最強と最恐の系譜は雷霆の申し子です   作:道化の作家

11 / 16

 書きたい描写が多過ぎて、怪物祭(モンスターフィリア)が終わるの結構先になると思われる。すまんね。


第十話 『怪物祭(モンスターフィリア)』

 

 

 背負っているバックパックは邪魔だろうと言われ預かってもらうことになった。身軽になった僕はアーニャさんからシルさんの財布を受け取り、そのままリューさんと共に摩天楼(バベル)のそびえる都市の中心、更にその奥で伸びているだろう東のメインストリートの方角へと足を進める。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)か……どんな感じなんだろ?

 暇があったら見てみたいなと思いつつ、僕達は酒場の前から出発した。

 

 

 

………

……

…

 

 

 わいわいと、今にも踊り出しそうな声々が大通りには溢れていた。

 

 時刻は朝の九時を回る。多くの冒険者がダンジョンにもぐっていくこの時間帯に、ここ、東のメインストリートは大勢の一般人で賑わっていた。

 

 数え切れない出店が通りのど真ん中や隅に並び、香ばしい匂いやジュウジュウと何かを焼く音が盛んに振りまかれている。通りそのものはリボンや美しい花など様々な装飾で飾り付けられ、常日頃より一層華やかさが増していた。

 

 道を進む者達の頭上では、紐に通された色とりどりの旗が風に揺れている。旗の模様はモンスターを表す凶悪そうな獅子のシルエットと、【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムである象頭の二種類。

 

 顔を赤らめる獣人の子供は頻りに母親の手を引き、雑踏が奏でる足音も心なし弾んで聞こえる。空の陽光は今日という日を祝うように明るく眩しい。

 

 今や東のメインストリートは祭り一色に染まっていた。

 

「リューさんは人気ですね」

 

「そう、でしょうか…」

 

 メインストリートを進む中、ここまで来る間に数えただけでも8回は都市の市民の人達に話しかけられた(リューさんが)。

 やはり正義の眷族なだけあって、今日までオラリオの平穏を守ってきたリューさん達への民衆からの支持は、僕が思っていた以上に高かった。

 

 色んな方に呼び止められ、その度にリューさんは拙いながらに言葉を尽くして感謝を伝え、僕はそんなリューさんの献身が、こうやって都市の民衆から支持される由縁なのだろうと勝手に納得していた。

 

「私なんかより、アリーゼの方がこういうのは向いている」

 

「でも、感謝されるのは気持ちが良いでしょう? どれだけ無償の正義を謳っても、感謝されなかったらやっぱり苦しいじゃないですか」

 

「…そうですね。 フフ、貴方は不思議な人だ」

 

「…ん? 何処かですか?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 そうリューさんは言葉を濁して足を進める。そんなリューさんのあとを追うように僕も小走り駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 メインストリートを進む人の流れは都市の東端にある巨大な闘技場施設まで続いている。怪物祭を見物に向かうそんな群衆を、銀色の双眸が一つ高い位置から見下ろしていた。

 

 大通りに面する喫茶店、その二階。

 

 内装は木目調で温かい雰囲気がある店内で、彼女は通りを一望できる窓際の席に一人でいた。その顔を、いやその白皙の肌を極力人目に晒さないよう、長い紺色のローブを羽織っている。

 

 が、布一枚で彼女の『美』を抑え込むのは到底無理な話であった。

 

 証拠に、フードを深く被り顔を隠しているにもかかわらず、店内の視線という視線が彼女のもとに集まっている。ほっそりとした指がテーブルの上のカップをなぞる度、流麗な線を描く顎がフードから僅かに覗く度、周囲の反応が一々揺らめく。彼女に見とれ時を止めている者も少なくない。

 

 何をするわけでもなくその場にいる者達を魅了してしまった『美の神』、フレイヤは、視線を窓の外に置き続け静かに時を過ごしていた。

 

「……」

 

 通りを埋めつくす沢山の下界の者……多くの子供達。

 

 ヒューマン、獣人、ドワーフ、エルフ。色とりどりの異種族の波には、市民に紛れて冒険者と思われる者の姿もちらほらと見られる。

 

 フレイヤがその顔を一つ一つ確認するかのように彼等を眺めていると、ギシリと。

 

