この前、ざっくり今考えてるシナリオを書き出したら、ベル君過密日程過ぎて過労死しちゃいそうwww。
まあ、これも私からの愛だよ。ベルきゅん♡
「そう。また強くなったのね」
呟きが落とされた。
遥か下方に見える小さな白い影。足取りはおぼつかない様子で、けれど強い意思を孕んだ軍靴を流しながら。
彼女は興奮が醒めやらないと言うように、去っていくその影へ熱い視線をそそいでいた。
雲が動き、夜空に浮かぶ月が暗闇に包まれる室内を照らし出す。空はすっかり晴れており、月がよく見える夜へと変わっていた。
壁一面をまるまる占領する長方形の硝子。その窓際に立つ人物の立ち姿を、スポットライトのようにはっきりと浮かび上がらせた。
黒の薄いナイトドレスに包まれた、細身でありながら豊満な体つき。
冷たい月の光を浴びて一層神秘さを帯びるきめ細かな白皙の肌。
腰まで届こうかという銀の長髪は、氷の結晶を散りばめたかのように輝いていた。
「それでいい。貴方はもっと輝ける……」
その行き過ぎた己の美貌が映る硝子を、彼女──フレイヤは、手をついてカリと鳴らした。
白亜の塔、バベルの最上階。
塔の中でも最上品質にあたる一室で、部屋の主である彼女はベルを見下ろしていた。
「もっと、もっと輝いて? 貴方には、私に見初められた故の義務がある……」
その瞳には深い情愛と、そして自己より劣位の存在との間で成立する絶対優越があった。
フレイヤは執心していた。ベルに。
些事を放り出し、いっそ火のついた痴情を解き放ってしまいたいくらいに、美の女神は一人の少年に夢中になっていた。
フレイヤには、『洞察眼』というべき下界の者──『魂』──の本質を見抜く瞳がある。
それは神達の間で使用禁止と取り決められた絶対無比な『神の力』そのものではなく、あくまで性質、先天的能力なのでタブーには引っかからない。彼女は以前からこの瞳を用い、天界に建つ自分の館へ死没した下界の者……特に英雄と謳われるような戦死者を運んでいた。
コレクション、と言ってもいい。
その眼でどの神よりも早く死せる魂の色を把握し、気に入った者を己の懐へ囲っていたのだ。
死後、彼女の手による『
死を迎えておきながら、彼女のその目にとまった者達は幸福の絶頂だ。
『美の神』と称される彼女に永劫可愛がられるのだから。
それが自由を許されない、無限の束縛であったとしても。
美と愛を司る神フレイヤ。
正と負の二面性を併せ持つ、奔放で残酷な美の女神だ。
「より強く、より相応しく……それが貴方の義務」
他の神達がそうしていたように、自分の館を含めた天の領地を放り出し気の向くまま下界に降りてきても、フレイヤの趣味は変わらなかった。その瞳をもってして子供達の本質を、才能を、輝きを見抜き、より優れた『魂』の持ち主を自分の【ファミリア】に加える。
拒む者は誰もいなかった。拒める者は誰一人としていなかった。
フレイヤの魔性の美に逆らえる者は、存在しなかったのだ。
故に、彼女の【ファミリア】の構成員は周囲と隔絶した実力を持つ。【フレイヤ・ファミリア】はこの迷宮都市の中でも、最強の【ファミリア】の内の一角だ。
彼女の瞳の力を知っているロキには、『死に腐れチート能力』とまで言われている。
「私も、やっぱり強い男が好きよ?」
ベルを目にしたのは偶然だった。
あの日の朝、彼がオラリオに初めてきた時に、風に吹かれて空を見上げた彼とフレイヤの目が合った。
──欲しい。
一目見た瞬間、そう思った。
久しく感じていなかったあの感覚。全身がぞくぞくと打ち震え、下腹部は疼き、恍惚の吐息が喉の淵から溢れ出してくる。これまでがそうだったように、アレを自分のモノにしたいと、醜くも子供のような純粋な願望が頭をもたげた。
ベルはフレイヤの眼が今まで見たことのない色をしていた。透明の色だ。なににも関わらず、まるで後光のような物が彼の魂から放たれていた。
まさしく、美の女神たるフレイヤはベルの魂に魅了された。美の女神をも魅了しうる程の魂の輝き、強く、雄々しく、神々しく、確固たる不屈の意志を孕んだあの輝きを前に、フレイヤはどうしようもない劣情さえ抱いた。
その透明な魂の隣にいる、青く光…まさに雷光のようか輝きが、更に彼の魂の輝きを増幅させていた。
