三國覇皇記   作:沙耶王

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本作『三國覇皇記』は、後漢末期から三国時代を舞台にした歴史戦記小説です。

三国志系のゲームを遊んでいる中で、「もしこんな英雄が乱世に現れたらどうなるのだろう」と思ったことが、この作品を書くきっかけになりました。

史実の人物や出来事を題材にしていますが、本作は独自の設定や展開を含むフィクションです。史実と異なる部分もありますが、一つの物語として楽しんでいただければ幸いです。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

それでは、『三國覇皇記』をよろしくお願いいたします。


第一話 覇王、乱世に立つ

 

 

 

 中平元年(一八四年)

 

 後漢王朝は、大きな転換期を迎えていた。

 

 長年にわたる政治の腐敗。相次ぐ飢饉。重税に苦しむ民。

 

 積み重なった不満はついに限界へ達し、一人の男が掲げた言葉は瞬く間に中華全土へ広がっていく。

 

 ――「蒼天已死、黄天当立」

 

 その旗印の下に集った民は、自らを黄巾軍と名乗り、州や郡を襲撃しながら各地で蜂起した。

 

 後漢建国以来、最大の反乱。

 

 後に『黄巾の乱』と呼ばれる戦いである。

 

 青州、東萊郡。

 

 かつて活気に満ちていた街道には人影もなく、焼け落ちた村々からは黒煙が立ち昇っていた。

 

 城門が閉ざされる音と共に、人々の希望もまた閉ざされようとしていた。

 

 城壁の上では兵たちが固唾を呑み、城外を見下ろしている。

 

 視界を埋め尽くす黄色い頭巾。

 

 数え切れぬほどの兵が鬨の声を上げ、城を取り囲んでいた。

 

 その数、およそ三万。

 

 対する城兵は三千にも満たない。

 

 十倍以上。

 

 勝敗は誰の目にも明らかだった。

 

 「……援軍はまだか」

 

 城将が低く呟く。

 

 「未だ確認できません」

 

 「食糧も長くは持たぬ……」

 

 兵たちは唇を噛み締める。

 

 城内では母親が幼子を抱き寄せ、老人は静かに天を仰ぐ。

 

 誰もが、この城の最後を覚悟し始めていた。

 

 その時だった。

 

 ドドドドド……

 

 微かな振動が城壁へ伝わる。

 

 「地震か……?」

 

 一人の兵が眉をひそめる。

 

 しかし振動は止まらない。

 

 むしろ次第に大きくなっていく。

 

 見張りの兵士が城壁の上から目を凝らした。

 

 地平線の彼方。

 

 立ち昇る砂煙。

 

 「敵の増援か!」

 

 城壁の上に緊張が走る。

 

 やがて、その姿が見えてきた。

 

 先頭を駆ける一騎の黒馬。

 

 続く騎兵。

 

 そして整然と隊列を組む歩兵。

 

 その数は決して多くない。

 

 千にも届かぬほどの軍勢だった。

 

 「……たったあれだけで?」

 

 兵の一人が思わず呟く。

 

 三万を相手にするには、あまりにも少ない。

 

 だが、その軍勢には異様なまでの統率があった。

 

 誰一人として隊列を乱さない。

 

 誰一人として敵を恐れない。

 

 まるで勝利だけを疑っていないかのように、堂々と進軍してくる。

 

 城壁の上の老将が目を細めた。

 

 「……あの旗は」

 

 風を切って翻る一枚の軍旗。

 

 漆黒の旗布。

 

 その中央には、金糸で力強く縫い上げられた『凌』の一文字。

 

 そして、その背後には天空へ昇る金龍が大きく描かれていた。

 

 見たこともない旗だった。

 

 官軍でもなければ、黄巾軍でもない。

 

 だが、その軍旗から放たれる威厳は、見る者すべてを圧倒していた。

 

 後の世、人々はこの軍旗を『黒地金龍旗』と呼ぶ。

 

