テスト期間…、キチィよぉ〜。
収まらない声々が石の壁に、青い水晶の柱に吸い込まれていく。
その場にいる多くの冒険者が取り乱す中、騒然となっている洞窟の宿は混乱の一途を辿っている。
ダンジョン18階層『リヴィラの街』、ヴィリーの宿。
頭部を失った遺体が晒す【ステイタス】を、僕達はそれぞれの表情を浮かべながら見下ろしていた。
「……ほ、本当に、この人は力ずくで殺されてしまったんでしょうか? その、毒とか……」
「身動きを取れなくなったところで、息の根を止められたってこと?」
尋ね返すティオネさんに、レフィはぎこちなく頷いる。その表情は酷く動揺したおり、額からは汗が滲んでいた。
アイズさんやティオナさんの体の陰から無残な亡骸の手足を覗く紺碧の瞳は、尚も動揺で震えていた。
「アビリティ欄には『耐異常』もあるから、多分、違う……」
「ハシャーナほどの実力者なら、劇毒を盛られたとしても、さほど効き目はないだろう」
アイズさんとリヴェリアさんが、【
ハシャーナの背中には発展アビリティ『耐異常』──毒を始めとした様々な異常効果を防ぐ能力項目が発現している。更にその能力高低はG。
G評価の『耐異常』ならばほとんどの異常効果を無効にすると言っていい。たとえ専門の薬師の手で作り上げられた猛毒でも、ハシャーナさんの行動の自由を奪うには足りないだろう。
「(だとすると…、やっぱり力尽くで殺したことになる。 …考えたくはないけど、第一級冒険者じゃなきゃ首の骨をへし折るなるて無理だし…)」
それに、ハシャーナさんの【ステイタス】には『力』と『耐久』を上げるスキルもあったし、筋肉もある。それを素の【ステイタス】だけで圧倒したってのも加味して、その女性も前衛型なのだろうか、でもそうじゃないとあり得ないしたな。
いくつか疑問は残るけど、そう考えるのが妥当だろう。現在、フィンさん達も何らかの目的があって
何故か知らないけどレフィ達が疑われたり、ティオナさんが暴れそうになっているところをアイズさんが背後から羽交い締めにしたり、ティオネさんが犯人として疑われて危うくボールスさん達の漢としての尊厳が奪われるところまで追い詰められていた。
竜の息吹を吹きかけん程の形相を浮かべるティオネさんはがなり立て、何故か一歩を踏みしめたところで木造の地面に穴が空いた。
「(え…? なんで?!)」
隣にいるヴェルフも顔を青ざめさせながら目を瞑っており、その恐怖度がアリアリと伝わってきた。一体僕が考え事をしている間に何があったんだ?
今度は私が抑える番みたいな表情を浮かべながらティオナさんは姉であるティオネさんをどうどうとあやし立てながら落ち着かせようと試みる。
そして、第一級冒険者の逆鱗に触れてしまったボールスさん達は軒並み内股となってしまった。
「……あー、ボールス。ご覧の通り、彼女達には異性を誘惑できる適性がない」
そう、フィンさんが言うとボールスさん達は弱々しい声を上げながら頷いた。
「一度この場を検証したい。ものに触るけど、いいかな?」
「ああ、もう好きにしろ」
自分の手に負えない一件だと悟ったのか、ボールスさんは投げやりに現場の権利をフィンさんに譲った。ありがとう、と返す彼はリヴェリアさんの手も借り遺体の周りを整理する。
僕達や他の冒険者を部屋の一角にまとめ、フィンさんはまずハシャーナの骸に手を伸ばした。
どうやら、仰向けになった死体からは争った形跡などは見られず、ほかに目だった傷もないので、首をへし折られたのが死因だろう。
死体を見渡し、室内の隅にあるバックパックをフィンさん達は手に取った。
血を被った
中でも、物色された跡のある背嚢はかなりボロボロだ。まるで憤りを感じ、そのまま当たり散らしたかのような、そんな感じだろう。
中には様々な
「なにそれ?」
「冒険者依頼の……依頼書ですか?」
「そう、みたいだね」
羊皮紙を開くと、大半の文字は飛び散った血に汚れ、碌に読むことはかなわなかった。
それでも真っ赤に染まっている紙から、いくつかの文字を拾い上げる。
「30階層……単独で、採取……内密に……」
そんなフィンさんの言葉に、僕達の推察は膨らんでいく。そして、そんな思考を代表するように、フィンさんが言葉を発する。
