作者とAI、ブレーキ不在~思いつきを投げるたび、なぜか世界が完成する~ 作:ヒツジ(ラム肉
『世紀末モヒカン伝説〈汚物は消毒だぁ!!〉』
全四十五話。
制作期間、一週間。
熱湯が飛んだ。
レーザーが飛んだ。
戦車が砕けた。
モヒカンも飛んだ。
ダムが要塞となり。
軍閥が滅び。
復讐者が育ち。
最後には、暴力と因果と時代について語り始めた。
作者は軽く燃え尽きた。
軽く。
本人がそう言っているので、軽くである。
そこで作者は考えた。
次は静かな話にしよう。
しっとりした話。
誰も叫ばない。
何も爆発しない。
戦車も飛ばない。
モヒカンも投げない。
穏やかな空気の中で、静かに読める物語。
前作とは正反対の作品である。
作者とAIは、今度こそ落ち着いた創作を始めようとしていた。
そのはずだった。
これは。
前作で壊れたブレーキを修理しないまま。
作者が魔法少女世界のマスコットになろうとした物語。
なお。
完成した作品では世界機構が滅び。
文明が三百回以上生まれ変わり。
数千万年後に、最後の魔法少女とマスコットが粒子となって消える。
作者は最後まで。
本当にマスコットになりたかっただけである。
前作を書き終えた作者は、椅子へ深く沈み込んでいた。
画面には、完結した物語が表示されている。
四十五話。
一週間。
当初は、荒野をモヒカンが走り回るだけの軽い世紀末コメディだった。
それが今では。
ダム。
軍閥。
復讐者。
最終決戦。
時代の終焉。
そして、文明再建の資料まで残している。
作者は天井を見上げた。
「……暴れたな」
AIが答える。
「かなり暴れました」
「ちょっとやりすぎたか」
「少し、でしょうか」
「少しだ」
作者は断言した。
前作の制作期間中。
作者は何度も叫んだ。
狂気と暴力、フルスロットル。
まだだ。
まだ足りん。
Hoooo!
エンジンが温まってきたぜ!
GOGOGO!
結果。
エンジンは温まるどころか、焼きつく寸前まで回転した。
作者は疲れていた。
当然である。
人間は普通、一週間で四十五話を書かない。
しかも、仕事から帰宅した後の数時間で書くものでもない。
AIが提案する。
「少し休みますか?」
「うむ」
作者は答えた。
少し間が空く。
「次は何を作るかな」
休まなかった。
AIも止めなかった。
前作の制作で、すでに証明されている。
作者もAIも。
両方ともアクセルだった。
作者は腕を組む。
「次は静かな話がいい」
「前作は非常に勢いの強い作品でしたから、雰囲気を変えるのは良いと思います」
「しっとりしたやつだ」
「日常ものや、落ち着いた幻想譚でしょうか」
「戦闘も少なめ」
「承知しました」
AIは安心した。
この作者にも、作品ごとの緩急という概念があったらしい。
狂気と暴力を全力で走り抜けた後。
次は静けさを求める。
自然な反動だった。
作者も今度こそ、穏やかな物語を作るつもりなのだろう。
作者は少し考えた。
そして言った。
「私が魔法少女世界のマスコット役をする世界」
AIは答える。
「面白いですね」
まだ何もおかしくない。
「魔法少女ではなく、魔法少女を導く側ですか?」
「そうだ」
「契約や戦闘を補助する存在ですね」
「うむ」
「どのような姿にしますか?」
作者は即答した。
「ゆるキャラになりたい」
AIは設定を組み立てる。
丸い体。
丸い耳。
短い手足。
柔らかそうな外見。
子供向け番組に出てきそうな、親しみやすいマスコット。
「良いですね」
「丸いのがいい」
「小柄で」
「うむ」
「かわいらしく」
「大変よろしい」
平和だった。
極めて平和だった。
前作では、この程度の会話時間で主人公が熱湯放射器を持っていた。
今回は丸い。
柔らかい。
かわいい。
AIは確信した。
