三國覇皇記   作:沙耶王

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第三話 覇業開基

 

 

 

 

 

 信都県城を制圧してから、数日が過ぎた。

 

 城内では、戦いの後始末が続いていた。

 

 崩れた城門。

 

 破壊された建物。

 

 戦場に残された武器や物資。

 

 負傷した兵の手当ても進められている。

 

 凌天も自ら城内を見て回っていた。

 

 城壁の上へ上がり、周囲を見渡す。

 

 安平郡の中心に位置する信都県城。

 

 ここを押さえた意味は大きい。

 

 陳玄が隣へ歩み寄った。

 

 「改めて見ましても、ここは拠点として申し分ございません」

 

 「そう思うか」

 

 「はい」

 

 陳玄は城下へ視線を向けた。

 

 「周辺へ兵を動かすにも、物資を集めるにも都合がよい」

 

 「何より、これほどの城を一度手に入れた以上、ここを捨てる理由がございません」

 

 「問題は、この城を維持する力です」

 

 「兵糧、武具、軍資金、そして馬」

 

 「我らだけで賄い続けるには限界があります」

 

 凌天はしばらく城下を眺めていた。

 

 「ならば、使えるものは使う」

 

 「はい」

 

 「家に書状を書く」

 

 陳玄が頷く。

 

 「承知しました」

 

 その日のうちに、凌天は書状を書いた。

 

 信都県城を制圧したこと。

 

 今後、この地を拠点とすること。

 

 兵糧、武具、軍資金、馬などが必要であること。

 

 そして、これらの支援を求めること。

 

 書状を封じる。

 

 「韓蒼」

 

 「おう」

 

 「これを届けてくれ」

 

 韓蒼は書状を受け取った。

 

 「ああ」

 

 「頼む」

 

 韓蒼は頷いた。

 

 その日のうちに、数十騎を率いて城を出た。

 

 同じ頃。

 

 鍛冶場では、職人たちが集められていた。

 

 凌天は職人たちの前に立つ。

 

 「新しい武器を作る」

 

 「どのような物でございましょう」

 

 「長柄の武器だ」

 

 凌天は形を説明していく。

 

 長い柄。

 

 その先には、槍の穂先ではなく、刀のように斬れる幅広い刀身。

 

 そして――

 

 「柄も鋼にする」

 

 職人たちが顔を見合わせた。

 

 「柄まで鋼に?」

 

 「ああ」

 

 「かなりの重さになります」

 

 「構わない」

 

 凌天は即答した。

 

 職人は凌天を見る。

 

 「承知しました」

 

 「強度を優先しろ」

 

 「振るった時に曲がるようでは困る」

 

 「かしこまりました」

 

 職人たちはすぐに材料の準備へ取りかかった。

 

 凌天は鍛冶場を後にした。

 

 

 韓蒼が信都県城を出てから、幾日かが過ぎた。

 

 その間、城では復旧が進められていた。

 

 城門の修復。

 

 城壁の補修。

 

 兵糧や武具の整理。

 

 周辺の警戒。

 

 凌天の軍は戦後も動き続けていた。

 

 そして、ある日の夕刻。

 

 城門から騎馬の一団が入ってきた。

 

 先頭にいた韓蒼が馬を降りる。

 

 「元覇」

 

 凌天が振り返る。

 

 「戻ったか」

 

 「ああ」

 

 韓蒼は懐から書状を取り出した。

 

 「これだ」

 

 凌天は書状を受け取る。

 

 封を開き、内容に目を通した。

 

 兵糧。

 

 武具。

 

 軍資金。

 

 馬。

 

 必要な物資を可能な限り用意するという返事だった。

 

 「それと、朝廷にいる親族にも話を通してくれたらしい」

 

 陳玄が韓蒼を見る。

 

 「朝廷にも?」

 

 「ああ」

 

 「元覇の戦功について、話を通しているそうだ」

 

 陳玄は頷いた。

 

 「それならば、朝廷も動くでしょう」

 

 凌天は書状を閉じた。

 

 「そうか」

 

 それから数日。

 

 信都県城では、周辺の治安維持が続いていた。

 

 黄巾の残党が現れれば討つ。

 

 街道には騎兵を走らせる。

 

 村々にも兵を巡回させる。

 

 少しずつ、城下に人の姿が戻っていった。

 

 ある日の夕刻。

 

 凌天が城壁の上から城下を眺めていると、陳玄が歩み寄ってきた。

 

 「城内の状況は、かなり落ち着いてまいりました」

 

 「そうか」

 

 「周辺の村々からも、少しずつ人が戻っております」

 

 凌天は頷いた。

 

 「ならば、このまま続けろ」

 

 「承知しました」

 

 その時だった。

 