「ハシャーナは依頼を受け、犯人に狙われる『何か』を30階層に取りに行っていた……?」
周囲に染み渡るように、一度部屋に静寂が訪れる。
ハシャーナさんは、自身の素性を隠した上でその極秘の
そして、荷物の荒れ具合から恐らくその目的の品は手に入っていない。そして、それほど大事なもの、もしくは高価なモノである場合、そう簡単には引き下がらないだろうとも、フィンさんは考察する。
つまり、まだこの18階層にハシャーナさんを殺した犯人がいる、とフィンさんが改めて言葉にした時、再度部屋に静寂が訪れた。
「北門と南門を閉めろ。それから街の中の冒険者達を一箇所に集めるんだ。従おうとしねえ奴は、犯人だと決めつけて取り押さえちまってもいい。ヴィリー、新しく街に来た冒険者には事情を話して別のところにまとめとけ」
「わ、わかったっ」
ボールスさん達は舎弟?みたいな人達を連れて慌ただしく動き出す中、僕とヴェルフは互いに顔を見合わせながら嫌悪感を募らせる。
「きな臭ぇ上に気持ち
「
僕達はアイズさん達に聞こえない声量で話し合い、そして眉を顰める。
再度、物言わぬ屍となってしまったハシャーナさんに哀悼の念を抱きながらそっと目を伏せた。
前にいるアイズさん達も同じくハシャーナさんを弔い、あんな美少女達に見送られるなら、ハシャーナさんもきっと喜ぶだろう。
僕達は静かになった事件場を離れ、自らの行動を開始した。
リヴィラの街は、今まさに揺れ動こうとしていた。
ボールスによって封鎖命令が下された『リヴィラの街』の中は、いつにないざわめきと動揺が伝播していた。
騒ぎは一向に収まらない中、力自慢のドワーフ達によってアーチ門前に鎮座していた大岩が押し出され、二つの出入り口である北門と南門が塞がれる。
白と青の水晶の街は、今や冷たい牢獄と化していた。
「集まるのが早かったね」
「呼びかけに応じねえ奴は、街の
「それに、一人でいるのは恐ろしい、か」
ああ、とフィンの呟きにボールスは頷く。彼等の視線の先で揺れ動いている人集りは、程度の違いはあれその顔に不安と恐怖を抱えていた。
既にボールスの口から
場所は水晶広場。街の中心地であり、見通しのいい開けた空間は街中でも最も広い。広場中央には大きな白水晶と青水晶の柱が双子のように寄り添っており、その側には血塗れの全身型鎧を始めとしたハシャーナの私物も運び込まれている。
周囲には水晶や出店が立ち並ぶこの広場で、冒険者一同は集結していた。
「お前等以外の第一級冒険者が見つかりゃあ、わかりやすかったんだがな……」
「最初から騒動を起こすつもりでいたんだろう。変装をしているか、あるいは公式のLv.を偽っているのか……安易に疑われない対策の一つや二つは取っている筈だよ」
「相手も馬鹿じゃねえか」
双子水晶の下で冒険者達を見回すフィンとボールス。
ざっと数えても、集まった人数は街の住人を合わせ五百に届く。迷宮の拠点として賑わう『リヴィラの街』の平均的な総人数と比較すると、少なくもなければ多くもない数だ。
「この人数を調べるの、大変そうだね……」
「うん、でも……ここからもっと、数を絞れるから」
フィン達の側で集まった冒険者達に圧倒されていたティオナは、アイズの返答に「はえ?」と目を丸くさせる。
「ハシャーナさんを襲った人は、女の人の筈だから……」
「あ、そっか! 女の冒険者だけを調べればいいんだ!」
「それくらい気付きなさいよ、あんた……」
「付け加えるなら、男の欲情をそそるような体の持ち主、という点だな」
アイズの答えに合点が行ったとばかりに笑う実妹に、ティオネは呆れ、その横からリヴェリアが補足する。「それなら楽勝じゃん!」とも続けるティオナに、レフィーヤは思わずといった感じで苦笑した。
「(なんだろう、凄いデジャブ感がする)」
「(生憎だな、ベル。俺もだぜ)」
ベルとヴェルフもお互いに顔を見合い、苦笑する。もはやこの後何が起こるのかなど、火を見るよりも明らかなのである。
「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな」
「うひひっ、そういうことなら……」
