最強と最恐の系譜は雷霆の申し子です   作:道化の作家

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 やはり、二次創作ではベートの株が必ず此処で一旦下がるのは真理なんだよね。それでオラリオに来たばっかのベルに話しかけるハシャーナの株が必ず上がるのも真理なんだよね。


第五話 強くなろう、何よりも自分の為に

 

 何故、僕は今ダンジョンへと向かっているんだろう?

 

 一つ、疑問を浮かべる。だが答えは無く、ただただ真っ直ぐ摩天楼(バベル)へと走っていた。

 

 強くなりたい、それは僕があの人達に教えを請いてからずっと考えていたこと。

 強くなって、あの人達がもう二度と戦わなくていい世界にしたい。…あの人達に笑っていて欲しい、僕を選んだことを後悔して欲しくない…だから。

 

 頭の中を過ぎるのは先程の出来事。

 

 正直、あれが自分の心に刺さったか?と問われれば、それは『いいえ』だ。何も気にすることはない、そもそも気にも止めていない。

 

「(でも…やっぱり少し気になる…かも)」

 

 言い返せなかったこと、あの人達に教えを受けておきながら、僕は未だに強くなれていない。まだ、一度もランクアップしていない。

 弱いまま、まだ僕はただの村人Aのまま。夢ばかりが大きくなっただけのクソガキだ。

 

 青年の放った全ての言葉が突如として胸に去来する。

 

 惰弱(だじゃく)で、貧弱(じょうじゃく)で、虚弱(きょじゃく)で、軟弱(なんじゃく)で、怯弱(きょうじゃく)で、小弱(しょうじゃく)で、暗弱(あんじゃく)で、柔弱(にゅうじゃく)で、劣弱(れつじゃく)で、脆弱(もうじゃく)だったあの頃の僕。

 

 弱いくせして、でも『英雄になりたい!』なんて夢物語を語って。

 強くなった気でいた、だが違った。まだ僕は何も強くなってなんかいなかった。

 

 『偉業』の達成。本当に強さ、【ランクアップ】に必要なものこそ【強さ】だったのだ。

 まだ僕は何も手に入れてない、あの黒き終末に抗う術(すべ)を何も手にしていない!!

 

 歯車が噛み合っていく。

 怪物(モンスター)を狩れ。

 何のために?

 理由は要らない、ただモンスターだから殺す。強くなるために、何処までも、際限なく、限界を超え続けるために。

 

「強くならなきゃいけない、僕は…俺(・)は、強くなって、あの人達を守れるようになりたい!」

 

 そのためには何をすればいい?

 それはあの人達が教えてくれた。

 それは何?

 

 『何もかもしなければならない』、俺には『才能』がな(・)い(・)のだから。

 

 もう、迷わないか?

 あぁ、迷わないね。

 

 

 少年は走り続けた、バベルへと入り、ダンジョンへの大穴に飛び込み、何かに焦るように走り出し、駆け抜け、迷宮内にいるモンスターを、自分より弱いモンスター達すらも余すことなく喰らい続け、倒し続けた。

 

 

「(そっか、俺は悔しかったんだ)」

 

 青年の言葉を肯定してしまう弱い自分が悔しい。

 あの人達を馬鹿にされた気がして、それに気付くと更に剣筋の粗さが増していく。

 

 あの人は少し苦しそうにしていた、だけど俺は見過ごした、『関係ない』と。

 祖父との約束を、たった一つの約束すらも守れずに。

 

 俺はまだ、あの人達の足元にも及ばない。前に立つなんてとても、そもそも隣に立つことすらも出来ない。

 

 深紅(ルベライト)の双眸が遥か前方を睨みつける。

 ここにはいない竜を想い、あれを超えることだけを考えて。

 

 居るのはダンジョン、目指すは高み。

 

 鋭い目からは光が消え、ベルは闇に屹立する迷宮の奥へと立ち向かった。

 

 

 


 

 

 

 空から降りしきる水滴が窓を何度も叩いていく。

 作業机に身を置くエイナはおもむろに首を上げ、屋外の光景に目を向けた。

 

「(降ってきちゃった……)」

 

 つい先程まで金色の月を浮かべて、嘘みたいに晴れ渡っていた夜空は厚い雲に覆われ、激しい雨を地上にそそいでいた。

 建物の外では路上の人々が庇を求めて必死に走り回っており、瞬く間に通りから人気が消え失せていく。

 

 ギルド本部内であてがわれた事務作業を進めていたエイナは一旦手を止めて、連続する雨音に耳を貸しながら、しばし窓からその光景を眺めた。

 

