最強と最恐の系譜は雷霆の申し子です   作:道化の作家

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第十二話 何、シルバーバック? あぁそんなのも居たねぇ、瞬殺したけど。byベル・クラネル

 

 

 今、確かに。

 何かが、耳に引っかかった。

 まだ冷め切らない祭りのざわめきとは別の、何か切迫じみた、鋭い声が。

 

「……悲鳴?」

 

 その呟きが口からこぼれ落ちた瞬間。

 次には、大音声が響き渡った。

 

「モ、モンスターだぁああああああああああああっ!?」

 

 凍り付いたかのように、平和な喧騒に満ちていた大通りは一瞬言葉を無くす。

 石畳を激しく突き破る音と、()()()の花のようなモンスター達が都市の中へと湧き出る様を。

 

「来ましたか…」

 

 そう、リューさんは零した。

 僕は腰に差していた短剣を抜き放ち、そしてその極彩色のモンスターへと斬り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターは、シルバーバックは興奮していた。

 

 猛る息を吐き、全身の筋肉を躍動させる。長く伸びる銀の頭髪が風によって大きくなびく中、何かに取りつかれたように前進を繰り返した。

 

 彼は探していた、『女神』を。

 

 脳裏を過ぎるのは、きらめく銀髪を翻して部屋の外へ消えていった彼女の後ろ姿。身も心も完全に『魅了』されたシルバーバックは、これまで抱くことのなかった抑制不可能な衝動に翻弄され、見えない鎖に引かれるように彼女の後を追っていた。

 

 彼女の愛を!

 

 女神の寵愛を!

 

 どこまでも純然かつ純粋な本能がモンスターを行動させる。

 

 そこに獣の性が介する余地はない。それは確かに神へと願い乞う『求愛』だった。

 

『ガァアアアアアアアッ!』

 

「ひぃっ!?」

 

 街路の中央を進んでいた荷車を突撃さながら蹴散らす。

 

 間一髪被害を逃れた馬の嘶き声が響き、慌てて宙へ飛んだ御者が地面に転がり落ちた。引っくり返った荷車はカラカラと虚しく車輪を回す。

 

 頼りにしていた女神の残り香は既にあやふやだった。正気を半ば失っていたことで道を誤ったのか、甘い芳香の残滓は完全に途切れてしまっている。

 

 シルバーバックは頭をぶるりと振り、その場で一度停止した。ふぅ、ふぅ、という己の呼吸を聞きながら周囲を四顧する。

 

 大勢の人がいた。腰を抜かす者、呆然とする者、口を両手で塞ぎ蒼白になる者。ちょうどシルバーバックを中心にして大きな円ができあがっている。

 

 そして、シルバーバックが自分を取り囲む人々を見回し終えようとした、その時だった。

 

 びたりと、視線がある場所で止まったのは。

 シルバーバックは血走った両眼で『彼女』を見た。

 啞然とした表情で自身を見る、黒髪の小さな少女。

 周囲の者とは明らかに異なる特別な存在。

 それはきっと何物よりも崇高な存在。

 追い求める『女神』と、本質を等しくする存在。

 思い起こされる。

 

『──小さな女神を追いかけて?』

 

 最後に耳元で囁かれた、『彼女』の言葉が。

 

 ──見ツケタ。

 

 瞳を見開く少女に向かって、彼は一歩、大きく踏み込んだ。

 

 そして。

 その瞬間、眩い『雷光』と『雷霆』が自身の魔石(じゃくてん)を貫き、気付けばシルバーバックは灰へと還っていた。

 

「ごめんね」

 

 最後、そう淡々と告げる言葉に感情はなく、恐ろしいまでの無機質な声がシルバーバックの耳に残り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガネーシャ様、ガネーシャ様っ! 大変です、一大事です!?」

 

 熱い日の光がそそぐ闘技場の一角にて、動きがあった。

 

 怪物祭(モンスターフィリア)は今も続行されている。長い首を振り回す小竜の背に調教師(テイマー)がロデオのように飛び乗る中、人々の興奮は最高潮に達しようとしていた。