これからどのような色に変わるのか、それとも透き通ったままでいるのか?それともあの雷光と共に青白い光沢を放つのか、『精霊』との『未知』の共演を前にした神の興味がつきることはない。
ベルの背中を見守るその瞳には確かに慈愛がこめられていた。ただし、倒錯した慈愛だ。
フレイヤはその蠱惑的な唇に折り曲げた人差し指を含め、甘く嚙む。
扇情的な香りが一瞬で辺りを満たした。
「あら? ……うふふ、また気付いたの?」
視線の先、かなり小さくなっているベルが急に立ち止まり、塔の屋上にいるフレイヤへ一瞥を飛ばす。
その視線に対し、フレイヤは目を細めて笑みを深くする。
あの北のメインストリートで最初に見初めた時もそうだった。熱く昂った体に促されるまま視線を傾注させていると勘付かれてしまったのだ。彼の感覚は思ったより常人離れしており、鋭いらしい。
あるいは、少年を見つめる自分のこの『眼』が無遠慮過ぎるのか。
「(今まで見て来たこの中でも一、二を争うくらいには才能に愛されているのね。えぇ、そこもまた良いわね)」
正直に言えば、初めて目にしたあの時に取り込んでしまっても良かった。
異性と親しげに会話するその様子を観察しても籠絡は容易のように思えたし、他の神の『恩恵』を授かる前に取り込む事など容易だと思っていた。
それをしなかったのは単純にそのほうが面白そうだったから。結果的にヘスティアの眷属となったベルに対して、何故零細ファミリアに所属したのかは謎だが、あの輝きはヘスティアとは相性が良さそうだったし、尚且つベル本人の魂の輝きはヘスティアと共にいることで更に増していたので良しとしていた。
「(ヘスティアには悪いことをするけど…貰うわね、あの子)」
何にせよ、今回は趣向を変えて影ながら見守るのも悪くない。フレイヤはそう思う。
猫を可愛がるように自分の膝の上で見守るのも新味に欠けてきた。時には庭に放して目一杯遊ばせるのもいいだろう。
所詮、そこは自分の箱庭だ。
いつでも手出しはできる。
「貴方を私のモノにするのは待ち遠しいけれど……複雑ね、来ないでほしくもある。今この時こそが、一番胸の躍る時なのかもしれない」
きっとこれも今までがそうであったように、手に入れた後はいずれ関心も希薄となり、ベルのことも飽きていくのだろう。お気に入りの玩具は戸棚を飾る人形の一つに成り下がる。思い出したように棚から取り出し、存分に遊んで可愛がり、そしてまた戻す。
最初に感じていた期待と喜びは掠れていくものだ。感情は劣化していく。
愛と同じ。絶頂を迎えた後はゆるやかに下っていくだけ。完全で終結している『愛』は憧憬の対象にはなりえない。
それが虚しい、とはフレイヤは思わない。
愛とはそういうもので、そしてまた彼女は愛の女神なのだから。
故に、戸棚を飾る収集品は多過ぎるくらいがちょうどいいと、フレイヤはそう考える。
頰に触れる一筋の髪をすくい、耳の後ろにかける。
剝き出しの肩は月の光に儚く濡れていた。
時には恋する少女のような瞳を浮かべながら、フレイヤは愛おしそうにベルを見つめ続けた。
「えぇ。魂の輝きが増したし、これはご褒美ね」
試練ばかりじゃ面白くないないでしょうしね。なんてフレイヤはトン、と人差し指をその細い顎に当てながら褒美の内容について思案する。
首を少しだけ横に傾け黙考した後、名残惜しそうに眼下のベルから視線を切って歩み出す。
フレイヤの『眼』は他神による【ステイタス】の正体を看破できるわけではないが、色と輝きの具合を見ておぼろげながら見当をつけることはできる。
見るに、『魔力』のアビリティはかなり高い。成長増進系のスキルでも発現したのかしら?やっぱり興味が尽きない。なんて考えながらフレイヤはコツコツとヒールの音を静かに鳴らす。
「これがいいかしら?」
部屋の隅に鎮座しているのは本棚だ。幅は広く、高い。彼女の体を容易に覆いつくすほどに。
細い指が棚の中段に伸ばされ、ある分厚い本の背表紙に引っかけられる。コトンと音を鳴らして倒れ込み、彼女の手の中に収まった。
頁をめくり中身を確認すると、フレイヤは満足そうに頷いた。
「オッタル」
「はっ」
彼女が一つの名を呼ぶと、厳めしい声がそれに応える。
最初から室内に身を置いていたのか、入り口である扉の横に佇立している人物がいた。
錆色の短髪から猪耳を生やした獣人。岩のような体を持つ、二