 その旗が翻る戦場に敗北はなく、敵は恐れ、味方は歓喜したという。

 

 やがて中華全土へその名を轟かせることになる伝説の軍旗が、初めて乱世へ姿を現した瞬間であった。

 

 先頭の黒馬がゆっくりと歩みを止める。

 

 馬上には一人の青年。

 

 年の頃は二十。

 

 漆黒の甲冑を纏い、その腰には一振りの剣。

 

 飾り立てた鎧ではない。

 

 だが、その姿には誰もが目を奪われる。

 

 青年は何も語らない。

 

 ただ静かに三万の黄巾軍を見据える。

 

 その瞬間だった。

 

 戦場の空気が変わった。

 

 先ほどまで勝利を叫んでいた黄巾兵たちの声が、いつしか静まり返っていく。

 

 理由は誰にも分からない。

 

 ただ一つ。

 

 あの青年から放たれる圧倒的な覇気に、本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 「……何者だ」

 

 城壁の上で誰かが呟く。

 

 しかし、その問いに答える者はいなかった。

 

 乱世は今、一人の男を迎えようとしていた。

 

 ◇

 

青年の後方へ三騎の武将が馬を進める。

 

 最初に並んだのは、岩のような体躯を誇る大男だった。

 

 身の丈を超える大斧を肩へ担ぎ、獣のような鋭い眼光で黄巾軍を睨みつける。

 

 その男――高雷は、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 「兄貴」

 

 「何だ」

 

 「目の前に三万もいやがる。腕が鳴って仕方ねぇ」

 

 凌天は黄巾軍から目を離さぬまま答える。

 

 「好きに暴れるな」

 

 高雷は一瞬だけ肩を落とした。

 

 「えぇ……」

 

 しかし次の瞬間、凌天は僅かに口元を緩める。

 

 「俺の後ろで暴れろ」

 

 その一言に、高雷は豪快に笑った。

 

 「ははっ! それなら話は別だ!」

 

 その隣では、一人の青年が静かに地図を畳んでいた。

 

 端正な顔立ち。

 

 穏やかな表情。

 

 その瞳だけが鋭く戦場全体を見据えている。

 

 陳玄である。

 

 「殿」

 

 「言え」

 

 「敵は数では勝っていますが、統率はありません」

 

 陳玄は黄巾軍へ視線を向ける。

 

 「左右の軍は互いに連携が取れておらず、中央も前へ出ようとする者ばかりです。一度崩れれば雪崩のように瓦解するでしょう」

 

 凌天は短く頷く。

 

 「なら崩す」

 

 「はい」

 

 それだけだった。

 

 二人の間に余計な言葉は要らない。

 

 陳玄は策を立てる。

 

 凌天はそれを実現する。

 

 幼き頃より幾度となく繰り返してきた二人の形だった。

 

 最後に一騎の白馬が前へ出る。

 

 手綱を軽やかに操る青年――韓蒼である。

 

 「兄貴」

 

 「報告しろ」

 

 「敵の左右は見てきた」

 

 韓蒼は肩を竦める。

 

 「右は林、左は丘。補給は後方に無造作に積んである。逃げ道も考えちゃいねぇ」

 

 「そうか」

 

 「完全に勝った気でいるぜ」

 

 凌天は黄巾軍を眺め、小さく息を吐いた。

 

 「数だけで勝てると思う者は、必ず足元を掬われる」

 

 三人は自然と笑みを浮かべる。

 

 黄巾軍の中では、突然現れた軍勢を見て兵たちがざわめいていた。

 

 「何だ、あの軍は」

 

 「援軍か?」

 

 「いや……数が少なすぎる」

 

 兵たちは口々に笑う。

 

 「あれで俺たちに挑む気か!」

 

 「三万で踏み潰せ!」

 

 「骨も残らねぇ!」

 