 木張りの床が軋む音とともに、こちらに近付いてくる複数の気配があった。

 

 彼女は俯瞰するのを中断し、待ち人の姿を瞳に映す。

 

「よぉー、待たせたか?」

 

「いえ、少し前に来たばかり」

 

 手を上げ気軽に声をかけてきた神物に、フレイヤはフードの下で浅く笑った。

 

 ヘファイストスのような鮮烈な紅髪とはまた異なった、淡色の朱髪。黄昏時を連想させる髪を後ろで結わえる彼女はくたびれたシャツとパンツという服装で、どこかだらしない男のような印象を見る者に感じさせる。

 

 漏れかける欠伸を嚙み殺しつつ、涙目のまま、ロキはにへっと笑みを作った。

 

「なぁ、うちまだ朝飯食ってないんや。ここで頼んでもええ?」

 

「お好きなように」

 

 椅子を引き寄せながらずけずけとそんなことを言うロキに、フレイヤは微笑を浮かべたまま気にした素振りも見せない。彼女達の間にあるのは、まるで互いのことを知りつくしたかのような旧知の仲を感じさせる空気だった。

 

「宴の後、随分と寝込んでいたそうじゃない。一人で自棄酒して、酔い潰れて。ふふ、ヘスティアもやるわね?」

 

「オイ、腐れおっぱい。お前はそういうことどっから聞きつけてくるんや」

 

「貴方の可愛い団員達が騒いでいたそうよ? なんでも気に入らない神が多過ぎて…それでイライラして、それから──」

 

「かーっ、あのヤンチャどもめ、やってくれるわぁ」

 

 フレイヤを呼び出したのはロキで、待ち合わせ場所をこの店に指定したのも彼女だ。

 

『神の宴』から日が経った今になってこうして集まっているのは、つまりそういう理由だった。

 

「ところで、いつになったらその子を紹介してくれるのかしら?」

 

「なんや、紹介がいるんか」

 

「一応、彼女と私は初対面よ」

 

 フレイヤのもとにやって来たのは、ロキを除けばもう一人。

 

 鞘に収めた剣を携え、ロキを護衛するかのような位置で立っているのは、美の神と称されるフレイヤもふと目を細めたくなってしまいそうな、美しい金髪金眼の少女だった。

 

「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ? アイズ、こんなやつでも神やから、挨拶だけはしときぃ」

 

「……初めまして」

 

 剣姫、とフレイヤは唇の奥でその名を呟きながら、目の前の少女を見つめる。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。神達の間でも殊更話題に上がる【ロキ・ファミリア】切っての女剣士。その名と武勇をオラリオも超えて世界に轟き渡らせる彼女の説明は、確かに今更不要のものだ。

 

 その可憐な相貌は、冒険者などという危険な職種と本来ならばかけ離れている。何も知らない者が彼女を前にすれば、間違っても数え切れないモンスターの亡骸を踏み付けてきたなどと思いもしないだろう。

 

 顔の線の細さが際立つヒューマンの少女は、「座ってもええよ」と促され、素直にロキの隣へ腰を下ろす。

 

「可愛いわね。それに……ええ、ロキがこの子に惚れ込む理由、よくわかった」

 

 金の瞳がフレイヤの銀の瞳と絡み合う。アイズは感情の薄い表情を崩すことなく、ぺこりと丁寧にお辞儀をした。

 

 通り名とは似ても似つかない少女の様子に、フレイヤは思わず微笑みを浮かべる。

 

「どうしてここに【剣姫】を連れてきたのか聞いても?」

 

「ぬふふっ……! そらお前、せっかくのフィリア祭や、この後しっかりきっちりアイズたんとラブラブデートを堪能するんじゃあ!」

 

 下卑た笑みを浮かべ吠えるロキ。

 

「んまあ今回はなかったけど、『遠征』の後は度に毎度毎度ダンジョンに潜っとるからな、このお姫様は!」

 

「……」

 

「誰かが気を抜いてやらんと一生休みもせん」とロキは隣に手を伸ばし、少女の頭をぽんぽんと叩く。アイズは非を認めるかのように少しだけ視線を下げて、彼女になされるがままだった。

 

