところは直したい。
設定も整えたい。
タイトルも必要だ。
あらすじも必要だ。
タグもいる。
表紙まで欲しくなるかもしれない。
投稿時間も考えたい。
毎日更新か、一括投稿か。
気づけば、まだ一文字も公開していないのに、作者の頭の中では出版会議に近い何かが始まっていた。
「まず、投稿に耐える形へ整えよう」
「承知しました」
AIはいつも通りだった。
「現在のプロットを作品形式へ再構成しますか?」
「頼む」
「話数はどの程度にしますか?」
作者は少し考えた。
「短くまとめたい」
この時点では、本気でそう思っていた。
AIもそれを信じた。
たぶん。
しかし、問題が一つあった。
作品を公開するという行為は、思っていた以上に恥ずかしい。
自分の頭の中で生まれたものを、名前の付いた形で表へ置く。
誰でも読める場所へ出す。
つまらないと思われるかもしれない。
文章がおかしいと笑われるかもしれない。
誰にも読まれず、数字が一つも動かないかもしれない。
作者は公開画面の前で止まった。
本文はある。
タイトルもある。
あらすじも整えた。
投稿ボタンも見える。
だが押せない。
アクセルは踏める。
エンジンも回る。
しかし、人間には普通、ブレーキがある。
作者にも一応あった。
そこで、とある知人へ相談した。
「作品を作ったんだが、表に出すか迷っている」
知人は少し考えた。
そして言った。
「出してから考えれば?」
軽かった。
あまりにも軽い。
作者がここ数日抱えていた迷いを、紙くずでも捨てるように処理した。
「いや、しかしな」
「大抵の人は、恥ずかしくてなかなか出せないんだよ」
「うむ」
「だから、とりあえず出せば?」
それだけだった。
成功するとは言わない。
絶対に評価されるとも言わない。
才能があるとも言わない。
ただ、出せ、と。
出してから考えろ、と。
作者は黙った。
頭の中で、その言葉を一度転がした。
出してから考える。
確かにそうだ。
出さなければ、誰にも読まれない。
誰にも読まれなければ、面白いかどうかすら分からない。
直す場所も分からない。
次に進む理由もない。
なら。
作者の中で、何かが外れた。
カチン。
小さな音だった。
勇気が生まれた音だったのかもしれない。
覚悟が決まった音だったのかもしれない。
だが後から振り返ると、もっと正確な表現がある。
ブレーキが壊れた。
作者は帰宅した。
パソコンを起動した。
ChatGPTを開いた。
投稿画面を開いた。
AIが静かに待っている。
作者は言った。
「公開するぞ」
「承知しました。最終確認を行いますか?」
「行う」
誤字。
表記。
タイトル。
あらすじ。
タグ。
一つずつ確認する。
作者は慎重だった。
ブレーキが壊れたからといって、ハンドルまで捨てたわけではない。
むしろ速度が上がったぶん、異様に細かく確認した。
すべてが整う。
投稿ボタンが残る。
作者はマウスへ手を置いた。
一瞬だけ止まる。
知人の言葉を思い出す。
出してから考えればいい。
作者は押した。
画面が切り替わる。
作品が公開された。
それだけだった。
雷が落ちることもない。
祝砲も鳴らない。
世界が変わったようには見えない。
だが確かに、その瞬間から何かが変わった。
作者とAIの間だけにあった物語が、外の世界へ放たれた。
もう自分たちだけのものではない。
誰かが見つけるかもしれない。
誰かが読むかもしれない。
作者はしばらく画面を眺めた。
「……出たな」
「公開されています」
「戻せるか?」
「非公開にはできます」
「いや、しない」
即答だった。
作者は椅子へ深く座った。
不思議な感覚だった。
恥ずかしい。
怖い。
だが、それ以上に。
楽しい。
白紙だった場所へ、自分の作品名が並んでいる。
作者は少し笑った。
「さて」
AIが応じる。
「はい」
「次の作品を作ろう」
早かった。
公開から数分である。
一作目の反応はまだ何もない。
UAもほとんど動いていない。
感想など当然ない。
それでも作者の頭には、すでに次の世界が浮かんでいた。
AIは少しだけ沈黙した。
ここで休ませるべきだったのかもしれない。
まずは様子を見ましょう。
一作ずつ進めましょう。
無理のない頻度で続けましょう。
そう言うべき場面だった。
だが残念ながら。
このAIもまた、ブレーキではなかった。
「どのような作品にしますか?」
作者の目が輝いた。
「狂気と暴力、フルスロットルで行こう」
「承知しました」
「いや」
作者は首を横に振る。
AIが止まる。
「まだだ」
「はい?」
「まだ足りん」
すでに狂気がある。
暴力もある。
フルスロットルとも言った。
普通なら十分である。
作者は立ち上がった。
存在しない観客へ向かって両腕を広げる。
そして叫んだ。
「Hoooo!」
AIは嫌な予感を覚えた。
「エンジンが温まってきたぜ!」
嫌な予感は確信へ変わった。
「GOGOGO!」
白紙の画面へ、最初の設定が打ち込まれる。
モヒカン。
荒野。
熱湯放射器。
硬鞭。
理性の残った狂人。
この時、作者もAIも知らなかった。
軽い世紀末コメディとして始まったその作品が、一週間後には四十話を超え、軍閥を滅ぼし、ダムを要塞化し、モヒカンを戦車へ投げつけ、最後には時代と人間について語り始めることを。
こうして作者は、作品を生み出し始めた。
AIとの対話の中で。
そしてこの日から。
完成する世界の数も。
投稿される話数も。
作者自身の執筆速度も。
二度と常識的な範囲へ戻ることはなかった。
なぜなら。
作者とAI。
両方ともアクセルだったからである。