フィンの助言に嫌らしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者達に叫んだ。
「よぅし、女どもぉ!? 体の隅々まで調べてやるから服を脱げーッ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』
ボールスのその要求を聞き、全ての男性冒険者が熱烈な歓声を上げる。
諸手を上げて俄然やる気を漲らす浅ましい男達に、ふざけんなーッ! 死ねーっ! と女性冒険者達から大顰蹙の声々が飛んだ。
「馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査をするぞ」
「はーい」「うん」「男共の団結力ってなんなの?」「わ、わかりましたっ」
雄叫びを上げる男達を放っておき、リヴェリアが検査を受け持つため歩み出る。声をかけられたアイズ達は彼女の後に従った。
「兄さんッ!!」
「は、はいっ?!」
突然、レフィーヤに話しかけれたベルは素っ頓狂の声を上げて彼女のほうをみた。
すると、まあまあ凄い剣幕を浮かべながら、「兄さんは違いますよね?」とほぼほぼ脅迫じみた圧をこちらに送っており、慌ててベルはウンウンっと首を振り子のごとく振った。
『フィンが押し倒されたぞー!』
『いや、お持ち帰りされたー!』
「──うがァあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
男性冒険者の悲鳴が響き渡り、続いて
怒り狂ったティオネが妹の拘束を振り解き、街の広場は大混乱に陥った。
「あれ?フィンさん連れてかれてるよ」
「…ティオネさんがいるなら大丈夫だと思います」
先程までの
乱闘を止めようとリヴェリアとティオナが慌てて介入する中、締まらない雰囲気が辺りに充満した。
「……?!」
ふと。
困ったように視線をさまよわせていたベルの瞳が、人込みの中からとある人物を捉える。
中型の小鞄を携えた、
小麦色の肌の顔を、今は病気かと見紛うほど青白く染めている。
「兄さん?」
動きを止めじっと彼女を見るベルの視線に、レフィーヤも気付いた。
騒がしい人立ちの中で一人浮いている
彼女は後退りした後、集団の混乱を利用するように、素早く広場から逃げ出した。
「──行こう、レフィ」
「はい、兄さん」
不審な人物を、逃がしてやるつもりもない。
ベルは一応ヴェルフにここを離れる事を伝えながら、レフィーヤと共に急いで彼女の後を追った。
「(面倒なことになった……)」
その人物は、胸中で呟いた。
今は小人族の少年を巡って抗争が起こっている広場の中心地を眺めながら、溢れかけている億劫そうな溜息を口の中にとどめている。
「(やはり殺したのは早計だったか……しかし見られたからには口を封じなくては……エニュオにも言い付けられている)」
男の喉を潰し、骨を折った感触は、未だ手の中に残っていた。
指を小さく蠢かしその右手を浅く開閉しながら、行き場のない感情を持てあます。
「(さて、どうするか……動きにくくはなった……いや、そもそもアレはもうこの街にはないのか……まだ残っているような気はするんだが……)」
心の中でブツブツと呟きを繰り返す。
群衆の中に紛れ込みながら、広場の中心で場を取り仕切る者達を油断なく見据え、思考を働かせる。
(これ以外にも『アリア』や…『ジュピター』の件もある……ああ、面倒臭い……。『ウルス』については見当はついているが…、もう二つは全く分からん)
苛立ちの感情を膨らませ、いっそこの場にいる者達を皆殺しにしてしまおうかと、そんな自棄的な考えが過った瞬間──その光景が視界を掠めた。
人込みの中を走る獣人の冒険者に、それを追う白髪の剣士と
追われ、追う彼等彼女等は、ただならぬ雰囲気で脇目も振らず、広場から離れていく。
「……」
コツ、と音を鳴らし、その人物は足の向きを変えた。
沈黙を纏いながら群衆の間を縫い、怪訝そうな視線を浴びながら、少年と少女達を追う。
階層の上空、天井に咲き誇る水晶の大輪。
水晶の光はゆっくりと薄れていき、街には『夜』が訪れようとしていた。
18階層の水晶の空は、『昼』から『夜』に移り変わろうとしていた。