 その細い朱の瞳に宿る温かな色を見て、本当に変わったと、天界でのロキの破天荒っぷりを知るフレイヤはそう思った。

 

「それじゃあ、こんなところに呼び出した理由をそろそろ教えてくれない?」

 

「んぅ、ちょい久々に駄弁ろうと思ってなぁ」

 

「噓ばっかり」

 

 フードの作る暗がりの中から薄く笑うフレイヤに、ロキもそれまでのふざけた態度を翻し、ニッと不敵に笑う。それまであった両者の空気ががらっと一変した。

 

 運悪く注文を取りにきてしまった店の従業員は、二柱の神が形成する圧力感──静かなド迫力に思わず頰を痙攣させ、まるで金縛りに遭ったかのように立ちつくす。

 アイズはというと顔色を変えず、邪魔にならないよう真横から静観していた。

 

「率直に聞く。何やらかす気や」

 

「何を言っているのかしら、ロキ?」

 

「とぼけんな、阿呆ぅ」

 

 動けないでいる男の従業員にフレイヤが優しげに微笑むと、彼は目をはっと見開いて、間を置かず熱病に侵されたかのように赭面。次には背を向けてその場から猛退散する。

 

 側に誰もいなくなり視線を戻すと、ロキはその細い目を猛禽類のように鋭く構えていた。

 

「最近動き過ぎやろう、自分。興味ないとかほざいておった『宴』に急に顔を出すわ、さっきの口振りからして情報収集には余念がないわ……今度はなに企んどる」

 

「企むだなんて、そんな人聞きの悪いこと言わないで?」

 

「じゃかあしい」

 

『お前が妙な真似をすると碌なことが起きない』──ロキは言葉の端々とその双眸から言外にそう告げてくる。こちらに面倒が及ぶようなら叩き潰すぞと、朱色の瞳は己の意向を明確にしていた。

 

 視線の応酬が続いた。蛇をも射殺すかのようなロキの眼差しを、フレイヤは微笑みながら真っ向から受け止める。目に見えない剣呑な神威が発散され、気が付けば、店内はいつの間にかフレイヤ達の貸し切り状態になっていた。

 

 アイズが見守る中、永劫続くかと思われたそんな無言のやり取りであったが。

 

 おもむろに、ロキは脱力。

 

 それまでの雰囲気を霧散させ、確信した口調で声を打つ。

 

「男か」

 

「……」

 

 女神は答えない。ただフードの奥で微笑を湛えるのみ。

 

 だがロキはその笑みを肯定と取ったようだった。

 

 呆れたように長く大きな溜息をつく。

 

「はぁ……つまりどこぞの【ファミリア】の子供を気に入ったちゅう、そういうわけか」

 

 フレイヤの多情……いわゆる男癖の悪さは、神々の中では周知の事実だった。

 気に入った異性──もっぱら下界の子供達──を見つければすぐにでもアプローチを行い、その類ない『美』を用いて自分のモノとする。魔性とも言えるその美にかかり彼女の虜となった者は数知れない。

 フレイヤが今回目をつけたのは、恐らく他【ファミリア】の構成員。

 

『神の宴』に足を運んだのは、その子供の所属【ファミリア】を突き止めるため。

 

 当然のことだが、既に他神と契約している子供に手を出そうものなら──奪い取ろうものなら──間違いなく諍いが起きる。もし喧嘩を売ってしまった【ファミリア】の勢力が強大だった場合、フレイヤは小さくない損害を被って泣きを見ることになるだろう。そこで迂闊な真似は避け、まずは情報収集に走った。ロキはそう推理したのだ。

 

 フレイヤはロキの言葉を否定しようとはしなかった。

 

「ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって、誰だろうがお構いなしか」

 

「あら、心外ね。分別くらいあるわ」

 

「抜かせ、男神(アホ)どもも誑かしとるくせに」

 

「彼等と繫がっておけば色々便利だもの。何かと融通が利くわ」

 

 かっ、とロキは喉を鳴らす。悪趣味(まじょ)めと遠慮なく吐き捨ててくる彼女に対し、フレイヤは本当に、ほんの少しだけ、その細い肩をすくめてみせた。

 

