実は帰省中に友達とドライブしてたら横から信号無視してる吹っ飛ばされまして、しばらく入院してました( ; ; )
ようやく罅の入っていた利き手の骨がほとんど引っ付き、動かせるようになったので復活しました。
これからちょこちょこ更新していきます
誤字脱字は許してください…
第六話 二度目の来訪
ホテルZの玄関先では、鉢植えの葉から落ちる雫が、石畳に小さな染みを作っていた。
昨夜の雨雲はすっかり退き、建物の間に覗く空は明るい。通りから入り込む風に、温められた土と、厨房で煮込んでいるカレーの匂いが混じる。タウニーは入口のガラスを拭き終えると、布巾を片手に、もう一度だけ外を覗いた
「来たよ。あの車」
デウロがソファの背から顔を上げた。肩にかかる髪を後ろへ払い、タウニーの隣までやってくる。
「ほんとだ。まだ十二時になってないよね?」
「八分前だね。時間ぴったりに来るかと思ってた」
「あたしたちに昨日あんな念を押しただけあるね」
デウロがそう言い、笑って振り返ると、セイカはテーブルの端で端末を見ていた。昨夜受け取ったものに加え、今朝には契約書の草案が届いている。気になる箇所をいくつか記録し、彼女は画面を閉じずに顔だけを上げた。
「タウニー。今日は最初から最後まで、ちゃんと自分でも読んでね」
「分かってるって。今度はちゃんと読む」
そこを言われると弱かった。タウニーは口を開きかけ、結局、布巾を畳む方へ目を落とした。
「……日付とか、お金に関するところは、特に」
車の扉が開く音がして、三人の視線が外へ戻る。
ミュールが先に降り、運転席の窓へ二言ほど伝えた。その後ろから現れたハヤトは、昨日より軽い上着を着ている。きちんと留めた襟の下で、会社の小さなピンバッジが光った。
腕には、今朝もミミッキュがいた。
「おはよう、ミミちゃん!」
玄関を開けたタウニーに気づくと、古びた布の耳がぴんと立つ。裾から伸びた影のような腕がひらひら揺れ、ハヤトの視線がそこを追った。
「もう昼だろ」
「じゃあ、こんにちは。ハヤトも」
「俺はついでかよ」
タウニーは笑いながら扉を押さえ、二人と一匹のために道を空けた。
「入って。今日はお客さんなんだから」
敷居にかかったハヤトの足が、少しだけ遅くなった。
昨夜、この入口で三千万円を請求した時には、相手を座らせて話を聞かせることしか考えていなかった。今はタウニーが扉を開けて待ち、奥からはデウロが手を振っている。ミュールが隣へ並んでも、誰も身構えない。
「……お邪魔しま、いや邪魔するぞ」
言ってから、少しかしこまりすぎた気がしたから言い直した。
タウニーは、そのままの調子で応じる。
「どうぞ。ミュールさんも」
玄関の外の明るさが、閉じる扉に細く切り取られた。室内へ入ると、磨かれた古い木の匂いがする。受付の向こうにエレベーターがあり、右手の談話スペースには、暖炉と低いテーブル、それぞれ少しずつ色の違う椅子が置かれていた。
昨日も目には入ったはずなのに、覚えているものがほとんどない。
ソファの肘掛けには上着が一枚。閉じかけの雑誌には、しおりの代わりに細い布が挟まっている。デウロはその上着を取り上げ、空いた場所を軽く払った。
「鞄、ここに置いてもらって大丈夫ですよ。奥のテーブル、空けてあるので」
「ありがとうございます。では、お借りいたします」
ミュールが革鞄を下ろすそばで、ハヤトはソファと本棚を見比べた。
「ホテルっていうか……なんか、家みたいだな」
タウニーは少し考えてから、肩をすくめた。
「MZ団はみんなここに住んでるからね。……あ、でも客室はちゃんとしてるよ? 散らかしてるの、だいたい自分たちのところだけだし」
「別に文句言ってわけじゃねえよ」
ハヤトが視線を戻すと、棚の下段に、布地の見本帳が重ねてあった。そばには、蓋を閉じた裁縫箱と巻き取り式のメジャーもある。
「ん?誰か、服でも作るのか」
「ピュール。もう一人いるんだ、あたしたちの仲間」
タウニーは奥へ続く扉を押し開けた。その先には六脚の椅子に囲まれた大きなテーブルがあり、壁にはMZ団の旗が掛かっている。
「普段は二階の部屋で作業してるんだけど、たまにこっちまで広がっちゃうんだよね。今日はカナリィのことで出かけてる」
「…あの配信の?」
「そう。そのカナリィ」
「…そうか」
何か含みのあるハヤト。タウニーが言及しようとしたが、その前にデウロが腰のポーチを指先で持ち上げた。
「これもピュールが作ってくれたんだよ。ダンスの練習に持っていくもの、ちょうど入るの。使いやすくて、ずっとこれ」
ハヤトは縫い目へ目を留めた。端の処理が細かく、荷物を入れても形が崩れにくそうだった。
「へえ。中々に上手いんだな」
「でしょ? 本人に言うと、そうでもないみたいな顔するけどねえ」