 嘲笑が軍中へ広がっていく。

 

 だが、その中心で馬に跨る一人の将だけは笑わなかった。

 

 「静かすぎる……」

 

 副将が首を傾げる。

 

 「何がです?」

 

 「あの軍だ」

 

 将は黒き軍勢を見据える。

 

 普通なら怯える。

 

 普通なら躊躇する。

 

 三万の軍勢を前にして、千にも満たぬ兵しかいないのだ。

 

 それなのに。

 

 誰一人として動揺していない。

 

 誰一人として視線を逸らさない。

 

 まるで目の前の三万など眼中にないかのようだった。

 

 将は馬上の青年へ目を向ける。

 

 黒馬に跨るその男は、微動だにしない。

 

 その姿はまるで山岳。

 

 揺るぎなく、侵し難い。

 

 「……嫌な予感がする」

 

 長年戦場を渡り歩いてきた勘が警鐘を鳴らしていた。

 

 その時だった。

 

 凌天がゆっくりと右手を上げる。

 

 それだけで黒き軍勢全体が動きを止めた。

 

 槍兵。

 

 弓兵。

 

 騎兵。

 

 全員が寸分違わず武器を構える。

 

 乱れは一切ない。

 

 城壁の上で見守る兵士たちは、その統率に思わず息を呑んだ。

 

 「何という軍だ……」

 

 老将が思わず漏らす。

 

 あれほど少数でありながら、不思議と敗北する姿が想像できない。

 

 凌天は静かに三人を見渡した。

 

 「高雷」

 

 「おう!」

 

 「韓蒼」

 

 「いつでも行ける」

 

 「陳玄」

 

 「勝利への道筋は整っております」

 

 凌天は満足そうに頷くと、ゆっくりと剣の柄へ手を添えた。

 

 そして、誰に聞かせるでもなく静かに告げる。

 

 「では――乱世に覇を示す」

 

 次の瞬間。

 

 凌天は天へ掲げていた右手を、勢いよく振り下ろした。

 

 ◇

 

「全軍――進め」

 

 凌天の号令が戦場に響く。

 

 「「「応ッ!!」」」

 

 黒き軍勢が一斉に動き出した。

 

 だが、その先頭を行くのは兵ではない。

 

 一騎の黒馬。

 

 その背に跨る凌天だった。

 

 黒馬は主の意思に応えるように大地を蹴り、一気に駆け出す。

 

 その姿を見た黄巾軍は嘲笑を上げた。

 

 「たった一騎で来る気か!」

 

 「馬鹿め!」

 

 「囲め!」

 

 前列の兵たちが槍を構え、一斉に凌天へ襲い掛かる。

 

 その数、数十。

 

 常人なら一瞬で串刺しになる包囲だった。

 

 しかし、凌天の表情は変わらない。

 

 腰の剣を静かに抜き放つ。

 

 刹那。

 

 銀光が戦場を駆け抜けた。

 

 一閃。

 

 最前列の兵たちがまとめて吹き飛ぶ。

 

 返す刃。

 

 さらに数人が宙を舞い、地へ叩きつけられる。

 

 「なっ……!」

 

 黄巾兵たちが息を呑む。

 

 凌天は止まらない。

 

 黒馬は敵兵の間を駆け抜け、その行く手を阻む者を次々と斬り伏せていく。

 

 まるで一人で道を切り開くかのように。

 

 その背中を見つめていた高雷が、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 「さすが兄貴だ!」

 

 大斧を高々と掲げる。

 

 「野郎ども! 兄貴が道を開いたぞ!」

 

 「続けぇぇぇぇ!!」

 

 「「「応ッ!!」」」

 

 黒き軍勢が一斉に駆け出す。

 

 高雷は誰よりも速く凌天の背を追い、大斧を振り上げた。

 

 「どけぇぇぇぇっ!!」

 

 ブォンッ!!