「うぇ~、残業に加えて帰りは土砂降りの雨なんて、ついてな~い」

 

「……多分にわか雨だから、帰る頃には止んでると思うけど」

 

 書類の山を抱えふらふらとエイナのもとに近付いてきた同僚が強い雨足を見て嘆いてくる。

 

 夜の九時を回ろうかという時間帯。

 ロビーに面する窓口と隣接した事務室は未だ残務と格闘するギルド職員達で溢れ返っていた。

 

 最後の追い込みとばかりに鬼気迫る表情で書類を処理していく上司等を尻目に、エイナの友人兼同僚であるヒューマンの少女─ミィシャは、もう沢山だと彼女の背へもたれかかってくる。

 

「祭りが控えてるこの時期は忙しいってわかってるけどさぁ、もうちょっと上もこっちを労わって欲しいよぉ~。みんながみんな、エイナみたいに要領良くないんだから~」

 

「ちょっとミィシャ、重いってっ。仕事の邪魔だよ!」

 

「って、あれぇ? もしかしてエイナ、祭りの案件もう片付けちゃったの?」

 

 エイナの抗議を軽く無視する同僚は、デスクに広げられている書類を見て目を丸くした。

 

 抱えていた書類の山を脇に下ろした彼女は、エイナが何かを言う前に、ひょいっとその一枚の紙を奪ってしまう。

 

「担当冒険者の紹介資料……ああっ、エイナが新しく受け持つことになった、あの新人君だ!」

 

「……班長に絶(・)対(・)に提出するよう言われたから、今の時点の詳細をまとめてたの」

 

 もう何を言っても無駄だと悟ったエイナは溜息を堪えながら受け答えをする。

 

 同僚の持つ用紙にはその人物の簡素なプロフィールが書き記されていた。種族や出身地や経歴、所属【ファミリア】など、この迷宮都市で冒険者として活動するための必要最低限の情報が網羅されている。

 

 紙の一番上に綴られている名前は、【ベル・クラネル】。

 

「えぇ~!? ソロなのにたった半月で9(・)階(・)層(・)まで行ってるの! やっぱりすごいじゃん、この子!」

 

 

 【ベル・クラネル】

所属:ヘスティア・ファミリア

レベル:1

到達階層:9階層

所要期間:二週間

 

 

「う~ん、すごいのはそうなんだけど…やっぱり不安なんだよね」

 

 最初の頃なんか毎度毎度身体中が傷だらけで、いつもいつもバベルの四階の治療院に。わ・た・し・が、連れて行く羽目になってたし!!

 

「あはぁ、エイナはもうすっかりお姉さんだね!」

 

「はぁ、あんなに手のかかる子の姉だなんて、私過労死しちゃうよ?」

 

 強い、才能があると認めざるをえない。でも!!

 

 幾ら彼が優秀だったとしても、たった半月という期間を経たばかりの冒険者の力があっさり通用するほど、ダンジョンは甘くない。全てにおける要素を顧みてベルの9階層以上の階層進出は早急過ぎると、エイナは確かな結論を出す。

 

「やっぱりこれが最大限の譲歩!!私の目が黒いうちはこれ以上先には進ませません!!」

 

「過保護だねぇー。もしかしてエイナ、その子に気があったり?」

 

「──なっ」

 

 と、虚を突くように。

 

 何てことのない友人の一言が、無防備だったエイナの心臓を奇襲した。

 すぐに脳裏を過ぎったのはつい先日、去り際に少年がエイナに向けられた笑顔。

 あの無垢な笑顔を思い出し、エイナはつい条件反射で頰を赤らめてしまう。

 

 ハーフエルフである自分のほっそりと尖った耳が熱を帯びるのを自覚しつつ、エイナは冷静に、冷静に大きく深呼吸してから、じろりと同僚の友人を睨みつけた。

 

「……ミィシャ~?」

 

「うっひゃー、怖ーい!」

 

 放置してあった書類の山を抱え直し笑顔で去っていく同僚の後ろ姿に、エイナは吊り上げていた瞳を脱力させ、椅子に深く寄りかかる。

 

「(からかわれちゃったよ、全くもぉ……)」

 

 ことの原因である少年にエイナは口を尖らせた。

 

 あくまで可愛い弟分である少年は、彼女の頭の中でお叱りを受け、必死にぺこぺこと平謝りをしてくる。

 あまりにも現実味のある自身の想像に、エイナは溜飲を下げるより先に笑ってしまいそうになってしまった。

 

「(……今は何やってるんだろう、ベル君。まさか、ダンジョンなんかに潜ってないよね…?)」

 

 一段と降雨の勢いが増した外の景色に視線を向ける。

 