天井の中央に生える無数の白水晶が発光を止め、周囲の青水晶も光量を落としていく。森林や大草原にそそぐ暖かな白い光は見る見る内に失われていき、階層全体が暗くなり始める。
階層西部、湖の島に築かれた『リヴィラの街』もまた、蒼い薄闇に覆われようとしていた。
「はっ、はっ……!?」
周囲が暗くなる一方で足もとから生える青水晶がうっすらと輝きを放つ中、獣人の少女は錯綜する岩の路地を走っていた。
息を切らしながら背後を振り返ると、純白の髪を携えた剣士と山吹色の髪を揺らす魔導士が、後を追いかけてきている。二人組の追跡者を震える瞳に映し、半ば動転しているように、彼女は前を向いて逃げ続けた。
中心地である水晶広場から北西、街壁を近くにする街の片隅。
坂や階段を一息で駆け上がり、獣人の持ち味である身軽さで剝き出しの岩の地面を蹴る。右肩にかけている
だが、必死に追いかけてくるのは杖を携えるエルフの魔導士のみ。いつの間にか一人いなくなっている。
獣人の少女は怪訝な表情を浮かべながら、曲がり角を折れて小径に逃げ込んだ。
巨大な青水晶と岩壁に挟まれた、まるで谷間のような細い一本道だった。
長く平らな道をひた走っていくと──白髪の剣士、ベルが、彼女の前方に現れる。
「えっ!?」
行く手に立ち塞がるかのごとく道の真ん中にたたずむベルに、獣人の少女は愕然とする。
後方からの追跡をエルフの魔導士、レフィーヤに任せた彼は魔法を行使することで驚くほどの速さで先回りをし、獣人の少女が来るのを待ち受けていたのだ。
前からゆっくりと歩いてくるベル、そして背後から走り寄ってくるレフィーヤ。挟み撃ちをされる獣人の少女は、逃げ道もない狭い路地の真ん中で、腰を抜かしたようにへなへなと座り込んだ。
「はぁ、はぁ……捕まえましたね。兄さん」
「うん、レフィのおかげだよ。ありがとう」
息が上がっているレフィーヤと前後から、地面に座り込んだ少女をベルは見下ろす。
犬人である彼女は黒い髪に、頭から垂れた獣耳を生やしていた。健康そうな小麦色の肌をしており、細い手足は獣人らしくしなやかさに富んでいる。
編み上げたロングブーツに薄手の
「事情聴取は……私達がするより団長達に任せた方がいいですね」
「あー、うん。そうだね」
挙動不審だった彼女を怪しい人物と睨み、ベルとレフィーヤはフィン達のもとへ連れて行こうとした──が。
「やめてっ!?」
垂れた耳をぴくりと動かした少女は、途端に涙ぐみ、顔を振り上げ懇願する。
「お願いっ、止めて、あそこに連れていかないで!? あそこに戻ったら、今度は私が、きっと私がっ……!」
「…ふぇっ?!」
「ちょ、ちょっとっ、何してるんですか!?」
ベルに縋り付くように両腕を掴み、
ベルが若干狼狽える中、レフィーヤが慌てて引き離そうとするが、「お願い、お願いっ……!」と彼女はうつむいた顔を振るばかりで、摑んだ腕を離そうとしない。
そのあまりにも必死な様子に、ベルとレフィーヤは困ったように顔を見合わせる。
「どうしますか?兄さん」
「うぅん、人のいないところに連れて行こうか」
「いいんですか?」
「まあ、怖がってちゃ聞きたいことも聞けないしね」
怯えた表情を浮かべて少女を見て、ベルは提案する。
確かにこのままでは埒が明かないと悟ったのか、レフィーヤも最後には頷き、少女の手を取って三人で移動した。
最後に、ベルは自分達を睥睨する、まるで獰猛な獣のような目線へと視線をやり、警戒心を強めると共に、彼女の持つハシャーナの荷物に対しても、同様に警戒心を強めた。
ベル達が向かったのは、北西部に位置する街壁を間近にする、街の倉庫というべき場所だった。
周囲には物資運搬用のカーゴが無数に放置されており、他にも鶴嘴やシャベル、材木が隅に置かれている。
恐らくは街を築くため使用した道具がこの場にまとめられているのだろう。街中の者が広場に集められているせいか、人気は全くない。
ベル達より背の高い組み立て式のカーゴが立ち並び、あるいは積み重なっている光景は、まるで積み木の城のようだ。
少女を連れ立って倉庫の奥に進んだ先、カーゴに囲まれる空き地のような空間で、ベル達は向かい合った。
「これくらいで、十分ですかね?」
「……うん」
レフィーヤが携行用の魔石灯を見つけ、点灯させる。