 問い質すことはもうないのか、ロキはぎしっと音を立てて椅子の背もたれに体重をかける。

 

 手持ち無沙汰のように頭の後ろへ両手を回し、軽く仰け反った。フレイヤもまた冷めたカップを手に取り唇へと傾け、一問答が去ったその空間に身を委ねる。

 

 彼女達のすぐ横では快晴の空が広がっていた。大通りの喧騒が耳朶を叩いてくる。

 

 開いている窓から柔らかな風が入り、ふわりとフレイヤのローブを撫でていった。

 

「で?」

 

「……?」

 

「どんなヤツや、今度自分の目にとまった子供ってのは? いつ見つけた?」

 

 教えろ、とロキは口端を吊り上げる。

 それくらい言えと要求してくる彼女は神特有の野次馬根性を全開にしていた。

 言わなければ帰さない、とその興味津々な目から伝わってくる。

 

「……」

 

「そっちのせいでうちは余計な気を使わされたんや、聞く権利くらいあるやろ」

 

 強引な理由を振りかざすロキに、フレイヤは顔を左手、窓側に向けた。

 メインストリートを行く大勢の子供達を眼下に置く。あたかも過ぎ去ったいつかの光景を思い出すかのように、フードの奥の銀瞳が遠い目をした。

 

「とても強い、私や貴方の【ファミリア】の子と比べても。オッタルも認めてたわ」

 

 とても楽しそうに、唇から言葉が溢れる。

 

「何より、綺麗だった。透明で、真っ白で、でも周りには一つ…精霊かしら?そんな繋がりのような物があったわ」

 

 だから目を奪われた、見惚れてしまった、と。

 何人も気付けないほどの、ほんのかすかな熱をソプラノの声が帯びる。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ」

 

 当時の情景に思いを巡らせながらフレイヤは言葉を連ねる。その相手との出会いを再現するかのように、窓の外の光景を見下ろした。

 

「あの時も、こんな風に……」

 

 日の光が霞む早朝、西のメインストリート。

 通りの向こうから、あの少年は金髪の正義のエルフと共にこちらにやって来た。

 

「───」

 

 フレイヤの動きが止まった。

 

 その後、フレイアはムッとした顔になるが、その相手が彼女であると知るとすぐに表情を柔らかくする。

 すると、少年が一瞬だけこちらを一瞥する。何かを確かめるように、一瞬だけだったか、アレは凄まじい、まるで自分と同じように魂(うちがわ)が視えるかのような…そんな視線。

 

 やがて、その銀の視線が、冒険者の防具を纏った『白い髪の少年』だけに釘付けにされる。

 ひしめく人の群れを縫って時には減速しながら、時には足を止めながら、金髪のエルフと共に先へと駆けていく。

 

 その足が向かう先は闘技場、怪物祭(モンスターフィリア)。周囲の流れに同伴するように少年は円形の巨大施設に進路を取る。

 

 徐々に遠のいていくその背中を見つめるフレイヤは、ゆっくりと、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

 

「はぁっ?」

 

「また今度会いましょう」

 

 ぽかんとするロキを置いてフレイヤは席を立った。

 

 ローブでしっかりと全身を覆い隠し、店内を後にする。

 

 その場にはロキとアイズだけが残された。

 

「何や、アイツ。いきなり立ち上がって」

 

 怪訝そうな顔を浮かべ、ロキはフレイヤが消えた階段をしばし眺める。

 と、そこで「ん?」とロキは小首を傾げた。

 自分の真隣、窓際から一つ距離を離した位置から、アイズが外の方角をじっと見つめている。

 

「アイズ、どうした? 何かあったん?」

 

「……いえ」

 

 何も、と続く言葉とは裏腹に、アイズは外を見続けた。

 彼女の金の瞳は、奇しくも女神の銀の瞳と同じように、見覚えのある白い髪を追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これ」

 

「おおぉ……!?」

 

 作業衣姿のヘファイストスから手渡された大型のケースに、ヘスティアは感嘆の息を漏らす。目の下に盛大な隈を作りながらも、彼女の顔は今にも輝かんばかりだった。

 

「ご要望には応えられたかしら?」

 

「うんうんっ、十分十分っ! 文句なんてあるわけないない!」

 