 やはり彼の姿はない。流石に夜ダンジョンへ向かうなんてことはしないだろう、とエイナは根拠のない安心を無理やり心の中に留める。

 

 一向に泣き止もうとしない暗い空は、感情を爆発させるように激しく雨粒を降らせていた。

 

「面会希望…かぁ、んまあ取り敢えずフィリア祭の前に会えるようにはしたいけど…ベル君、如何せん何処か気分屋だから…ギルドに来るかどうか…」

 

 

 


 

 

 

 一歩、もう一歩。

 

 地面を踏み抜いて少年は目の前のモンスターへと肉薄する。

 

『グゥゥアア?!』

 

 すれ違い様に一閃。

 その銀の閃斬がオークの胴体を斬り裂く。

 背後に置いてきたモンスターが短く鳴き、どさりと地面に崩れ落ちる音が響いた。

 

 緑色の肌を持った豚頭人身の姿をしたモンスター。

 動きは非常に鈍重であるが、丸太を難無く引っこ抜いて天然武器(ネイチャー・ウェポン)として軽々と振り回すその怪力は、容易に冒険者の脅威となりうる。

 

 落ち窪んだ目でモンスターの死骸を無感動に見つめていた俺は、背を向けてその場から歩み出す。

 

 弱い、ぬるい、この程度では到底足りない。

 

 疲労を訴える四肢に構うことなく、視界の中で動くものだけに神経を研ぎ澄ませ、錯綜する迷路の奥へ奥へと入り込んでいった。

 

………

……

…

 

 平らな外壁と、草花の生い茂る平原のような階層。

 白く濃い濃霧が立ち込める階層で、視界は【神の恩恵(ファルナ)】を受けていようと最悪。

 

 昼間の探索とは打って変わって、ダンジョンは薄ら寒いくらいに静けさを保っていた。

 モンスターはおろか冒険者の気配もまるで感じられない。

 

 自分の土を踏みしめる音だけが、だだっ広い平原によく響く。

 

「……足りない」

 

 幽鬼のような足取りでダンジョンを進みながら自分の体を見下ろす。

 

 防具の一つも纏っていないただの私服姿。

 体のあちこちにモンスターの爪が、牙が、掠めた跡が残っている。ぼろぼろの衣服はまるで追剝ぎにでもあったかのようだ。

 何度も魔法を連続で行使し続け、上がる【ステイタス】に振り回されることなく完璧に御し切ってモンスターの魔石を砕き続ける。

 

 両手に握っているのは一週間前に契約した、まだ自分にはもったいなさ過ぎる鍛冶師から打ってもらった二振りの長剣。名はまだなく、一応《無銘》と勝手に呼んでいる。

 

「(ボロボロ、だなぁ)」

 

 まるで他人のように。

 欲望のままに戦い、効率など捨てた稚拙な攻撃を繰り返した代償に長剣の刃先はとてもボロボロ。

 

 装備も碌に調えず傷だらけになっている自分の体を他人事のように感じながら、僕は足を止めずに少しの間、目を瞑る。

 

 思い返すは、無力だったあの頃の自分。

 

 立ち向かって、立ち向かって、立ち向かい続けたあの日々。

 

 その度に倒され、ボロボロにされ続け、それでも諦めなかった昔日の頃の日々。

 そして今は酒場を出て、ダンジョンへと駆け出した。

 ただひたすらにモンスターを追い求め、迷宮内を走り続けた。

 

 振るって、振るって、振るって、振るった。

 

 両腕は既に鉛のように重く、剣も“だらり”と指に引っかかっているだけの状態。

 それでも、あの日の、先程の屈辱に比べればどうということはなく、その悔しさや惨めさを糧にモンスターを狩り続けるために長剣を振るう。

 

 遥か遠くにいるあの人達との距離を埋めようと、どれほど険しく困難なのかさえわかっていない高みへ辿り着こうと、ただ必死に。

 ただ一つ、分かっているのはそれでも前に進まなければならないこと。

 俺は教わっていない、逃げ方など。楽な道の歩き方など。

 俺が教わったのは立ち向かう強さ、そしてどうしようもない壁(偉業)の乗り越え方(喰らい尽くす方法)。

 

 馬鹿みたいに熱を灯す胸の奥の意志に、全身を委ねた。

 

「此処は、13階層への入り口?」

 

 階段があり、その先は新たなる階層。ベル自身にとってはまだ『未知』の領域であり、こんな疲弊しきった状態で向かうのは非常に危険だろう。

 