彫像のように立つ彼は、主人であるフレイヤの次の言葉を番犬のごとく待つ。
「この本を……」
本を差し出そうとするフレイヤだったが、口にしていた言葉を中途半端に切った。
唇を閉じ、腕を戻してその一冊の本をじっと見つめる。
「どうかなされたのですか?」
「……ふふっ、いえ、何でもないわ。今のは忘れてちょうだい」
「は」
短く了解するオッタルからは既に意識を外し、フレイヤは手の中の本に微笑を向けた。
そうだ。重宝している配下に本をわざわざ届けてもらう必要はない。
もしこの偉丈夫が目の前に現れ無言で本を差し出してきたなら、あの少年は普通に剣を持って戦いを挑むだろうし、そうなればオッタルも一人の武人として相手するだろう。そうなれば、オッタルは【フレイヤ・ファミリア】の首魁でもあり、主神の事もある為、そこから『娘』のことを知られるのは面白くない。
手渡す必要はないのだ。彼が手にするだけでいい。
仕方ない、
彼を見初め、近づく為に画策し、一方的な出会いを果たしたあの大通り。
そこのすぐ側で営まれているあの店へ。
あの子に頼めば、なんとかしてくれるだろう。
薄暗い部屋の中、フレイヤは従者に見守られながらクスクスと笑みを漏らしていった。
太陽が燦々と空に輝いている。
時間は正午前。人通りでこみ合っているメインストリートを、僕は小走りで進んでいた。
神様が出かけた後、続くように部屋を出た僕は冒険者用の装備一式を着用せず、外へと向かった。
行かなければならない場所が二つほどあり、今日はそこに行くだけで終わらせるつもりだった。
神様に言われた通り、身体への負荷がまだ残ってある。12階層で出てきたモンスター達との戦闘ではかなり疲労したので、全快まではもう少しかかりそうな気がする。
だから、無理はしない。冒険もしない。間違ってももう無鉄砲な真似はしない。ただ、やれることをひたすらに取り組む。
目標を思い出し、約束を思い出し、もう忘れないと心に誓う。
神様に説き伏せられ、頭も冷えた。僕は、僕が持続できる最高速度で進んでいく。
辺りの景色が目まぐるしく代わり、それでも僕は足を速めて走り続けた。
時間が惜しいと思う気持ちは正直拭えないけど、それでもこれが一番あの人達に追い付くのに手っ取り早い近道だと思う。まあ多分近道なんてないのだろうけど…。
僕の身を真剣に案じてくれた神様の顔を思い浮かべながら、無理はしない無理はしない、と小さく口ずさみ、やがてある場所まで来ると足を止めた。
そう僕は今日、二つほど寄るところがあるのだ。
まずはその一つ目の場所に訪れる。
「ちょ…小心者の僕にはちょっとどころかかなり厳しいんだけどなぁ」
『Closed』と札がかかっているドアの前で頭をかく。
僕はちょっとその場で悩んでから、意を決して酒場『豊饒の女主人』へ足を踏み入れた。カランカラン、とドアをくぐった僕の頭の上で鐘が鳴り響く。
「申し訳ありません、お客様。当店はまだ準備中です。時間を改めてお越しになっていただけないでしょうか?」
「まだミャー達のお店はやってニャいのニャ!」
店内でテーブルにクロスをかけていたエルフの店員とキャットピープルの店員が、僕にすぐ気付いて対応してきた。
シルさんと同じ制服に身を包む彼女達は眉目秀麗に天真爛漫と、ずいぶん対照的だった。
どちらもかなり容姿が整っており、やはりこのお店のレベルは高いのだと内心思う。
「すいません、僕はお客じゃなくて……その、シルさん……シル・フローヴァさんはいらっしゃいますか? あと女将さんも……」
僕の言葉に少し目を丸くした二人は、何かに気付いたようにこちらを見る視線を改めた。
「あ!! 昨日シルに告白した白髪頭ニャ!」
「──ブフゥ?! え? 僕いつの間にそんなことしてたんですか?!」
「貴方は黙っていてください」
「ぶニャ!?」
「失礼しました。すぐにシルとミア母さんを連れてきます」
「は、はい……」
キャットピープルの店員さんへ見舞った一撃を見て、僕は
獣人の少女の襟を摑み、ずるずると引きずっていく金髪のエルフの店員を汗と一緒に見送った後、手持ち無沙汰になった僕は店内をぐるりと見る。
以前来た時とは様子が異なっていて、今は喫茶店みたいな装い。多くの冒険者がダンジョンにもぐっている昼間とそうでない夜とじゃあ、お客さんのターゲットが違うのかな?