 ぱかっ、と大きな蓋を開けてヘスティアは箱の中身を凝視する。

 漆黒の鞘に収められた、漆黒の柄を持つ片刃の長剣。

 上から下まで黒ずくめで、一見簡素な作りのこの武器は、ヘスティアも及ばずながら力添えして完成した、ヘファイストス入魂の作だ。

 約一日かけて作り上げられたベルの武器に、ヘスティアはこれまでにない満ち足りた表情を浮かべた。

 

「あっ、そうだ、この武器の名前なんてつけるんだいヘファイストス!? 何だったらボクがつけていいかなぁ! そうだね、ボクとベル君の愛の結晶ってことで『ラブ・ソード』とか!!」

 

「やめてっ、駄作臭ぷんぷんじゃないのッ。……でも、そうね、コレは神の武器としか形容しようがないし……」

 

『神の剣杖(ヘスティア・ソード)』ってところかしらねとヘファイストスは零す。

 杖としての性質はあまり表には出ていないので、この名前が妥当だろう、とも同時にヘファイストスは思う。

 

 新米冒険者に持たせるにはあまりにも余るものだが、その少年の夢が『最後の英雄』というのであれば話は別だろう。ならこの武器ですら御せない程度では到底英雄には至れない…と挑戦的笑みを浮かべてヘファイストスは出来上がった黒剣を見定める。

 

 いやー照れるなナァ、と終始ご満悦なヘスティアは頭に手をやってにやける。頭の両サイドで結わえられた長いツインテールが、彼女のご機嫌を示すように波打っていった。

 

「言っておくけど、借金(ローン)、踏み倒すんじゃないわよ」

 

「わかってるっわかってる!」

 

 アップしてまとめてあった髪を解きながら釘を刺してくるヘファイストスに、浮かれているヘスティアは笑顔で頷くだけだ。

 

 親友が溜息をつく横で、彼女は早速この場を出ていく準備を始める。

 

「もう行くの?」

 

「ああ、悪いけど!」

 

 居ても立ってもいられないという風にヘスティアは素早く動き、部屋の扉へと直行した。

 

「ヘスティア、あんた少しは休みなさいよー!」

 

 声を背中で聞き、振り向かずにぱたぱたと手を振る。

 

 工房の隣に設けられた小部屋から出たヘスティアは、そのままヘファイストスの店を後にした。

 

「(あぁ、早くコレをベル君に渡してあげたいなあ!)」

 

 あの子はどんな顔をしてくれるだろう、と今から考えるだけで幸せな気分になる。

 

 手放しで喜んでくれるだろうか、尊敬の眼差しで見つめてくるだろうか、それとも感極まって抱きついてくるだろうか。…いやそれはない。

 

 自分に都合のいい場面をいくつも妄想しつつも最後だけはあり得ないと切り捨てながら、ヘスティアはだらしなくも妄想に耽っていた。 路上の真ん中で勝手に身悶えしながら、えへへなんて表情も緩ませてだ。

 

 それから少し冷静になったヘスティアは、北西のメインストリートを進みつつ、無難にホームでベルの帰りを待っているべきかと思案する。

 プレゼントを一刻も早く渡してやりたいのは山々だが、ベルがどこにいるのかわからないからだ。

 

 この時間帯なら、恐らくダンジョンにもぐっているのだろうが……。

 

「ん? ……ははぁん、なるほど」

 

 うーんと考えをまとめていたヘスティアだったが、とある店頭に貼り出されていた紙チラシを見て、誰に見せるわけでもなくニヤリと口端を上げ、したり顔を作った。

 

 チラシには、今日開催される『怪物祭(モンスターフィリア)』の日程とプログラムが記載されている。

 

「(今日は年一度のフィリア祭……都市に来たばかりのあの子がこの祭りのことを知ったら、俄然興味を引かれて足を運ぼうとする筈……! …だよね? 幾らベル君でも流石にお祭りくらいは興味あるよね?)」

 

 流石の戦闘狂(バトルジャンキー)かつ迷宮(ダンジョン)中毒者なベルでも一応男の子。お祭りくらいは興味あるよね? なんていう一抹の不安を抱えながらヘスティアはチラシを睨見つける。

 

