千束ちゃんと男オリキャラが付き合うお話。
彼との話をしようと思う。
初めましては店員とお客さんとして。
喫茶リコリコ。お客さんがいないゆっくりとした時間に、彼はやってきた。
ドアベルの音に視線をやると、入店してきたのは同い年くらいの男子。
顔は特別カッコいいわけじゃないし、むしろちょっと小太り。身長もそこまで高くない。でも目元とか雰囲気の感じから、いい人そうだと思った。
「いらっしゃいませ~、1名様ですか?」
パタパタと駆け寄って、案内しようとする。
けれど、返事はない。
「あの……?」
「け、」
「『け』?」
「結婚してください」
「は?」
これが、彼との初対面。今考えてもあり得ないプロポーズだった。
彼にはプライドというものがなかった。彼がどれだけアプローチしてきても、私は
「はいはい」
「ありがとねー」
って感じで、適当にあしらい続ける。そのたびにミヅキに
「お前も懲りねえな」
と笑われる始末。
それでも彼は
「思う念力岩をも通すって言いますから、来年にはきっと……!」
と、阿呆みたいに目を輝かせていた。
お客としては、悪いやつではなかった。
私目当てに毎日来るわけではなく、学校やバイトの兼ね合いもあり、週に1、2回程度。
無駄に長居しないし、絡んでもこない。珈琲一杯だけじゃなくて先生のお手製甘味も頼む。何より美味しそうに食べている。
たまに目が合うと
「これめっちゃ好き」
「珈琲の味ちょっとずつ分かってきたかも」
とか言ってくる。
その好みが絶妙に私と被っていて、話が盛り上がってしまったこともしばしば。
映画の話をすれば、次お店に来るときにはその映画を観てくれていて。また話が弾んだ。
「今度デートいかない?」
「ごめ〜ん。私は皆の千束ちゃんですから〜」
最後の一言だけが余計だった。
彼の初来店から数ヶ月が経った。
この頃になると、常連のお客さんにも彼の存在は浸透していた。
ただ、初手のプロポーズ発言を知っている人はおらず、それ以降は軽めのお誘いしかされていなかったため、変にからかわれることはなかった。
「はい負けー、残念でしたぁ」
「くっそぉ……!」
常連のボドゲ大会にもたまに参加していて、今日は彼と私の最下位争いだった。
彼が来ると盛り上がる。なんかこう……うまーくやってくれるのだ。
刑事である阿部さんが、色々複雑な事件──DAが処理する事件は、基本的に警察は関与できない──で微妙に沈んでいるときは、かる~くお喋りしながらいつの間にか勝たせていたり。
漫画家の伊藤さんが、いつも通り締め切りギリギリで煮詰まっているときは、気持ちよくボロ勝ちさせたり、逆に瞬殺して原稿書けと急かしたり。
同じく作家の米岡さん。40代とは思えないほど元気な米岡さんは、彼と一緒に盛り上がり、勝ち負けによらずバカ騒ぎしている。
彼は意外と気配りが上手くて、話していてすごく楽だった。
何となく私とキャラが似てる気もして、でもやっぱり少し違くて。
私は自分の好きなようにやった上で、人にも気を遣うようにしてるけど。彼は人にも気を遣った上で自分も好きに楽しんでる感じ。
カウンター越しに密かに──隠せていなかったが──悪い虫ではないかと警戒していた先生も、それなりに気を許していて。
かく言う私も
「まじで一目惚れ」
「世界一可愛いと思ってるから」
今までならハイハイって流し、時には大袈裟に騒いでいたそれも、さすがにノリや冗談じゃないと分かってしまうから
「ありがと」
なんて言って、喜んじゃったりしていた。
彼に対する認識が変わったキッカケは、あまり良くないものだったかもしれない。
その日は真夏日。お客さんも彼しかいなくて、いつも通りミヅキが酒瓶片手に一杯……では済まず、何杯もやっていたところ
「こうもあっついと客も来ないし……逆にアンタはよく来るわね」
「店長の珈琲が美味しいのと、千束がいますから」
「健気だねぇ……そうだ、じゃあ酒でも入れてみたら?」
なんて言うもんだから、
「おい酔っ払い、いい加減にせい」
「ミヅキ、飲み過ぎだぞ」
私だけでなく先生からも苦言を呈されていた。
「いいじゃない。私たちの頃は高校生でも居酒屋入れたんだし。ほれ、飲んでみ飲んでみ」
そんな風にお猪口を勧めるミヅキに、彼は
「あーすみません、俺日本酒苦手で。甘いのしか飲めないんですよ」
と、衝撃の事実をぽろりと零してしまった。
その後、彼は一瞬だけやべっ、という顔をして
「ほら、日本酒とかワインって、匂いからしてなんかヤじゃないですか」
と弁明をしていたが、私も先生もミヅキも、誤魔化されはしなかった。
「……まあ、外ではやらんようにな」