そう言って笑うデウロの横で、タウニーが空いた椅子を引く。
「今度、いる時に紹介するよ」
ハヤトは頷いた。見本帳の角に折れ目がつかないよう、少しだけ椅子を離してから、ミミッキュを床へ下ろそうと屈む。
その途中で、腕の中の身体がぴたりと止まった。
「ん?」
布の顔が窓辺を向いている。ハヤトもそちらを見て、屈みかけた姿勢のまま目を細めた。
白い身体を宙に浮かせた、小さなポケモンがいた。フラエッテだ。花を大事そうに抱える姿には見覚えがあるが、その花が違う。
黒い花弁に、鮮やかな赤。窓を透かす光に縁を照らされても、中央の暗い色だけが深く残っている。
「……そのフラエッテ、見たことない姿だな」
タウニーが隣へ来る。フラエッテは彼女を見ると、花の柄を持ち直し、ゆっくり近づいた。
そこでハヤトの眉がわずかに上がった。
「この子が、噂の?」
「変わった花を持ってる子がいるって話? だったら、この子だと思う」
「ああ。それは聞いてた。…その子が、タワーの暴走を止めたポケモンなのか」
顔を近づけかけたハヤトの前で、フラエッテが花を少し高く掲げた。赤黒い花弁に視界を遮られ、彼は足を止める。
「……そんに拒否しなくても。悪かったって」
半歩退くと、花の陰から小さな顔が覗いた。ハヤトは困ったように笑い、ミミッキュを床へ下ろした。
ミミッキュはしばらく彼の靴に寄り添っていたが、やがて自分から窓辺へ進んだ。布の下の腕が持ち上がり、フラエッテがそれを見下ろす。少し間を置いて、白い身体がゆっくり高度を落とした。
二匹の間で、花と折れた耳が傾く。
何を話しているのかは分からない。ミミッキュが同じ方へ首を傾けるたび、フラエッテは花を持つ角度を変えた。ハヤトはしゃがんだまま、そのやり取りを眺めていた。
「この子はずっとここに?」
「うん。AZさんと、一緒に暮らしてたんだ」
タウニーの声が、そこで少し柔らかくなった。
ハヤトは彼女を見上げかけ、やめた。窓辺には小さな鉢が並び、葉の間から伸びた白い花が、風のたびにフラエッテの背へ触れている。
「……そうか」
それ以上は尋ねず、ポケットから端末を出した。
「写真、一枚いいか?」
タウニーがフラエッテに声をかけると、今度は花が顔の前へ上がらなかった。ハヤトはそのまま少し待ち、二匹がこちらを向いたところでシャッターを切る。
撮れた写真を開いて、眉を寄せた。
「ミミちゃん、近いって」
画面の大半を、布に描かれた顔が占めていた。撮る直前に、ミミッキュがこちらへ一歩寄ってきたのだ。タウニーが横から覗き込む。
「あはは、ちゃんと写りたかったんだね」
ハヤトは撮り直そうと端末を持ち上げかけたが、フラエッテはもう窓辺の花へ目を戻していた。少し考え、写真を消さずに画面を閉じる。
「まあ、いいや」
立ち上がったところへ、奥からミュールの声が届いた。
「書類の準備ができました」
「ああ。今行く」
小さくつま先を動かすと、ミミッキュは一度だけハヤトを見上げた。それから窓辺へ戻っていく。彼は追わず、扉のところで振り返ったタウニーについて、テーブルへ向かった。
***
テーブルに置かれていたのは、薄い冊子にまとめられた契約書だった。昨夜の黒い機密ファイルほどの厚さはない。それでも、タウニーは表紙をめくる前に、一度、椅子へ座り直した。
「今朝送ったものと、条件は同じだ。分かんねえところがあったら止めて」
ハヤトはペンを一本、彼女の手元へ滑らせる。
「読み終わるまで、名前は書くなよ」
「それはもう分かったから。セイカにも言われたし」
タウニーはペンを置き、一頁目を開いた。すぐに次へ進むかと思ったが、最初の一文へ視線を戻す。少し離れて座ったハヤトも口を閉じ、ミュールから渡された自分の分を読み始めた。
紙をめくる音が、卓上を行き来した。
窓辺から戻ってきたミミッキュが、ハヤトの靴へ身体を寄せる。彼は片手で抱き上げ、膝へ乗せた。布の耳が契約書にかかるので、指先でそっと外へ逃がす。
「こら。そこ読めないだろ」
その小声にデウロが顔を上げたが、笑うだけで自分の紙へ戻った。タウニーは気づかず、指で一行ずつ追っている。
最初に手を止めたのはセイカだった。
「端末のこと、確認してもいい?」
ハヤトが頷くと、セイカは紙のそばに置いた端末を示した。
「緊急信号を出すと、位置も送られる。普段は?」
「送られない。共有したい時だけ、お前らが操作する」
「誰に届くの?」
「俺とミュール。普段の業務で社員が見るところには流さない。どこにいたかまで、社内に広める必要ねえだろ」
セイカは設定画面を開いた。ハヤトが身を乗り出しかけると、自分で項目を見つけ、そのまま通知先を確認する。
タウニーも遅れて端末を手に取った。