 

「──何を隠そう、俺がガネーシャだ!」

 

「いや知ってますよ!? 今更自己紹介とかいりませんから!?」

 

 闘技場最上部の観覧席。

 アリーナ全体を一望できる位置で祭りを見守っていたガネーシャは、駆け込んできた構成員の姿を見て、その象の仮面を自慢するように変なポーズを決めた。

 

 奇行が目立つ己の主神に内心半べそをかきながら、構成員は緊急の内容を報告する。

 

「捕えていたモンスターが脱走しました! 檻が空になってます!?」

 

「……えっ、それは不味いだろう?」

 

「だから言ってるじゃないですか!?」

 

 ぴたりと動きを止めたガネーシャに構成員は唾を飛ばし、事態は急を要するとまくし立てた。

 地下室の見張りが何者かによって再起不能にされていたこと、ギルドにも被害は及んでいること、以上のことから外部犯がこの騒動を招いたと考えられること。

 

 神妙な顔(アホ面)で耳を傾けていたガネーシャは、話が終わると同時に低い声音で尋ねた。

 

「脱走した、いや放たれたモンスターの数は何匹だ?」

 

「きゅ、九匹です。中には、腕利きの冒険者でも手に負えないモンスターも……」

 

 鷹揚に構えるガネーシャは動じることなく、ふむ、と被っている象の仮面を揺らす。

 

 中央フィールドでは甲高い声が鳴り渡った。小竜と間近で正対する調教師(テイマー)が止まれと言うように手の平を相手の眼前に広げている。モンスターは低く喉を鳴らした後、恭順するように頭を地に垂れ、舌を伸ばし調教師の手を舐めた。

 

 わっっ、と歓声が割れる。竜を従え観客席へと手を高々と上げる麗しの調教師に、観衆は惜しみない拍手と歓呼の声を送った。

 

「よし、大至急モンスター達を追わせろ! それと他の【ファミリア】とも連携を取る! この場に来ている神に協力を要請してこい!」

 

「ま、待ってください!? 成り行きはどうであれモンスターを逃がしたのは私達の失態ですっ、他勢力の手を借りてはこちらの面目はもとより、相手に付けこまれる隙を……」

 

「俺は、【群衆の主(ガネーシャ)】だ! 庇護すべき市民を傷付けさせてなるものか! 我等の至福は子供達の笑顔、地位と名誉など捨て置け!」

 

「は、はいっ!? 申し訳ありません!」

 

「祭りはこのまま続ける! 今闘技場にいる観衆は外に出すな、モンスターが脱走したことを悟られてもいかん! 混乱を招くような真似はしてくれるなよ!」

 

「わ、わかりました。それと、モンスターを放した犯人の捜索は……」

 

「いい、構うな。捕えていたモンスターを全て放さなかったことから、悪戯に被害を広めるつもりはそやつにもないのだろう。他に狙いがあると見た。陽動か、撹乱か……癪だが相手の思惑に乗ってやる。我々は市民の安全を最・優・先!」

 

 行け! とガネーシャの号令を受け構成員は飛び出していく。

 

 モンスターの集団脱走が確認されてから僅か五分、神による采配から【ガネーシャ・ファミリア】は迅速な対応に乗り出していた。

 

「モンスターが、逃げた!?」

 

 ガネーシャが異変を察知していたその頃。

 

 闘技場正門付近で待機していたエイナ達にもその情報は回ってきていた。

 

「う、うんっ、闘技場から抜け出したところを西部班が見たんだって。【ガネーシャ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】も慌てて動き回ってるって……どうしよぉ、エイナぁ~っ。弟君も【疾風】と一緒に言っちゃったしさぁ〜」

 

 一瞬愕然とするもすぐに意識を切り換えたエイナは、その柳眉をきっと上向きにする。

 先程のシルバーバックとの一戦を、ベルは一度ヘスティアに【ステイタス】更新を行い、蹂躙した。

 次々に襲いかかるモンスター達を、ベルは倒し続けているという事実に、エイナも頬をパンッと叩いて気を引き締めた。

 