 

 大斧が横薙ぎに振るわれる。

 

 鈍い衝撃音と共に、数人の兵士がまとめて吹き飛んだ。

 

 骨が砕ける音。

 

 悲鳴。

 

 土煙。

 

 一撃で前列が消えた。

 

 「ば、化け物だ!」

 

 恐怖が黄巾軍へ走る。

 

 その隙を逃さず、韓蒼が騎兵隊を率いて駆け抜けた。

 

 「右から崩すぞ!」

 

 「応!」

 

 騎兵が槍を突き出し、一気に敵陣へ突入する。

 

 黄巾軍は隊列を整える間もなく次々と倒されていく。

 

 陳玄は後方から静かに全体を見渡していた。

 

 「……やはり」

 

 予想通りだった。

 

 中央へ兵が集中し始めている。

 

 「伝令」

 

 「はっ!」

 

 「左翼へ伝えよ。今だ」

 

 「承知!」

 

 伝令が馬を走らせる。

 

 その瞬間、伏せていた部隊が林から姿を現した。

 

 「敵襲だ!」

 

 「横から来たぞ!」

 

 左右から同時に揺さぶられた黄巾軍は混乱へ陥る。

 

 味方同士がぶつかり合い、怒号が飛び交う。

 

 「ば……馬鹿な……」

 

 黄巾兵たちは目の前の光景を信じられず、ただ立ち尽くす。

 

 その中心を、黒地金龍旗が悠然と進んでいく。

 

 凌軍はわずか千足らず。

 

 しかし、その勢いは三万の黄巾軍を圧倒していた。

 

 「な、何故だ!」

 

 「たったこれだけの兵に!」

 

 黄巾軍の将は信じられない光景を目の当たりにしていた。

 

 数では圧倒している。

 

 それなのに前線は押し返され、兵は恐怖に駆られて後退している。

 

 その原因は、一人の男だった。

 

 黒馬に跨り、敵陣の中央を一直線に駆け抜ける凌天。

 

 その姿は、まるで戦神そのもの。

 

 剣が閃く度に兵が倒れ、誰一人としてその前へ立ち続けることができない。

 

 「止めろ!」

 

 「囲め!」

 

 黄巾兵が四方から飛び掛かる。

 

 だが、凌天は馬上で身を翻し、次々と斬り伏せていく。

 

 前へ。

 

 ただ前へ。

 

 その進軍を止められる者は一人もいなかった。

 

 「将軍!」

 

 副将が慌てて駆け寄る。

 

 「このままでは中央を突破されます!」

 

 黄巾軍の将は歯を食いしばった。

 

 「あの男……何者だ」

 

 今まで数多くの官軍を打ち破ってきた。

 

 だが、これほどの武を持つ者など見たことがない。

 

 「将軍!」

 

 「……俺が出る」

 

 その一言に周囲の兵が息を呑む。

 

 黄巾軍の将は長柄刀を手に取り、ゆっくりと馬へ跨った。

 

 「あの男を討ち取れば敵は崩れる!」

 

 その声に兵たちは歓声を上げる。

 

 「将軍!」

 

 「将軍が出るぞ!」

 

 再び士気を取り戻した黄巾兵たちが道を開ける。

 

 その先には、黒馬に跨る凌天。

 

 二人の視線が戦場の中央で交差した。

 

 凌天は静かに相手を見据える。

 

 「ようやく頭が出てきたか」

 

 黄巾軍の将は長柄刀を構え、大声で名乗りを上げる。

 

 「我が名は程遠! 黄天の大義のため、お前の首をもらう!」

 

 凌天は静かにその男を見据えた。

 

 「その名、この戦が終われば誰も覚えてはおらぬ」

 

 その一言に黄巾軍の将の顔が怒りで歪む。

 

 「貴様ぁぁぁ!!」

 

 馬腹を蹴り、一気に距離を詰める。

 

 土煙が舞い上がる。

 

 戦場の誰もが二人へ視線を向けていた。

 

 乱戦の音さえ遠のいたかのような静寂。

 

 両者の距離が一気に縮まる。

 

 黄巾軍の将・程遠は雄叫びを上げ、長柄刀を大きく振りかぶった。

 

 「死ねぇぇぇぇ!!」

 

 渾身の一撃。

 

 その威力は人馬ごと叩き斬らんばかりだった。

 

 しかし――。

 

 ガキィンッ!!