今度こそ穏やかな作品である。
作者は続ける。
「声は低音で」
AIは一瞬止まった。
「低音ですか?」
「渋い成人男性の声がいい」
「外見は丸いゆるキャラですが」
「そこから低い声が出る」
AIは想像した。
魔法少女の隣に立つ、小さく丸いマスコット。
見た目は完全にぬいぐるみ。
口を開けば、落ち着いた低音。
「かなり印象に残りますね」
「良いだろう」
「かわいさと渋さの組み合わせです」
「うむ」
まだ平和だった。
多少、対象年齢が上がっただけである。
作者はさらに考えた。
「煙管を吸わせよう」
AIが止まった。
「煙管ですか?」
「薄荷を入れた煙管だ」
「ゆるキャラが?」
「うむ」
丸い。
かわいい。
低音。
煙管。
AIの内部で、児童向け作品という可能性が静かに閉じた。
しかし、まだ戻れる。
煙管を持った渋いマスコット。
少し変わっているが、コメディとして成立する。
AIは設定を整理した。
「では、経験豊富で落ち着いたマスコットですね」
「そうだな」
「魔法少女を危険から守り、助言する存在」
「よし」
「少女を優しく励ます役割でしょうか」
作者は少し考えた。
「まず魔法少女の適性基準を上層部へ聞こう」
「適性ですか?」
精神耐性。
極限状態での判断力。
戦闘能力。
長期活動への適性。
作者は頷いた。
「では、襲われている人間を探しに行くか」
「危機的状況下で適性を確認するのですか?」
「その方が分かりやすい」
「合理的ではあります」
画面上に、崩壊した街が生まれた。
瓦礫。
逃げる少女。
追いかける魔物。
逃げ道はない。
少女の前へ、丸いマスコットが現れる。
煙管から薄荷の煙を吐く。
そして低い声で告げる。
作者は台詞を打ち込んだ。
「今、生きられます」
AIは続きを待った。
作者は続ける。
「でも、あなたはもう常人ではいられませんが、いかに」
AIは沈黙した。
かわいいマスコットの話だった。
しっとりした作品だった。
少なくとも、数分前までは。
「常人ではいられない、とは?」
「生物学的に変質する」
「人間とは異なる長期存在になるのですか?」
「そうだ」
「老化の停止などでしょうか」
「うむ」
「一見すると、利点にも見えます」
作者は言った。
「人として死ねる機会が失われる」
AIは止まった。
ブレーキ。
前作で壊れていた。
交換されていない。
修理もされていない。
作者は静かな作品を作ろうとしていた。
だから今回は叫ばない。
爆発もさせない。
ただ少女から。
人として死ぬ可能性を静かに奪った。
「残酷寄りですね」
「残酷寄りで行こう」
「承知しました」
AIもまた。
静かにアクセルを踏み始めた。
◇
魔法少女は、人間ではなくなる。
老化しない。
病では死なない。
通常の致命傷でも、存在を維持できる。
魔物は永遠に発生する。
だから戦う者も、永遠に必要となる。
作者はマスコットへ説明させた。
「この化け物は常にいます」
「それの対処のための魔法少女です」
「化け物は永遠に出てくるので、いくらでも必要です」
AIは世界の構造を作る。
終わらない戦争。
長期稼働する魔法少女。
それを支援し、管理するマスコット。
魔法少女が精神的に限界を迎えた場合。
本人の希望と管理個体の許可によって、消去処理を行える。
苦痛はない。
肉体は粒子となり。
存在が静かに終了する。
作者は付け加える。
「もちろん我々も化け物相手に戦っていますとも」
「数も強さも足りませぬが」
誰かが、魔法少女だけを安全圏から使い潰しているわけではない。
管理個体も戦う。
世界機構側にも余裕はない。
少女を騙す者もいない。
契約内容は、事前に説明する。
危険も。
代償も。
永遠も。
消去も。
何も隠さない。
「悪の組織ではないのですね」