そういえばカフェテラスもあったんだっけ。よく考えられてるなぁ……。
「ベルさん!?」
階段を急ぎ足で下りる音がして、すぐに店の奥からシルさんが現れた。
どうやら彼女達のなかでは昨日の僕のアレは告白だったらしく、先程のキャットピープルの店員さんの言葉を思い出して僕は気持ち悪いと思いながらも赤面してしまう。
「えぇっと、昨日いただいたお弁当の風呂敷と…シルさんが僕に渡したいものがあるとか…」
「はい、少し待っててもらえますか?」
そうシルさんは僕に告げてバックヤードへと戻る。
戻ってきたシルさんは、大きめなバスケットを抱えていた。
「ダンジョンへ行かれるんですよね? よろしかったら、もらっていただけませんか?」
「えっ?」
「私の手作りで…嫌、ですか?」
『?!?!?!?!』
「いえ!嬉しいです!!(え、ナニ?!厨房にいる人達、なんか急に動き留めたんだけど)」
少し首を横に傾けたシルさんは、照れ臭そうに苦笑する。
そのどこか優しい表情を見て、鈍感な僕でも察することができた。
元気付ける……いや、応援してくれているのか。
「……すいません。じゃあ、いただきます」
彼女の気持ちに気付いた僕は相好を崩してバスケットを受け取る。
見つめ合うシルさんもまた頰を少しだけ染め、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「坊主が来てるって?」
ぬぅ、とカウンターバーの内側にあるドアから出てきたのは女将さん──ミアさんだった。
突如として現れたえもいえない存在感に、僕は少し後退してしまう。
というか、ドワーフの中でも一層でかい。横も縦も優に僕よりある。
「シル、アンタは戻ってな」
「あ、はい。分かりました」
シルさんがお辞儀をして戻っていく傍ら、ミアさんはまるで僕を睥睨するかのような視線を向けて、そのまま何かに納得したのか、頷きながら視線を外す。
『シル、あれを渡しては貴方の分の昼食が無くなってしまいますが……というか…あれでは彼が…』
『あ、うん。お昼くらいは我慢できるよ?』
『ニャんで我慢してまであいつに渡すニャ? 冒険者ニャら昼飯くらい買える筈ニャ。それにシルの料理は…』
『いや、それは……』
『おーおー、不躾なこと聞くもんじゃニャいぜ、お二人ニャン。つまりあの少年はシルにとっての……これニャ?』
『違いますっ!!』
厨房の方が騒がしくなったような感じもしたけど、気にしている余裕がなかった。
僕はミアさんの前で不用意なことはしてはいけないと心に誓う。
「……坊主」
「何ですか?」
「冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初の内は生きることだけに必死になってればいい。背伸びしてみたって碌なことは起きないんだからね」
僕は目を見開いた。
あの時ミアさんもカウンターにいたから、僕の事情を見通しているのだろうか?
彼女はニッと笑みを浮かべる。
「最後まで二本の足で立ってたヤツが一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰ってきたソイツにアタシが盛大に酒を振る舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?」
ミア、お母さん……っ!
僕は感激した、ベルのなかでのミアの好感度が100上がった。
「気持ち悪い顔してるんじゃないよ。そら、アンタはもう店の準備の邪魔だ、行った行った」
くるりと回転させられてドンッと背中を押された。
呼吸が半分止まりながらも、僕の感謝の念はつきなかった。
なんだか、僕の心の隅にしつこく残っていた影が取り払われたような気がする。
【ロキ・ファミリア】のあの獣人の青年の言葉が、今は純粋な燃焼材に変身していた。
今できること、最高速度で、無茶なく、後は必死に生き急ごう。
お義母さんも言ってた、後悔した時、人は老いるのだと。
方針が完璧に固まった。
「坊主、これを持っていきな!」
「これは?!」
ミアさんは走り去ろうとしていた僕に声をかけて、一冊の本を投げ渡してくる。
「そいつは本でね、まあ此処に置いておくのは不吉でね、アンタにやるよ」
「え?不吉なんですか?!」
「いや、不吉な物を渡さないで頂きたい」とベルは口にするが、ミアが「強くなれるよ」というと即時に懐にしまい感謝を伝える。
全く現金な奴だと言った視線をミアはベルに向けながら、最後に去りゆくベルに言葉を投げる。
「坊主、アタシにここまで言わせたんだ、くたばったら許さないからねえ」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
勢いよく駆け出して店を出る際、僕はつい「いってきます!」と叫んでしまい、大通りを走っている間中ずっと顔を赤くさせっぱなしだった。
僕は今、北東のメインストリートを歩んでいる。
こっちの方面には最近来なかったなぁ、と僕は辺りを見回した。
大通りの両端に軒を連ねる大小の商店。酒場とかじゃなくて、工具などを取り扱うような専門的な店が目立つ。道を行く人々は様々な作業衣に身を包んでおり、いかにも職人風な姿。
【ファミリア】構成員ではない、
通りの奥には箱型の大きな建物……いくつかの工場が見える。
確か、オラリオの利益の大本である魔石製品は、この北東の通りで造られているんだっけ?