 ベル君…居れば良いんだけど…。 とヘスティアは情けない声を上げながら祭へと赴くことに決めた。

 

 目指すは、東のメインストリート。

 

「へーい、タクシー!」

 

 その小柄な体と小さな手を一杯に伸ばして、通りを進んでいた流しの馬車を呼び止める。

 

 まだ年若い青年が操る馬車はちょうどヘスティアの正面で止まった。彼女は車両に乗り込むと「東のメインストリートまでお願いするよ!」と行き先を告げる。

 

「へへっ、承りました。やっぱりお目当ては怪物祭(モンスターフィリア)ですか、女神様?」

 

「ああ、まぁね!」

 

 パチン、と軽い鞭の音が鳴り馬車は動き出す。石畳の上を回る車輪の音とともにやや強めな上下の振動が、座席に腰掛けたヘスティアを包み込んだ。

 

 迷宮都市(オラリオ)は広い。世界中から集う多くの冒険者や【ファミリア】を受け入れるだけあって、その総面積は諸都市と比べても群を抜いている。そんな広過ぎる都市の中で徒歩の代替として馬車のような移動手段が盛んになるのは自然な流れであり、今日では、人や荷物の移送を商売とする馬車輸送がそこかしこで見受けられるようになっている。

 

 ちなみに、馬車を呼び止める『タクシー』という言葉は気まぐれな神達がいつの頃からか用いるようになり、そのまま定着してしまっていた。

 

「なるべく早く向かいたいんだ。今日はどこも賑わってるけど、急げるかい?」

 

「なぁに、女神様のお願いを断れるわけないですよ、っと!」

 

 ヘスティアの注文に青年は快く応え、素早く、器用に馬車を操った。

 

 人ごみでごった返す大通りのルートは避けて何本もの小街路を経由する。時には馬車幅すれすれの際どい道も通って東のメインストリートを目指した。

 

 ベルと三つも離れていないだろうヒューマンの青年と陽気に会話を続けながら、ヘスティアは祭りの雰囲気によって活気づく街並みに目を楽しませる。

 

「あちゃあ~。すいません女神様、ここからはもう進めないみたいです」

 

「あらら」

 

 順調に進んでいた馬車が動きを止める。東のメインストリートを目前にしたところで一気に人の密度が増し、表通りには馬車の通れる隙間は無くなってしまっていた。

 

 頭を押さえる青年の背後で、ここまで来れば大丈夫かとヘスティアは考え、馬車を降りる準備をする。

 

「いいよ運転手君、十分さ。ここからは歩いて行くよ」

 

「本当にすいません。ちょっと暗いですけど、そこの裏道を使えばメインストリートには楽に辿り着けると思うんで」

 

「ありがとう。で、お代はいくらだい?」

 

「90ヴァリスになります」

 

 ヘスティアは取り出した巾着袋を引っくり返し、全てのお金を景気良く青年に手渡した。

 

「ふふん、お釣りはいらないぜ。残りは君へのチップだ!」

 

「いえ、あの、お代ピッタリなんですけど……」

 

 青年の言葉を聞く前に機嫌良く駆け出したヘスティアは裏道へと入る。もの悲しそうな視線が己の後頭部を見つめているとは露にも思わず、その場を後にした。

 

 裏道は細く薄暗い。だが表の通りと比べれば人気は全くなく、青年が口にしたようにスムーズに進めた。片刃の長剣が入っているケースを大事に抱えながら、ヘスティアはテッテッと走っていく。

 

 自分以外の人影が裏道に現れたのは、それから間もなくだった。

 

「あれ、もしかして、フレイヤかい?」

 

「……ヘスティア?」

 

 二本の通りが交差する箇所でヘスティアとは別の方角からやって来たのは、紺色のローブで全身を隠した女性だった。フードから覗く美しい銀髪と見覚えのあるたたずまいから、ヘスティアは今も見上げている神物に当たりをつける。

 

「君も怪物祭(モンスターフィリア)を見にきたのかい? こんな道を通るなんて、随分と急いでいるようじゃないか」

 

「……ええ。人通りが激しいところは堂々と出歩けないから、こうして人目を忍びながら先を急いでいるの」

 

「あー、『美の神』も大変だねぇ」

 

