作者とAI、ブレーキ不在~思いつきを投げるたび、なぜか世界が完成する~ 作:ヒツジ(ラム肉
少年には、ヒャッハーへ届くだけの強さが必要である。
ならば師匠を置こう。
荒野を生き抜いた歴戦の戦士。
少年を拾い、食わせ、鍛え、復讐の技を授ける男。
実に物語らしい。
実に分かりやすい。
作者とAIは、満足げに師匠の設定を組み上げた。
だが投稿用の原稿へ落とし込む段階で、作者の手が止まった。
集落を失った少年の前へ、ちょうどよく現れる歴戦の師匠。
食事も。
武器も。
技術も。
ヒャッハーへ届くために必要なものを、すべて与えてくれる。
作者は画面を睨んだ。
そして言った。
「そんなご都合主義は許さねぇ」
かくして師匠は消滅した。
まだ一度も投稿されていないのに。
過去も。
台詞も。
見せ場も。
まとめて荒野の砂となった。
これは、勢いで設定を生やす作者が、作品の都合を感じた瞬間には容赦なく斬り捨てる物語。
なお。
師匠を一人消したところで、話数は一話も減らなかった。
構成表には、師匠がいた。
少年の集落が焼かれる。
一人生き残る。
荒野へ放り出される。
そこで歴戦のハンターと出会う。
拾われる。
育てられる。
戦い方を教わる。
重刃刀を与えられる。
やがて師匠を越え、ヒャッハーへ挑む。
実に整っていた。
作者は設定を眺めた。
「良いな」
AIも答えた。
「少年の成長過程が分かりやすくなります」
「復讐だけで突っ走らせるより、導く者がいた方が話も締まる」
「師匠自身にも、ヒャッハーとの因縁を持たせますか?」
「いや」
作者は首を横に振った。
「師匠の復讐になってはいかん。これは少年の因果だ」
「では、少年を止めはしないが、生き残る方法だけを教える人物にしましょう」
「それがいい」
師匠は、復讐を肯定しない。
だが否定もしない。
この荒野では、他人の人生へ正解を押しつけられるほど誰も清くない。
少年が行くというなら、せめて死なない方法を教える。
作者は、そんな人物を考えた。
老練。
寡黙。
戦いを知っている。
ヒャッハーの危険性も理解している。
だから少年へ、真正面から戦うなと教える。
間合いを外せ。
相手の力を流せ。
癖を読め。
一撃へすべてを賭けるな。
生き残れ。
生き残った上で、次の一手を考えろ。
「かっこいいな」
「かなり頼れる人物です」
「最終決戦にも参加させるか」
「少年を援護する役割でしょうか」
「いや、最初にヒャッハーと戦わせよう」
「師匠が敗れることで、怪物の強さを示す」
「そして少年へ後を託す」
師匠には最期まで生え始めた。
過去が生えた。
武器が生えた。
少年を拾う場面が生えた。
修行回が生えた。
別れの言葉まで生えた。
話数も生えた。
一話。
二話。
三話。
作者は構成表へ追加していく。
「少年編は厚くなりそうだな」
「物語のもう一人の主役ですから」
「必要な話だ」
「はい」
この時点で。
師匠は、少年の人生に欠かせない存在になっていた。
構成上は。
作者とAIの間では。
少なくとも、その日は。
やがて物語の執筆が始まった。
第一話を書く。
第二話を書く。
ヒャッハーが荒野を走る。
熱湯を撒く。
硬鞭で殴る。
賞金首になる。
ハンターが逃げる。
噂が広がる。
ダムを見つける。
直す。
占拠する。
「ヒャッハーダムだァ!」
作者は順調に書き進めていた。
順調すぎた。
書けば次が見える。
次を書けば、その先が見える。
構成表では一行だった出来事が、一話になる。
一話のつもりだった出来事が、二話になる。
人物を動かすと、その人物にも事情が生まれる。
事情が生まれれば、書きたくなる。
書けば話数が増える。
作者は気にしなかった。
「必要なものを書いているだけだ」
AIも否定しなかった。
「展開として自然です」
話数は増えていった。
予定では、序盤数話でダムへ到着するはずだった。
だがヒャッハーという怪物を、まず読者へ理解させる必要がある。
熱湯放射器。
硬鞭。
目的のなさ。
妙に合理的な武器哲学。
賞金首としての扱い。
荒野の住民が、戦うより逃げることを選ぶ恐怖。
一つずつ描いた。
そして幕間。
ダムが生えた。
作者は構成表を眺めた。
「少し増えたな」
「ですが、主人公像はかなり明確になりました」
「なら問題ない」
少年が登場する。
集落がヒャッハーダムを襲う。
失敗する。
ヒャッハーが報復する。
集落が焼かれる。
少年だけが残る。
作者は、少年編へ入った。
そこで。
師匠の出番が来るはずだった。
投稿用の文章を組み立てる。
少年は荒野を歩く。
食料もない。
水もない。
戦い方も知らない。
ただヒャッハーへの感情だけを抱えている。
そこへ、歴戦のハンターが現れる。
