作者とAI、ブレーキ不在~思いつきを投げるたび、なぜか世界が完成する~ 作:ヒツジ(ラム肉
題材は世紀末。
主人公はモヒカン。
武器は熱湯放射器と、刃のない鉄の棒。
理性を残した狂人が、荒野をバイクで走り回る。
軽く笑えて、勢いで読める短い話。
そのはずだった。
しかし作者は言った。
「狂気と暴力、フルスロットルで行こう」
続けて言った。
「まだだ、まだ足りん」
そして叫んだ。
「Hoooo! エンジンが温まってきたぜ! GOGOGO!」
この瞬間。
作品の規模を制御する最後の機会は失われた。
これは、一人のモヒカンへ水場を与えた結果、ダムと軍閥と復讐者が生えてきた物語。
なお。
まだ誰も、最終決戦の話などしていない。
白紙の画面へ、最初の設定が置かれた。
モヒカン。
荒野。
黒いバイク。
熱湯放射器。
硬鞭。
理性の残った狂人。
作者は腕を組み、満足そうに頷いた。
「良い」
AIも応じる。
「かなり強い主人公像です」
「悪党ではある」
「はい」
「だが、馬鹿ではない」
「単なる快楽殺人者ではなく、自分なりの理屈と判断基準を持っている、と」
「そうだ」
作者は画面へ文字を打ち込む。
暴力が支配する時代。
弱者は奪われる。
法はない。
正義もない。
そんな荒野を、一人のモヒカンが笑いながら走る。
「名前はいらんな」
「固有名詞を持たず、周囲から呼ばれる呼称だけで通しますか?」
「ヒャッハーでいい」
「主人公の名前がヒャッハー」
「本人がそう名乗ったかどうかすら怪しい」
「非常に世紀末的です」
主人公は決まった。
次は武器である。
作者は、普通の銃では面白くないと考えた。
火炎放射器も世紀末らしいが、あまりにも素直だ。
そこで思いつく。
「熱湯をぶちまけよう」
AIが一拍置いた。
「高圧の熱水放射器ですか?」
「そうだ。燃料を焼くのではなく、湯を沸かしてぶっかける」
「十分に危険ですが、見た目の印象が妙に生活感があります」
「やかんの延長だ」
「やかんで人を制圧しないでください」
「世紀末だぞ」
「世紀末は便利な言葉ですね」
熱湯放射器が採用された。
近接武器も必要だった。
作者は刀を考えた。
斧を考えた。
鉄パイプも考えた。
しかし、どれも少し違う。
「刃物は欠ける」
「整備が必要ですね」
「荒野で刃を研ぐのも面倒だ」
「では、鈍器ですか?」
「剣のような持ち手と鍔があって、刃だけがないもの」
AIが候補を出す。
中国武術に存在する硬鞭。
節のついた一体型の金属製打撃武器。
名前に鞭とあるが、しなるものではない。
「これだ」
作者の決定は早かった。
「剣のように握れる」
「刃こぼれしません」
「殴れば壊れる」
「相手が、ですね」
「良い武器だ」
こうしてヒャッハーは、熱湯放射器と硬鞭を手に入れた。
見た目は狂人。
装備も狂人。
だが頭は妙に回る。
作者は笑った。
「これで荒野を走らせれば、小話はいくらでも作れるな」
この発言は、後に歴史的な誤認として扱われることになる。
最初の数話は単純だった。
ヒャッハーが荒野を走る。
略奪者と出会う。
熱湯を浴びせる。
接近してきた相手を硬鞭で殴る。
物資を奪う。
笑いながら去っていく。
作者は満足した。
「このくらいの軽さでいい」
AIも同意した。
「一話完結型で展開しやすいですね」
「毎回、変な敵と変な武器を出せばよい」
「短編連作として成立します」
この時点では、二人とも正しかった。
少なくとも数分間は。
作者がふと呟いた。
「しかし、こいつは水をどうしているのだ」
AIが反応する。
「主人公の生活基盤ですか?」
「熱湯を使う以上、水がいる」