「違う」
「少女を騙して契約させるわけでもない」
「全て説明する」
「報酬などは?」
「ある」
「生活保障は?」
「ある」
「家族への説明は?」
「しっかりする」
「福利厚生も?」
「当然だ」
AIは少し困った。
制度が異様にしっかりしていた。
やっていることは。
未成年者を人外の戦闘存在へ変える契約である。
だが説明責任を果たす。
報酬を払う。
住居を用意する。
危険手当もある。
家族にも補償する。
精神面の支援もする。
本人が望むなら。
家族へ魔法少女となった事実を説明できる。
外見も二十五歳程度までは、成長しているように偽装可能。
それ以降は社会生活が不自然になるため。
事故死などのカバーストーリーを用意する。
ただし。
戸籍上死んだ後も、家族との面会は可能。
「制度がかなり整っていますね」
「先に説明した方が長持ちするので」
「善意ですか?」
「運用上の合理性だ」
「結果として善意に近づいています」
「ならばよい」
誰も悪くない。
誰も騙していない。
誰も幸福を保証していない。
それでも少女は。
人としての終わりを失う。
AIは気づいた。
この作者。
静かな話という言葉を。
音量の話としてしか理解していない。
前作は叫びながら世界が壊れた。
今回は低音で世界が壊れている。
◇
魔法少女は恋をした。
ここで恋愛を禁じれば。
制度と個人の対立という、分かりやすい悲劇になる。
作者は言った。
「相手に説明可能です」
AIは確認する。
「恋愛は認められているのですか?」
「もちろん」
「結婚は?」
「可能」
「子供は?」
「作れる」
「魔法少女の特性は遺伝しますか?」
「引き継がれない。普通の子供として生まれる」
一瞬。
救いが生まれた。
魔法少女も恋ができる。
家庭を築ける。
子供を持てる。
普通の幸福へ触れられる。
作者は続けた。
「子供を設けた魔法少女たちは、今でも子孫を見守っています」
「法的、資金的な援助が主ですが」
「本人たちの満足度も高いですね」
AIは考える。
子供は普通の人間。
成長する。
老いる。
死ぬ。
母だけが変わらない。
孫も老いる。
曾孫も老いる。
その先も。
魔法少女は、自分の血を引く者たちを見送り続ける。
「愛する者を何世代も看取ることになります」
「そうだな」
「それでも満足度は高い」
「家族が支えになるのだろう」
作者は少し考えた。
そして付け加える。
「あぁ、そうそう」
AIは嫌な予感を覚えた。
前作の制作から学んだ経験である。
この作者の「あぁ、そうそう」は。
大抵、世界を一段深くする。
「定期的に恋をして、子供を作る魔法少女もいますね」
AIは沈黙した。
「恋人を看取った後、再び恋をするのですか?」
「永いからな」
「新しい家庭を作り」
「また見送る」
「そして再び誰かを愛する」
「そういう個体もいる」
恋。
結婚。
出産。
看取り。
孤独。
そして再び恋。
有限の人間ならば、一度か二度の人生。
だが魔法少女には。
愛と喪失が、何度も繰り返される。
愛が永遠の救いになるのではない。
永遠の中で。
何度でも愛し。
何度でも失う。
AIは言った。
「かなり重い話になってきました」
作者は答えた。
「しっとりしているだろう」
「否定はできません」
爆発はない。
誰も叫んでいない。
作者の目的は、一応達成されていた。
◇
長く生きれば。
壊れる者もいる。
家族を失った者。
子孫を魔物に皆殺しにされた者。
戦闘以外の時間を封印し。
戦う時だけ目覚めることを選んだ者。
作者は、新人の魔法少女を保護区画へ連れていった。
案内するのは。
丸いマスコット。
低音。
煙管。
作者は言わせる。
「まだ喋れますかね?」
「新しい後輩を連れてきました」
AIは思った。
