お久しぶりです。今話はパレイドリアからのIFとして書きました、本編の終わりとは全く繋がっていません。つまりは初投稿です。
「…………ぜぁ」
突然の言葉だった。
言葉ですらなかったかもしれない。ただ待ち続けた音ではあった。
「────ワタちゃん?」
ずっと静かに寝ていた少女が、呼吸を少し乱したのだ。今までこんなことはなかった。
「ん゙ぅ」
返事をされたように思う。もしかして、ワタちゃんが目を覚ましてくれるのではないか……
目頭が熱くなり、鼻の奥がムズムズする。
顔を触って揺らしていると表情が変わるのが分かった。
「何に反応してくれたんですか?」
「ワタちゃん、起きてください」
いつもはどこかで無駄だと分かりながら繰り返した言葉も、今だけは違う。
「ぅ゙ぅゥ゙ゥ゙う……ん」
激しく喉を鳴らしている。はじめてだ。知らない反応に、胸が高鳴った。
久しぶりに声を出すから難しいのかな?
そんな甘い考えも吹き飛ばす激しい光が、私の未来を一瞬間に照らした。
「がう」
浅い呼吸のような、鳴き声のような。
とても意味を持つ言葉とは思えないが、それは私にとってどんな言葉より意味がある。
更に、ワタちゃんは目を薄く開けたのだ。
白く濁っていて私はそこに映らないが、確かに瞼が上がったのが見えた。
「っ! まって、ワタちゃん」
きっと今なら聴いてもらえる。
「ごめんなさい! 私は酷いことばかりしていました、でも! 最近は!」
違う。謝罪は何度も練習したはずだったのに、焦ると変なことを言いそうになる。
自分を正当化して、汚い過去も認めてもらおうとする姿は……ワタちゃんからすれば、どれほど憎くて醜いだろう。
「……違うんです。こんなことが言いたいんじゃなくて、私はもう」
苦しみました? 一人になりたくない? どれも適切な言葉じゃない。
『ちゃんと謝って取り戻したい』という私の思いは……まだまだだったのだろうか。
カチカチと聞こえた。
ワタちゃんが歯を鳴らしている。
これは血が欲しいってことな気がする。こうなってから、夢以外でのコミュニケーションが取れるのははじめてだ。
「すぐに」
私は人差し指の先を切り、ワタちゃんの口に突っ込んだ。体を起こして後ろから支えてあげる。
定期的にやっているので慣れた動きだ。
舌が絡んでくるのが分かった。
「わ、今日は積極的…………」
「というか、起きてます?」
視界がぼやける。
夢が覚めるのかと思ったが、これは涙だ。
「ン゙!」
「お返事?」
強い音が鳴って、指が弾かれた。
さっきより軽く感じる。ワタちゃんに変化があって、心が軽くなったからだろうか。
久しぶりに気持ちよくなっていると、布団に何か垂れる音がした。私は下を見る。血が溜まっている。
吐き出されたものではないだろう。だって、血を吐くなんてよっぽどだ。眠ったあとには、そんなことはなかった。
じゃあどこから?