 理性を手放していたピークは過ぎ去り、身を焦がしていた熱もある程度は引きつつあった。

 狩り続けていたモンスターとの遭遇が途絶えてしまったこともあり、僕の頭はようやく現状把握に努めようと、白濁している思考を働かせ始める。

 

「(流石に…今の状態で行くのは無謀過ぎる)」

 

 精神力(マインド)は半分以下。心身ともに疲弊した状態でも中層は危険だろう。

 

 そう、『勇気』と『蛮勇』は違う。

 伯父さんに稽古をつけてもらう時、始めに言われたことを思い出す。

 

『ベル、“勇気”と“蛮勇”を履き違えるなよ』

『うん、分かった』

『あぁ、だが…あの爺の言葉を借りる訳じゃねえがそれでも立ち向かわなきゃいけない時が、お前にも必ず来る』

『…それは『偉業』ってこと?』

『あぁ、そんときゃ迷わず、突き進め。これはお前の物語だからな』

『…うん!!』

 

 『勇気』と『蛮勇』を履き違えたものから死んでいく。今の自分は限りなく『蛮勇』に近いだろう。

 

 残った理性が、歩みを進めようとする『渇望』を制止する。その制止に身体も答えるように踵を返し、再び12階層を徘徊する。

 

「はっ、は……」

 

 口から漏れる息が浅く乱れている。疲労は思ったより蓄積されているのか。体感ではだいたい八割程度といったところだろう。

 やはり鈍っている。オラリオに来る前、あの頃の自分であればもっと強かった筈だ、体力的にも、何より心が。

 

 弱くなった、ぬるい環境に身を置き過ぎたのか?

 

 ダンジョンに潜ってから凡そ八時間と言ったところだろう。久しぶりに体内時計を回し、自分の疲労度や腹の減り具合から経過した時間を逆算する。

 

 お義母さんに森に叩き込まれた時も、確かこんな風にやっていたなぁと過去を懐かしむように俺は思い出す。

 

 段々と溜飲が下がっていき、もう頭も冷静になる。

 先程まで昂ぶっていた苛立ちも、まるで歯車が止まるように落ち着いていった。

 潮時だろう、頭の中で弾き出し、その決定に従うように階層を登る。

 

 10階層。

 

 8階層。

 

 6階層。

 

  迷宮内は天井が宿す燐光によって光源に困らない代わりに、夜になろうと朝を迎えようとその眩しい光が途切れることはない。今が凡そ四時程度と仮定して、僕(・)は更にダンジョン内の階層を登り続ける。

 

「(……ここは)」

 

 歩みを重ねてしばらく。僕は部屋状の広い空間に辿り着いた。

 広間は正方形を形作っており視界を隔てるものは何一つない。薄緑色の壁面だけが広がる空間は殺風景で閑散としている。

 

 僕は部屋の半ばまで足を進め中央付近で立ちつくす。

 静まり返っていた広間に、何かが割れるような、得体の知れない音が響く。

 足を硬直させた僕は弾かれたように顔を上げ、辺りを大きく見回した。

 遮蔽物のない広間にモンスターの姿はどこにも見られない。ただ不穏な音塊が断続的に鼓膜を揺さ振ってくる。

 久々に直面する事態を前に、頭の片隅で提示されるのは、一つの可能性だった。

 

 僕は【ステイタス】によって強化された元々鋭かった五感が──今回は聴覚を頼りに音の出所を探り、導かれるようにそこへ視点を移す。

 

 ビキリ、と。

 

「──」

 

 ビキリ、ビキリ、と。音を立てて階層の壁にヒビが入る。

 

 薄緑色に染まった、ダンジョンの壁面。

 正面に位置するその迷宮の壁の一部から、音の規模は徐々に大きくなっていく。

 間もなく、視線の先のダンジョンの壁が破れた。

 

『……!』

 

 モンスターは、ダンジョンの中で産まれる。

 今まさに目の前で行われているように、迷宮壁を内側から破り一個の生命として誕生するのだ。成長の過程を飛ばし、すぐさま戦闘にも臨める強靭な成熟体として。

 

 この巨大な地下迷宮は、人類を脅かすモンスターの母胎に他ならない。

 

 生じた亀裂から飛び出した怪物の手が宙をもがく。力任せに壁面に罅を刻んでは一つ、また一つと体のパーツを外気に晒していく。ばらばらと地面に落下するダンジョンの破片。

 

 最後に一際大きな破砕音を鳴らし、モンスターは地面に足をついた。

 一言で言い表すならば、『影』だった。

 身の丈は一六〇C(セルチ)ほど。僕より一回り小さい体軀は手足の先から頭の天辺まで黒一色に染まっており、その二腕二足のシルエットは限りなく人の形に近い。が、毛や体皮といったおよそ動物らしい組織物は何一つなく、その全身はあたかも黒いペンキで塗り固められているかのようだった。