「これ、間違って押したら?」
「一回触っただけじゃ飛ばねえよ。長押し。試すなら設定の方にテストがある」
「……あ、あった」
タウニーが押すと、ミュールの手元で短い音がした。ハヤトの端末にも同じ表示が出る。彼は画面を三人へ向け、テストという文字と、ホテルZを示す地図を見せた。
「本当に危なくなったら、説明しようとしなくていい。まずこれで呼べば、場所は分かる」
デウロは自分の端末を掌に収め、親指がボタンへ届くか確かめていた。
「ねえ、警察に連絡する時は? こっちは先に相談って書いてあるけど」
「資料だとかをまとめて警察に引き渡す時の話だ。それ以外にはお前たちの判断でいい。誰か襲われてるのに、俺の返事を待ったりするなよ」
「それならいいんだけど、この書き方だと迷っちゃうよね。連絡してる間に逃げられなくなるの、嫌だし」
隣からセイカが紙を覗いた。
「緊急時は相談不要って、ここにも入れて」
「ああ。ミュール」
「追記いたします。人命救助と、ポケモンの保護を優先する場合も含めます」
ミュールが該当箇所へ印をつけた。デウロはそこでようやく端末を置き、少し詰めていた息を吐く。
「昨日見た子たち、今は落ち着いてるんだよね?」
ハヤトの指が、膝の上の布から離れた。
「保護した三匹はな。治療は続けてる。経過も悪くない」
「……そっか」
それで安心できる話ではなかった。デウロは契約書へ目を落としたまま、小さく頷く。タウニーも端末を伏せ、紙の続きを読む。
外から、通りを走る車のエンジン音が遠く届いた。ミュールのペンが動き、ハヤトは書き加えられた文面を確認する。
しばらくして、タウニーが頁の端を折りかけ、慌てて指で押さえた。
「ここ、経費のところなんだけど」
「ああ」
「ハヤトかミュールさんが認めたもの、って書いてあるよね。二人に連絡がつかなかったら、あたしたちが先に払うの?」
ハヤトは同じ頁を開いた。
「それ用の金は、先んじて渡すつもりだ」
「でも、あとから必要なかったって言われたら?」
タウニーは指を置いた一文から目を離さない。
「その場では必要だったのに、あとで駄目ってなったら、結局こっちの借金になるんじゃない?」
ハヤトは答えかけて、やめた。
隣でミュールも文面を読み直している。タウニーは二人の顔を順に見てから、少しだけ声を弱めた。
「そういうこと、すると思ってるわけじゃないけど」
「思ってなくても、聞いとけ」
ハヤトはペン先で該当の行を示した。
「今のままなら、そう読める。そこは直す」
ミュールへ紙を渡し、もう一度タウニーへ向き直る。
「普通に必要になる交通費とか、治療費は先に範囲を決める。急な出費は記録を残す。あとで揉めたら、俺が一人で駄目って決められないようにしよう」
「誰が決めるの?」
「お前らも納得できる、外部の信頼できる弁護士を決めとく。その人に事情を見てもらう。少なくとも、俺が認めないから新しい借金だ、なんて扱いにはしねえよ」
タウニーの指が、ようやく紙から離れた。
「うん。それなら」
ハヤトは少し口元を緩めた。
「はっ、ちゃんと読めるんだな」
「なんだしその言い草」
「……昨日までの実績がな」
タウニーは言い返す代わりに、残りの頁を持ち上げてみせた。まだこれだけある、という顔だった。ハヤトもそれ以上は言わず、椅子の背へ戻る。
ミュールが修正した内容を三人の端末へ送ったあとも、確認は続いた。中断する時の連絡、得た情報の共有、調査中にホテルへ被害が出た場合。長い言い回しにタウニーが眉を寄せるたび、隣のセイカが該当箇所を指で示す。
最後の方で、セイカの指が止まった。
「ハヤトにも、単独行動の制限があるね」
彼は自分の紙を一度見て、ミュールへ目を向けた。
「……昨夜、帰りにミュールに入れられた」
「お話しした通りの内容です」
ミュールは顔を上げずに返した。ハヤトも驚いた様子はなく、欄の端を指で叩く。
「分かってる。ただ、普段の回収まで毎回連絡させんなよ。今回の調査で危ないところに入る時だろ」
「そのように記載しております」
セイカが自分でも読み、頷いた。
「うん。これならいい」
ハヤトは小さく鼻を鳴らしたが、その行を消そうとはしなかった。タウニーは横からちらりと彼を見て、次の頁へ進む。
やがて、全員の前で署名欄が開かれた。
一時にはまだ少しあった。窓から入る光が移り、テーブルに落ちていた旗の影が、今はハヤトの肘の近くまで伸びている。
ミュールが別紙を取り出し、契約書の上へ重ねた。
「債務については、こちらです。元金五百万円を含む、ご請求額の全額。MZ団として負っていた保証も、今回で終了します」
タウニーの表情が変わった。
さっきまで何度も目を通していた文面なのに、そこへペンを持っていく段になると、指が止まる。