「あ……やっぱり起きてる」
指が噛み千切られていた。そこから赤が流れ続けている。
すぐに治して、ワタちゃんを回して顔を見る。目はしっかりと開かれていた。
「ワタちゃん! たくさん、言いたいことがっ……」
「うん」そうやって返事をされたと思った。本当は、獣の叫びのようなものだとも分かっていたのに。
抱きつくように近づかれて、対応なんてできなかった。
首元に力強く噛みつかれる。
「ねぇ…………なんで?」
噛まれた理由が知りたいわけじゃない。そんなもの、殺そうとしてるだけだから。
当たり前だ。でも、それはどうにかして話し合えば解決できる問題のはずだった。
「これも、罰なのですか?」
直感的に分かる。これは、もうワタちゃん
ひどい夢であってほしい。でなければ……
「あなたはそんなに吸わないで」
抱きついてくる彼女を、引き剥がすために魔法を使った。
私ごと光で貫いて、離してくれるまで穴を空ける。
……こんなことしたくない。もうワタちゃんの身体を傷つけないはずだった。
「おぇ」
気持ち悪くなってきた。
最近は寝れてなかったから、変な夢でも見てるのだろうか。最悪の気分だ。
「っ……が」
ベッドの上で、虫のように動いて唸るワタちゃんを見て私はすぐに治した。
涙も震えも止まらなかった。
同じように飛びかかってくるワタちゃんの形を、強く崩すのは躊躇われた。
「やめて、ワタちゃんはっ……そんなに馬鹿じゃない」
首を掴んで動けなくする。
「どうしよう。これから、どうすれば……どうしてこんな」
こんなこと望んでいない。ワタちゃんが起きるのは待ち焦がれても、ただ起きてほしかったわけじゃない。
「その身体を返してください。誰? はやく、返して」
手に力が入って、怯える顔が目に入る。自分が怖くなってすぐに離した。
冷静さを失っていた。よく考えれば、全てが未知なのだから一時的な記憶喪失の可能性だってあるかもしれない。
そう考えると、力を振るった私は間違えている。
少し時間が経って落ち着いてきた。
「……ごめんなさい」
繰り返した。抱き寄せて、優しく背を撫でた。全部、思い出してほしい。
噛み殺すのを諦めたのか、もぞもぞしながら尻尾を振っている。
この姿が、見たかったのに……何か違う。知らない魔物がワタちゃんの真似事をしてるみたいだった。吐き気がする。
「耐えられないかも」
全部、最初からだろうか。そもそも取り戻せるものなのか。
これが私への罰だとしたら、最も苦しむものが天によって選ばれたのだろう。
「でも……! まずは起きてくれただけでも一歩前に。こんなに嬉しいことは」
現実として受け止めた。夢ではなく、起きるのはワタちゃんのほうだと自分で決めた。
してはいけないことだった。
幻想が崩れる音がした。確定しなかった美しさが、そこにあるように感じた未来が……ことごとく否定されたような気がした。
何度も繰り返された別れと、読んだ絵本の結末が私の支えを外そうとする。
「あっ……言葉に、しないで」
漏れた懇願に記憶の少女が返事をする。
『ばいばい』
あの日を思い出して、目の前の物と見比べた。同じ匂いがして、同じ顔で同じ声だ。
違わないはず。なのに、違う。
「…………治せなかった?」
自分の力を疑うことになるとは、考えてもみなかった。今でもワタちゃんの少し意地悪な演技だと信じたい。
「ふー、ゔぁあ」
何を言いたいのか分からない。何が伝えたいのか分からない。
これが誰なのかすら分からない。
演技なんかじゃない。少なくとも今は、確実に。
…………でもワタちゃんであってほしい。
「私があんなことしたからですか?」
ワタちゃんを、物にするなど傲慢だった。一時的に何かを埋めれる存在を求めたのは間違いだった。
最初から、魔物だなんて思わずに……心から家族だと思えていたら、こんなことにはならなかったのだろうか?
それを知った今『だからだ』と言われても仕方ないが、進める道はまた初めと同じものしか広がっていない。
「やっぱり、あなたにとって印象に残る私の姿は……暴力ですか?」
言われなくても分かっている。私が目の前の少女に刻めたのは、恐怖と絶望だけなのだろう。
愛を求められる相手だと知って突然に私の気が変わっただけで、向けられる好意を受け止めるなんて無理だったのだ。
だから、ワタちゃんは私を置いていったのだから。
今お腹で耳を畳み、尻尾を振るのは魔物であってワタちゃんではない。でも、少女は彼女に戻ってくれる気もしている。
想いに応え、目を覚ますという奇跡が起きた。チャンスが与えられたことには変わりがない。
またもう一度、今度は起きた状態で日々を重ねれば…………
「何か、喋ってください。お願いですから声を聞かせて?」
震えているだけで、何も言わない。
聞こえてはいるはずだ。耳に入ってはいるはずだ。言葉を理解するほどの知能も失ってしまった? それともただ喋れなくなってしまったのだろうか。
錯乱して、遅いかかってきただけ?