 唯一、十字の形を描く頭部に顔面と思しき手鏡のような真円状のパーツがはめ込まれている。

 影がそのまま浮かび上がったような異形の怪物。

 

 6階層出現モンスター、『ウォーシャドウ』。

 

「──遅い」

 

 僕は生まれたばかりの『ウォーシャドウ』を即討伐(リスキル)していく。

 悲鳴は無く、生まれたそばから斬り伏せていく。

 

 がしゃりっ、と後方からも上がる音に振り向けば、もう一体のウォーシャドウが同じようにダンジョンの壁から産まれ落ちるところだった。

 

「フッ!」

 

 即座に右手に持っていた長剣を投擲。それはそのまま『ウォーシャドウ』の頭部へと直撃し絶命する。

 

 虚ろな目で、最早どちらがモンスターかも分からぬまま僕は衝動のままに狩りを続ける。

 

 やがて生まれる速度が増していき、その数はどんどん増えていく。

 

 

『……』

 

 発声器官が備わっていないウォーシャドウ達は無言で体を起こし、静かに臨戦態勢を作る。

 不可思議な光沢を発するその顔の鏡面で、獲物のことを真っ直ぐ見据えてきた。

 

「……はッ」

 

 呼気を一つ吐き出し、赤く汚れてしまった長剣を握り直す。投擲した長剣を拾い上げ、最悪の場合は魔法を使うことも考えるが、流石にこの状態で魔法を乱用して『精神疲弊(マインドダウン)』ならまだ大丈夫、ただ『精神枯渇(マインドゼロ)』にでも陥れば取り返しがつかない。

 

 それでなくとも、恐らくは取り返しがつかないくらいには、捨て鉢になっているのだと自分でも自覚する。

 

 

 もう何体討伐したから分からないが、それでも僕は戦い続けた。

 

 辿り着きたい高みがあって。

 必ず倒さなければならない敵(りゅう)がいて。

 こんな場所で躓いている暇はない。

 停滞を許している暇はない、もっと生き急いで、何よりも、誰よりも強くならなければ。あの英雄達のように。

 

 自分を包囲したモンスターの輪から威嚇の声が上がる中、想いを新たにする。

 ぼうっと熱を宿す刻印に押されるように、僕は武器を構え。

 そのまま僕は目の前のモンスター達と激突する。

 

 

 


 

 

 

 時間を刻む音が部屋の中に無機的に響いている。

 壁にかけられた時計の針が示す時刻は朝の五時。

 ヘスティアはホームである教会の隠し部屋で、同じ場所を行ったり来たり繰り返していた。

 

「(いくらなんでも遅過ぎる……!)」

 

 腕を組み眉根を思い切り寄せ合わせ、焦りを顔に浮かべる。

 昨日の夜、仕方ないかと言った表情を浮かべながら自分を送り出してくれた少年の帰りが遅い…いや遅過ぎる理由を探していた。

 

 バイトの飲み会に出ていったヘスティアが帰ってくると、彼女を迎えてきたのはがらんとした静けさだけで、ベルはこの隠し部屋にはいなかった。

 

 一人で飯でも食べてこいと自ら言っておきながら、出迎えがないことに少し不満はあるものの、自身の可愛い眷族が一人で羽根を伸ばしているのだ、邪魔するのは無粋だろうと思いそのままシャワーを浴びてベットに飛び込んだのが、そこから十時、十一時、十二時と、深夜を回ってもまだ帰ってこないベルにいよいよ危機感を覚えた。

 

「どこに行ったんだ、君は……!」

 

 収穫はゼロ。

 

 目印である白髪頭の影も見つけられなかったヘスティアは、一縷の望みに縋ってつい先程この部屋に戻ってきたが、やはり少年の姿はなかった。

 

 彼女自身一睡もせず夜の街を奔走した結果、消耗の色濃い相貌。それが緊張の色で上書きされていく。

 

「(なんで…行く前はあんなに笑顔だったのに?!)」

 

 思い出されるのはヘスティアが打ち上げに行くまでの一幕。笑顔で自分を送り出してくれた彼が、今もまだ帰ってこない。

 今は感傷に浸っている場合ではないと自身を叱咤し、冷静な思考を徹しようとする。

 

「(僕関係じゃないとすれば…)」

 

 何かの事件に巻き込まれた?