『工業区』
太い丸太を担ぎのっしのっし歩くドワーフに目を引っ張られつつも歩き続け、やがて大通りから外れると次第に細い道を移動するようになった。
まだ朝早い時間だけれど、太陽の光が届かない石造りの道は暗く、ひんやりと涼しい。仰げば見える狭い青空は綺麗だった。
高くそびえる巨大な市壁が視界の中でぐんぐんと迫ってきて、やがて都市の端に辿り着こうかというところで、僕は足を止めた。
細い路地を何度も曲がったところに、それはあった。
小ぢんまりとした、平屋造りの建物。
ところどころ黒ずんでいて汚れが結構目立つけど、やっぱりいつ来ても、まさに鍛冶屋! という雰囲気を醸し出している。
屋根の上には煙突が幾つも伸びていて、少し愛嬌みたいなものを感じてしまった。
その工房はメインストリートからは離れたところにあった。僕達のホームがある路地裏と風景が似ている。周囲はちょっと薄暗い感じ。
耳を澄まさなくても何かを打つ音……金属の打撃音が周りから響いてきて、
それは自然と雑音とは思わず、逆に調律のとれた音にも感じられた。
此処はオラリオの2大鍛冶師派閥である【ヘファイストス・ファミリア】の工房が連なる場所。
僕はその中でも一際デカい鍛冶場へと足を運び、いつも通りコンコンと扉を叩きながら中へと入る。
最初に感じたのは鉄の匂い。中は若干薄暗く、だが鎧戸から差し込む光が中を僅かに灯してくれる。
様々な種類の鉄器が棚や壁に置かれたり吊るされており、そこには鍛冶師にとっての半身でもある槌や、鋏などがずらりと並んでいた。
隅には一際デカい炉が鎮座しており、側には鋳鋼台や
仕切りも何もない一室の中に、鍛冶のための道具と設備がところ狭しと並んでいる光景。
本物の、鍛冶師の仕事場。
工房の
「ごめんヴェルフ、借りてた刀身を潰しちゃって…」
「お前、一体どんな無茶したら駆け出しの冒険者が俺の武器をたった一週間で使い潰すんだよ」
白髪の頭を思いっきり下げ、極東出身の者たちでさえも舌を巻くほどの美しいお辞儀でベルは謝っていた。
その相手は、赫灼の短髪に青色の瞳を持つ青年。
黒い着流しは汗で濡れており、所々が焦げている。青色のバンダナを頭に巻き付け、絶賛研磨中だった青年─ヴェルフは額に青筋を浮かべて怒っていた。
ヴェルフとベルは専属
良好な関係ではあるのだが、今だけは違う。
ヴェルフは怒っていた。
こんな武器を作らせたのもそうだが、何より駆け出し冒険者が『LV.3』である自分が丹精込めて打った長剣の片振りの刃をたった一週間で使い潰したのである。
乱暴に使った…という訳ではなく、単純に経年劣化のような、あくまで自然な形で刃がボロボロになっている。
おかしい、まだ駆け出しのベルには到底不可能。本来ならその使い手の技量に笑み浮かべ、挑戦心が湧き上がってくる気質のヴェルフでも流石に怒った。
「お前なぁ、どんな無茶してんだよ」
「……そのぉ、インファント・ドラゴンを何体も狩ったり、それ以外にも沢山モンスターを斬ったら…そうなった…んだよね」
「…はぁ?! 駆け出しがインファント・ドラゴン?! どうやってその階層に入ったんだよ!」
ヴェルフは驚いたように僕に問う。
そんなヴェルフとは対象的に僕はあっけらかんとした態度で説明する。
「え? 普通に入ったんだよ。階層を降りて、そしたら沢山出ててきて」
「…まぁ【ステイタス】の詮索は厳禁だわな。まあいいぜ、打ち直してやるよ」
「…うぅ、ごめんヴェルフ」
「はぁ、じゃあ約束しろよ。もうあんま無理しないってな」
「うん、わかったよ」
僕は真っ直ぐな瞳でヴェルフに向かって言う。
その言葉に嘘がない事など見れば分かる、と内心思いながらも再度ヴェルフは槌を握る。
そうして僕は申し訳なさそうに工房を出ようとした時、ヴェルフがそれを制止して大きな黒色の背嚢を投げつける。
「そいつはお前が注文した
「ありがとねヴェルフ」
「おう!とっとと行ってこい。一応ナイフも入れてあったから、探索のときはそれを使え」
「ごめん」と僕が返すと、ヴェルフは「さっさと行けよ」なんてサッパリとした返事を返す。
鍛冶炉に戻り、ヴェルフ槌を握る、ベルが使い潰した長剣を打ち直すためである。
僕はそれを見て、ヴェルフから貰った防具の入ったリュックを背負って鍛冶場を出ていく。
「あ、値段聞くの忘れてた」
僕のそんな情けない声は、いつも通り都市の喧騒に掻き消されていく。
夜。