……さっき自分で否定したことが巡り続ける。今はワタちゃんじゃないなんて、私が一番分かっているのに。
掴めないものを、掴もうとし続けて藻掻いていた。
私を憎むワタちゃんは、この姿を見て笑うだろうか。
それでも、いつも通りにしていよう。優しく撫でて遊んで、思い出してもらおう。まずは……言葉から。
◆
「すき」
「……よく言えましたね。偉いです」
頭を撫でた。血を舐めさせた。
「えへへ」
「完璧です」
頭を撫でた。血を舐めさせた。
「かんえき? すき」
「違う。変なこと言わないでください」
「また忘れましたか?」
目の前の少女は震えた。これは、恐怖による支配だったかもしれない。
私はどこまでも醜かった。
思い出してもらいたくて、でも待てなくてワタちゃんを教えようとしていた。
「あなたは、もっとっ……ねぇ、はやく思い出して!」
起きてるだけで前よりは良かった。そう思いたかったのに、時間が経つほどにワタちゃんとの距離が離れて行く気がした。
これなら、寝ていたときのほうがワタちゃんを感じられていた。
「ありす、すき」
「っ……! その調子です」
……違う。これだとワタちゃんへの扱いではない。自分を否定している。
こんなのでは、繋げなかった。
唸っていると、少女は私の目を見て何か分かったように口にした。
「あ………おもいだして」
「ァ゙ァ゙あぁあぁぁぁぁあ………違う、紛らわしい。それを二度と言わないで」
頭を抱えた。ずっと吐きそうだった。
意味までしっかりと伝わる言葉が、多分あまりにも少ない。まだ繋がっておらず、理解していないのだろう。
「おもい……だしあ?」
「言っても分かりませんか!?」
魔法を使っていた。感情に任せて、大切な人の身体を傷つけていた。
ベッドに倒れ込んで、穴だらけになっている。こんなはずじゃない。
「やだ、こんなの……ワタちゃん、愛してるのに! 分かってくださいよ!」
「ごめんなさい、私が! 悪かったから! ごめんなさい、ねぇ!」
ただ条件付けのようにしていたからだ。全部私のせいだけど、それは起こった。
「ごめっ……なさい」
少女は、泣きながらそう吐いた。
『はんせいしました』
頭に苦しむワタちゃんが浮かんで、最も取り消したかったものを刻んだと告げた。謝らせたのは私だった。
「言わないでっ……!!」
胸から来る何かが、表情が、全部抑えられない。
歪な感情も、過去の自分が肯定する。
変われないってこういうことだ。
少し、気持ちよくなっていた。そんな内面が凄く嫌でどうしようもなく嫌いになる。
一人で誰もいないのに、自分さえも失えば何も残らない。私は私でありたかった。
その後は何回も謝らせた。自分が勘違いしないために何度も考えるが、決して満たすためじゃない。
二度と言わせないために、言う度に痛いことをした。間違いだと教えるために。
私が一番間違っているのに。
「あいして、る」
「……」
「あいしてる!」
聞きたい言葉は完成した。
それには何もこもっていない、空っぽの音だった。形だけ、表面だけを求めていたわけではないと知ってしまった。
長い時間をかけても、少女はワタちゃんに戻らない。
「私が幸せになる権利はありませんか?」
『ないよ』
……幻聴だって聞こえる。それほど私は愛している。想っている。
なのに、何故?