 だが、それはあり得ない。 彼は普通の眷族(こども)達とは鍛えられ方が違う。

 それに魔法がある、ワンワードの魔法を発動する暇すら与えられない程の敵?そんなの第一級冒険者ぐらいじゃあと考える…そこである一つの答えが浮かび上がる。

 

「(まさか…成長スキルがバレた?!)」

 

 いや、それこそあり得ない。

 これはあの子にすら教えていないこと…とヘスティアは考え、じゃあ他には何が考えられる?

 

 冷静沈着の体など砂の城のように崩れ、すぐにぶわっと嫌な汗が噴き出す。居ても立ってもいられなくなったヘスティアは、再びベルを捜索しようと扉のもとに駆け寄った。

 

「──ぶぎゅ!?」

 

 ヘスティアがドアノブに手をかけようとした、その時だった。

 見計らったかのように四角形の板が開いて彼女に突進してきたのは。

 

 ヘスティアは顔面を強打!

 同じタイミングで胸が「むぎゅ!」と悲鳴をあげ圧潰!

 ヘスティアの信仰値が100上がった!

 

 顔面を押さえながらうずくまるヘスティアは、声にならない呻き声をあげる。

 

「か、神様……ご、ごめんなさい……」

 

 まさかの襲撃に悶えていたヘスティアだったが、頭上から降ってきた声を聞いて、両手で押さえていた目を見開く。

 声の主が無事を望んで止まなかった人物だと察知し、ヘスティアは勢いよく立ち上がった。

 

「ベル君!?」

 

 彼女の予想に違わず、目の前に立っていたのはベルだった。

 胸に広がる大きな安堵。ベルを見上げるヘスティアは思わず瞳を涙ぐませたが……しかし、ベルの顔とその姿を見て言葉を失った。

 ヘスティアに対して申し訳なさそうに眉を落とす顔。傷自体はそこまで多くないものの、それ以上に憔悴の色が隠せていない。

 

 上半身。特に黒が基調となっている戦闘服(バトルクロス)はところどころがほどけており、色んなところが壊れてしまっている。

 母親が作ってくれたと言っていた服はボロボロ、腰に指された二振りの長剣は鞘までボロボロだった。

 恐らく鞘で殴ったのだろう、とヘスティアは思いながら今にも倒れそうなベルの身体を支える。

 

「ベル…君。 どうしたんだい…?」

 

「ダンジョンに…行ってました」

 

「はぁ?! こんな夜中に!なんて真似をしてんるんだ!」

 

「…ごめんなさい、強く…なりたくて」

 

「強くなりたいって!そんな──」

 

 ヘスティアは怒号を孕んだ声でベルを糾弾しようとするが、ベルは俯きながら瞳には僅かに涙を浮かべていた。

 強くなりたい、もう一度ベルはそう口ずさみ、ヘスティアは等々折れる。

 

 ベルに肩を貸しながらベットへと誘導。もう意識が朦朧と仕掛けており、殆ど会話が出来ない状態のベルをベットで寝かし、ヘスティアは本拠にあった救急箱から包帯やら傷薬なんかを取り出して応急処置をしていく。

 

 零能であっても全知ではある。

 持ちうる知識を総動員してベルの手当てを進める。

 特に損傷の激しい部位は腕だろう、包帯を巻き付けて動かさないようにそっとベットの上に添える。

 

 

「神様……」

 

「……! にゃ、にゃんだいっ?」

 

 ぽつりと呟かれた声に裏返った返事をする。

 こちとら滅茶苦茶焦りながら応急処置をしているのに、突然声をかけられてヘスティアは驚きながらも次の言葉を待った。

 

「……僕、必ず強くなります。何がなんでも、絶対に」

 

「!」

 

 はっと少年の顔を見る。

 彼の眼差しは、ここにはない何かに真っ直ぐ向けられていた。

 ヘスティアはベルのその横顔に息を呑み、やがて目を伏せてから、「うん……」と真摯に受け止めるのだった。

 

 

 


 

 

 

【ベル・クラネル】

『LV.1』

≪基本アビリティ≫

 力:S900→SS1190

耐久:A824→SS1143

器用:SS1001→SSS1211

敏捷:SS1103→SSS1346

魔力:S994→SS1099

≪発展アビリティ≫

≪魔法≫

【ケラウノス】

・付与魔法(エンチャント)。

・雷霆属性。

詠唱式:【目覚めろ(テンペスト)】

≪スキル≫

【英雄追想(メモリア・フレーゼ)】

・早熟する。

・修得発展アビリティの習熟が早まる。

・想いが続く限り効果持続。

・想いの丈にて効果上昇。

 