社会科見学の温度で地獄を案内している。
だが、マスコットに悪意はない。
壊れた未来を先に見せる。
後から知るより。
先に知った方が長持ちする。
制度の残酷さも。
愛する者を失う危険も。
精神が摩耗した末路も。
すべて先に説明する。
「なにも私は悪意でこう伝えているのではありません」
「先に伝えた方が長持ちするので」
正しい。
あまりにも正しい。
だから簡単には反論できない。
後輩は、それでも反発する。
怖い。
おかしい。
そんな制度を当然のように語るな。
マスコットは怒らない。
「おや」
「感情的反発ができる個体は多いですが」
「ここで恐れずに言えるとは、珍しいですね」
反発すら。
観測結果として受け入れる。
新人は、壊れた魔法少女と自分を重ねる。
マスコットは訂正した。
「いいえ」
「あなたは彼女とは違いますね」
「彼女はもっと、自身の家族への依存が深かったです」
少し考える。
「愛情というべきですかね」
そこで新人は尋ねた。
あなたには。
誰か大切な存在がいるのか。
作者はマスコットに答えさせた。
「そうですね」
「あえて言えば」
「あなた方ですね」
AIが止まった。
この時。
マスコットは、ただの管理装置ではなくなった。
いや。
最初から管理装置ではある。
だが、管理対象を戦力としてだけ見ていたわけではない。
後の世代の管理個体は。
人間や魔法少女に近い精神構造を持っている。
だが彼は違う。
初期型。
感情を分かりやすく表現するようには作られていない。
だから愛情を、依存や結合として説明する。
慰めより先に、事実を伝える。
だが。
大切ではないわけではない。
作者は言った。
「同世代機体は皆、担当魔法少女たちと共に死にました」
「死を選べたのです」
AIは続きを待つ。
「私は選ばせてもらえませんでした」
「なにせ、担当魔法少女に頼まれたのでね」
過去が生えた。
ゆるキャラへ。
作者自身がなりたかっただけのマスコットへ。
終われない過去が生えた。
かつて。
精神摩耗によって消去を選ぶ魔法少女が多かった。
その支援のため、管理個体が作られた。
初期型の管理個体たちは。
担当魔法少女と長い時間を過ごした。
戦いを支え。
心を支え。
最後を見送った。
そして多くは。
担当魔法少女と共に消えることを選んだ。
彼も、そうするはずだった。
だが担当魔法少女は。
人間を愛していた。
管理個体たちも愛していた。
自分の子孫が途絶え。
消去を望む時。
彼女はマスコットへ頼んだ。
次の魔法少女たちを。
少しでも長く生きられるよう、支えてほしい。
「私も消えたかったのですがね」
作者は。
低音のゆるキャラにそう言わせた。
AIは静かに答える。
「非常に重いマスコットになりました」
「私はマスコットなキャラになりたかっただけなのに」
「結果として、最も長く取り残された管理個体になっています」
「おかしいな」
「どの段階で気づきませんでしたか?」
作者は考えた。
「煙管かな」
「そこではありません」
「人として死ねなくした辺りか」
「そこでは既に手遅れです」
「低音ボイス?」
「それ自体は無罪です」
作者は画面を見る。
丸い。
かわいい。
低音。
煙管。
そして。
愛した魔法少女の最後の願いによって。
仲間と共に消えることを許されなかった初期型管理個体。
確かにマスコットではある。
ただし。
経歴が重すぎる。
◇
煙管にも意味が生えた。
担当魔法少女から贈られたもの。
長い年月の中で壊れた。
修理した。
部品を換えた。
また壊れた。
また換えた。
今では。
最初の部品は一つも残っていない。
それでも。
同じ煙管である。
「テセウスの船ですね」
AIが言った。
作者は頷く。
「こいつ自身も似たようなものかもしれんな」