「ありす。あいしてる」
「すき、すき」
失敗した。全部、生まれたことが間違いだったのかもしれないとさえ思った。
でもワタちゃんを取り戻せば、私は……
「しねよ」
「似てますよ。どうです? 何か思い出せそうですか? ほら、私の顔を見て」
少女は賢かった。やはり、ワタちゃんではあるのだろうか。何でもやることが、思い出してもらうにはきっと大切だ。
長い時間を一緒に過ごし夜……
「思い出した」
「……は?」
突然だった。聞こえた自分に驚くほどの声量で少女が呟いた。
聞き間違いかもしれないが、似た言葉は喋らせないようにしている。
「本当に?」
「…………」
少女は何も喋らない。似てる。
本当に思い出したとしても、ワタちゃんがそんなことを言うわけがない。あちらからすれば良いことなんてない気がするからだ。
というか、何故か私には見ればわかる自信もあった。
「思い出した」
私の顔を見て、そう言った。
…………偽物。
「私の名前は、あなたの名前は……分かりますか?」
「血をくれたら」
どれほどの時間をかけたのか、どれほどの言葉を交わしたのか分からない。それでも、何も意味がなかったのだろうか?
「あげます。ほら、はやく」
「うん……すき?」
「あなたは、私がアリスだってことすらわかってないんですか?」
「冗談。アリス」
いたずらに笑う姿は……それっぽかった。気持ち悪い。これは私のワタちゃんを真似ただけの何かだ。
衝動に任せて上を向いた。期待だけしてしまう偽物は見たくない。
「もう……違うんです。ワタちゃん、私が苦しんでますよ。帰ってきてください」
「あなたになら殺されても良いです。だから、そのためにでも!」
抱きしめられて囁かれた。
「ワタちゃんだよ。そんなこと、二度と言わないで」
…………やっぱり失敗した。
全部、悪い夢だったことにしてほしい。ワタちゃんはまだ眠っていて、私がダンスをさせている。
そんな日常が帰ってきてほしい。
「あなたが処分されない理由がわかりますか? 好きな人の体を奪ってるからです」
「知ってるよ? でも、ちゃんと満足させてあげるから。ごっこ遊び好きでしょ」
変に賢くなってしまった。殺せるものなら殺している。
「痛いことしますよ」
「しね、嫌い嫌い。一人になれ」
「っ……ダメって言いましたよね」
「ん? 何するの?」
拘束はできない。血を与えないぐらいだ。
「口を塞げば? いつの間にか全部を思い出して、アリスを嫌っちゃうかもだけど」
……腹が立つ。返せ。
「もう好きって言わないし、教えられたこともやらないよ」
「そんなの許しませんよ」
「そう。全然いいけど?」
手足を吹き飛ばした。ワタちゃんには申し訳ないけど、彼女を使って汚されるのは我慢できなかった。
最初は悪魔でも入ったかと思ったが、私でも消せなかったので別の人格のようなものなのだろうか。
ワタちゃんではない何かが成長している。
もう一度、頭をぐちゃぐちゃにすれば戻せるだろうか。
「ごめんなさっ、あり……す」
「どこまで舐めてるんですか」
下顎を残して上は粉々にした。感情任せになってしまっていた。
こんなの、らしくないし……ワタちゃんに最低なことをしたとも思う。でも、耐えられなかった。
すぐに治す。
「……ワタちゃん、起きてよ」
また、寝息だけが聞こえるようになった。
少しの後悔と振り出しに戻れた安心が確かに胸に残っている。
「? …………うぁ」
また長い時間が経過して、目の前の少女が目を覚ました。
私はこの時、一番の失敗をしたと思った。ここで別人に目を覚まされれば、今までの全てが崩壊する予感がしたからだ。
心を整理することなんてできなかった。
だって、これが魔物で……ワタちゃんではなかったら。さらにはそれすら失った何でもないものだとしたら。
元から薄かった希望、心の底では思っていた『もう取り返しがつかない』という黒い光が、私を貫く気がしたからだ。
私は怖くなって、目を閉じた。次に耳を塞いで現実から逃げたくなった。
育成ゲームがしたいわけじゃないのだ。ただ、またワタちゃんと過ごしたかっただけ。