「調査で、何も見つからなかったら?」
「戻さない」
ハヤトは自分の書類を揃えた。
「見つかるかどうか分かってねえ依頼を頼むんだ。結果が出なかったら元通り三千万、なんて話にはしない。途中で続けられなくなった時も、そこは変わらない」
タウニーは小さく頷いた。それから、自分の両側に座る二人を見た。
「あたしは、受けたい」
デウロはペンを持ち、紙へ目を戻した。
「うん。あの子たちのトレーナー、見つけたいよ」
「私も」
セイカが応じると、タウニーの肩がわずかに下がった。
最初の名前が、白い欄を埋めた。続けてデウロ、セイカ。ハヤトも署名し、ミュールが原本を照らし合わせる。訂正した箇所を全員で確認してから、書類が一冊ずつ閉じられた。
少し遅れて、タウニーの端末に通知が届いた。
画面に残っていた請求額が、ゼロになっている。
「……消えた」
タウニーは端末をセイカへ向けた。セイカが画面を確かめ、隣からデウロも覗き込む。
「うん。なくなってるね」
デウロの声を聞いて、タウニーはようやく息を吐いた。吐き終えてからも、すぐには顔を上げられない。握り込んでいたペンを卓上へ戻す音が、思ったより大きく響いた。
「……二人とも、ごめん。巻き込んで」
「この件はまだ許してないけど。…まあ、ちゃんと次からは読んでね。今回はたまたま上手くいっただけだから」
セイカが言うと、タウニーは端末を置いて頷いた。
「うん」
デウロが彼女の肩へそっと触れた。励ます言葉を探すより先に、そこへ手が伸びたようだった。
ハヤトは三人を見ていたが、目が合う前に書類をミュールへ渡した。
「……これで、あとは仕事の話だけだな」
タウニーが顔を上げる。
「ハヤト。ありがとう」
「まだ何も片づいてねえよ、事件の方は」
「それはそうだけど。今のは、こっちのこと」
タウニーが端末に触れる。ハヤトは返事に少し迷い、最後には短く頷いた。
「ああ」
ミュールが書類を鞄へ収める間、彼は次に使う資料を開いた。昨日の地図だったが、新しい印はない。
「今日は資料を揃える。聞き込み先も、先に当たっていい場所を確認してから渡す。現場へ行くのは、予定通りなら明日以降」
セイカが地図を見た。
「この間にも何か起きたら?」
「その時は別。連絡はすぐ回す」
彼女が頷いたところで、厨房の方から、ふつふつと煮える音が届いた。タウニーがはっと顔を向ける。
「あ、カレー。火、弱くしてたんだった」
慌てて立ち上がる彼女を見送り、デウロが両腕を上へ伸ばした。長く同じ姿勢でいた肩を回すと、顔からも緊張が抜けていく。
「お腹すいたあ。読んでる途中から、ずっといい匂いしてたんだよね」
ハヤトは地図を閉じ、膝の上のミミッキュを見下ろした。
「先に飯か」
「うん。冷めちゃうし、バトルもあるでしょ?」
デウロはそう言うと、席を立つついでに空のカップを二つ持ち上げた。
ハヤトも立とうとしたが、ミミッキュが膝に収まったまま動かない。布越しの頭を指先でつつき、少しだけ声を落とす。
「ミミちゃん。俺もご飯食べたいんだけど」
古びた布の耳が、不承不承というように揺れた。
***
同じテーブルへ皿が並ぶと、さっきまでの紙とインクの匂いは、たちまち湯気の向こうへ追いやられた。
タウニーが運んできたのは、具のよく煮込まれたカレーだった。デウロはクロワッサンを盛った籠を持ち、その後ろからセイカが水差しとグラスを運ぶ。ハヤトはミミッキュを下ろしたものの、どこを手伝えばいいか分からず、椅子の脇に立っていた。
「何か手伝えることは…ってなんだこの料理は」
「?なにって、カレークロワッサンだし。じゃあ、そこのコースター五枚出してくれる?」
「…お前を理解しようとするのは諦めるよ」
タウニーに言われ、ハヤトは額を抑えながら、棚の上の束を取った。一枚ずつ数えて配る。ミュールの席に置くと、彼女は礼を言ってから、持参した小さな保温バッグを彼へ渡した。
「こちらを」
「ありがと。ミュールも座れば?」
「はい。失礼いたします」
ミュールが端の椅子へ腰を下ろす。そこでようやく、ハヤトも自分の席に着いた。
バッグから取り出した容器には、朝、自分でかけた封が残っていた。留め具を確かめ、封を切って蓋を取る。香草を混ぜた米と、焼いた肉。脇には、水気をよく切った野菜が詰めてある。
タウニーは彼の前へカレー皿を置きかけて止まり、そのまま隣のミュールへ渡した。
ハヤトは目だけを上げたが、彼女は鍋の方へ向き直っていた。何も聞かれなかったので、彼も何も言わず、持ってきたスプーンを包みから出す。
昨日、理由は話している。
同じ食事を勧められることも、食べられるかと確かめられることもなかった。置く皿を一つずらしただけで、タウニーは皆に声をかけた。
