三國覇皇記   作:沙耶王

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第四話 官軍合流

 

 

 

 

 信都県城。

 

 朝。

 

 城門前には、数千の兵が集まっていた。

 

 黒地金龍旗が朝風を受け、大きく翻っている。

 

 その下で、凌天は黒馬に跨っていた。

 

 腰に剣を佩き、その傍らには完成したばかりの長柄武器――紫霄祥龍が立て掛けられている。

 

 長大な鋼の柄。

 

 その先には、槍の穂先ではなく、幅広い刀身が取り付けられている。

 

 高雷がそれを眺めた。

 

 「随分と物騒な得物になったな」

 

 「そうか」

 

 「兄貴には似合ってるがな」

 

 高雷は笑った。

 

 陳玄が前へ進み出る。

 

 「凌天様」

 

 「何だ」

 

 「皇甫嵩将軍は、すでに冀州へ入り、広宗方面へ進んでいるとの報せがございます」

 

 「どれほど離れている」

 

 「急げば、数日で追いつけましょう」

 

 凌天は前方を見る。

 

 「ならば、行くぞ」

 

 「はっ」

 

 号令とともに軍が動き出した。

 

 数千の兵が一斉に進む。

 

 黒地金龍旗が、その中央で風を受けて翻った。

 

 ◇

 

 それから三日。

 

 凌天の軍は、冀州の街道を進んでいた。

 

 安平郡を離れ、広宗へ近づくにつれて、戦乱の痕跡が増えていく。

 

 焼け落ちた家。

 

 荒らされた田畑。

 

 街道脇に残された武器。

 

 黄巾と官軍が戦った跡も、そこかしこに残っていた。

 

 韓蒼が前方へ目を向ける。

 

 「前方に騎馬」

 

 凌天が顔を上げる。

 

 「数は」

 

 「十騎ほど」

 

 韓蒼は騎馬隊へ向かって進んだ。

 

 やがて、騎馬の一団が近づいてくる。

 

 先頭の兵が声を上げた。

 

 「何者だ!」

 

 韓蒼が答える。

 

 「破賊都尉・凌天様の軍です」

 

 「皇甫嵩将軍のもとへ参陣するため、参りました」

 

 兵たちの間にざわめきが起こる。

 

 「凌天……?」

 

 先頭の兵が頷いた。

 

 「しばし待たれよ!」

 

 騎馬隊はその場を離れ、来た道を戻っていった。

 

 韓蒼はその背を見送った。

 

 「皇甫嵩将軍へ報告に戻ったようです」

 

 「そうか」

 

 凌天は前方を見た。

 

 「ここで待つ」

 

 「はっ」

 

 軍はその場で停止した。

 

 ◇

 

 同じ頃。

 

 皇甫嵩の本陣。

 

 天幕の中では、将たちが地図を囲んでいた。

 

 皇甫嵩は広宗周辺の地図を見つめている。

 

 冀州の黄巾勢力は、なお広宗を中心に勢力を残していた。

 

 盧植が退けられ、その後を受けた董卓も黄巾軍を破ることができなかった。

 

 今度は自分が、この戦線を立て直さなければならない。

 

 その時、天幕の外から声が響いた。

 

 「申し上げます!」

 

 「何だ」

 

 「安平郡方面より、軍勢が参っております」

 

 皇甫嵩が顔を上げる。

 

 「軍勢?」

 

 「破賊都尉・凌天と名乗っております」

 

 その名を聞いた瞬間。

 

 皇甫嵩の手が止まった。

 

 凌天。

 

 その名は、すでに耳にしている。

 

 青州で黄巾を破り、安平郡では信都県城を制圧した若き将。

 

 その後も軍を退かず、周辺の黄巾を討ち続けているという。

 

 朝廷から破賊都尉の官職まで与えられた男。

 

 「通せ」

 

 「はっ」

 

 ◇

 

 しばらくして。

 

 天幕の外が騒がしくなる。

 

 だが、その声は次第に消えていった。

 

 皇甫嵩はそれを感じ取った。

 

 ――何だ。

 

 兵たちの声が途切れていく。

 

 足音が近づいてくる。

 

 一つ。

 

 また一つ。

 