 美の化身とも言える彼女が表通りを闊歩すればそれだけで周囲は大混乱だ。自分のように馬車も使えなくては、こうしてこそこそ隠れるような真似をして目的地を目指すしか方法はないのだろう。

 

 フードの下で微笑するフレイヤに、ヘスティアはうんうんと頷く。

 

「あっ、そうだ。フレイヤ、ボクの【ファミリア】の子を見なかったかい? 今探しているところなんだ」

 

「……」

 

「白い髪に赤色の目をしたヒューマンで……そうそう、こう、兎っぽい!」

 

 手を振りながら嬉々とベルのことを説明するヘスティアに対し、フレイヤは一時の間笑みを消し、黙る。

 

 だがすぐに再び微笑みを浮かべ、自分が辿ってきた道を示した。

 

「そういえば見かけたような気がするわ。この先の東の大通りで。一緒に居たのは…確かアストレアの所の【疾風】だったかしら?」

 

「本当かい!?」

 

「ええ。真っ直ぐ闘技場を目指していたようだから、この道を左に曲がれば、上手く先回りできるんじゃないかしら」

 

 喜色満面になるヘスティアは笑顔で「ありがとう!」と伝え、彼女の言葉を鵜呑みにする。

 クスリと一笑し別の道へ消えようとするフレイヤと別れ、それぞれの道を進んだ。

 

 やがてしばらく道なりに従って行くと、通りの奥から温かな日の光が届き始める。

 

 そこからは早い。ヘスティアは裏道の出口を一気に抜け、東のメインストリートに飛び出した。

 彼女を待っていたのは、枚挙に暇がない人の群れと。

 そんな人並みの中を緑のケープを纏ったエルフと共に歩く、ベルの姿だった。

 

「おーいっ、ベールくーんっ!」

 

 

 


 

 

 

「此処に居られましたか、我が主よ」

 

「…なんだ、ヴィトーか。オリヴァスに伝えろ、『騒ぎを起こせ』と。…実行日は、そうだなぁ、『怪物祭(モンスターフィリア)』」

 

「ッ?! 遂にッ、遂に成せるのですね!我らの『絶対悪』を」

 

「おいおい、あんまり興奮すんなよ。遠足前の子供か?お前は。それに、あの食人花(ヴィオラス)の強さも知りたいだろうしな。それとなく30体くらい暴れさせとけ」

 

「…これは失敬。 では、そのようにオリヴァスに伝えておきます」

 

「あぁ、頼むぜ。ヴィトー」

 

 地下水路でもなく、だが地上でもないその暗い迷宮の底で、その邪神は高らかに笑いながらも、自身の唯一の眷族にそう告げる。

 

 そのお告げに眷族は歓喜し、思わず鼻血を垂らしながらも主たる主神の命に従い、その迷宮の奥へと歩みを進める。

 

 

「…安心しろベル。お前の偉業(しれん)は俺が作る、後は神友(ヘルメス)が上手い感じに計画(シナリオ)を作ってくれるさ」

 

 これは自身の事を『エレン』と名乗る神と、未だ胎動していない『未完の英雄』であるベルが邂逅を果たした2日後の出来事である。





 さり気なくベルと逢瀬をするリューさん、卑しすぎる。

 原作22巻では一体ナニが起こるのか。取り敢えずベル君はさっさとランクアップしてもろて、アイズとエネルギー吸収で強化されんのかな?だったらまだまだアイズはベルの憧憬であり続けられそうだけど。
 ベル君のランクアップ時の発展アビリティは『覇光』か『覇撃』かな?個人的にはアルフィアやザルド、レオンが『斬光/残光』を撃ててオッタルが撃てないのはこれの有無だと思ってるけど、オッタルもランクアップで発現するかな?レオンはどうだろう、やっぱりドワーフらしく『堅守』とか?かな。個人的にはベルには『聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)』の名前の一つでもある『英斬』っていうところから斬撃をもじって『覇斬』っていうのもありそうですねぇ。


 お気に入り登録やコメントをしてくれるとモチベに繋がるので是非お願いします!評価もしてくれると嬉しいです、コメントでのアドバイスも待っています!
 それでは次回まで楽しみに待っていて下さい!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。