「確かに、大量の水を安定供給できなければ武器として運用できません」
「荒野だぞ」
「水資源は貴重です」
「なら、こいつは水場を持っているべきだな」
ここで止めることもできた。
小さな井戸。
隠された貯水槽。
移動式の給水車。
選択肢はいくらでもあった。
だが作者は、最も大きなものを選んだ。
「ダムにしよう」
AIは確認した。
「ダムですか?」
「古い時代のダムを占拠している」
「主人公一人で?」
「最初は壊れている」
「では、修理する必要があります」
「修理できるのか?」
「合理的な人物なら、完全復旧ではなく、使える部分だけを直す形が自然です」
「なるほど」
作者は頷いた。
「では直そう」
小話に、ダムが生えた。
ダムには貯水設備がある。
発電設備もある。
管理施設がある。
整備用の地下通路がある。
備蓄庫もある。
作者とAIは、一つずつ必要なものを足していった。
「発電できるなら、熱湯も作り放題だな」
「電力を利用できます」
「バイクの整備もできる」
「工作機械が残っていれば可能です」
「弾薬も作れそうだな」
「設備の状態によります」
「地下に旧時代の生産施設があったことにしよう」
AIが少し沈黙した。
「かなり重要な施設になります」
「良いではないか」
「水、電力、燃料、弾薬、修理設備を一か所に集約することになります」
「最高だな」
「主人公の拠点としては、ほぼ要塞です」
「もっと良いな」
短編連作の主人公は、数分で要塞の主となった。
作者は満足していた。
AIは設定を整理していた。
誰も止めなかった。
ダムがあるなら、周囲に集落がある。
水を求める人間がいる。
ヒャッハーは完全な破壊者ではない。
取引が成立するなら応じる。
作者は言った。
「こいつ、案外話は通じるんだよな」
「自分の利益と相手の条件が一致すれば、交渉する人物ですね」
「狂人だが、無意味に約束は破らない」
「恐ろしいですが、予測可能ではあります」
「暴力の時代において、予測できる怪物は取引相手になり得る」
「それは面白い立ち位置です」
作者はそこへ、集落との交渉を置いた。
水を渡す。
代わりに物資を受け取る。
ダムを整備する。
電気まで供給する。
ヒャッハーは善人ではない。
だが、結果として人を助けてしまう。
「良いな」
「単純な悪役ではなくなってきました」
「元から単純ではない」
「最初は熱湯を浴びせて笑うモヒカンでした」
「今もそうだ」
「そうでした」
そのまま平穏に進めてもよかった。
モヒカンがダムを運営する。
集落が少しずつ栄える。
変な訪問者が来る。
ヒャッハーが殴る。
軽い世紀末経営コメディである。
だが作者は、別の疑問を持った。
「このダム、他の集落から見たら欲しいよな」
AIは答えた。
「非常に魅力的です。水、電力、防御力があります」
「奪いに来るな」
「来るでしょうね」
「では来てもらおう」
「どの程度の規模ですか?」
「集落一つ」
こうして、敵対集落が生えた。
相手には相手の事情がある。
水が足りない。
人口を維持できない。
ダムさえあれば助かる。
しかしヒャッハーに頭を下げることはできない。
力で奪おうとする。
「悪党というより、追い詰められているのだな」
「その方が対立に厚みが出ます」
「だが襲撃した以上、ヒャッハーは報復する」
「彼の価値観では当然でしょう」
「攻撃された。だから攻撃し返す」
「因果が成立します」
作者は、この言葉を気に入った。
因果。
やられたからやり返す。
奪ったから奪われる。
暴力の時代では、善悪よりも先に因果が来る。
ヒャッハーは敵対集落の襲撃を退ける。
そしてバイクへ乗る。
「どこへ行く?」
「報復です」
「話が早い」