「お待たせ。食べよっか」
「いただきます」
声が重なり、少し遅れてハヤトも口を動かす。
デウロはクロワッサンを割った。薄い表面がぱりぱりと崩れ、白い内側からバターの香りが広がる。ひと口食べた途端、目元がゆるんだ。
「んー、おいしい。焼き直してくれた?」
「ちょっとだけ。温めすぎると焦げちゃうから、見てたんだけど」
「だから玄関、途中までしか拭けてなかったんだ」
セイカがカレーを混ぜながら言う。タウニーはスプーンを持ったまま、少し笑った。
「最後はちゃんとやったよ。ハヤトが来る前に」
「あそこ、しょっちゅう拭いてるのか」
ハヤトが尋ねると、タウニーは入口の方を指した。
「下の方、すぐ跡がつくの。ポケモンが覗いたり、くっついたりするから。人の手形なら上だけで済むんだけどね」
「ミミちゃんも、さっきつけてたねえ」
デウロの言葉に、ハヤトが足元を見る。ミミッキュは彼が持参した木の実の器の前にいて、呼ばれると布の顔を上げた。
「……つけた?」
小さく首が傾く。
タウニーは笑い、カレーへ視線を戻した。
「いいよ、それくらい。帰ったらまた拭くし」
誰も立ち上がらなかったので、ハヤトも座ったままスプーンを動かした。容器の中身は、いつもの味だった。向こうではクロワッサンの皮が皿へ落ち、デウロが指先で拾って食べている。
「ハヤトのお弁当も、いい匂いするね。それ、何入れてるの?」
「香草とか、ちょっとだけヒメリのみ入れてるだけ。そんな特別なもんじゃない」
「あたし、ご飯だけだとすぐ飽きちゃうんだよね。練習の日に持っていくなら、こういうのよさそう」
デウロは自分の皿とハヤトの容器を見比べていたが、すぐクロワッサンへ戻った。
「でも朝、ちゃんと詰める時間がないんだよねえ」
「前の日に道具くらい出しとけば。切って焼くだけなら、そんなにかかんねえし」
「朝、起きたらもう時間がないの」
それにはハヤトも答えられなかった。少し考えた顔で肉をひと口食べ、タウニーの笑い声につられて口元をゆるめる。
食事の合間に、デウロの話がダンススクールへ移った。次に使う曲のテンポが少し速いらしい。テーブルの下で足首を動かしながら、指先で膝を二度、軽く叩く。
「頭では分かってるのに、身体が先に前の方へ行っちゃうの。変な癖つく前に直したいんだけどねえ」
「…気になってたんだけど、相棒と踊ったりすんのかダンサーって」
ハヤトが聞くと、デウロの顔が明るくなった。
「うん。スターミーと合わせてみたりするよ。あの子、すっごく綺麗に回るんだ」
「…そうか。それと、映像だけじゃ分かりにくかったけど、バトルでも動き合わせてんの?」
「え、見たの? あたしのバトル」
デウロが目を丸くして、タウニーを見る。
タウニーはハヤトの方へ顔を向けた。
「しっかり調べてきてるじゃん」
「お前らが使ったことあるポケモンくらいは、調べてあるよ。今日どれを出すかまでは知らねえけど」
ハヤトが答えると、デウロは少し頬をゆるめた。スプーンを置き、彼を見て笑う。
「じゃあ、動くところも楽しみにしてて。映像だけじゃ分かんないから」
「ああ、楽しみにしてる」
返したハヤトの声が、少し弾んだ。
セイカはその間にカレーを食べ終え、まだ半分残っている彼の容器を見る。ハヤトは気づいてスプーンを動かしたが、デウロが練習中の動きを手で示すと、またそちらへ顔を向けてしまった。
タウニーは二人の話を聞きながら、空になりかけた籠へクロワッサンを足した。袋の中に一つ残し、口を折る。
「それは?」
ハヤトが目で示すと、彼女は棚の上へ置いた。
「ピュールの分とおかわり。食べるか分かんないけど、一応」
「あたし、もう一個もらおうかな」
デウロが籠に手を伸ばす。タウニーは当然のようにそちらへ籠を寄せた。
その手の動きを見ていたハヤトは、少ししてから自分の食事へ戻った。用意した分はもう少ないのに、誰かの話を聞いていると、なかなか食べ終わらなかった。
***
「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
タウニーが言ったのは、ミュールが端末に届いた連絡を確認している時だった。ミュールが短く返事を打ち、画面を伏せるのを待って、タウニーはハヤトへ顔を向ける。
「部屋ならあるよ。泊まったら?帰る時間も気にしなくていいし」
「明日も仕事なんだよ」
「ホテルから行けば?」
ハヤトはスプーンを置いた。
「……はあ。なんかそういう流れだから、一応言っとくけど、俺はMZ団には入らないからな」
タウニーは少し目を丸くした。
「……べつに、そこまでは言ってないけど」
タウニーは肘をつき、彼を見た。
「そんな顔しなくても、無理に誘わないし。会社のこともあるんでしょ?」