 城門の方から兵の声が響いた。

 

 「凌天様!」

 

 凌天と陳玄が振り返る。

 

 「朝廷から使者が参りました!」

 

 「通せ」

 

 「はっ!」

 

 ほどなくして、一人の使者が城内へ入ってきた。

 

 ◇

 

 使者は広間へ通された。

 

 凌天の前まで進む。

 

 その姿を見た瞬間、使者は息を呑んだ。

 

 噂に聞いていた以上の威圧感だった。

 

 だが、すぐに姿勢を正す。

 

 朝廷から命を受けて来た以上、怯えを見せるわけにはいかない。

 

 「凌天」

 

 「朝廷より、そなたに問う」

 

 「聞こう」

 

 「黄巾討伐の功については、すでに朝廷へ届いている」

 

 「だが、そなたは朝廷の許しなく、信都県城に軍を留めている」

 

 「何故だ」

 

 凌天は使者を見た。

 

 「黄巾が残っているからだ」

 

 「それは分かっている」

 

 使者は言い返した。

 

 「だが、黄巾が残っているからといって、朝廷の命を待たず軍を置いてよいわけではない」

 

 「では聞く」

 

 凌天は淡々と問い返した。

 

 「朝廷は、この城を誰に任せるつもりだ」

 

 「それは朝廷が決める」

 

 「いつ決まる」

 

 使者は黙った。

 

 「……まだ分からぬ」

 

 「ならば、その間は誰が守る」

 

 「そなたが勝手に決めることではない」

 

 「俺たちが軍を引けば、この城は空く」

 

 「黄巾が戻れば、また奪われる」

 

 凌天は使者を見据えた。

 

 「その時、朝廷はすぐに兵を送れるのか」

 

 使者は眉を寄せた。

 

 「そなたの言い分は分かる」

 

 「だが、朝廷の許可なく軍を置くことを認めるわけにはいかぬ」

 

 「認めてもらおうとは思っていない」

 

 「正式な者が来るまで守るだけだ」

 

 「正式な者が来たなら?」

 

 「その時に軍を引く」

 

 使者は黙って凌天を見る。

 

 凌天から放たれる覇気に圧されながらも、使者は目を逸らさなかった。

 

 「……よい」

 

 「そなたの言い分は分かった」

 

 「だが、朝廷が正式に退去を命じた場合は従ってもらう」

 

 「正式な命なら従う」

 

 「その言葉、忘れるな」

 

 「覚えておく」

 

 使者は一礼した。

 

 「では、朝廷へ報告する」

 

 使者は広間を出た。

 

 その後を陳玄が追う。

 

 城門へ向かう途中、陳玄が声をかけた。

 

 「使者殿」

 

 使者が振り返る。

 

 陳玄は一つの包みを差し出した。

 

 「これは?」

 

 「長旅の慰労にございます」

 

 使者は包みを見た。

 

 「受け取れぬ」

 

 「中身をご覧ください」

 

 使者が包みを開く。

 

 中には大粒の砂金が入っていた。

 

 使者の目が僅かに動く。

 

 陳玄は静かに口を開いた。

 

 「此度の件、事実をそのままご報告いただければ、それで結構にございます」

 

 「……」

 

 「凌天様が何を申されたか」

 

 「何をしているか」

 

 「それを、そのままお伝えください」

 

 使者は陳玄を見る。

 

 「それだけか」

 

 「それだけにございます」

 

 使者はしばらく黙っていた。

 

 やがて包みを閉じる。

 

 「分かった」

 

 陳玄は一礼した。

 

 使者はそのまま城を出ていった。

 

 ◇

 

 信都県城を出た使者は、しばらくして朝廷へ戻った。

 

 朝廷では、すぐに報告が行われた。

 

 「信都県城に軍を留めている理由は?」

 

 「黄巾の残党から城を守るためとのことです」

 

 「朝廷の許可なく軍を置いていることについては?」

 

 「正式な者が派遣されれば、軍を引くと申しておりました」

 

 使者は、凌天とのやり取りをそのまま伝えた。

 

 信都県城を制圧したこと。

 

 黄巾の残党が残っていること。

 

 正式な官吏がいつ派遣されるか分からないこと。

 

 その間、城を守るために軍を留めていること。

 

 そして、正式な者が来れば軍を引くという言葉も。

 

 報告を聞いた朝臣たちの間で、声が上がった。

 

 「朝廷の許しなく軍を留めているのだぞ」

 

 「しかし、黄巾討伐の戦功は事実だ」

 

 「信都県城を取り戻したのも凌天だ」

 

 「その後も治安を維持している」

 

 意見は分かれた。

 

 陳玄はその頃、信都県城で朝廷の動きを待っていた。

 