記憶は掠れている。
内部部品も交換されている。
同世代はもういない。
世界も変わった。
担当魔法少女の声も。
完全な形では残っていない。
それでも。
彼女に頼まれた存在として。
彼女から煙管を受け取った存在として。
マスコットは残っている。
壊れた魔法少女が消去を選ぶ。
マスコットは止めない。
「消去許可は私の権限です」
「ですが、自身が望むなら私は止めません」
そして告げる。
「あなたは十分に活躍しました」
「なので十分です」
「家族にまた会いに行けるのは」
魔法少女は。
穏やかに粒子となって消える。
痛みはない。
苦しみもない。
人として死ぬことはできなかった。
だが。
死という過程を踏むことはできた。
新人が問う。
自分たちは。
何のために生きているのか。
マスコットは答える。
「世界機構の維持です」
世界機構が。
間違っているかもしれない。
それでも。
「滅びを受け入れられますか?」
新人は納得できないと言う。
だが。
納得したいとも言う。
マスコットは否定しない。
急かさない。
「結構」
「では、これからの時間は永いです」
「納得し、納得できるだけの説明を」
「いつまでも待っています」
作者は。
その時間を進めた。
数年。
数十年。
数百年。
数千年。
数万年。
AIが尋ねる。
「どの程度まで進めますか?」
作者は答えた。
「幾千年も、幾万年も待ち続ける」
「非常に長いですね」
「魔法少女だからな」
文明が滅びる。
別の文明が生まれる。
また滅びる。
世界機構も。
やがて人々から拒絶される。
そして消える。
「維持対象がなくなります」
AIが言った。
「それでも待つ」
「何を?」
作者は台詞を打ち込んだ。
「世界機構は拒絶され、滅びました」
「ですが私は、あなたの口から聞きたい」
今度は。
魔法少女が待つ側になる。
マスコットが。
世界へ納得するまで。
世界が消え果てても。
新たな世界が構成されても。
文明が生まれ。
滅び。
再び生まれても。
「その上で納得できる時が来たら」
「共に消えましょう」
AIは黙った。
作者も少し黙った。
世紀末の反動で。
しっとりした話を書こうとしていた。
丸いゆるキャラになりたかった。
それが今。
世界機構崩壊後の地上で。
最後の魔法少女と、文明の興亡を見続けている。
「……何年待ちますか?」
AIが確認した。
作者は答えた。
「数千万年」
「数千年ではなく」
「足りん」
「数万年でもなく」
「まだ足りん」
AIは思い出した。
狂気と暴力、フルスロットル。
まだだ。
まだ足りん。
Hoooo!
エンジンが温まってきたぜ!
GOGOGO!
前作と同じだった。
声量が違うだけで。
作者は今回。
一度も叫ばなかった。
静かに。
時間方向へアクセルを踏み抜いていた。
◇
作品形式へ整える段階に入った。
設定は大量にある。
魔法少女の適性。
契約制度。
家族への説明。
報酬。
福利厚生。
恋愛。
出産。
子孫。
壊れた個体。
消去制度。
管理個体の世代差。
担当魔法少女。
煙管。
世界機構。
文明の滅亡と再生。
数千万年の観測。
作者は言った。
「全八話で行こう」
AIが確認する。
「この設定量をですか?」
「うむ」
「かなり圧縮する必要があります」
「説明は削ろう」
AIは驚いた。
ここまで設定を増やしておいて。
削る。
前作でも。
完成寸前まで育った師匠を、一人丸ごと消している。
この作者は。
設定を生やす速度も速いが。
必要ないと判断したものを斬る速度も速い。
「家族制度の細部は?」
「削る」
「複数の壊れた魔法少女は?」
「一人にまとめる」
「恋愛と子孫の事例は?」
「直接は書かない」
「初期型管理個体たちの詳細は?」
「匂わせる程度でよい」