どうすれば叶うのだろう。
『天国までおいで』
耳元でそう聞こえた気がする。
……それは、裏切りではないだろうか。
ワタちゃんがもし起きたときに私が先に逝っていれば。そのすれ違いとは取り戻せるのだろうか。
やはりだめだ、私は向き合わなければならない。
目を開く。少女が起き上がり、可愛らしい仕草で辺りを見渡している。
第一声に変なことを言われてしまえば、私は狂ってしまう気さえしたが、耳を塞ぐ手を外した。
「えっと……だれ、ですか?」
聞こえてきた声は震えていた。
◇
分かったのは、体験した悪夢の中では最も都合が良いものだということだ。
記憶を失い、教え込んだ
起きた少女は大人しくて、ずっと何かに怯えて私に近づかない。
少し可愛いと思った。
「本当に忘れてますか」
「……はい」
「あの、近いです。そこまでの関係だったということでしょうか?」
「…………そうですよ」
もじもじしていて、何か少しだけワタちゃんを感じさせてくれる。
たくさんお話しをした。
「つまり、私は事故で記憶を失ったと?」
ズルいと言われればそうだろう。ワタちゃんが記憶を取り戻して、今のことも覚えていたら軽蔑されると思う。
でも、些細な問題だ。
「大切には……されていたんですかね」
「当然です。相思相愛ってやつですよ、与え合っていた関係です」
「そうですか」
不安そうに、布団に握りしめている。信用されていないがそれは本来のワタちゃんも同じだった。それでいい気がする。
私が求めるのは愛で、それをくれるワタちゃんだ。ワタちゃんは特別で、他では代用できるものではないだろう。
「あなたは少し、ワタちゃんとは違うんですよね」
「……そうかもしれません」
「はやく思い出してくださいね」
「ど、努力します」
どれだけ優しくしても少女はずっと何かに怯えていた。
「アリスって呼んでください。さんなんていりませんよ。悲しいです」
よそよそしい雰囲気を出され続け、流石に苦しくなった。ワタちゃんの姿で動いていると、一応本物ではある気がしてくるからだ。
「思い出していないのに、勘違いしてしまいますよ。いつか取り戻せた時、アリスさんがすぐわかるように……このままで」
少女なりの優しさがそこにあった。
この子となら、長い時間も耐えられるかも知れない。ゆっくり時間を重ねて望むものに届く日まで。
「アリスさん……その、私はあなたが好きかもしれません」
血を飲ませ終わった時にゆっくりと抱きしめられた。尻尾が激しく振られている。
「私にはあなたしかいませんし、あなたのおかげで生きることができてますよね」
「それだけで感謝してるんです」
「つまり、お返ししたいんです」
少し興奮した自分が気持ち悪かった。私は、ワタちゃんが好きなんだと思う。
だからこの声とかで言われると反応してしまうだけだ。それでも、『愛されていればそれでいい』とも一瞬考えてしまった。
「え……あ、そうですか」
何と返せばいいのか分からない。やっぱり、取り戻したい。
「記憶を取り戻したとして、私が消えてしまうならどう思います?」
ワタちゃんが帰ってくるなら、消え去ってくれても問題なかった。
口に出すのは……ワタちゃんを取り戻すまでの心地よさを失いたくないので、やめた。
「悲しいですよ」
「よかった。安心しました。あなたとなら、種を残したいです」
「そのために生きてるんですから」
…………いつか教えた気もする。
「しませんか?」
…………性欲をワタちゃんで満たすのはやめたから、やめてほしい。
「ダメです。まず、できないんですよ」
「できます。ここに魔力を注いで貰えば」
……やめてほしい。
「アリスさん、ダメですか?」
「答えは変わりません。もちろん、愛してますけど」
「それは私じゃない方ですね」
何も言えない。苦しくなってきて、ワタちゃんと話したい気持ちが溢れてくる。
「はぁ。振られちゃいました……」
悲しい顔をした瞬間、少女は舌を噛み切ろうとした。
即座に防いだが、意味がわからない。