「…ある」
ハヤトは椅子に座り直した。
「一日空けるくらいなら何とかなる。でも、会社そのものから手を引くのは無理だ。金と取引先だけ持っていきたい奴もいる。俺がいなくなって喜ぶのは、そいつらだろうし」
デウロの手が籠のそばで止まる。
「ずっと、自分で見てなきゃいけないの?」
「何から何までじゃない。任せてる仕事もある。でも最後に決める奴は要るだろ」
ハヤトはミュールの方を見た。
「ミュールは信用してるけど、全部渡したら先にこいつが倒れる。もう十分やらせてるし」
「ご承知でしたら、予定を増やす際には、先にお知らせください」
静かに返され、ハヤトは顔をしかめた。
「……今日のは、昨日言っただろ」
「はい。本日は伺っております」
ミュールはそれだけ答え、水のグラスを取った。ハヤトも反論するところがなくなり、容器の底に残った米をスプーンで寄せる。
「それに、会社で食ってるの、俺とこいつだけじゃねえから」
声が少し低くなった。
「普通の社員もいるし、家族がいる奴もいる。ま、お前らならいいか。…お前らフェアリー孤児院って知ってるか」
タウニーが顔を上げた。
「知ってる。最近できたところでしょ。ミアレに、いくつかある」
「あそこも、うち」
一瞬、意味が伝わらなかった。
タウニーはハヤトを見たまま、スプーンを皿へ戻す。
「……うち?」
「運営してるの、うちなんだよ。表向きは別の名前だけど」
窓の外で、人が笑う声がした。遠くを通り過ぎていく声が消えても、卓上の誰も話し始めなかった。
セイカが先に尋ねた。
「寄付をしてるってこと?」
「金を出して終わりじゃない。家賃も職員の給料も、学校や病院にかかる分も、こっちで見てる。現場は任せてるけどな」
「ポケモンも一緒にいられるんだよね、あそこ」
「連れてるなら。食費も、診てもらう金も要るから、それも」
ハヤトが答えながら、空いた容器へ蓋を重ねた。
「……そうなんだ」
デウロはミミッキュの方へ目を向けた。食事を終えた小さなポケモンが、ハヤトの椅子の下で裾を揺らしている。
タウニーはまだ、少し納得のいかない顔をしていた。
「でも、ミミッキュファイナンスの名前なんて、どこにも出てなかったよ」
「出してねえもん」
ハヤトは当然のように答え、空になった容器へスプーンを置いた。
「うちの看板がついてたら、余計なこと言う奴がいるだろ。寄付金を集めたいだけだとか、将来の回収屋を育ててるんだとか。子供の方にまでそういう目が向いたら、面倒なんだよ」
タウニーが口を開きかける。
ハヤトはその顔を見て、少し肩をすくめた。
「実際、評判のいい会社じゃないからな。昨日の俺だって、ろくなこと言ってねえし」
誰も否定はしなかった。
そのまま少し間が空いてから、タウニーは尋ねた。
「じゃあ、どうして作ったの?」
ハヤトの目が、彼女から外れた。テーブルの端に残った水滴を、指で一度だけ拭う。
「行く場所がないガキが嫌いなんだよ」
デウロが眉を寄せた。
「嫌い?」
「そういう状態が、だ」
ハヤトはわずかに苛立ったように言い直す。けれど、問い返されたことへの苛立ちではなさそうだった。
「学校にも行けねえ。腹減ってても、食うところがない。ポケモン連れてたら、そいつは置いてこいって言われる。……金で何とかなることまで、ずっとそのままなのが嫌なんだよ」
最後の言葉が、少しだけ聞き取りにくかった。
ミュールはグラスを置いたが、話を引き取らなかった。ハヤトは水滴を拭った指を掌へ折り込み、しばらくしてから顔を上げる。
「俺に金があって、場所が足りないなら作ればいいだろ。それだけ」
タウニーはすぐには頷かなかった。視線がハヤトの小さな手へ落ち、それから、膝へ乗ろうとしているミミッキュへ移る。
彼は慣れた手つきで抱き上げた。布の頭を一度撫でてから、三人を見る。
「……何だよ」
「今も、足りないの?」
タウニーの声は静かだった。
「場所」
ハヤトは少し意外そうに彼女を見た。
「入れたい時に、すぐ入れられるとは限らない。部屋があっても、面倒見る大人が足りなかったりするし」
「そっか」
タウニーは目を伏せた。何か言いたいことがあるようだったが、すぐには口にしなかった。
少しして、デウロが尋ねる。
「ハヤトも、子供たちに会いに行くの?」
「ごくたまには。行っても、だいたい職員の話を聞いて帰るだけだよ」
彼がそう言うと、ミュールが目元だけをゆるめた。
ハヤトはそれを横目に捉えたが、問い詰めなかった。ミミッキュを抱き直し、窓の外へ顔を向ける。
「だから、簡単に会社をやめるわけにも、他にかまけるわけにもいかないんだよ。あそこに回してる金だって、勝手に湧いてくるわけじゃない」
タウニーはゆっくり頷いた。