 毅然とした面差しで、今にも泣き出しそうな目の前の友人に声を発した。

 

「どこでもいい、手当たり次第近辺にいる【ファミリア】に連絡を取って! 冒険者達にも!」

 

「そ、そんな勝手なことしちゃってもいいの? 後で上に何て言われるか……」

 

 今この場にいるギルド職員はエイナも含めて下部構成員のみしかいない。西ゲートでトラブルがあった際に、人員補充のため班長を含めた上役がそちらに向かったからだ。

 

 周囲の同僚達もみな、独断行動に対する不安を隠せていなかった。

 

 「誰かが傷付くよりずっといい! それに神ガネーシャも人命の優先には理解がある、他【ファミリア】に救援を求めても反対しない筈! 何かあってからじゃ、遅いよ!」

 

「そ、そうだよね、取り返しのつかないことになったら、やだもんね」

 

 市民を喜ばせるため、怪物祭の運営にも積極的に協力していたガネーシャの性格を引き合いに出しながらエイナは説得を進める。

 

 彼女の真摯な想いも功を奏したのか、他のギルド職員達も互いの顔を見合ってからエイナに賛成の意を示した。すぐに彼等は役割と分担を話し合い始める。

 

「……すいません。何か、あったんですか?」

 

 と、不意に。

 身を寄せ合うエイナ達へかかる声があった。

 声の主の方に目をやった瞬間、誰もが動きを止める。

 

「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン……」

 

 同僚の呆然とした声を聞きながら、エイナも驚愕の眼差しでその少女を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、いかん、もう始まっとる!」

 

 闘技場から響いてくる歓声に、ロキが慌てたように叫んだ。

 

「この道で、大丈夫なんですか?」

 

「おう、ばっちしや! 大通り経由するより断然近道やで!」

 

 つい時間を忘れ、屋台めぐりに──アイズはアイズで武器屋の武器に見入っていた──のめり込み過ぎたのが失敗だった。 と、ロキは大声で叫ぶ。

 

 肝心な怪物祭の開演時間を大きく逃してしまったアイズ達は、今は駆け足で先を急ぐ羽目になっている。

 

 ロキの土地勘頼りに進む路地裏は細く狭く人気が全くない。周囲を建物に囲まれ日が届かない裏道には、今は発光せず眠っている魔石灯が壁のあちこちに設けられていた。

 

 視界の奥で徐々に頭を覗かせる闘技場施設を、アイズとロキは目指していく。

 

「……?」

 

 途中、アイズは怪訝そうな顔をした。

 

 耳が一瞬捉えた獣の遠吠えらしき響き。

 

 闘技場で調教師(テイマー)と戦うモンスターの雄叫びが風に乗ってきたのか、と納得しようとするとも、腑に落ちない表情を浮かべてしまう。

 

 そうこう違和感を覚えている内に、アイズ達は細い道を抜け、闘技場がそびえ立つ広場に辿り着いた。

 

「あかん、走り疲れた……うぅん? なんや、この空気」

 

 ロキが息を切らす中、闘技場周辺の雰囲気は張り詰めていた。

 

 祭りの環境整備のため配置されているギルド職員の動きは不安をかき立てるほどに騒がしく、慌ただしい。今も歓声が絶えず打ち上がっている闘技場とは真逆に動揺と混乱が伝播している。

 

 何より【ガネーシャ・ファミリア】の団員達が武器を携え広場から散っていく光景は、もはや異変が起きたと判断するに十分過ぎる材料だった。

 

 アイズはロキを見て頷きをもらうと、闘技場の南側、正門付近に足を運んだ。輪になっている少人数のギルド職員達を見つけ、アイズは彼等に情報を求める。

 

「……すいません。何かあったんですか?」

 

 弾かれるように振り返ったギルド職員達は、こちらを見るなり目を見開いた。

 

「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン……」

 