 そして、天幕の入口に人影が現れた。

 

 皇甫嵩は顔を上げる。

 

 一人の男が入ってきた。

 

 黒甲。

 

 堂々たる体躯。

 

 その身から放たれる圧は、これまで皇甫嵩が見てきた若者とは明らかに違っていた。

 

 空気が重い。

 

 皇甫嵩は、その変化を肌で感じていた。

 

 ――これが、凌天か。

 

 凌天は皇甫嵩の前まで進む。

 

 そして、深く一礼した。

 

 「臣、姓は凌、名は天、字は元覇にございます」

 

 「朝廷より賜りました任に従い、皇甫嵩将軍の軍へ参りました」

 

 皇甫嵩は凌天を見据えた。

 

 「うむ」

 

 凌天は後ろへ視線を向ける。

 

 「こちらは、私が信を置く者たちにございます」

 

 「高雷、字は震山」

 

 高雷が一歩前へ出る。

 

 大柄な身体を真っ直ぐに伸ばし、皇甫嵩へ堂々と一礼した。

 

 続いて陳玄。

 

 「陳玄、字は子明」

 

 陳玄は深く一礼する。

 

 その所作には一分の乱れもない。

 

 最後に韓蒼。

 

 「韓蒼、字は伯遠」

 

 韓蒼も静かに一礼した。

 

 三人が下がる。

 

 皇甫嵩は静かに頷いた。

 

 「黄巾との戦は、未だ終わっておらぬ」

 

 「そなたらが戦場で如何なる働きを見せるか、見届けさせてもらおう」

 

 凌天は一礼した。

 

 「御期待に背かぬ働きをいたします」

 

 皇甫嵩は地図へ目を向ける。

 

 「まもなく広宗へ進む」

 

 「そこで黄巾の主力と相対することになる」

 

 「承知いたしました」

 

 その時、天幕の外から声が響いた。

 

 「皇甫将軍」

 

 「何だ」

 

 「曹操騎都尉がお見えです」

 

 皇甫嵩が顔を上げる。

 

 「通せ」

 

 ほどなくして、一人の男が天幕へ入ってきた。

 

 年は二十代の終わりほど。

 

 細身の身体に、鋭い眼差しを宿している。

 

 その立ち姿には、若さだけではない落ち着きがあった。

 

 男は凌天へ一瞬だけ視線を向ける。

 

 そして皇甫嵩へ一礼した。

 

 「曹操、字は孟徳にございます」

 

 皇甫嵩は頷いた。

 

 「曹都尉か」

 

 「はっ」

 

 皇甫嵩は凌天へ視線を向ける。

 

 「こちらは破賊都尉、凌天だ」

 

 「先ほど参陣したばかりだ」

 

 曹操が凌天へ向き直る。

 

 「凌都尉」

 

 「曹都尉」

 

 二人は互いに一礼した。

 

 皇甫嵩が口を開く。

 

 「広宗に着けば、いよいよ黄巾の主力と相対することになる」

 

 「二人とも、戦場での働きを期待している」

 

 凌天と曹操は、それぞれ一礼した。

 

 「はっ」

 

 「承知いたしました」

 

 ◇

 

その日の夕刻。

 

 皇甫嵩軍は広宗へ向かう途中の平地に陣を敷いた。

 

 各軍がそれぞれに天幕を張り、兵たちは食事や武具の準備を進めている。

 

 凌天の陣でも、陳玄が兵たちへ指示を出していた。

 

 高雷は兵の様子を眺め、韓蒼は周囲の警戒に当たっている。

 

 凌天が天幕へ戻ろうとした時だった。

 

 「凌都尉」

 

 振り返ると、曹操が立っていた。

 

 「曹都尉か」

 

 「少し話をしてもよろしいか」

 

 「構わぬ」

 

 二人は陣の端へ移動した。

 

 曹操は凌天の軍へ目を向ける。

 

 「改めて見ると、随分と個性的な方々を揃えておられる」

 

 「そうか?」

 

 「ええ」

 

 曹操は高雷へ目を向けた。

 

 「高雷殿は、かなりの武人とお見受けしました」

 

 「高雷は力がある。正面から敵を打ち破るなら、あいつほど頼りになる者はいない」

 

