月の宮~異世界駅を継ぐ者~   作:くちびる

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第11話_生きる理由

具材をすべて食べ終え、最後の一滴までスープを口へ流し込む。

――こうして飲み干すのは、これが初めてだった。

 

結局、燈は替え玉を一つだけ頼み、お腹いっぱいになってしまった。

 

「んぅ……いっぱい食べたなぁ」

お腹をさすりながら、満足そうに微笑む。

 

隣に座る管理人が、にやりと口角を上げた。

「なんだ燈、もうギブアップか?」

 

彼女はすでに二桁を超える替え玉を平然と平らげていた。

まるでわんこそばのように。

 

「い、いつから勝負になったんですか……」

燈は呆れ顔でつぶやく。

 

「相変わらず負けず嫌いだね~。ちょっと無理してるでしょ?」

イナバが笑いながら、二人の前に水を注ぐ。

コップの中で氷がカランと軽い音を立てた。

 

管理人は水を手に取り、平然とした口調で答える。

「これぐらい食っとかないと、仕事の活力が足りなくなるんだよ」

 

そして一気に飲み干す――が、すぐに眉をしかめた。

 

「んぐっ!?……おい、これ……って……」

喉を押さえ、苦しそうに目を細める。

 

その表情を見て、イナバが嬉々として口を開く。

「それ、お酒だけど♪」

 

「……なっ!?ふ、ふざけ……るな……」

反論を言い切る前に、管理人の頭がゆっくりと前に傾いた。

 

「つきちゃんっ!?」

燈が慌てて立ち上がるも、すでに遅かった。

 

イナバは慌ててどんぶりを回収し、最悪の事態を回避。

管理人はカウンターに突っ伏し、すうすうと寝息を立て始める。

 

燈は呆然とその光景を見つめた。

 

「え、ええと……一体何が起きてるんですか?」

 

イナバは苦笑し、頭の後ろをぽりぽりと掻いた。

「あ~~備蓄も切れかけてたから……ちょっと強制的に、ね」

 

「つきちゃん、お酒にはめっぽう弱いからさ。たった一口で『電源オフ』しちゃうんだ」

 

「電源……オフ……」

燈は思わず吹き出しそうになるが、ぐっとこらえた。

 

イナバはその様子を見て、

「まったく、相変わらず黙ってれば可愛いんだから」と呟きながら、そっとブランケットを肩に掛けた。

 

「あの……イナバさんはつきちゃんと、その……どういった関係なんですか?」

 

即答だった。

「恋人だよ」

 

「んえっ……!?」

燈の間の抜けた声が店内に響く。

 

イナバはこらえきれず吹き出した。

「ふふ、嘘に決まってんじゃ~ん!まさかあかりん……本気で信じちゃったの~!?」

肩を指でツンツンとつつく。

 

「そ、そんなわけないじゃないですか!!」

燈は慌てて否定するが、顔は真っ赤だ。

 

イナバはくすくす笑いながら燈の隣に座り、ふと視線を落とした。

「懐かしいなぁ……もう100年以上前か」

 

「この世界の魂はね、各々が為したいことをしながら暮らしているんだ――けどね、僕にはそれがなかった」

 

テーブルの木目を指でなぞりながら、静かに続ける。

「そうしてしばらく、冥府に行けずに駅で彷徨ってた。そしたらね、つきちゃんが声かけてくれたんだ」

 

「『お前は、生前何してたんだ?』ってさ」

イナバは管理人の口調を少し誇張して真似る。

 

「僕は生前、飲食店をやっててさ。それを話したら――」

イナバの目が、わずかに懐かしそうに細まる。

 

「『じゃあ、私のために美味い料理を作れ』って言ってくれたんだ」

 

燈は思わず息をのむ。

 

「そんなこと言われたのは初めてだったし、何より嬉しかった……ここで生きる目的を与えてくれたから」

 

イナバの笑顔は、少しだけ寂しげだった。

 

「この人に美味い料理を食べて笑顔になってほしい――それが、僕がここで生きてる理由なんだ」

 

燈は視線を管理人へ向ける。

ブランケットに包まれ、穏やかに眠るその姿。

普段の鋭さが消え、どこか幼く見えた。

 

「そんなことがあったんですね……すごく、素敵だと思います」

 

イナバは目を丸くしてから、照れくさそうに笑う。

「ありがと、あかりん」

 

身を乗り出して顔を覗き込む。

「で、そっちはどういう関係なの?まさかまさかの、今度こそ恋人だったり?」

完全にいつもの調子に戻る。

 

「だ、だから違いますってぇ!!」

慌てる燈の声が店に響き、イナバはいたずらっぽく笑う。

 

それから、燈は自分がこの冥府に来た経緯を語った。

生きたまま迷い込んでしまったこと、元の世界へ帰ることを拒んでしまったこと、

そして、これから管理人の手伝いをすること――。

 

イナバは黙って聞いていたが、やがて柔らかく笑った。

「……そっか。あかりんもあっちの世界で色々あったんだね」

 

「でも、これでよかったのかなって……つきちゃんに迷惑もかけちゃったし」

 

その言葉に、イナバは燈の頭をぽん、と撫でた。

「嫌なことから逃げるのは、何も恥ずかしくないし、すごく勇気のいる行動だと思うよ。僕だって最後は……ううん、何でもない」

 

小さく笑い直し、

「だから、またここに来てよ。僕の料理を食べてほしい人が増えたからさ!」

 

その言葉に、燈も笑顔を返した。

「うん、ありがとうイナバさん」

 

「もう!『さん』付けしないでいいってばぁ!!」

イナバは肩を寄せ、コップを掲げる。

 

「というわけで、記念に乾杯!!」

 

二人のコップが、かつんと軽やかな音を立てた。

燈も真似してコップを傾け、一息に飲み干す。

 

喉を通る感覚が少し違う。

いつもより、熱い――?

 

「あぁ……?じゃあ、イナ……バちゃ……ん……だぁ」

燈の声がゆっくりと間延びしていく。

顔を見ると、頬がほんのり桜色に染まっていた。

 

イナバは一瞬固まり、燈の飲み干したコップを取り上げて匂いを嗅ぐ。

強烈なアルコール臭。

 

「し、しまった!!あかりんのコップにも酒を入れてしまったぁ!!」

イナバは両耳を押さえながら頭を抱える。

 

「あ、それ……おいしそうだなぁ」

へべれけになった燈がふらりと体を寄せ、イナバのうさ耳を両手でむにっと掴む。

 

「いやぁやめてぇええ!お願い正気に戻ってぇええ!!」

 

店内に響く悲鳴と笑い声。

外の街灯が揺れ、冥府ツクヨミの夜は、どこまでも穏やかに続いていった。

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