 彼等は呆然とした後、飛び付くように男性職員の一人がアイズに近寄り、早口で現在の状況を説明してきた。

 

 聞くに、闘技場からモンスターが大量に逃げ出したらしい。

 

「ですが、それらはもう鎮圧されました」

 

 そう、ギルド職員は言いながら指をさす。

 その方向をロキとアイズも追い、そしてその先にいる先程見た白髪の少年と金髪のエルフの女性がいた。

 

「あのお二人が破竹の勢いでモンスターを蹴散らして仕舞われて…」

 

「なら、何の問題もないっちゅうことか?」

 

 そのロキの質問に、ギルド職員は「いえ」と重苦しい雰囲気を纏いながら返す。

 

「北東部ならびに東部周辺に、見たことも聞いたこともない極彩色のモンスターが出現しまして。 その鎮圧が間に合っておらず……」

 

 その言葉に、何より反応したのはアイズだった。アイズは目を見開き、そしてギルド職員から説明を受けた。

 

 曰く、その極彩色のモンスターは花のような形状のモンスターであり、魔力に反応するのだと。

 

「そうか…、それで。その脱走したモンスターどもを蹴散らした子っちゅうのがあの子らかぁ」

 

 そう、ロキはあの二人を値踏みするように見やる。

 やがて「あの子、アストレアんとこのリューちゃんやんけ?!」とマヌケな声を出しながら、「もう一人のほうは知らんなぁ、アイズ知っとる?」とアイズは聞かれ、アイズは今すぐでも会いに行きたい気持ちをグッと抑えて、ロキの質問を肯定する。

 

 すると、目の前から一人の…いや、まだ少女のような容姿をした一柱の神が現れる。

 

「んあ?! ロキィィイ! 君がなんてここにいるだい?!」

 

「んな?!ドチビィ!! うちとアイズたんはデート中だったんや! それをけったいなモンスターどもに邪魔されてなぁ〜」

 

 そう、ロキは不貞腐れながら目の前の幼女神─ヘスティアと言葉を交わす。

 やがて、目の前の神があの白髪の少年の主神であることを知り、アイズはどうにも居た堪れない居心地の悪さを感じながら、こちらに向かってくる少年を前に少し戸惑ってしまっていた。

 

「神様、こっちは片付きました。 神様は早く逃げて欲しいんですけど…、逃げませんよねぇ…」

 

 少年─ベルは呆れた表情と声色でヘスティアに問う。

 右手には漆黒の片刃剣を持っており、刀身には難解な【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれてはいる。武器マニアであるアイズでさえ見たこともないような武器(ソレ)に、一瞬アイズも目を奪われる。

 

 ヘスティアは当たり前だ!と言わんばかりの態度でベルを見やり、やがてベルのほうが折れ、「危険な事はしないで下さいね」と一応念を押しておく。

 

 そして【疾風】─リューと共に他の被害を受けている方へと助力に向かおうと身を翻したところで、アイズがその背中に言葉をぶつける。

 

「ま…待って!」

 

「…?」

 

 アイズの言葉に、ベルは一瞬驚きながらも、ゆっくりと身を翻してアイズと視線を合わせた。

 一瞬の硬直、アイズは内心何を話せばいいのかと逡巡していた。

 

 本当は謝りたかった。あの時、ベートさんの言葉に対して言い返して上げられなかった事を。

 ごめんなさい、とそう言いたかった。

 

 だが。 いざ目の前にした時、言葉が喉をつっかえて出てこなかった。

 

「アイズたん、何か聞きたい事があるんは分かるけどなぁ。今は()()()()や、分かるな?」

 

「…うん」

 

 ロキの言葉に、アイズははっとしながら身を引こうとする。

 今は『有事の際』。モンスターが脱走してしまった事、新種のモンスターが都市に蔓延っている、そんな状況。

 

「それに…、多分やけど闇派閥(イヴィルス)かも知れん。 せやから──」

 

 そう、七年前に大抗争を引き起こし。さらには迷宮(ダンジョン)内で神意を解放して『神獣』を呼び起こし、結局捕らえられなかった闇派閥(イヴィルス)の首魁とその一派。

 