先生の絞り出した一言に、彼も
「うす……」
と神妙に頷いていた。
ある日、偶々お店に私しかいなくて、お客さんも彼だけという日があった。
ミヅキは所用で出掛けてて、先生も自治会の何やかんやで少しだけお店を外していた。
珈琲と三色団子が届いたばかりだった彼は、先生から
「食べていきなさい」
と言われたため食事を続け、食べ終えた後は何となく二人で雑談していた。
入り口のプレートは『CLOSED』にしているからお客さんは来ない。だからふと聞いてみた。
「ねえ、お酒ってそんないいものなの?」
「お酒とか知りません」
「そういうのいいから」
今さら惚けようとする彼をぶった切って、もう一度訊ねる。
「それで、お酒ってそんないいものなの?」
彼は開き直ったように、あっけからんと言う。
「いやー、美味しくはないかな。甘いやつならジュースでいいし、それ以外は不味い」
「うそだぁ」
「ほんとほんと。ビールは苦いし、ワインも渋い。日本酒なんて、人に勧めるとき『これ飲みやすいから』って言ってくるのよ」
「それ飲み物として終わってない?」
「終わってる」
ミヅキが飲んでる日本酒は、美味しくはないらしい。
「ならなんで飲んでるの?」
「馬鹿になりたいから、かな」
彼曰く、
酔いが回ることでタガが外れて、いつもは見れない他人が覗けたり、自身も細かいことを気にしなくなるらしい。
あとは嫌なことを忘れたい時とか。毎日独り酒のミヅキはこっちだろう。
「ふーん」
お酒には興味ないけど、いつもは見れない他人、いつもと違う自分というのには興味が湧いた。
「私が酔ったらどうなるんだろ」
「めちゃくちゃ可愛くなる」
「私はいつも可愛いでしょ」
「確かに」
「君は酔ったらどうなるの?」
「変わらない、かな?」
「なにそれつまんない」
「えぇ……じゃあ強いて言えば狼になります。千束と飲む機会があれば、それはもうガブッと」
「そんな機会は来ませーん」
そんなくだらない会話をしているうちに、先生が帰ってきて、彼もお代を払って帰っていった。
そして、色々、諸々、何やかんや……はなかった。ただ、私の早上がりの日に、彼が来ていたから。
一緒に帰って、時間があったから映画を観ようってなって。映画館だと観たいやつは時間が合わなくて、それならうちでって話になって、それから──
「ごめん! 千束が可愛くて、我慢できなかった」
翌朝、本気で謝ってくる、けれど多分本音では謝っていない彼に
「…………あっそ」
私は怒ることも、いつものように軽口で返すこともできなかった。
「千束、順番逆になってごめん。昨日言ったこと、改めて言わせて……俺と付き合ってほしい」
こんな事を言われても、頭の中を占めるのは『昨日』という単語。
並んで映画を観ているうちに、なんだかそういう雰囲気になって。興味もあったし、彼とならまあいいかなって思って。
触れられて、触れて。
何度も名前を呼ばれて、必死に呼び返してしまって。
自分が自分でなくなるほどの快楽を思い出してしまう。
何より、行為に移る前に告白した、私の胸──鼓動のしないこの胸のことを知っても
「大好きだよ、千束」
って、そういってくれたから。
だから
「……いいよ」
私を好きな彼というのを、本当の意味で受け入れてしまった。
◇◇◇
一目惚れだった。
たまたま入った喫茶店にいた、赤い給仕服を着た女の子。
見た目もスタイルもとびきりいい。
綺麗な女子っていうのは、それこそ掃いて捨てるほどいるが……今までとは格が違う、どう足掻いても勝ち得ない素の美しさがあった。
何言ってんだと思われるかもだが、初手プロポーズなんて大失態をかましたくらい、錦木千束に一目惚れしたのだと、わかってもらえればいい。
こう言うと最低だが、顔、身体、性格の順で好きになって。ウザがられないように、けれども『やさしい男の子』にはならないように。
そうやって、距離を縮めていった。
ミヅキさんの日本酒ネタに反応したのは、やらかしたと思った。けれどよくよく考えれば、ラッキーだとも思った。
未成年飲酒は悪いこと、皆知ってる。でも、やっちゃいけないことほど楽しいのだ。校則の抜け道を使ったお洒落、補導される時間帯の散歩、隠れた飲酒。挙げればキリがない。
近づいた距離感と、偶々打つことになった布石。
好奇心の強い千束だ。酒を一緒に飲めたら、そのままいい雰囲気になったりして──なんて下心も、正直あった。高校生なんてそんなもんだ。
でもそれは、まさかの方向に実った。
「私、20歳まで生きられないの」
「心臓丸ごと人工心臓でね、それがあと数年で止まっちゃうの」