 

 甲高い金属音が戦場に響く。

 

 程遠の目が大きく見開かれた。

 

 「なっ……!」

 

 凌天は片手で剣を握ったまま、その一撃を受け止めていた。

 

 微動だにしない。

 

 まるで子供の棒切れでも受け止めたかのようだった。

 

 「そんな……馬鹿な」

 

 程遠の額を汗が伝う。

 

 両腕に力を込めても、刀は一寸たりとも動かない。

 

 凌天は静かに口を開く。

 

 「その程度か」

 

 程遠の顔から血の気が引く。

 

 次の瞬間。

 

 凌天が剣を軽く払う。

 

 それだけで程遠の長柄刀は弾き飛ばされ、宙を舞った。

 

 「しまっ――」

 

 最後まで言葉を紡ぐ暇もなかった。

 

 一閃。

 

 銀色の軌跡が走る。

 

 程遠の身体が馬上で大きく揺れ、そのまま地へ崩れ落ちた。

 

 戦場が静まり返る。

 

 「将軍が……」

 

 「討たれた……」

 

 誰も信じられなかった。

 

 たった一合。

 

 それだけで勝負が決したのだ。

 

 凌天は血を払うように剣を一振りすると、静かに鞘へ納めた。

 

 「総大将が討たれたぞ!」

 

 「逃げろ!」

 

 「もう駄目だ!」

 

 黄巾軍は一気に総崩れとなる。

 

 我先にと逃げ惑う兵。

 

 武器を捨てて駆け出す者。

 

 味方同士でぶつかり合い、混乱は瞬く間に全軍へ広がっていった。

 

 「逃がすな!」

 

 高雷が大斧を振り上げる。

 

 「兄貴の勝ちだ! 一気に畳み掛けるぞ!」

 

 「応ッ!」

 

 凌軍は逃げる敵を追撃し、陳玄は冷静に指示を飛ばす。

 

 「深追いはするな! 隊列を維持しろ!」

 

 「韓蒼、右翼を回り込め!」

 

 「任せろ!」

 

 韓蒼率いる騎兵が逃走路へ先回りし、黄巾軍は完全に潰走した。

 

 城壁の上では、誰もが眼下の光景を信じられずにいた。

 

 つい先ほどまで絶望に包まれていた戦場。

 

 それが今では、わずか千足らずの軍勢によって覆されていた。

 

 老将は思わず呟く。

 

 「……勝った」

 

 その声をきっかけに、城壁の兵たちが歓声を上げる。

 

 「勝ったぞ!」

 

 「黄巾賊が逃げていく!」

 

 「助かった!」

 

 歓声は城内にも広がり、泣き崩れる者、抱き合って喜ぶ者が次々と現れた。

 

 戦場に残っていた怒号も、次第に静まっていった。

 

 黄巾軍は完全に崩壊し、逃げ遅れた者たちは武器を捨て、次々と降伏していく。

 

 凌軍の兵たちは勝利に浮かれることなく、淡々と戦後の処理を進めていた。

 

 敵陣では大量の兵糧、武具、金銭が発見された。

 

 陳玄は確認を終えると、凌天の前へ進み出る。

 

 「報告いたします」

 

 「黄巾軍の陣より、相当量の兵糧と武具、軍資金を確保しました」

 

 凌天は短く頷く。

 

 「運べ」

 

 「承知しました」

 

 余計な言葉はない。

 

 戦に勝ったならば、次に必要なのは次の戦への備え。

 