 可能性は大いにある。闇派閥(イヴィルス)が好みそうな事だ。お祭り時に騒ぎを起こし、民衆を恐怖と絶望に貶める。いつものやり口。

 

「…ごめんなさい」

 

 小さくアイズは零し、再度身を翻してこの場を去ろうとする──父と重なる──その背中に、もう一度だけ言葉を投げる。

 

「あのっ! また、会えますか? 言いたい事があって」

 

 その言葉に、少年(ベル)はこちらを一瞥するだけで答えてはくれなかった。

 だが少年は最後に、アイズに向けて僅かに微笑んでいて、アイズはそれを見逃さなかった。

 

 

………

……

 

 

「で? ヴァレン某君はベル君と一体どういう関係なんだい?」

 

 ヘスティアは、アイズに対して諭すように聞く。

 それに対してアイズは気不味そうに、明らかに目をキョロキョロさせながら躊躇っていた。

 

「…それは」

 

(はなし)ぃや、アイズたん。 流石にうちも気になるで」

 

 やがてロキにも退路を断たれ、アイズは申し訳なさそうに言う。

 

 あの少年は、自分達が前回の遠征で17階層で大量出現したミノタウロスの取り逃がしを討伐してくれた子であること。

 そして、それを勘違いしたベートがあの《豊穣の女主人》で嘲笑した少年と同一人物であること。

 だから、あって謝りたいということ。

 

「なるほどなぁ。 …そりゃあすまんかったわ」

 

「…ごめんなさい」

 

 ロキとアイズは、申し訳なさそうにヘスティアに謝罪をするが、ヘスティアは頭の上に“?”を浮かべていた。

 

「───ない」

 

「なんやて?」

 

「──聞いてない」

 

「は?」

 

「だ・か・ら・聞いてないって言ってるだろーー!!!」

 

 ヘスティアは叫び散らした。 両側にあるツインテールの黒髪を逆立てて、およそモンスターの咆哮にも勝るとも劣らないそれは、一撃でロキの耳をお釈迦にした。

 

「じゃかましぃいわ!? ドチビ!!」

 

「んなぁ?! そもそもそっちがベル君を罵倒したのが悪いだろ!! 自分達の失態を棚に上げて、あまつさえベル君が倒した功績さえも横取りして酒の肴にするなんて!!」

 

「うっ…、ごめんなさい」

 

「あぁ〜、違うよヴァレン某君。 今のは君に怒こったわけじゃなくて…、狼人(ウェアウルフ)君に怒った訳で…」

 

 ヘスティアは言葉を詰まらせながらアイズを慰めようとするが、そんな言葉など入っていないアイズは“ど〜ん”という擬音と共に溢れんばかりの罪悪感と申し訳なさを醸し出していた。

 

 流石のロキもこれには何も言えず、「アカン、アイズたんが壊れた」などと抜かしていた。

 

「んで、ドチビ。 どういうことや? 聞いてないって」

 

「…だから、聞いてないんだって。 ベル君が酒場で罵倒されていることなんて」

 

「はぁ? アレだけ騒いどったんやで? 流石に聞こえてるやろ」

 

「う~ん」

 

 ヘスティアは思い出す。

 ベルの性格は誰に対しても優しく、決して嘘などつかないような、それでいて他者を何よりも慮れる思慮深い精神性を持っている。

 そして…、

 

「──何処か抜けてるところがあるんだよなぁ」

 

「はぁ? 何言うとんねん自分」

 

「あぁ、ごめんごめん。 取り敢えず、ヴァレン某君!」

 

「は、はい」

 

「気にすることないぜ、君は。 そもそもベル君は一々そんな罵倒なんかを気にするような性格じゃないしね。 君が申し訳ないとあの子に思っているなら、ひと言謝るだけで十分だよ」

 

「…ありがとう…、ございます」

 