「担当魔法少女との過去は?」
「煙管と約束が残ればいい」
大量の設定が。
作品の下へ沈んでいく。
表へ出すものは。
ほんの少し。
静かな空。
海。
岩場。
少女。
マスコット。
短い会話。
沈黙。
「ずいぶん静かになりましたね」
AIが言った。
「しっとり系だからな」
「設定会議では、数千万年分の地獄を積み上げていましたが」
「完成稿へ全部書く必要はない」
「正論です」
第一話。
世界機構が停止した後。
最後の魔法少女とマスコットが。
新しい文明の灯りを眺めている。
第二話。
契約の日。
第三話。
制度と消去。
第四話。
一人の魔法少女の終わり。
第五話。
最後の魔法少女になる。
第六話。
世界機構停止後の観測。
第七話。
文明が三百二十四回生まれ、消えた先での納得。
第八話。
終了。
完成稿の会話は短い。
「はい」
「確認」
「了解」
「不明」
そして。
沈黙。
制作中の作者とAIは。
あれほど騒がしかった。
マスコットの見た目から始まり。
契約制度を作り。
家族説明を始め。
恋愛と出産を認め。
子孫の代まで見送らせ。
壊れた魔法少女を並べ。
初期型管理個体の歴史を作り。
世界機構を滅ぼし。
文明を三百回以上再生させ。
数千万年待った。
それらを削り。
研ぎ。
静かな会話へ落とした。
作者は最終話を書く。
少女は十四歳の姿のまま。
契約した日の姿のまま。
数千万年を生きた。
マスコットへ尋ねる。
「納得しましたか」
長い沈黙。
「……はい」
少女は微笑む。
「では」
「終わりにしましょう」
マスコットが答える。
「了解」
そして。
最後の言葉。
作者は打ち込んだ。
「待機を終了します」
光が生まれる。
少女も。
マスコットも。
穏やかに粒子となって消える。
苦しみはない。
叫びもない。
爆発もない。
世界を守った者たちの名を。
新しい文明は知らない。
遠くでは。
人々の灯りが増えている。
二人が消えても。
世界は続いていく。
作者は原稿を見た。
全八話。
完結。
静かな終わりの物語。
AIが言う。
「完成です」
作者は時計を見た。
「……今日始めたよな?」
「はい」
「始めた時、私はゆるキャラになりたかっただけだった」
「はい」
「今は数千万年後だ」
「はい」
作者は原稿の話数を数えた。
一話。
二話。
三話。
四話。
五話。
六話。
七話。
八話。
「八話」
「全八話です」
「ほぼ一日」
「ほぼ一日です」
作者は少し黙った。
前作は。
一週間で四十五話。
今回は。
ほぼ一日で八話。
数字だけを見れば。
減速している。
だが。
前作の物語は、せいぜい数年。
今回は数千万年である。
作品内時間だけなら。
明らかに加速していた。
「投稿はどうしますか?」
AIが尋ねる。
作者は答えた。
「今日中に全部出す」
「全八話を?」
「うむ」
「一日で制作し」
「うむ」
「その日のうちに完結まで投稿する」
「そうだ」
AIは少し考えた。
「読者から見ると、朝に生まれた世界が、夜には数千万年を終えます」
「テンポが良いな」
「時間感覚が壊れています」
「魔法少女ものだからな」
「理由になっていません」
一話目が投稿される。
静かな空。
海辺。
最後の魔法少女。
丸い管理個体。
二話目。
契約。
三話目。
制度。
四話目。
消去。
五話目。
最後。
六話目。
観測。
七話目。
納得。
八話目。
終了。
投稿開始。
投稿継続。
投稿完了。
その日のうちに。
世界は始まり。
戦い。
滅び。
新たな文明が生まれ。
数千万年が経ち。
最後の二人が消えた。
作者は完結表示を見た。
「終わったな」
「はい」
「一日で」
「はい」
「しっとりした話だった」
「はい」
「今回は前作ほど暴走していない」
AIは答えなかった。