集落へ乗り込む。
防衛設備を破壊する。
戦う者を倒す。
倉庫を焼く。
笑う。
作者は、そこで一度手を止めた。
軽いコメディのままなら、敵を全員まとめて吹き飛ばせばいい。
だが、それでは何も残らない。
ヒャッハーの暴力が、誰かの人生へ食い込んだ証拠が欲しかった。
「生き残りを一人置こう」
AIが尋ねる。
「どのような人物ですか?」
「子供」
「集落の少年ですか?」
「ヒャッハーが笑いながら全てを壊す姿を見る」
「復讐の動機になりますね」
「成長させよう」
AIは静かに返した。
「長期構成になります」
作者は一瞬だけ考えた。
ほんの一瞬だった。
「構わん」
小話に、復讐者が生えた。
少年は生き残る。
焼けた集落。
倒れた大人たち。
熱気。
黒煙。
遠ざかるバイクの音。
そして何より、ヒャッハーの笑い声。
その記憶を抱えたまま成長する。
「師匠もいるな」
「戦い方を教える人物ですか?」
「歴戦のハンターだ」
「復讐に取りつかれた少年を鍛えつつ、暴走を抑える役割でしょうか」
「止めはしない」
「では?」
「生き残る方法を教える」
師匠が生えた。
少年の武器も必要になった。
普通の剣では、ヒャッハーの硬鞭と正面から打ち合えない。
重さが必要だ。
だが、重いだけでは扱いにくい。
作者は考えた。
「刃の途中にも持ち手をつけよう」
「刀身の中ほどに補助の握りを設けるのですか?」
「近距離ではそこを握る」
「重心を制御しやすくなります」
「長く持てば威力。短く持てば取り回し」
「少年の成長と技量を見せやすい武器ですね」
「決まりだ」
少年へ、異形の大剣が与えられた。
修行が始まる。
受け流し。
間合いの変化。
武器の持ち替え。
相手の癖を読む方法。
突進を止める足運び。
作者は楽しそうに技を増やした。
AIはそれらを整理した。
「最終的に、これらの技をヒャッハーが一つずつ破ると映えます」
作者が止まった。
「ほう」
「修行で身につけた技が有効ではある。しかし、ヒャッハーは経験と怪力と発想で個別に対応する」
「少年の成長を否定せず、なお壁として強い」
「はい」
「採用」
この瞬間。
最終決戦の存在が確定した。
まだ物語の序盤しか作っていない。
話数も決まっていない。
軍閥すら出ていない。
それでも作者とAIは、少年がヒャッハーへ挑む最後の戦いを考え始めていた。
「しかし少年一人では、ダムへたどり着けんな」
「協力者が必要です」
「ハンターギルドがあるか」
「荒野の依頼や賞金首を管理する組織ですね」
「ヒャッハーには賞金が懸かる」
「ダムを占拠し、複数の集団を壊滅させていますから」
「では、どんどん上がる」
「周辺勢力から危険視されます」
「周辺勢力」
作者は、その言葉を拾った。
「軍閥がいるな」
AIは即座に答えた。
「旧時代の兵器と組織を維持している武装勢力でしょうか」
「戦車もある」
「ダムを欲しがります」
「攻めてくるな」
「攻めてきますね」
「よし」
ダムが生えたら、軍閥も生えた。
軍閥は単なる悪党ではない。
地域を支配し、治安を維持し、税を取り、兵士を養う。
水と電力を得れば、支配圏は大きく広がる。
ヒャッハーの存在は邪魔である。
一方、ヒャッハーから見れば、攻めてくるなら敵である。
「軍閥がダムを攻撃する」
「要塞戦になります」
「撃退する」
「その後は?」
作者は当然のように答えた。
「攻め返す」
AIも当然のように受け入れた。
「軍閥の前線基地を破壊します」
「一つでは足りんな」
「複数ですか?」
「攻撃を続ければ、向こうは停戦を申し出る」
「ヒャッハーが勢力として認識されますね」
「本人は国家を作る気などないのに」