 ヘスティアはそう快活に笑いながら、アイズに親指を突き立てて言った。

 アイズは若干戸惑いながらも、「優しい神様だなぁ」と自分の主神を見ながら思っていた。

 

 同時に、相性が良さそうだとも思った。

 一目しか見てはいないが、それでもこの神様からはあの少年(ベル)と同じような、それでいて少し違う温かさを感じていた。

 

「あ…あの?!」

 

 そんな中、一人のギルド職員がアイズ達に言葉を投げる。

 

「鎮圧には人手が足りません! ですので…ご協力を!」

 

 その懇願を断る理由などありはしなかった。

 後ろを振り返り、己の主神に視線を飛ばす。

 

「ロキ」

 

「ん、聞いとった。もうデートどころじゃないみたいやし、ええよ、この際ガネーシャに借し作っとこうか」

 

「西側のモンスター達は【アストレア・ファミリア】が対処してくれています。 この場は既に先程の方々が、ですのでどうか東側を!!」

 

 にわかに沸き立つギルド職員達とロキが言葉を交わし、モンスターの数、種類、動かせる人員状況を確認する。

 何故モンスターの脱走を許したのか考えるのは後回しだ。

 ヘスティアはそのまま避難民の誘導の為にその場を離れた。

 都市の東部一帯を揺るがす事態に、アイズは儚く輝くレイピアの柄を摑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラネルさん、【剣姫】とは一体どういう関係なんですか?」

 

 都市の民家の屋根の上を駆け抜けている時、突然リューさんは僕に質問してきた。

 僕は“キョトン”としながら、今までの事を思い返して言う。

 

「酒場で【凶狼(ヴァナルガンド)】?が馬鹿にしてた人がいるじゃないですか」

 

「はい…、まさかアレが貴方だと? ですが…」

 

「まあ、ただの勘違いですけどね。 だからヴァレンシュタインさんはそれに負い目があるんじゃあ〜?みたいに僕は考えてるんですけど」

 

 そう、僕は屋根の上を駆けながら言う。

 正直、別にあの一件についでヴァレンシュタインさんに非があるわけではないし、あの狼人(ウェアウルフ)の人にも対して怒りがある訳では無い。

 弱い人がダンジョン内で死ぬのは仕方ないことだし、僕的にはモンスターを殺し、モンスターに殺されるのは仕方のないことだと割り切っている。

 …でも、流石に自分達が巻き起こした異常事態(イレギュラー)が原因なのに笑うのはどうかと思うけど…、まあ馬鹿にされたのは僕だし、他派閥の事情なんてどうでもいっか。

 

「…すみません、やはり止めるべきでした」

 

 それはどっちですか──罵倒の方か、それとも息の根のほうか──?と僕は内心思いながらリューさんの横顔を眺めた。

 風を突っ切るように走るその姿はまさに『一陣の疾風』、【疾風】という二つ名の由来がなんとなく分かるなぁと僕は思った。

 

 風に揺られる金髪の長い髪も、エルフ特有の真白で磁器のように綺麗な肌も、やっぱりこの人はすごく綺麗な人だ。 

 

「あの…クラネルさん、どうかしましたか?」

 

「いえ、リューさんもヴァレンシュタインさんにも負けず劣らずの綺麗な人だなぁっと、思いましてね」

 

「口説いているんですか?」

 

「そう見えますか?」

 

 そう、僕は僅かに唇を吊り上げて底意地の悪そうな悪戯好きの子供の様な笑みを浮かべてリューさんを見やる。そんな僕を見てリューさんは僅かに柳眉を逆立てて言う。

 

「そういう事は、シルに言ってください」

 

「あの…そう言えばなんで僕が───」

 

 ──ドォォォォオオオオオンンンン!!!!!