「私はお酒が飲めるまで、生きられないの」
「それでも好きって、言ってくれる?」
一滴のアルコールもない。あるのはただ、重たい事実のみ。
千束が一人暮らしをする部屋で、いい感じの雰囲気になって。そこで告げられた、赤い制服の下の、鼓動のない胸のこと。
掌を導かれて、本当なんだと知った。
多分、普通なら、やばいくらいの地雷案件。それでもなお、
「大好きだよ、千束」
彼女だから、想いが変わることはなかった。そして
──一足飛びに、繋がった。
順序は間違えてしまったが、念願の千束との交際を果たした。
彼女は色んなことを話してくれた。
DAという国家組織、リコリスという元孤児の殺し屋、アラン機関から与えられた人工心臓。千束の過去について。
あとはまあ、経営が成り立っているとは思えない喫茶リコリコが何故存続しているのか、とか。
「その制服ってそういう意味だったんだ」
「気づいてたの?」
「千束の高校どこだろって調べたことがあって。でもそんな真っ赤な制服、東京のどこにもないから」
「あーね。これ目立つんだよねー」
制服の胸の辺りを摘む千束、思わず視線が止まってしまう。豊かな膨らみに見惚れ、その柔らかな感触を思い出していると
「ヘンタイ」
「はい、その通りです」
「さっきまで真面目な話、してたよね」
「はい」
と、怒られてしまった。
でも殺し屋なんて非日常の存在。それを伝えるための張り詰めた空気は、自然と緩んでいた。
付き合ってから知ったが、千束は意外と重い……一途な女の子だった。
幼少期の『救世主さん』を今でも尊敬しており、リコリスにあるまじき非殺傷のゴム弾を使っているそうだ。
ちなみにそんな我儘が通るのも、彼女が赤い制服──ファースト・リコリスの座にいるのも、弾丸を避けられるほどに目が良いからなんだとか。
その目と運動神経の良さから、銃を使わない戦闘能力も高いらしく、疑った際には店の地下で喧嘩擬きをさせられた。
そして、拳も蹴りも、一発すら当てられずに床に転がされた。
これでは男の矜持が、ダイエットがてらジムでも行こうかな、それとも恥を捨てて千束に教わるとか……
そんな事を考えていると
「今までのことは、聞かないであげる」
「君が今まで、誰と何をしてても、許してあげる」
千束は笑っているのに目だけ笑っていない、まったく許していない口調で言う。そして
「でも私が生きてる間に他の女に浮気したら」
「そのときは……ね?」
と、いつの間にか抜いていた拳銃を額に突き付けてくる彼女は、この上なく恐ろしく、そしてこの上なく綺麗だった。
──非殺傷のゴム弾しか使わない千束に、実弾を使わせる
そんな最期も悪くないのでは、とそんな事を思ってしまう俺は、きっと末期だった。
◇◇◇
錦木千束。
DA本部からリコリコ支部に異動になった私、井ノ上たきなが、学ぶべきとされた女性だ。電波塔事件を一人で解決した、規格外のリコリス。
そんな彼女は、変な人だった。
「よろしく相棒! ち・さ・と、で〜す!」
「私の方がお姉ちゃんか、でも『さん』は要らないからね。ち・さ・と、でおけー」
「リコリコへようこそぉ、うひひっ」
なんて、本当に変な人だった。
人柄だけでなくやっている仕事も、国を守る公的機密組織のエージェントたるリコリスとは思えないものばかり。
ようやく取り掛かった仕事にも、『命だいじに』なんて言う始末だ。
そして極めつけには
「あ、たきな、まだ帰んないで」
「まだ何か仕事ですか」
「いやまあ仕事っつーか、紹介?」
「紹介」
ファースト・リコリス錦木千束、店長であるミカ、元DA情報部のミヅキ。
リコリコ支部を形成する人物を紹介されるのだろうと、そう思った。
待つこと暫し、喫茶リコリコのドアが開く。入ってきたのは、一人の男性だった。
身長は170センチあるかないか、制服を着ていることから高校生だろう。体型は標準的で、少なくともリコリスや訓練された人間特有の隙のなさは感じられない。おそらくミヅキのような裏方なのだろう。
そう考えた。
「おっ、きたー。遅いぞぉ」
「無茶言うな、これでもバイト終わりに全力で来たわ」
「おぉ、おつかれさまー。そんじゃ千束さんのスーパー可愛いスマイルで癒してあげよう」
元からテンションの高かった千束が、さらにハイになって男性に絡んでいる。
「あの…、」
「あ、ごめんたきな!」
私のことを忘れていそうだった千束は、改まって彼の隣に並ぶと、
「紹介するね。うちの常連であり、そしてなんと! 私、錦木千束のカ・レ・シ、で〜す!」
「……は?」
そんな、リコリスにあるまじき関係性を暴露するのだった。