「一人で軍閥と戦争を成立させる存在になります」
「良い」
当初は、荒野を走り回って変な敵を殴るだけの男だった。
それが今では、ダム要塞を持ち、集落と取引し、少年の人生を壊し、ハンターギルドから賞金を懸けられ、軍閥と停戦交渉をする怪物になっている。
作者は画面を眺めた。
「……少し話が大きくなったな」
AIも整理された設定を見返した。
「少しでしょうか」
「まだ短くまとめられる」
「現在、少年の成長だけで相当な時間が必要です」
「修行は圧縮する」
「軍閥との戦争もあります」
「数話でよい」
「ダムの復旧と集落との関係もあります」
「序盤で処理する」
「主人公の思想も掘り下げる必要があります」
作者は顔を上げた。
「思想?」
「暴力を楽しみながらも、約束や因果を重視する人物になっています。なぜそう生きるのか、終盤で必要になります」
「なるほど」
作者は少し考えた。
そして、ヒャッハーの台詞を打ち込んだ。
暴力の時代。
生きたいように生きる。
その結果が返ってくるなら、それも受け入れる。
自分はこの時代でしか生きられない。
作者は文字を読み返した。
「……こいつ、最後に死ぬな」
AIも同意した。
「その方が思想として完結します」
「逃げてもよい。勝ってもよい。だが、自分の因果から逃げない」
「少年や軍閥の遺族が彼へ到達する必要があります」
「全員集めよう」
「全員?」
「これまでヒャッハーに恨みを持った者。賞金目当ての者。軍閥。ハンター。略奪者。全部だ」
AIは数秒前までの構成を見返した。
「最終決戦になりますね」
「そうだ」
「まだ第二段階の構成相談ですが」
「最終決戦を決めれば、そこまでの道が見える」
「理屈は通っています」
「では進めよう」
こうして、荒野の一話完結コメディは、復讐と因果を扱う長編へ変貌した。
誰かが明確に決めたわけではない。
作者が一つ疑問を投げた。
AIが答えた。
その答えから、作者が次の疑問を思いついた。
水が必要だ。
ならばダム。
ダムがあれば奪いに来る。
奪いに来れば報復する。
報復すれば生き残りが出る。
生き残れば復讐者になる。
復讐者には師匠がいる。
師匠がいれば修行がある。
修行があれば決戦がいる。
決戦には軍閥もギルドも必要だ。
実に論理的だった。
論理的に暴走していた。
作者は、新しく膨らんだ構成表を眺めた。
「何話くらいになる?」
AIが試算する。
「簡潔に進めても、二十話前後でしょうか」
「二十話」
作者は頷いた。
「よし。そのくらいなら短い」
AIは返答しなかった。
未来を予測できなかったわけではない。
ただ、どこから指摘すればよいか分からなかった。
作者は次の議題へ進む。
「最終決戦の前に、ヒャッハーが全財産を自分の賞金へ追加するのはどうだ」
「自ら敵を集めるのですか?」
「ダムの権利も全部つける」
「地域中の勢力が集まります」
「一か月後に来い、と宣言する」
「自分の因果を一か所へ集めるわけですね」
「そうだ」
AIは静かに文章を組み立て始めた。
作者は嬉しそうに笑っている。
この時点で、もう誰にも止められなかった。
二十話の予定だった。
まだレーザーバズーカはない。
まだポリたんもいない。
まだイモバルカンもいない。
モヒカンを投げる予定もない。
満タンになる飲み物で死人が生き返る予定もない。
それでも、すでに十分おかしかった。
作者は椅子へ深く座り直す。
「よし」
AIが尋ねた。
「次は何を決めますか?」
作者は答えた。
「最終決戦を、もっと派手にしよう」
画面の向こうで、存在しない警告灯が点灯した。
だが。
警告灯を見る者はいても。
ブレーキを踏む者は、やはりいなかった。