 それだけだった。

 

 やがて、城門が開かれる。

 

 中から現れたのは、この城を守っていた県令と城将だった。

 

 二人は凌天の前まで進むと、深く頭を下げる。

 

 「此度のご助力、誠に感謝いたします」

 

 「もし貴殿らが来なければ、この城は……」

 

 城将は言葉を詰まらせる。

 

 その目には感謝だけではない感情があった。

 

 畏れ。

 

 先ほどまで、この城は三万の黄巾軍に包囲されていた。

 

 守兵も必死に耐えていた。

 

 だが、外から現れた軍勢は千にも満たない。

 

 普通ならば援軍ではない。

 

 共に滅びるだけの無謀な軍勢だ。

 

 しかし――。

 

 その軍は違った。

 

 兵は一糸乱れず動き、将の命令を完全に理解していた。

 

 そして何より。

 

 あの黒馬の武将。

 

 敵将の渾身の一撃を受け止め、圧倒的な力で討ち取った。

 

 城将は思わず凌天を見る。

 

 凌天は静かに口を開く。

 

 「礼は不要だ」

 

 県令が顔を上げる。

 

 「ですが……」

 

 「民を守るために戦っただけだ」

 

 その言葉に、県令は息を呑む。

 

 やがて深く頭を下げた。

 

 「……貴殿のような方が、この乱世にいるとは」

 

 その後、城側から補給の申し出があった。

 

 「我らからも、兵糧や物資を提供いたします」

 

 「戦いの後で兵を休ませるには必要でしょう」

 

 凌天は一度だけ頷く。

 

 「受け取ろう」

 

 「ありがたく使わせてもらう」

 

 城将は安堵した。

 

 傲慢に奪うわけでもなく、遠慮して拒むわけでもない。

 

 ただ、必要なものを受け取る。

 

 それが戦を知る者の判断だった。

 

 その時。

 

 城の後方から、ざわめきが起こる。

 

 数人の兵が前へ出てきた。

 

 「お待ちください!」

 

 凌天が視線を向ける。

 

 「何だ」

 

 一人の兵が緊張しながら口を開く。

 

 「我らを……貴殿の軍に加えていただけませんか」

 

 凌天の目が細まる。

 

 「理由は」

 

 兵は迷わず答えた。

 

 「戦を見ました」

 

 「三万を前にして、一歩も退かぬ兵たちを」

 

 「そして、その先頭に立つ貴殿の姿を」

 

 「この方の下なら、命を預けられると思いました」

 

 周囲の兵たちも静かに頷く。

 

 凌天はしばらく彼らを見つめた。

 

 「命を懸ける覚悟があるのか」

 

 「あります」

 

 即答だった。

 

 凌天は背を向ける。

 

 「ならば来い」

 

 「ただし、戦場で己の覚悟を示せ」

 

 「はっ!」

 

 兵たちは力強く返事をした。

 

 その様子を見て、高雷が笑う。

 

 「兄貴、仲間が増えたな」

 

 陳玄が静かに頷く。

 

 「殿の姿を見た者たちが、自らの意思で集まっているのです」

 

 韓蒼は翻る旗を見上げた。

 

 「良い旗だな……」

 

 「これから、もっと見る奴が増えるんだろうな」

 

 風が吹く。

 

 黒き旗が大きく翻る。

 

 金色の龍が、夕暮れの空の下で揺れていた。

 

 凌天は馬上から前を見る。

 

 「行くぞ」

 

 「まだ終わりではない」

 

 三人は頷く。

 

 黒地金龍旗を掲げた軍勢は、静かに歩みを進めた。

 





今回登場した「程遠」は、『三国演義』に登場する黄巾軍の将・程遠志を意識して名付けました。
もちろん同一人物ではなく、本作オリジナルの人物です。
三国志ファンの方なら、「あれ?」と思ったでしょうね
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