 

 と、途轍もない轟音が都市の東部から響き渡る。

 此れでもう既に本日()()()

 

 最初は闘技場から脱走したというシルバーバックだけだった筈だ。

 神様に【ステイタス】更新をしてもらい、更には新たな武器まで用意してくれたので容易に倒す事が出来た。

 

 たかが上層のモンスターが九体、それが何故かこれほど大きな事態になってしまっている。何らかの人為的な物であり、こんな絶妙な瞬間(タイミング)で悪事を行う組織を、その裏で全てを操っている神は限られている。

 

闇派閥(イヴィルス)ですか…」

 

「そう、だと思いますね。 僕は深くは知りませんが、まだ残党が残っているなら」

 

「いえ、残党ではありません」

 

「え?」

 

「え?! 闇派閥(イヴィルス)は全滅したって!?」

 

「えぇ、()()()()そのように公表されています」

 

 思わず、僕は聞きまえしてしまう。

 何故なら闇派閥すなわち《イヴィルス》は7年前に【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】【アストレア・ファミリア】等の有力派閥が協力して殲滅した…。

 

 少なくとも、そう都市外には公表されていた。

 

「ですが、事実は違います。 奴らの首魁を捕らえ損ね、尚且つ闇派閥の半分近くとその首魁を取り逃してしまった。 それでもギルド側は、都市内の民衆の心身の平穏と都市外への牽制の為に、そう公表せざる負えなかったんです」

 

 それは単なる面子(メンツ)の話だけではない。

 迷宮都市、オラリオはいわば世界規模の前哨基地。此処がモンスター達に蹂躙されるのは、世界が滅ぶのと同義。

 

 それ故に、一部の国や神々はそれを望んでおり、闇派閥(イヴィルス)に加担する国々や、ギルドの商会を乗っ取らんとする商会や商人による支援は今も絶えないらしい。

 

「酷い話ですね。 ギルドがなくなれば、オラリオは終わるのに。オラリオを襲撃する意味が分からない」

 

 事実だ。

 お義母さんも言っていた。

 

『あの豚は屑だが、奴がいなければ今のギルドは無い。 そして奴もまた『救世(マキア)』の為に裏でせっせこ働いてる』

 

 屑ではあるが『愚者』でも『愚鈍』でもない。

 オラリオの未来を憂い、胃を痛める程に働いてる。んまあ汚職の噂も後を絶たないのはこの際気にしない。

 

 何より、その『悪』は自分の知っている『絶対悪』とは大きく違い、最早ただの『邪悪』だった。

 故に、許すことなどもとより出来ないし…時が来ればこの手を汚す事も勿論視野には入れている。

 

「えぇ、そのような浅はかな考えは、止めて欲しい限りです。 それで私の親友も…」

 

「リューさん?」

 

「…クラネルさん、来ますッ」

 

 リューさんに問おうとすると、再度リューさんから声をかけやれる。

 

 既に地震のような衝撃による煙は晴れており、モンスター達の姿を視認できた。

 

 細長い胴体に滑らかな皮膚組織が集まった極彩色の躯体。頭部の姿はつぼみの時の向日葵を彷彿とさせた。

 

「リューさん、最悪の想定をしていいですか?」

 

「なんですか?」

 

「もしアレにまだ開花(へんしん)みたいな手段があったら……なんて」

 

「…考えたくありませんね」

 

 目の前には五体のモンスターは、花のようで、それでいて蛇を彷彿とさせるように躯体をうねらせて都市を破壊する。

 

 首をもたげるようにこちらの存在に気付いたその極彩色のモンスター達を、僕とリューさんは冷静に見極めた。

 

「ハァ!!」

 

 僕は即座に神様から頂いた黒剣─《ヘスティア・ソード》で迎撃した。

 唸るようにこちらに攻撃してきたその極彩色の躯体を僕は黒剣で逸らし、そして前進する。

 

 地面から生えた躯体を蠢動させ、対峙する僕に対して牙を剥かんと襲いかかってくる。

 

 襲いかかってくるモンスターの外皮に刀身をぶつける。

 刀身とモンスターの外皮の間で途轍もない火花が巻き起こり、そのモンスターの物理耐性の高さが伺える。

 だがそれでも斬撃には弱く、そして魔法にも弱い。

 

「【サンダーボルト】ッ!!」

 