「うん。分かったし。MZ団に入る話は会社の方が落ち着くまではもうしないし」
「…落ち着くまでって」
タウニーはそこで一度言葉を切り、ハヤトの目線が戻るのを待った。
「落ち着いてからなら問題ないし。でも、遊びには来てよ。泊まらなくてもいいから」
ハヤトは答えず、膝の上へ視線を落とした。ミミッキュがその胸へ頭を預け、折れた耳が顎をくすぐる。
セイカが食器を重ね始めた。
「来る前に連絡して。外に出てることもあるから」
「……まだ行くって言ってねえだろ」
「じゃあ、来たくなったら」
言い直したセイカは、皿を持って立ち上がった。タウニーも水差しを取り、デウロが空いた籠を片づける。
ハヤトの返事が出るまで待つ人はいなかった。
彼はしばらく座っていたが、やがてミミッキュを下ろし、持参した容器を閉じた。蓋がかちりとはまる音に混じって、小さな声が落ちる。
「……連絡くらい、するよ」
流しの方で、タウニーが顔を上げた。
彼と目が合う前にまた手元へ戻り、すすぎ終えた皿を、隣に立つセイカへ渡した。
***
食器を片づけ、午後の連絡を確認し終える頃には、時計の針が二時に近づいていた。
ハヤトは容器を収めたバッグを閉じ、椅子の背へ掛けていた上着を取る。タウニーも流しの前で手を拭き終え、壁際に置いた自分の荷物へ向かった。
「じゃあ、やろっか。バトル」
「ああ。うちのコートへ行くから、車で」
タウニーが振り返った。
「ここじゃ駄目? 外、空いてるよ」
「見物が来るだろ。お前らと俺がバトルしてるところなんて、面白がって撮る奴もいる」
ハヤトは上着へ腕を通しながら、玄関の向こうを顎で示した。
「まだ調査を頼んだことまで、外に知られたくないんだよ。取り立ての続きで来たと思われてるくらいが、今はちょうどいい」
タウニーは少し考え、頷いた。
「分かった。じゃあ、お邪魔するし」
「会社にコートもあるの?」
デウロがポーチの留め具を確かめながら尋ねる。
「別の建物。護衛とか回収班が使うところだから、設備は揃ってる」
「回復できる場所も?」
今度はセイカだった。ハヤトは頷く。
「ある。試合の間に休ませることもできるし、今日は貸し切りにしてもらった」
「なら、時間はありそうだね」
セイカは腰のボールを一つ押さえてから、荷物を持ち上げた。その仕草に、ハヤトの目がわずかに細くなる。彼女は気づいていたようだったが、何も言わずに先へ歩いた。
ミュールが車を呼ぶ間、タウニーは厨房の火と裏手の戸締まりを見て回った。デウロが残しておいたパンの袋へ短いメモを添え、セイカは契約書の控えを二階へ置きに行く。
ハヤトが待っていると、窓辺からフラエッテが来た。
腕の中のミミッキュが身を起こす。花の先と黒い腕が近づき、触れそうで触れないところで一度止まった。
「お前の友達と、バトル行ってくるから」
ハヤトが言うと、フラエッテは赤黒い花を少し傾けた。後ろから戻ってきたタウニーが声をかける。
「留守番、お願いね。ピュールも、そのうち帰ってくると思うから」
フラエッテは二人の間を抜け、いつもの窓辺へ戻っていった。
外へ出ると、乾いた石畳が明るかった。ハヤトは一度目を細め、それから黒塗りの車へ向かう。昨日と同じ車なのに、タウニーは扉を開けてもらう前から行き先を尋ね、デウロは乗り込む途中で落としかけたポーチを抱え直して笑っていた。
後部の向かい合う席に四人が座り、ミュールは助手席へ収まる。運転手が扉の閉まったことを確かめ、車を出した。
ホテルが建物の陰へ隠れると、タウニーがハヤトを見る。
「昨日、三対三って言ったよね。最初、どうする?」
「一人ずつやるか、お前らで組むか。そこはまだ決めてなかったな」
「あたしは一回、ちゃんとやりたい。見てるだけで終わるのは嫌だよ」
デウロが身を乗り出した。ハヤトはそちらを見て、すぐに頷く。
「分かってる。回復挟めるから、順番にやるのもできる」
「連携も見るんじゃなかった?」
セイカの声に、彼は少し考えた。
「それもやりたい。まずコートを見てから決めよう。広さが分かんねえと、組み方も考えにくいだろ」
タウニーは頷き、座席へ背を戻した。
「分かった。でも、誰が相手でも手加減しないからね」
「昨日も聞いた」
「何回でも言うよ。借金なくしてもらったからって、バトルでお返しとかしないし」
ハヤトは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「そんな返され方したら怒るわ」
膝の上のミミッキュも、声につられたように身体を揺らす。タウニーがそちらへ手を振り、ハヤトは布の頭を撫でた。
街路樹の影が、窓を斜めに横切った。
車は大きな通りを外れ、建物に囲まれた道へ入っていく。店先の椅子が減り、車両の出入りする広い入口が増えた。路地の奥に見えたポケモンが、エンジンの音に振り返り、すぐ物陰へ戻る。