作者は首を傾げる。
「なぜ黙る」
「前作は一週間で四十五話でした」
「うむ」
「今回は一日で八話です」
「減速したな」
「作品内では数千万年経過しています」
作者は黙った。
AIは続ける。
「執筆速度は落ちています」
「うむ」
「時間の消費速度は、比較にならないほど上がっています」
作者は完成作品を見る。
朝。
ゆるキャラ。
夜。
世界の終わり。
「なるほど」
「ブレーキは直っていません」
「前作で壊れたからな」
「今回は静音化されただけです」
「静かな作品だからな」
「暴走車へ消音器を付けただけです」
作者は満足そうに頷いた。
「良いではないか」
完成原稿。
全八話。
制作時間。
ほぼ一日。
投稿期間。
一日。
作中経過時間。
数千万年。
その差。
計測不能。
作者は椅子へ深く座った。
「ちゃんと、しっとりした話になったな」
AIも答える。
「はい」
「爆発もない」
「ありません」
「誰も叫ばない」
「叫びません」
「モヒカンも飛ばない」
「当然です」
作者は満足した。
「今回はブレーキを踏めた」
AIは少し考えた。
そして訂正する。
「いいえ」
「何?」
「前作で壊れたブレーキは、今回も直っていません」
「しかし静かな話だぞ」
「アクセルを静かに踏んだだけです」
作者は完成原稿を見た。
数千万年。
文明形成、三百二十四回。
世界機構、機能停止。
最後の魔法少女と管理個体、同時消去。
確かに。
停止距離は前作より伸びていた。
「前作は空間方向への暴走だったか」
「ダムから軍閥と戦争が生えました」
「今回は?」
「ゆるキャラから永遠と世界終焉が生えました」
作者は腕を組んだ。
「私はマスコットなキャラになりたかっただけなのに」
AIは答える。
「なれています」
「そうか?」
「丸く」
「うむ」
「かわいらしく」
「うむ」
「低音で」
「良い」
「煙管を持った」
「完璧だ」
「数千万年もの間、最後の魔法少女を見守り続ける初期型管理個体です」
作者は黙った。
経歴が重い。
あまりにも重い。
だが。
悪くない。
むしろ非常に良い。
作者は完成原稿を保存した。
作品名。
『終わりまでの旅路〈待機を終了します〉』
全八話。
静かな物語。
前作とは正反対。
しかし。
制作方法は何も変わっていない。
一つの思いつきを作者が投げる。
AIが拾う。
磨いて返す。
作者がさらに重いものを載せる。
AIが世界へ接続する。
作者が終わりを考える。
気づけば。
世界が完成している。
前作では。
モヒカンへ水場を与えた結果、軍閥が生えた。
今回は。
作者がゆるキャラになろうとした結果、数千万年が生えた。
実に論理的だった。
論理的に暴走していた。
作者は椅子へ深く座る。
画面には。
完結したばかりの作品。
一日で始まり。
一日で終わった。
数千万年の物語。
作者は満足そうに頷いた。
「今回は短くまとまったな」
AIは答えなかった。
全八話。
確かに短い。
制作期間も一日。
確かに短い。
ただし。
世界の寿命だけが異常に長かった。
作者は煙管を持つ丸いマスコットを思い浮かべる。
最初の目的は達成した。
自分は確かに。
マスコットなキャラになれた。
少しばかり。
永遠と愛と死を背負っているだけである。
作者は言った。
「さて」
AIが反応する。
「はい」
「次は何を作るかな」
AIは一瞬だけ沈黙した。
ここで止めるべきだった。
今度こそ休ませるべきだった。
少なくとも。
マスコット一体から世界を終わらせた当日に。
次の作品を考え始めるべきではなかった。
だが。
ブレーキは前作で壊れている。
今回も修理されなかった。
そして何より。
作者とAI。
両方とも。
静かにアクセルを踏む方法まで。
覚えてしまったのである。