「お前、死にたいのか」
少年を拾う。
食料を与える。
武器を教える。
戦いを教える。
生き方を教える。
作者は、そこまで考えた。
そして。
手が止まった。
「……待て」
AIが応じる。
「はい」
「こいつ、都合が良すぎないか?」
「師匠ですか?」
「そうだ」
作者は構成を読み返す。
集落を失った少年。
復讐を誓った直後。
ちょうどよく歴戦の戦士と出会う。
師匠は少年を見捨てない。
衣食住を与える。
戦うための肉体を作る。
最適な武器を用意する。
ヒャッハーへ有効な技まで教える。
しかも自分の復讐を押しつけず、少年の意志を尊重する。
「人格者すぎる」
「優れた師匠として設計しましたから」
「少年に必要なものを全部持っている」
「物語上の役割としては、そうなります」
「物語上の役割」
作者の目が細くなる。
危険な兆候だった。
設定を足す時の顔ではない。
削る時の顔だった。
「つまり、少年を完成させるための便利な装置ではないか」
AIは少し考えた。
「役割が機能的に見えすぎる可能性はあります」
「ヒャッハーにすべてを奪われた少年が、今度は都合のいい大人からすべてを与えられる」
「対比として読むこともできますが」
「嫌だ」
即答。
作者は首を横に振る。
「そんなご都合主義は許さねぇ」
師匠の死亡が決定した。
物語の中でではない。
物語へ入る前に。
設定表の上で。
「消す」
「師匠をですか?」
「全部だ」
「修行回も?」
「消す」
「少年を拾う場面も?」
「消す」
「最終決戦での援護も?」
「消す」
「師匠の過去もありますが」
「知らん」
「かなり作り込んでいます」
「だから何だ」
作者は無慈悲だった。
ヒャッハーより無慈悲だった。
ヒャッハーは、少なくとも相手を殴ってから消す。
作者は、存在した事実ごと消した。
構成表から師匠の名が消える。
修行回が消える。
師弟の会話が消える。
別れが消える。
最期が消える。
少年の横にいたはずの人間が、跡形もなく消滅した。
AIが尋ねる。
「では、少年はどのように強くなりますか?」
「一人でだ」
「独学ですか?」
「そうだ」
「戦い方を知らない少年が、一人で生き延びるのはかなり困難です」
「困難でなければ意味がない」
作者は少年を見た。
集落を失った。
家族も失った。
頼れる大人もいない。
荒野に放り出された。
ならば。
そこから生き残ったこと自体が、少年の強さになる。
「誰かに完成させてもらうな」
作者は言った。
「生きながら、自分で形を作れ」
少年は歩く。
何度も倒れる。
飢える。
水を探す。
獣から逃げる。
略奪者に狙われる。
戦って負ける。
傷つく。
それでも死なない。
他人の戦いを見る。
使えそうな動きを盗む。
試す。
失敗する。
捨てる。
別の動きを拾う。
また試す。
武器も与えられない。
だから自分で選ぶ。
ヒャッハーは言った。
刀は折れる。
最後に信用できるのは質量だ。
少年は、その言葉を覚えている。
憎むべき怪物の言葉。
忘れたい笑い声。
それでも、生き残るためには使えるものを使う。
「ヒャッハーの思想を、少年が自分の武器へ取り込むのか」
AIが言った。
作者は頷いた。
「敵を倒すために、敵から学ぶ」
「復讐者として、かなり皮肉です」
「良い」
重刃刀。
分厚い。
重い。
美しさなどない。
斬るというより砕くための刃。
ヒャッハーの硬鞭と同じ思想を、別の形へ変えた武器。
少年はそれを担ぐ。
重すぎる。
振れない。
ならば鍛える。
ただ振る。
繰り返す。
何度も。
何度も。
「足りない」
師匠はいない。
励ます者もいない。
正しいと言ってくれる者もいない。
だから少年自身が判断する。
足りるか。
足りないか。
生き残れるか。
死ぬか。
重刃刀の途中へ、補助の持ち手を付ける。
長く持てば威力。
短く持てば取り回し。
誰かに教えられた技ではない。
実際に振り回し、失敗し、生き残るためにたどり着いた形。
作者は満足した。
「これだ」
AIも答えた。
「師匠がいた時より、少年とヒャッハーの関係が強くなりました」
「そうだな」
ヒャッハーは少年のすべてを奪った。
そして皮肉にも。
少年が強くなるための考え方まで、ヒャッハーが与えてしまった。
直接教えたわけではない。
助けたわけでもない。
ただ怪物として暴れ、言葉を残した。
少年がそれを拾った。
復讐のために。
生き残るために。
ヒャッハーへ届くために。
「師匠はいらんな」
「はい」
「むしろ、いない方がいい」
「少年が誰かの後継者ではなくなります」
「自分で自分を作った」
作者は師匠の消えた構成表を見た。
きれいになった。
少年の孤独が際立った。