 朝廷内の政争がどれほど激しいものか。

 

 それを、陳玄は知っている。

 

 家が没落した理由も、ただ戦に敗れたからではない。

 

 朝廷で交わされる言葉一つ。

 

 誰が誰を支持するか。

 

 誰が誰を敵とするか。

 

 それだけで、人の立場が変わることもある。

 

 だからこそ、今回も使者に事実をそのまま伝えさせた。

 

 それだけで十分だった。

 

 そして朝廷では、凌天の扱いについて議論が続いていた。

 

 「黄巾の乱はまだ終わっていない」

 

 「これほどの兵を率いる将を、放置するのも危険だ」

 

 「ならば、朝廷の官職を与えて使えばよい」

 

 「官軍として黄巾討伐に加えれば、勝手に動く理由もなくなる」

 

 やがて、一つの案が出された。

 

 凌天に官職を与える。

 

 そして、朝廷の命によって黄巾討伐へ向かわせる。

 

 それが最も都合がよい。

 

 その判断は、徐々に朝廷内で支持を集めていった。

 

 ◇

 

 幾日かが過ぎ。

 

 信都県城へ、再び朝廷の使者が訪れた。

 

 広間へ通された使者は、凌天の前まで進む。

 

 高雷、陳玄、韓蒼もその場に控えている。

 

 使者は文書を掲げた。

 

 「凌天!」

 

 「勅命である!」

 

 広間に声が響いた。

 

 凌天は静かに使者を見る。

 

 使者は文書を開いた。

 

 「黄巾討伐において、そなたが重ねた戦功について、朝廷では幾度も吟味が行われた」

 

 「青州において黄巾軍を破り、さらに冀州安平郡において信都県城を制圧」

 

 「その戦いにおいては、大軍を率いた黄巾の将を討ち取り、敵軍を退けた」

 

 「その後も軍を退かず、信都県城を守り、周辺に残る黄巾の残党を討伐している」

 

 使者は一度言葉を切った。

 

 「また、現在の安平郡においては、未だ黄巾の逆賊が勢力を残している」

 

 「官府の立て直しも進んでおらず、朝廷より新たな官吏を直ちに派遣することも難しい状況にある」

 

 「このまま軍を退かせれば、黄巾が再び勢力を盛り返す恐れもある」

 

 凌天は黙って聞いていた。

 

 使者は続ける。

 

 「そなたが朝廷の許しなく軍を留めていたことについても、朝廷では議論がなされた」

 

 「しかし、そなたがこの地に留まり、黄巾の残党を抑え、民を守っていることもまた事実である」

 

 「以上を踏まえ、朝廷はそなたの功績と現在の情勢を合わせて吟味した」

 

 使者が文書へ目を落とす。

 

 「その功、認むべきものとする」

 

 広間が静まり返った。

 

 そして――

 

 「よって、凌天を破賊都尉に任ずる!」

 

 高雷が僅かに目を見開く。

 

 韓蒼も凌天を見る。

 

 陳玄は静かに頭を下げた。

 

 使者はさらに続ける。

 

 「また、冀州に残る黄巾の逆賊を討ち、朝廷の軍とともに乱を平定すべし!」

 

 読み上げが終わる。

 

 使者は続けて、従者へ目を向ける。

 

 従者が一歩前へ出た。

 

 その手には、布に包まれたものがある。

 

 包みが解かれる。

 

 中から現れたのは、印と綬を一体とした印綬だった。

 

 使者がそれを掲げる。

 

 「破賊都尉の印綬である」

 

 「朝廷より、これを賜う」

 

 凌天は一歩前へ進み出た。

 

 そして、その場に膝をつく。

 

 「臣、凌天」

 

 凌天は頭を下げた。

 

 「謹んで詔を拝受いたします」

 

 凌天は印綬を受け取った。

 

 その重みを、静かに手の中で感じる。

 

 使者は詔書を差し出した。

 

 凌天は両手でそれを受け取る。

 

 使者は頷いた。

 

 「では、速やかに軍を整えよ」

 

 凌天は三人を見る。

 

 「準備するぞ」

 

 「はっ」

 

 高雷が大斧を担ぎ上げる。

 

 「兄貴、ようやく次の戦か」

 

 韓蒼も笑う。

 

 「官軍になったところで、やることは変わらないな」

 

 陳玄は静かに使者を見る。

 

 朝廷は凌天を警戒しながらも、その力を必要としている。

 

 今はまだ、黄巾という共通の敵がいる。

 

 それならば、利用できるものは利用すればいい。

 

 凌天は広間の外へ目を向けた。

 

 黒地金龍旗が風を受けている。

 

 「行くぞ」

 

 その一言とともに、次の戦いへの準備が始まった。

 

 

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