カーゴの角にかけられた灯りが薄暗い周囲を照らす中、
彼女の名前はルルネ・ルーイ。
所属は【ヘルメス・ファミリア】のLv.2(とのことだが、実際はLv.3)。
広場から逃げ出した理由は自分がハシャーナの荷物を持っていたため、その荷物が殺人犯の目的だったらハシャーナのように自分も殺されるんじゃないかと思ったから。
他派閥であるハシャーナの荷物を持っていた理由は
「怪しすぎませんか?」
「怪しすぎるね」
レフィーヤの言葉を肯定するベル。
自身の素性を明かさない
ここまで秘密裏に行動させるのはその荷物のせいなのか……と二人の思考がそこに行きつき、二人同時に口を開く。
「ルルネさん、その荷物を渡してくれませんか?」
その要求に、ルルネは瞠目した。
だがベルは表情を険しくしながら、それでも引く様子を見せない。
毅然とした
大金と身の危険を天秤にかけていた彼女は、やがて命あっての物種だと悟ったのか、我慢するように頷いた。
「詮索しないで、絶対に誰にも見せるなって言われてたんだけど……」
荷物が入っている中型の小鞄を地面に下ろし、蓋を開ける。
二重底になっている仕切りを外して出てくるのは、口紐がきつく締められた袋だ。
ルルネは緊張した面持ちで、その大きく膨らんだ袋の中身を取り出す。
「…これ、は!」
「な、何ですかっ、これっ……?」
ルルネから手渡されたのは、ベルの両手に収まる球体だった。
緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれているのは液体と──不気味な胎児だ。
丸まった小さな体に不釣り合いなほど大きな眼球がベルとレフィーヤを見つめていた。謎の幼体は身動ぎせず沈黙を守っているものの、ドクンッ、ドクンッ、というかすかな鼓動を打っている。
レフィーヤが呻くような声を出す一方で、アイズの瞳はその宝玉に釘付けになった。
「(この感じ…、まさか精霊?)」
奇妙な感覚だった。
手に持つ宝玉と
胎児の眼球と見つめ合い、体中の血が恐ろしい勢いでざわついていく。
「(これ…がか?)」
目の前の宝玉が…精霊? そんなはずはない。いや、そう思いたいのだろう。
鼓膜の奥で響く高い耳鳴り。ともすれば皮膚の下で蚯蚓がのたくり回るような感覚が走り抜ける中、猛烈な吐き気が込み上げてくる。
猛烈な吐き気と共にベルは膝を折り、そのまま一瞬だけ意識を飛ばしかけた。
「(…いつぶりだろう)」
自分が意識を飛ばしそうになったのは。
アルフィアやザルドとの訓練でも久しくそうはならなかったベルにとって、これは異常事態だ。
レフィーヤが自分に対して何か心配をしてくれているにも関わらず、言葉を返せない。
回復していく意識の中、やはりこちらを見据える一筋の視線と、目の前の宝玉がなんなのかだけが頭の中を支配する。
「(兄さんが…こんなに苦しがってる)」
見たことがない。少ない時間だけれども、ベルと過ごした時間の中で、かつて此処まで苦しがっている様子など見たことがない。
──アレと彼を近づけてはならない。
そう思い、レフィーヤは宝玉を自分が団長であるフィンに渡すと言った。
種族的な差なのかは定かではないが、自分が持っているぶんには問題ない。かなり見た目が気持ち悪いところを除き際すれば、問題はない。
「それじゃあ、行きましょう──」
直後だった。
レフィーヤが立ち上がったベルの手を引いて前を歩こうとした瞬間、破鐘のような咆哮が響き渡った。
それは前にも聞いた声と同じ。
「?!」
ベル達は目を見開き、そして全員同時に疾駆した。
倉庫を後にし、水晶と岩の間隙にできた薄暗い路地へ。途切れないどころか激しさを増していく叫喚に引き寄せられるように走っていくと、やがて小径を抜けた。
視界が一気に広がる突き出た高台。
手すりの設けられた見晴らしのいい場所に出た瞬間、レフィーヤ達の目に飛び込んできたのは街の方々から上がる煙、そして。
「あれは……!?」
空高く首を伸ばす、無数の食人花のモンスターだった。
《あとがき》
没スキル、【
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それでは次回まで楽しみに待っていて下さい!