月が空に浮かび、辺りには闇の緞帳が下りている。月光に薄く彩られた森林の一角では梟の鳴き声がホロホロとよく通っており、かすかな葉擦れの音と緩やかに絡み合っていた。
静謐な鳥の声は森を抜け夜風に乗り、草原の頭上を涼しく舞っていくが、ある地点を境にその流れを阻まれる。
巨大な壁だった。
城壁と言っても過言ではないほど厚く、高く、堅牢な、『市壁』だった。
巨岩で構築された防壁の内側からは暗闇を押しのける光が滲み、溢れ出てくる喧騒の波は外部の音を容易く塗り潰してしまう。
迷宮都市オラリオ。
神々が降臨する以前の『古代』と呼ばれる時代から存続する世界有数の大都市であり、同時に世界で唯一の迷宮都市だ。
周囲を市壁で囲まれる都市の形体は完璧な円形。外周部方面には比較的長大な塔や高層物が目立ち、中心地に向かえば向かうほど建物の背は低くなっていく傾向がある。すり鉢状の都市はどこもかしこも光の粒──魔石灯の光を宿し、あたかも星の海のように輝いていた。
広大な都市の中央には天を衝く白亜の摩天楼。
オラリオ全体を見回してもこれ以上高い建築物は存在せず、闇を切り裂いてそびえ立つ巨影は圧倒的な威容を放っている。オラリオに訪れた者が最初に目にするのがこの塔で、そして意識をしばし奪われるのもこの塔だった。
ダンジョンの『蓋』として機能するこの摩天楼施設『バベル』を中心にして──つまり都市の名称通り
オラリオはダンジョンを有するその特性から、他のどの都市、どの国よりも冒険者が多く存在する。大陸中に散らばり猛威を振るうモンスター達の根源であり、世界三大秘境とも言われているダンジョンには、未だ誰も触れたことのない『未知』が眠っている。そして『未知』は多くの命知らず達、飽くなき探求心を持つ冒険者を引き寄せるのだ。
無論、利欲に執着する冒険者達も数多い。無限に生まれるモンスターから無限に獲得できる魔石とドロップアイテムは巨富を生み、そして強大な怪物を物語の英雄のごとく打ち破ることで名声も派生する。オラリオの気まぐれな神々は面白がってその誉れを称え、冒険者の意思とは関係なしに、彼等の名はあっという間に世界に認知されるのである。
未知という名の興奮、巨万の富、輝かしい栄誉、そして権威。
全てがこの都市には揃っている。
そして、そんな夢に魅せられた大勢の者がこの地には集うのである──中には運命の出会いを求める酔狂な者もいるかもしれない。
『世界で最も熱い都市』。
オラリオはそのようにも言われていた。
「あっ、あそこにいるのはド貧乏【ファミリア】代表のタケミカヅチ君じゃないか! おーいっ──フヒヒ」
「あっ、あの年がら年中幸の薄そうなシケた顔はタケミカヅチさんじゃないですか! おーいっ──フヒヒ」
「このクソ神どもがぁ……!?」
よって、必然。
冒険者達より未知という存在に飢え、娯楽を求める彼等『神々』が、世界一熱いこの都市に先んじて身を置こうとするのも、また然りだ。
ある敷地内。
通常では考えられない数の神達が、群衆さながら大きな団体を作り上げていた。
「よっす」
「おお、おひさー。何百年ぶりだっけ?」
「ん、四日ぶりだな」
「あー、そんな会ってなかったかー。お前も随分変わっちまったなぁー」
「話が嚙み合ってないところ悪いんだが、『宴』の会場はここで合ってるのか?」
どこか胡散臭いオーラを放つどこか胡散臭い彼等を見下ろす建物は、一つ。
点々数多と光をちりばめる巨大な都市オラリオの中でも、ソレは異彩を放っていた。むしろ奇怪を極めていた。
象の頭を持つ巨人像が、白い塀に囲まれただけのただっ広い敷地の中で、胡坐をかいてデンと座っている。
像の大きさは三〇Mはくだらないか。見さらせと言わんばかりに威風堂々と胸を張るその姿は、見た者にちょっと変わった感情を喚起させることで有名であった。今は無数の大型の魔石灯によってライトアップされている。
驚くことなかれ、これは歴とした建造物なのである。
浅黒い肌に引き締まった肉体を持つイケメンの神ガネーシャが、何を思ったのかこれまでの【ファミリア】の貯金をはたいて建造した巨大施設。
【ガネーシャ・ファミリア】の本拠、『アイアム・ガネーシャ』である。
構成員達の間でもっぱら不評であり、彼等は泣く泣くこの建物を出入りしている。ちなみに入り口は胡坐をかいた股間の中心だ。
『ガネーシャさん何やってんすか』
『ガネーシャさんマジパネェっす』
貴族然とした正装を着込んだ人並み外れた美丈夫達が、笑いながら股間の中をくぐっていく。