 次に陳玄を見る。

 

 「陳玄殿は、軍を支える役目でしょうか」

 

 「ああ。兵のことだけではない。兵糧や物資、城のことまで任せている」

 

 「なるほど」

 

 最後に韓蒼へ目を向ける。

 

 「韓蒼殿は?」

 

 「周囲を見るのが得意だ。敵の動きや地形を見るなら、あいつに任せている」

 

 曹操は三人へ視線を向けた。

 

 「高雷殿は武に優れ、陳玄殿は軍を支え、韓蒼殿は周囲を見る」

 

 「いずれも一軍を任せられる才を持っているように見えます」

 

 「凌都尉は、よくこれほどの者を集められたものですな」

 

 凌天は三人へ目を向けた。

 

 「昔からの付き合いだ」

 

 「そうでしたか」

 

 曹操は頷いた。

 

 「私にも、従弟に夏侯惇、夏侯淵という者がおります」

 

 「二人とも武には覚えがありましてな」

 

 「そうか」

 

 「機会があれば、いずれ紹介したいものです」

 

 凌天は頷いた。

 

 「楽しみにしておこう」

 

 曹操は一礼した。

 

 「では、また」

 

 「ああ」

 

 曹操は自陣へ戻っていった。

 

 ◇

 

 翌朝。

 

 皇甫嵩軍は広宗へ向けて進軍を開始した。

 

 数万の兵が街道を埋め、無数の旗が朝風に揺れている。

 

 その中を、黒地金龍旗が進んでいた。

 

 曹操は馬上から前方を進む凌天軍へ目を向けていた。

 

 高雷は兵の列を見渡している。

 

 乱れがあれば自ら声をかけ、兵を正していく。

 

 大柄な身体に似合わず、兵の動きを細かく見ていた。

 

 陳玄はさらに後方へ目を配っている。

 

 兵糧を積んだ荷車。

 

 武具を運ぶ兵。

 

 各隊の間隔。

 

 伝令の動き。

 

 軍全体が滞りなく進むよう、細かな部分まで確認していた。

 

 韓蒼は隊列の外側を進んでいる。

 

 街道の左右。

 

 丘の向こう。

 

 林の中。

 

 時折、馬を止めて遠くを見渡し、異変がないことを確認すると隊列へ戻っていく。

 

 そして、その中心に凌天がいる。

 

 細かな指示を出すことはない。

 

 だが、必要な時には一言だけ声をかける。

 

 その声を受けた高雷や陳玄、韓蒼が、それぞれの役目を果たす。

 

 曹操はその様子を静かに眺めていた。

 

 やがて、前方から伝令が駆けてくる。

 

 「申し上げます!」

 

 「広宗まで、あと半日ほどにございます!」

 

 皇甫嵩へ報告が伝わる。

 

 軍の進む速度がわずかに上がった。

 

 昼を過ぎた頃。

 

 街道の先に、小高い丘が見えてきた。

 

 皇甫嵩が馬を進める。

 

 その後ろに、凌天や曹操たちも続いた。

 

 丘を越えた。

 

 その瞬間。

 

 視界が一気に開けた。

 

 遠くに広宗の城壁が見える。

 

 そして――

 

 その周囲を埋め尽くす無数の黄色い旗。

 

 黄巾軍だった。

 

 その兵列は地平線の彼方まで続いている。

 

 高雷が目を細める。

 

 「……多いな」

 

 陳玄も敵陣を見渡した。

 

「信都県城で敗れた黄巾が、そのまま広宗へ集まったのでしょう」

 

 凌天は黙って敵陣を見つめた。

 

 安平郡で戦った黄巾。

 

 その残党が、ここへ集まっている。

 

 曹操も目を細める。

 

 「十万近くいるかもしれませんな」

 

 しばらくして、前方から伝令が駆けてきた。

 

 「申し上げます!」

 

 皇甫嵩が振り返る。

 

 「敵軍、およそ十万!」

 

 周囲の将兵から、低いざわめきが起こった。

 

 皇甫嵩は広宗を見据えたまま、表情を変えない。

 

 凌天もまた、十万の黄巾軍を見つめていた。

 

 

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