――春/2 [火]*1
ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!
「!? な、なに⋯⋯!?」
翌朝。心地よいまどろみに浸っていたアメは、戸を激しく叩く音に驚いて飛び起きた。何が何だかわからず左右を見回していると、外から焦れたような声が聞こえてくる。
「アメ! 朝よ! 起きて出てきなさい!」
「え、リン⋯⋯?」
寝ぼけ眼をこすりながら、アメはそそくさと身支度を整える。すぅ⋯⋯。表に出た途端、柔らかな日差しが降り注ぎ、朝の空気が肺いっぱいに流れ込んだ。まばたきを繰り返すうち、ぼんやりしていた意識がだんだんはっきりしてくる。
「村の一員にするために、早く大切なものを⋯⋯」
「⋯⋯俺は反対だぜ。得体の知れんヤツをここに置くわけには⋯⋯」
小屋の前では、リンと、しかめっ面で両腕を組んだキスケが向かい合っていた。なんだか揉めているみたい。邪魔しないほうがいいかな、と所在なさげに二人のやりとりを眺めていると――
「おはよう、アメ。良い朝ね!」
「……リン、おはよう。あ、キスケも」
「⋯⋯⋯⋯」
リンの挨拶。アメも二人へ返したが、ただひとり、キスケだけはそれに答えなかった。リンとのいざこざが原因だろうか。心のざらつきが波導の乱れにも表れている。
「今日は約束通り、あなたの仕事について説明しようと思っていたのだけれど⋯⋯」
「お仕事?」
「寝ぼけてるの? この土地の対価に働くんでしょう? 約束は守ってもらわなきゃね」
まったく、とリンは右腕を腰に添える。⋯⋯そうだった。45万ポケの借金と、「
「とはいえ⋯⋯昨日の夜に急な予定が入ってしまって、残念だけど、契約書がまだできていないのよ⋯⋯。だから、今日は自分で仕事を見つけて過ごしなさい」
「自分で⋯⋯」
「ええ。働かないと、対価を得られない⋯⋯対価を得たいなら働くことね! そうして過ごしていくうちに、何も持たないあなたでも、きっと大切なものが見つかるはずだから!」
仕事を探せと言われても……まだアメは、
「⋯⋯それにしても。なんで俺まで、叩き起こされてここまで来なきゃならねえんだ?」
「出荷品をまとめる場所を作ってもらおうと思ってたのよ。お願いできるわよね?」
「まあ、仕事っていうなら」
不承不承ながら仕事を引き受けるキスケに、アメも納得がいく。時計がないので正確な時刻はわからないが、陽の高さからして、おそらく午前6時を過ぎたあたりだろう。こんな朝早くから、ろくに説明もされず連れ回されたのなら――今までのキスケの態度にも頷けるというものだ。
「アメ、キスケさんの邪魔はしないように。私が見ていなくても、契約書が巻かれていなくても、あなたには労働の義務があるわ。私は午後6時にまたここへ来るから! サボっていたらここを追い出すからね!」
リンが立ち去り、その気配が十分に遠のいたところで、キスケは肩をすくめた。
「やれやれ⋯⋯」
そして、一度だけ息を吐いてから、ようやくアメに目を向ける。
「てめぇも、かわいそうなやつだなぁ⋯⋯無理矢理労働させられる羽目になっちまって⋯⋯」
「⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
数秒の沈黙。二人の間に緊張が漂う。無言のまま、キスケは右腰のベルトポーチをまさぐり、そこから何かを取り出した。
「ほら、これ」
「え?」
「ああ、あとこれも」
渡されたのは、100ポケと一本のオノだった。100ポケ硬貨はともかく、オノはリオルの小柄な体にずしりとくる。落とさないよう、アメは両手で抱え直した。お金は嬉しいけど、なんでいきなり⋯⋯?
「てめぇ、対価が無いと働けねえんじゃねえか? 俺が仕事をやるよ」
キスケは小屋の前に聳える一本の木を指し示した。周りには、それなりの大きさの石が五つ。土の色つやからして畑には向いていそうだが、このままでは土地を耕す以前の問題だろう。
「そこに邪魔な木があるだろ? お願いなんだが、あの木、切り倒してくれよ。俺らはストライクみてえに“いあいぎり”は使えねえからな。代わりにそいつを使ってくれ。頼んだぞ」
対価を貰った以上、断る理由もない。木の根元まで歩み寄り、オノを横薙ぎに構える。腕の力だけで振るうのではなく、体の隅々まで波導を巡らせ、オノの刃にも波導を纏わせ――
「えいっ!!」
――一刀両断。続けて、切り株も叩き割る。とりあえず、ころころと転がってきたクリを拾っておく。あとでキスケに聞いた話によれば、このときできた残骸は、切り株の分も合わせて木材23個分になったらしい。
「ほーう⋯⋯従順なもんだな。助かったぜ。じゃあ、次の仕事もしてもらおうじゃねえか」
「次のお仕事?」
「ほら、先払いの対価だ。働かないと、対価は得られない。対価を得たいのなら、働かないとな」
今度の対価はツルハシ。それでアメも、次の仕事の内容に予想がついた。
「次の頼みは、そこにある全ての石を片付けてほしいんだ。てめぇが“いわくだき”を使えるなら、それで片付けりゃいい。ツルハシは念のためだ。さあ、対価はもう得ただろ? 働けよ」
その『念のため』が役に立った。”いわくだき”を使えないアメは、ツルハシで――ガツンッ! ガツンッ! ガツンッ! 石の塊ひとつにつき石材1個、合計で5個。額の汗を拭い、掘り出した石材を愛用のカバンにしまう。