ハヤトは窓の外を眺めながら、革のケースへ手を置いた。昨夜と同じ六つのボールが入っている。
タウニーに昨日のような探りを入れられるかと思ったが、彼女は何も聞かなかった。自分のボールの留め具を確かめ、そのまま外へ視線を向けている。デウロも膝の上で指を組み、時々、思い出したように手首を回した。
話が途切れても、誰も困った顔をしなかった。
やがて、車が飾り気のない建物の前で速度を落とす。
短い確認のあと、車両用のゲートが開いた。地下へ下る通路に入ると、窓に落ちていた日向が消え、代わりに天井の灯りが白い帯になって流れていく。
「ここ、いつも使ってるの?」
デウロの問いに、ハヤトは頷いた。
「時間が空いたら。最近は、あんまり来られてなかったけど」
「じゃあ、今日は久しぶりなんだ」
「まともに三対三やるのはな」
返したところで、ミミッキュが膝の上に立とうとした。ハヤトは慌てず、その身体を支える。
「分かってる。もう着くから」
車は通路の先で止まった。
降りた途端、涼しい空気が頬に触れた。遠くで低く響いているのは換気設備の音らしい。ミュールが係員と話している間に、ハヤトは革のケースを受け取り、奥の扉へ向かった。
タウニーたちが並ぶのを待って、扉が開く。
高い天井の下に、広いバトルフィールドがあった。
床には白いラインが引かれ、外周には厚い防護壁が続いている。入口の脇にはベンチと回復用の設備。向こう側の壁に埋め込まれた表示盤はまだ暗く、静かなフィールドに、五人の足音だけが少し遅れて返った。
タウニーは数歩進み、床を靴底で軽く擦った。
「思ったより滑らないね」
「張り替えたばっかりなんだよ。前、派手に削れたから」
「……誰が壊したの?」
ハヤトは答えず、ケースをベンチへ置いた。
デウロが周囲を見回し、片足へ体重を移す。少し身体をひねって踏み直してから、満足そうに頷いた。
「動きやすそう。ここなら、思いきりやれそうだね」
セイカは防護壁と観戦場所の位置を確かめていた。ハヤトが示すと、自分の荷物をベンチへ置き、フィールドの端まで歩いていく。
ハヤトはミミッキュを下ろし、ケースを開けた。
「ガブ。出ておいで」
白い光が弾けた。
現れた大きな身体が、床へ静かに重さを預ける。鎌のような両腕。張り出した頭の両側に、光を受けて影の落ちる突起。ガブリアスは首を巡らせ、初めて見る三人を一度ずつ確かめた。
照明の下の体色は、見慣れたものよりわずかに鈍く、腹の赤にも違いがある。
「…もしかして色違い?」
タウニーが尋ねる。ハヤトは頷き、近づいてきたガブリアスの顎へ手を添えた。
「ああ。こいつは俺のエースのガブ」
ガブリアスが頭を低くし、その手へ鼻先を押しつける。ハヤトの肩が少し後ろへ動いた。彼は片足を引いて支え、もう片方の手で首元を軽く叩く。
「重いって。分かってるから」
足元へ来たミミッキュが、ガブリアスを見上げた。大きな頭がそちらへも下がり、古びた布の耳が嬉しそうに揺れる。
デウロはその様子を見て、頬をゆるめた。
「かわいいね。ハヤトのところに、まっすぐ来た」
「しばらくボールで待たせてたからな。動きたかったんだろ」
ハヤトが顎から手を離すと、ガブリアスはフィールドへ向き直った。
タウニーの視線も、その足の運びへ移る。さっきまでハヤトへ頭を寄せていた身体が、数歩進むだけで低く安定した。首の向きも、爪先の置き方も、広い室内へ出たばかりの落ち着かなさがない。
セイカがフィールドの向こうから戻ってきた。
「その子も、候補なんだ」
「ああ。先に身体だけ動かしてもらう。選ぶのは、ルールを決めてから」
ハヤトはケースの蓋を閉じた。
タウニーが一つ、ボールを手の中で握り直す。デウロも肩を回し終え、自分の荷物へ手を伸ばした。三人の視線が、さっきとは違う熱を持ってこちらへ戻ってくる。
ハヤトはそれを見て、口元を上げた。
ホテルで椅子の場所を迷っていた時より、ずっと楽だった。誰かの話へいつ入ればいいのか、余計なことを言ったかどうか、ここでは気にせずに済む。
白いラインの向こうへガブリアスが歩き、ミミッキュはハヤトの靴のそばで待っている。
彼はベンチへ上着を置いた。
「さあ。どうやろうか」
問いかける声には、もう取り立ても契約も混じっていなかった。
初めての評価頂きました!ありがとうございます!!!
今回はアスタリスクを間に挟んでみました!これで見やすくなりましたかね?
色違いのガブリアスと言えば昨日ポケGOのコミュニティデイで大量確保出来ましたね!
m-cも始まるということでどこかでマンダやZ組、グソクムシャなんかあたりは出したいですねぇ……
ちなみにDLCクリアしました!