 僕は右手を前に突き出し、無詠唱の魔法を唱える。

 すると、右手から一条の雷光が放たれ、その一撃は弱点である極彩色のモンスターの付け根部分にある魔石に命中する。

 石畳や瓦礫が巻き上がり、地面に隠されていたそのモンスターの()の部分が露わになる。

 

『グギャァア!!』

 

 再度、もう一体のモンスターが僕の行く手を阻まんと突撃してくる。

 やることは同じだ。刀身の腹で軌道を逸らし、無詠唱の速攻魔法で即座に迎撃。

 唸る躯体を斬りつけながら再度接近。

 反撃の隙すら与えず、そのままモンスターの魔石部分ある根の部分を速攻魔法で破壊し、炭化させる。

 

「こっちは終わり…。 って、リューさんはもう三体も倒したんですね」

 

「はい、ですが私は貴方に驚いている。 まだ『Lv.1』がこのモンスターをそうも簡単に攻略出来るとは」

 

「まあ、色々鍛錬を積みましたから」

 

 そして、さっきの【ステイタス】更新で上昇した『アビリティ』と、新たに顕現した魔法による効果も大きい。

 

 

 

【ベル・クラネル】

『Lv.1』

≪基本アビリティ≫

 力:SSS1210

耐久:SS1194

器用:SSS1306

敏捷:SSS1455

魔力:SS1179

≪発展アビリティ≫

≪魔法≫

【ケラウノス】

付与魔法(エンチャント)

・雷霆属性。

詠唱式:【目覚めろ(テンペスト)

 

【サンダーボルト】

・速攻魔法。

・雷、光属性。

起爆鍵(スペルキー)炸雷(エレクトリック)

≪スキル≫

雷霆血統(ゼウス・ブラッド)

・雷霆付与時、全アビリティ能力高域補正。

・雷霆付与時、『敏捷』のアビリティ高域強化。

 

 

 『速攻魔法』とは、それ自体を起動するのに詠唱を必要としない。無詠唱故に、その執行速度はアルフィアお義母さんすらも上回り、勿論威力は低いが、それでも利便性を考えれば十分頷ける。

 

 必殺の有無、それを除けばとても使い勝手が良く。僕の持つ付与魔法(エンチャント)とは別の意味で強い。

 

「こちらはもう大丈夫そうですね。ではあちら─ドォォォォオオオオオン!!─…の前に行く方向が分かりましたね」

 

「…はい」

 

 リューさんが告げ終える前に、またしても凄まじい轟音が鳴り響き、僕達はそちらへとつま先を向ける。

 

 こんな騒動だ、自然と心配になるのは神様だけど…、

 

「(大丈夫かな…レフィ)」

 

 当然【ロキ・ファミリア】に所属しているあの子は強い。そしてこういうお祭りはあの子も好きだ、故に絶対に会場にいる。

 都市最強の一角に所属するLV.3の魔道士、駆り出されない訳がない。

 

 あの子は騒動に巻き込まれやすいし、何よりテンパるとボロが出やすいのがあるから、本当に心配だ。

 

「(無事で居てよ…、レフィ)」

 

 僕の心配する声は、都市に蔓延る邪悪の奏でる雑音に掻き消され、そして僕の予想は最悪な形により顕現する。

 





 【サンダーボルト】:ファイアボルトの進化系みたいな感じ。炎の代わりに雷、光属性となり、速度と威力が上がってる。雷属性特有の放電(スタン)攻撃もあり、起爆鍵(スペルキー)がそこそこに無法。連射可能、速度は原作超えで二重属性の魔法と考えてくれ。

 書いてなかったけど、一応ベル君は新種のモンスターと対峙、討伐したあとに短剣がぶっ壊れて、ヘスティアが長剣とついでに【ステイタス】更新を行い、そこにノコノコシルバーバック君が現れ、瞬殺。と言う感じです。書こうと思ったんですが、流石にオーバーキルされるシルバーバック君を書くのは面倒くさ───ゲフン、ゲフン流石に心にくるのでね、止めました。


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