月の宮~異世界駅を継ぐ者~   作:くちびる

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第3話_少女

まるで肉食動物に睨まれたように、その視線に撃ち抜かれ、燈の腰が砕け落ちる。

ぺたりと尻もちをつき、足が思うように動かない。

 

(に……にげな、きゃ……!)

 

頭ではそう考えているのに、膝は凍りついたように硬直し、震えだけが無様に伝わってくる。

冷たい床に手を突き、指先で必死に後退しようとするが、掌は汗で滑り、思うように力が入らない。

 

黒い影たちは首をかしげるようにして、燈に興味を持ったかのようにゆっくりと歩み寄ってくる。

その動きは、確かに人のかたちを思わせながらも、腕や脚が不自然に伸び縮みし、影そのものが生き物のように蠢いていた。

その曖昧さが、かえって不気味さを増幅させる。

 

「ひっ……!こ、来ない、で……!」

 

声は悲鳴にもならず、喉の奥で掠れて震えた。

指先を必死に突き立てて床を押すが、腕が滑ってずり落ち、体はほとんど動かない。

じわりと涙が溢れ、頬をつたうのを止められなかった。

 

影のひとつがすうっと伸び、燈の目の前に迫る。

その存在が覗き込むように顔を近づけてきたとき、瞳の奥に映ったのは――完全なる漆黒。

 

「……っ……!!」

息が詰まり、声にならない声が喉で凍りつく。

思わず目を強く閉じた瞬間、心臓は耳元で爆ぜるように脈打っていた。

 

その瞬間――

 

「こら、やめないかお前たち」

透き通った声が、闇を切り裂くように響いた。

 

反射的に目を見開いた燈は、信じられない光景を目にする。

黒い影のすぐ後ろに、ひとりの少女が胸を張り、腕を組んで立ち尽くしていた。

 

麦わら帽子を深くかぶり、強い意志を宿した瞳が真っ直ぐに前を射抜く。

左右で色の異なる白と黒のオッドアイは、青白い照明を受けて異様なまでに鮮烈に光を放っていた。

丸縁の眼鏡の奥にあるその視線は、年相応の幼さを残しながらも、不思議な威厳と聡明さを同時に漂わせている。

 

黒を基調とした制服風の衣装に、ウサギのワンポイントが入った靴下、そして紫色の靴紐のスニーカー。

遊び心に満ちた装いなのに、彼女が立っているだけで周囲の空気が一変していた。

駅という無機質で広大な空間において、その存在は場違いなはずなのに――

むしろ、彼女こそがこの場所の「主」であるように見えた。

 

「生きてる奴にちょっかい出してどうする?ほら、お前らはあっちだ」

少女はどこか慣れた手つきで影を指先でつつき、子どもを叱るように軽く腰のあたりを押して方向を変える。

 

すると黒い影は燈のほうを振り返り、どこか寂しげに見つめる。

やがて静かにその場を離れ、青白い光の向こうへと溶けていった。

 

影の背を見送った少女は、ため息をひとつ吐いてから燈へ振り返った。

表情は柔らかくなり、腕を解いて歩み寄る。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫か?」

 

「え……は、はいっ……」

急な問いかけに、声が裏返る。

喉の奥で震える音が自分のものとは思えず、ただ頷くしかできなかった。

さっきの影は何だったのか、この少女は何者なのか――疑問が頭の中で渦を巻き、整理が追いつかない。

 

少女は膝を折り、燈と目の高さを合わせた。

柔らかく笑みを浮かべると、先ほどまでの厳しい眼差しとは違い、不思議と安心感を与える雰囲気がそこにあった。

 

「怖い思いをさせてしまってすまないね。それで、君はどこから来たんだ?」

 

その双眸に見つめられ、燈の心は掴まれたように息を呑む。

言葉がうまく繋がらない。

 

「え、えと……電車乗ってたら急に、あの……それで、そこから降りてきてっ……」

焦りで舌がもつれ、何を言っているのか自分でもよくわからない。

それでも必死に、さっき降りたホームを指差して伝えようとした。

 

「……そうか、そこに停まった電車から降りてきたんだな」

少女は小さく頷き、燈の両肩に軽く手を置いてトントンと叩いた。

 

「大丈夫だ、すぐ呼んでやるから待ってな」

 

そう言ってすっと立ち上がると、視線を遠くのホームへ投げる。

集中した気配とともに、空気が張り詰める。

 

次の瞬間――青白い光の中へ、懐かしいオレンジラインの電車が導かれるように滑り込んできた。

ブレーキ音を響かせ、彼女たちの目の前で停車する。

 

「さ、これに乗るんだ」

 

扉が機械的な音を立てて開いた。

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