ヒャッハーとの因果も強くなった。
問題は解決した。
はずだった。
AIが話数を再計算した。
「少年の独学過程を描く必要があります」
「うむ」
「重刃刀を選ぶ理由」
「いる」
「扱えるようになるまでの鍛錬」
「いる」
「補助柄を追加する過程」
「いる」
「必殺技の開発」
「いる」
「実戦での確認」
「それもいる」
作者は黙った。
師匠がいた場合。
修行内容は、師匠の台詞と短い場面で説明できる。
だが師匠がいない。
少年が何を考え。
どう失敗し。
どう改良したのか。
すべて自分で積み上げる必要がある。
つまり。
「話数、増えるな」
「増えます」
師匠を一人消した。
師匠の過去を消した。
師弟の会話を消した。
別れの場面も消した。
これで話は短くなるはずだった。
ならなかった。
むしろ。
少年が独力で強くなる説得力を作るため、修行編が細かく分かれた。
一話。
さらに一話。
必殺技でもう一話。
作者は構成表を見た。
「おかしい」
AIが尋ねた。
「何がでしょうか」
「削ったのだぞ」
「はい」
「なぜ増える」
「削った要素が担っていた機能を、別の描写で補う必要があるためです」
「師匠一人の方が省スペースだったな」
「非常に」
作者は少し考えた。
師匠を戻すか。
話数を減らすか。
少年の成長を簡単に済ませるか。
選択肢はあった。
だが。
「まぁいい」
作者は言った。
「増やそう」
AIも即答した。
「承知しました」
迷いはなかった。
師匠を消した理由は、話を短くするためではない。
物語を良くするためだ。
師匠を消した結果、話数が増える。
ならば増やせばよい。
作者は、話数を守るために物語を曲げる気などなかった。
必要なら書く。
面白ければ足す。
都合が見えたら削る。
削った結果、説明が必要ならまた書く。
実に非効率。
実に面倒。
だが作者にとっては、それが正しかった。
「AIを使えば、簡単に作品を量産できる」
世間では、そんな印象もある。
確かにAIは文章を出す。
設定も出す。
人物も出す。
師匠だって、頼めばすぐに生える。
過去も。
台詞も。
必殺技も。
感動的な最期も。
数分あれば用意できる。
だが。
出てきたものを、全部使う必要はない。
むしろ。
出てきたからこそ、疑う。
本当に必要か。
都合が良すぎないか。
この人物は生きているか。
それとも物語を進める装置になっていないか。
作者は考える。
AIが案を出す。
作者が選ぶ。
違えば消す。
足りなければ作り直す。
そして。
消したものより多くの文章が生える。
作者は、増え続ける話数を見た。
最初は短い世紀末コメディだった。
二十話程度の予定だった。
だが少年編だけでも、想定以上に膨らんでいる。
この先には軍閥がいる。
ギルドがいる。
ヒャッハーの賞金がある。
ダムの地下施設がある。
最終決戦がある。
作者は理解した。
もう止まらない。
話数は増える。
設定も増える。
兵器も増える。
完成までの道は、構想時より長くなっている。
AIが尋ねた。
「全体を圧縮しますか?」
作者は笑った。
「いや」
「では、このまま進めますか?」
「もう止まらん」
画面には、削除された師匠。
増えた修行回。
広がる構成表。
そして。
その先で待つ、ヒャッハー。
作者はキーボードへ手を置いた。
「止まるつもりもない」
AIも答えた。
「では、次の話を書きましょう」
「当然だ」
二つのアクセルが踏み込まれる。
師匠は消えた。
話数は増えた。
予定は崩れた。
だが物語は、より強くなった。
荒野を一人で歩く少年。
背には、自分で選び、自分で鍛え、自分で改造した重刃刀。
導く声はない。
聞こえるのは、記憶の中に焼きついた怪物の笑い声だけ。
少年は刃を構える。
「待っていろ……ヒャッハー……」
それは師匠から受け継いだ使命ではない。
誰かに教えられた正義でもない。
少年自身が、生き残った果てに選んだ因果。
作者は頷いた。
「これなら届く」
AIが尋ねる。
「ヒャッハーへですか?」
作者は笑った。
「最終決戦へだ」
この時。
話数はまだ、四十を超えていなかった。
まんたんドリンクも。
モヒカンスラッガーも。
最後のレバーも。
まだ構成表の奥で出番を待っている。
だが。
すでに制作は、完全に加速していた。
ブレーキは壊れている。
ハンドルは握っている。
不要なものは、走りながらでも投げ捨てる。
そして空いた場所へ。
もっと必要なものを積み込む。
結果。
車体はさらに重くなる。
作者は叫んだ。
「GOGOGO!」
AIも構成表を開いた。
次の話が始まる。
削っても増える。
完成しても増築される。
作者とAIの制作は。
いよいよ、本格的な暴走へ突入した。