【雷霆血統(ゼウス・ブラッド)】

・雷霆付与時、全アビリティ能力高域補正。

・雷霆付与時、『敏捷』のアビリティ高域強化。

 

 

 

「──ッ」

 

 ぴたっ、とヘスティアは手の動きを止めてしまった。

 自分の眼下にある細い背中。そこに秩序だって書き込まれた、あたかも古代書の一ページを彷彿させる【神聖文字】の全体構図──【ステイタス】。

 一人のヒューマンに与えられし『神の恩恵』が示す成長過程を、彼女は戦慄の眼差しで受け止めていた。

 

 ベルが帰ってきて一夜明けた。

 

 極度の疲労から昨日丸一日を睡眠に費やし──ベルはヘスティアが一緒に寝ていることに気付いた瞬間悲鳴を上げた──早い時間帯に起きた二人達は現在、とりあえずということで【ステイタス】の更新を行っている。

 

 いつものようにベルの背にヘスティアが腰かけ、いつものように神血を用いて【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻んでいく作業……それがいつもとは異なりだしたのは、ベルの背に徐々に浮かび上がっていく【ステイタス】が信じがたい全容を描き始めてからだった。

 

 ──やっぱり早過ぎる。

 

 ヘスティアが『神の恩恵』を授けるのは、自分の【ファミリア】に加わったこのベルが初めてだ。彼女も伝聞で得た知識でしか『恩恵』の進捗情報について詳しいことは知らない。

 

 だが、幾ら何でもこれは早すぎる。ベルはまだ恩恵を刻んで二週間と少ししか経っていないにも関わらず既に【ランクアップ】間近。

 早過ぎるどころの話ではない、『成長』? そんなものではない、『飛躍』? いや、それ以上だろう。

 もし、皆が皆このような速度で成長するのなら既に北の果てに鎮座する竜は討たれているだろう。

 

「神様?」

 

「!」

 

 動きを止めたヘスティアを訝しんだのか、ベルが少し首をひねって仰いでくる。

 ヘスティアは笑って誤魔化しながら「ごめんごめん」と作業を再開させた。いや、再開する振りをした。もう【ステイタス】の更新はほぼ終わっていたのだ。

 

 いつも通り、【英雄追想(メモリア・フレーゼ)】を抜いた【ステイタス】を用紙に写してベルに渡す。

 それを見てベルは若干笑みを引き攣らせ、流石に自分の成長速度にビビっていた。

 魔法に至っては五回程度しか使用してないにも関わらず大幅に上昇している。

 

「神様…?」

 

「……」

 

 ヘスティアは迷っていた。【ランクアップ】間近なのを素直に伝えるか? と言う内容だった。

 即席の自信、即席の強さは傲慢を招く。

 ヘスティアは知っている。それがヒューマンに限らない子供達の性だ。傲慢は油断を引き寄せ、油断は死を呼ぶ。

 

 ベルがそんな傲慢や驕りを抱くような子ではないと確信しながらも一方、少年を過保護に見るヘスティアの心情が『もし』という可能性を切り捨てたがっている。ベルを失うかもしれないという『もし』だ。

 

 信頼と懸念、二つの感情を天秤にかけると、どうしても後者の方に傾きがちになってしまう。

 

「(でも、ありのまま告げないということは、この子を騙すことになる……)」

 

 そしてそれはベルの成長を阻むことになりかねない。

 何よりも自分を選んてくれた彼に対する不義理を働くことになる。

 己が宿している力の実態を知りもせず、本来の実力に見合わない相手と戦いに明け暮れ続けたところで、一体そこにどれほどの成長の余地があるだろうか。

 事実、【経験値(エクセリア)】の性質上、熟練度も実力が同等以上のモンスターと交戦した方が上昇しやすいと聞く。

 

 ここで伝える言葉を偽るということは、例え善意であったとしても、ヘスティアの手でベルの望みを潰す行為に繫がる。

 

 彼女の胸の内で一瞬の沈黙が生まれた。

 

「(……強くなりたい、か)」

 

 やがて、ヘスティアが選んだのは信頼だった。

 自制の心で不安を抑えつけ、天秤を無理矢理傾ける。

 

 今日まで一人で戦い抜いてきたベルには、冒険者としてのセンスがあるように思える。

 生き残るだけの『運』と『技量』を持ち合わせた彼は、きっと死なない。そう自分に言い聞かせてヘスティアは重々しく口を開く。

 

「……君はきっと…いや、必ず強くなる。そして君自身も、今より強くなりたいと望んでいる」

 

「……はい」

 

 ベッドに腰かけた姿勢で目を逸らさないベルに、ヘスティアは自分の両手を胸に抱いた。

 心細そうに目を伏せがちにして、吐露する。

 