彼等は全員が全員、神だ。
今日ガネーシャ主催で開かれる『神の宴』の来賓達である。
『神の宴』とは、詰まるところ、下界にそれぞれ降り立った神達が顔を合わせるために設けた会合だ。どの神が主催するのか日程はいつなのか、そのような決まりは全くもってない。ただ宴をしたい神が行って、ただ宴に行きたい神が足を運ぶ。神達の気まぐれと奔放さの一面がここに示されていた。
『本日はよく集まってくれたみなの者! 俺がガネーシャである! 今回の宴もこれほどの同郷者に出席して頂きガネーシャ超感激! 愛しているぞお前達! さて積もる話はあるが、今年も例年通り三日後にはフィリア祭を開催するにあたり、みなの【ファミリア】にはどうかご協力をお願いしたく──』
建物の外見とは異なり落ち着いた内装の大広間。
設けられたステージの上では巨大な象の仮面を被った人物が──外の建物と全く同じ格好をしたガネーシャが、馬鹿でかい肉声で宴の挨拶を行っていた。周囲の神達はお約束とばかりにガネーシャのスピーチを聞き流し、各々談笑している。
会場は立食パーティーの形式が取られていた。純白の
人で溢れんばかりの会場はざっと見回しても、オラリオのほとんどの神達が集まっていた。
『神の宴』の招待状は、開催する【ファミリア】の動員力の可能な範囲で配られるので、参加人数は主催側の規模によってまちまちだ。
【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオの中でも指折りの【ファミリア】なので、この迷宮都市内で居を構えている神達には全てお呼びの声がかかっていた。
ヘスティアもその一人である。
「むっ! 給仕君、踏み台を持ってきてくれ、早く!」
「は、はい!」
がやがやとざわめきが絶えない中、ヘスティアは【ガネーシャ・ファミリア】の構成員が務めるウエイターを使い、多種多様の料理と格闘していた。
彼女の体格では、テーブルの奥の方にある料理には手が届かないのだ。
「(さっ! さっ! さっ!)」
「……」
持参したタッパーに日持ちのよさそうな料理を次々と詰めこんでいくヘスティア。それを見せつけられる給仕の青年はなんとも言えない顔をする。
もし此処にベルが居れば、ヘスティアの頭をどついてそそくさと帰っていただろう。
見れば、彼女のみ豪奢な衣装やドレスではなく、少しフォーマルな感じで誤魔化した普段着だった。
『あれ、ロリ巨乳来てんじゃん』
『ていうか生きてたのか』
『いや、あいつ北の商店街でバイト頑張ってるぞ。露店で客に頭撫でられてた』
『さ・す・が・ロリ神……!!』
当然、そんな振る舞いをしていれば目立つ。どの出席者との話にも興じず並べられる料理を貪っているのだから、その外見的特徴と相まって、神達の目にとまるのは早かった。
自分が馬鹿にされているのは目に見えているので、ヘスティアはちょっかいを出されない限り無視を決め込むつもりだった。口の中にも料理を放り込みながら、むくむくと丸い頰っぺたを動かしていく。
「何やってんのよ、あんた……」
「むぐ? むっ!」
脱力したような声がヘスティアの側から投げられる。
振り向くと、瞳に映るのは燃えるような紅い髪と真紅のドレス。
線が細くありながら鋭角的である顔立ちは秘めた意志の強さを表していた。耳につけた貴金属のイヤリングはむしろその炎のような美貌に力負けしている。
そしてそんな美貌の中でも目を引くのが、顔半分を覆い隠してしまっている黒色の皮布だ。
右眼に大きな眼帯をした麗人が、呆れた色をした左眼でヘスティアを見下ろしていた。
「ヘファイストス!」
「ええ、久しぶりヘスティア。元気そうで何よりよ。……もっとマシな姿を見せてくれたら、私はもっと嬉しかったんだけど」
一つの溜息の後に天井を見上げるヘファイストスは腰まで伸ばした長髪をきらめかす。天井の魔石灯の光を浴びるその紅色の細糸の束は、砂糖が練り込まれたように輝いていた。
いつ見ても綺麗な髪だと思いながら、ヘスティアは嬉しそうな顔をして彼女に駆け寄る。
「いやぁ良かった、やっぱり来たんだね。ここに来て正解だったよ」
「何よ、言っとくけどお金はもう一ヴァリスも貸さないからね」
「し、失敬な!」
逆にヘファイストスは友好的ではない目付きを作って、ヘスティアに辛辣な物言いをした。
ヘスティアがベルと会う前に厄介になっていた神友が、このヘファイストスだ。