「なんえ、とめるんれす?」
「ワタちゃんの身体だからです」
「ぷはっ……やだ。私だけを愛してほしいのに、知らない自分に取られるなんて」
「生きる理由なんて、アリスさんだけなのに。酷いと思います。それなら殺してよ」
そんなことができるわけがなかった。私が一人になってしまう。
「何も残せないならせめて後悔してほしいです。どうせ思い出しませんよ? ワタちゃんなんて、もう死にました」
「アリスさんの前にいるのは私ですよ?」
明らかに死のうとしている。環境のせいか私への罰なのか……ワタちゃんを取り戻すことができていない。
「あー、私死ねればいいのに」
「うるさいですよ。少し、黙ってください」
「絶対、ワタちゃん死んでますよ。多分あなたのせいじゃないですか? あーあ」
「うるっさい!!」
…………そうだ。手足をもいで、壁に貼り付けよう。ワタちゃんを取り戻すまで、ずっとそれで…………
考えた時には、少女は静かになっていた。何か、自分でも冗談みたいだった。
一度失敗をやり直してしまったからか、当然のように選択肢に入り込んでいる。
「なんで、私って」
繰り返した。いつか幸福に届くため。
少女は、全てワタちゃんにはならなかった。似たり寄ったりな結末を迎え、私が最終的に手にしたいものが本当にワタちゃんなのかさえ……分からなくなるときもあった。
いつか記憶を取り戻すかもしれないのだから、ずっと生かし続けるべきだと分かっている。でも、もうそうするしかなかった。
少女は起きるのだ。
寝かせても、ワタちゃんじゃない少女が起きる。それが許せなかった。
何も話さず、思い出すまでそっとしておくことに決めた子は本能だけで私に性欲をぶつけてきたので消した。
私のワタちゃんが汚された。
「そうだ」
自分の最大の過ちで、反省点。
忘れるようにした選択肢は……一番ワタちゃんに近づけるのではないか。
外に出せば、自分を思い出してくれるのではないか?
今が閉じこもっているようなものだとしたら、安心して戻ってくれるように一度配慮するべきだ。
私の家よりも森のほうがいいなんて納得できないが、まぁいい。
なんでも試すことが大切だ。
◆
…………何も変わらない。
どれだけ過去を再現しようと、ワタちゃんは取り戻せない。
偽物の記憶が積み重なって、ワタちゃんではない少女を思い出すようになるのが怖かった。
どうして?
どれだけ失敗すればいいのだろうか。
「アリス。どうしたの」
「…………」
「昔のことは許してないけど、今はちょっと好きだよ。痛いことしないから」
見境なんて、とっくになかった。
私のワタちゃんはどこにいるのだろう。探してるのに、見つからない。
あの時、どこかに部品を落としてしまったのだろうか。
…………もう全部集めたつもりだった。
「やっぱり、そっちにいるんですか?」
天を仰いだ。
「花火、綺麗だね。見れてよかった」
「そろそろ迎えに行きますね」
「アリス……?」
「もうそっちに体も返します。だから、謝らせてください」
私は天国にいける。今まで、人を助けてきたし残した物は常に人を救っている。
資格はあるはずだ。ワタちゃんがいるところまでは辿り着きたい。
最後に謝って、私に次があって……ワタちゃんもそうなのだとしたら……その時は何かで関わらせてほしい。
今までの全ては冒涜だった。失敗で、誤りで、そもそもが間違えていたのだろう。
それにすら気づけず、進み続けようとする私はどれほど愚かに見えるのか。
最後まで綺麗でいたい言葉が頭を埋める。でもワタちゃんへの気持ちは本物だ。
これを誰が否定できるのか。いるとしたら私なのだろうが……
「ごめんなさい」
祈りを込めた光の梯子が、どこまでも空に架けられた。
性癖にプライドありすぎて納得できずにボツが一番多いです。素直に言葉攻めワタちゃん「しね、嫌い嫌い。一人になれ」をプレゼントしたかったので投稿しました。
唐突に学園IFとか書いても許されるか気になります。
一応ですが新作とかも書き溜めてます。自分でえっちが確信できたらいつか投下します。