「……約束して欲しい、無理はしないって。この間のような真似はもうしないと、誓ってくれ」

 

「ぼ、僕は……」

 

「強くなりたいっていう君の意志をボクは反対しない、尊重もする。応援も、手伝いも、力も貸そう。……だから」

 

 潤みそうになった瞳を我慢して、ヘスティアはベルに心底願った。

 

「……お願いだから、ボクを一人にしないでおくれ」

 

 その効果は、覿面だった。

 

 はっと肩を揺らし大きく目を見開いたベルは、何かを思い出すように、自分に課した約束を掘り返すように、うつむいて目を閉ざし自己の内面へもぐる。

 静寂がヘスティアの耳をくすぐる。二人にとって長い沈黙が訪れた。

 

「……はいっ」

 

 ベルが顔を上げる。

 ベルはそのままヘスティアの頭を撫でる。

 申し訳なそうな、泣き出してしまいそうな、喜んでいるような、そしてどこか吹っ切れたような顔だ。

 

「…む、だからといってボクを子供扱いしろとは言ってないぞ!!」

 

「ヒェ?! ご、ごめんない。 なんか…泣きそうな兎みたいだったから…」

 

「それを君が言うのかい?」

 

 ウグッとベルは心にダメージを与えられながらも笑みを浮かべ、それにつられてヘスティアも笑う。

 噓偽りのない一つの笑顔が、多くの言葉で飾るより遥かに信頼を預けてくる。

 

 目の前の少年は約束を守ってくれると、ヘスティアは確信することができた。

 

「無茶、しません。頑張って、必死になって強くなりにいきますけど……絶対、神様を一人にしません。心配、させません」

 

「その答えが聞ければ、もう安心かな」

 

 その胸に飛び込みたくなる衝動を堪え、ヘスティアもにこっと笑った。

 ややあって服を取りベルに渡してやる。照れたように「すいません」と言って着替え始める彼に背を向けて、ヘスティアは天井を見据えた。

 

「(……よしっ)」

 

 早速ベルのために動こうと決める。

 テテテテ、と規則性のない歪なフローリングの上を駆け、食器棚に飛びつく。中段ほどにある引き出しを開けて中を漁り始めた。ビラやバイトの通達書などでごちゃまぜになっている箱の中を手でかき回していると、すぐに目当てのものを見つける。

 

『ガネーシャ主催 神の宴』と書かれた、ある催しへの招待状だ。

 

「(ヘファイストスも来るよね……?)」

 

 この隠し部屋を恵んでくれた友人の顔を思い浮かべる。

 仕事に真面目で広大な都市の中をしょっちゅう飛び回っているため、彼女とは連絡を取ろうとしてもそう簡単には捕まらない。

 会うためにはこの催しを利用するしかないと判断する。

 開催日は……本(・)日(・)の夜。

 

 げっ、と漏らしたヘスティアは時間がないと慌ただしく動き始めた。

 

「ベルくんっ、ボクは今日の夜……いや何日か部屋を留守にするよっ。構わないかなっ?」

 

「えっ? あ、わかりました、バイトですか?」

 

「いや、行く気はなかったんだけど、友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ」

 

「だったら遠慮なく行ってきてください」とベルは了承した。友達は大切ですから、とむしろ笑って勧めてくる。

 

 勝手で悪いと思いながらもヘスティアは頷いて、クローゼットを物色する。

 何着しかない──ベルが無理矢理買ってきた──服の中で一番良い物を選びバッグに詰め、その他にも大事そうに小さな箱に詰められた石を背嚢の中にしまい込み、後はバイトのシフトを頼み込もうと、部屋の外に向かった。

 

 ドアに手をかけたところで、もう一度ベルの方を向く。

 

「ベル君、もしかして、今日もダンジョンへ行くのかい?」

 

「いえ、そんな事はないですけど……武器もだめになっちゃいしたし」

 

 自分の状態に加えて武器の状態も非常に悪い。こんな状態でダンジョンにでも潜ればそれそこ自殺行為だろう。

 そんな事を考えながらベルはヘスティアの言葉を否定する。

 

 ヘスティアは顔を振って笑ってやった。

 

「そうだね。 やっぱり君はまだ怪我をしてるんだからね」

 

「はい。神様、いってらっしゃい」

 

 嬉しそうに頭を下げたベルにえくぼを作りながら、ヘスティアはスタスタと部屋を後にした。





 『一人称“俺”ベル君』
・モンスター戦ではあんまり関係ないけど、対人戦に置いては躊躇がなくなったりでやべぇ強くなります。


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