付き合いは長く親友といえる間柄であるが、このオラリオに住みついてから【ファミリア】も作らず全く働こうとしなかったヘスティアへの信は、ヘファイストスの中でガタ落ちになっていた。
堪忍袋の緒が切れて【ファミリア】のホームから追い出した後も、ヘスティアは散々ヘファイストスを頼りにきて、やれお金がないだの仕事が見つからないだの雨を凌げる場所が発見できないだの、とにかく彼女の手を焼かせに焼かせたのだ。
元来面倒見がいいヘファイストスはこの小さな神友を甘やかすわけにはいかず、かといって厳しく突き放して行き倒れにさせるわけにもいかず、当時は対応に悩まされたものだった。
結局、教会の隠し部屋を与え、今のバイトを探してやったのもヘファイストスの手配りだ。ヘスティアが独力でかなえたものといえば、【ファミリア】にベルを加入させたことくらい。
実はヘスティアは、ベルの前では大人ぶってはいるが、一人では何もできない
無論、ベルはそれを一目見て見破っているが、根っからの善人であるベルはそんな事ひと言も言うことはなかった。
「ボクがそんなことをする神に見えるかい! そりゃあヘファイストスには何度も手を貸してもらったけど、今はおかげで何とかやっていけてる! 今のボクが親友の懐を食いあさる真似なんかするもんかっ!」
「たった今、普通にタダ飯を食いあさっていたじゃない」
「うっ……いや、これは、どうせ残るんだし……粗末に捨てるくらいならボクが有効利用してあげようかなー、なんて……」
「ほーほー、立派じゃない、そのケチ臭い精神。わたしゃあ、あんたのそんな姿に感動して涙が止まらないわよ」
「ぐぬぅ……!」
ハンと鼻を鳴らすヘファイストスにヘスティアは悔しそうに唸る。
そんな中、コツコツ、と。
靴を鳴らす楚々とした音が、ヘファイストスの後ろから近付いてきた。
「ふふ……相変わらず仲が良いのね」
「え……フ、フレイヤっ?」
ヘスティアの視界に現れたその女神は、容姿の優れた神達の中でも群を抜いていた。一線を画してしまっていると言ってもいい。
新雪を思わせるきめ細かな白皙の肌。細長い肢体は宙を泳いだだけで見る者を魅惑するような色香を漂わせており、小振りで柔い臀部とその上に乗るくびれた腰は、直視することが理性に危うい。金の刺繡が施されているドレスは胸元が開いており、生地一枚に閉じ込められた十分な容量を誇る形のよい胸は、暑いのか、谷間が桜色に染まっている。
黄金律という概念がここから摘出されたかのような、完璧なプロポーション。
睫毛は儚く長く瞳は切れ目で涼しく、相貌は後光を発するごとく凛々しく。
もはや超越していると形容してもいいほどの比類ない美貌。
美に
「な、何で君がここに……」
「ああ、すぐそこで会ったのよ。久しぶりー、って話していたら、じゃあ一緒に会場回りましょうかって流れに」
「か、軽いよ、ヘファイストス……」
「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」
「そんなことはないけど……」
常に薄い微笑を湛えている美神が問いかけてくる。
ヘスティアは口を曲げながら言った。
「ボクは君のこと、苦手なんだ」
「うふふ。貴方のそういうところ、私は好きよ?」
止めてくれよ、とヘスティアは手を振った。
他の神達から頭一つ飛び抜けた容姿を持つこのフレイヤは、『美の神』と呼ばれる、神々の中でも特に見目麗しい者達の中の一人だ。
基本的に移り気な神達が、涎を垂らして夢中になってしまうほどの力──『美』が彼等彼女達にはある。下界の者が一目見ればその瞬間より骨の髄から虜になることだろう。
だが、『美の神』達は一様に食えない性格をしている。
これも他の神々が霞んでしまうくらいに。
程度はあれど、あまり関わりたくないというのがヘスティアの本音だった。
「おーい! ファーイたーん、フレイヤー、ドチビー!!」
「……もっとも、君なんかよりずっっと大っ嫌いなやつが、ボクにはいるんだけどねっ」
「あら、それは穏やかじゃないわね」
悲報、フレイヤ様生存の危機。
『罪状』・アルフィアとヘラの寵愛の対象たる『ベル』に見初められてしまい、手を出そうとしてしまったこと。
情状酌量の余地なしとの事でもしアルフィアとヘラにバレればエラい事になり、男神達は阿鼻叫喚の渦となり滂沱の涙を流すだろう。
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