「しっかり働くやつは嫌いじゃないぜ」
「クワと⋯⋯これって、種?」
「ああ、カブの種だ。次はそこの畑を耕して、そいつを撒け。もうわかっているだろ? 俺の言うことは聞けるよな?」
作業の結果、露わになったのは、目測だが、縦3メートル×横5メートル、およそ15平方メートルの黒々とした土の広がり。これもまた、”たがやす”で代用できるのだろうが、この技を扱えるポケモンは限られている。それこそ30種類もいないだろう。もちろん、リオルも例外ではない。なのでアメは地道にクワを入れていき、ちょうど畝が1メートルほど形になったところで――
「よしよし、その調子だぜ。そうだな⋯⋯そのまま二列ほど畝を作ってもらおうか。んで、そのあと、耕した土に種を撒いてくれ」
完成した畝は、長さ3メートルのものが二本。アメは種袋の裏に書かれた植え方を参考に、作業を進める。
一つの畝に二条ずつ、条間は約40センチ。株間30センチで小さな植穴を作っていく。一列に十箇所――ではなく、畝の端に余裕を持たせて九箇所。三十六箇所すべての植穴を用意してから、それぞれに四粒か五粒ずつ種を落とし、掌で撫でるようにして薄く土をかぶせた。
「植物が育つために、何が必要かわかるだろ?」
「お水だよね?」
「そうだ。次はこのジョウロが対価だ。水を汲んできて、さっき植えた種に撒いてこい。その家の裏に水が湧いてる。まずは、そこでジョウロに水を入れてこい」
水汲みに向かう途中、小屋から少し離れた場所に、屋根付きの炉と金床が据えられていた。古びてはいるが、薪を積む場所や鍛冶道具もあり、かつては作業場として使われていたのが窺える。
それから小屋の裏へ回ると、周囲を石で囲まれた小さな水場があり、そこへ岩肌から湧き出した水が細い滝のように流れ込んでいた。アメはジョウロを水に沈め、いっぱいになるのを待ってから引き上げる。おっとっと……こぼさないよう両手で抱え、畑までとことこ運んでいった。
「⋯⋯健気なもんだ。じゃあ、次の仕事だが⋯⋯」
まだあるんだ、と身構えかけたアメの手に、キスケは二枚目の100ポケ硬貨をぽんと置く。
「リンが言うには、今植えたカブには使い道があるんだとさ。だから、大切に育てるんだ。間違えても台無しにするんじゃねえぞ。⋯⋯わかったか?」
「うん!」
仕事というよりは、教えというべきか。植えた野菜を大切にする。ごく当たり前のことだ。⋯⋯いや、教えというのなら、一連の作業そのものが畑仕事の手ほどきだった。これ⋯⋯仕事という体で、いろいろと教えてくれたのかな? 口は悪いけど、キスケは優しい人みたいだ。
「リン曰く、てめぇには労働って枷が嵌められてるらしいじゃねえか。ただ俺の言うことに従うのは楽しくなかったろ? 仕事っていうのは、人から命令されるとただの苦役になっちまう。仕事を楽しくするには、自分でやりてぇことを見つけて自由に選び取ることだ」
とキスケは、そこまで語ったところで――
「あ、そういや、まだ名前も名乗ってなかったか。俺の名前はキスケだ。これからよろしくな。なんかあったら、俺を頼ってくれていい」
「よろしくね、キスケ。困ったときは、頼らせてもらうね」
ぎゅっと二人は握手を交わす。掌を包むキスケの手は、とても大きくて温かかった。
「さて、俺も俺の仕事に取りかかるか。てめぇも暇なんだったら、そこの荒れ果てた庭を片付けたり、村を散策してみたり⋯⋯好きなことをして過ごせばいい」
「好きなこと⋯⋯」
「てめぇはもう自由なんだ。この
正直アメは、キスケの言い分の半分も理解できていない。けれど、その声音にこちらを案じるような色があるのだけは感じ取れた。⋯⋯ノンキに暮らしを楽しむ、かぁ。難しく考えずに、風の向くまま、気の向くまま⋯⋯うん、そうしてみようかな。
「俺の頼みを、いろいろ聞いてくれてありがとうな。疲れたろ、これやるよ」
「え、つくし?」
「ほら、食ってみな」
「え、えっ⋯⋯?」
つくしが食用の山菜なのは間違いない。間違いないが、生で食べるものではないはず⋯⋯。アメは腹を決める。尻込みしつつも、五本のつくしのうち一本をつまみ――
もしゃ、もしゃ、もしゃ⋯⋯。
みずみずしいのに、独特の苦みと土っぽい風味がどっと押し寄せてくる。ま、まじゅい⋯⋯。鏡があったなら、苦虫を山ほど噛み潰したような顔が映ったに違いない。おえ、と吐き出すのを堪えたのは、幼くとも女の子としての見栄と矜持からか。
「どうだ? ちょっとは腹の足しになったんじゃねえか?」
「うん、まあ⋯⋯」
「もっと欲しけりゃ山や村を散策してみな。そこら中に食えるモンが生えてやがる。疲れて何もできねぇときは、野草をつまんで空腹を凌ぐといい」
……それはちょっと。野草食を否定するつもりはないが、生のまま食べるくらいなら、不思議のダンジョンへ木の実やリンゴを探しに行くほうがいい。食べるにしたって、せめて火を通してからにしたい。つくしを生で食べた苦い経験は、早くもアメの中で無視できない教訓になっていた。
「じゃ、俺はそこで仕事に取りかかるぜ。てめぇは自由に遊んでな」
キスケは肩に担いでいたノコギリを下ろし、木材へ刃を当てる。ギコ、ギコ、と規則正しい音が辺りに響き始めた。
一方のアメは畑を見渡す。畝はあと三本作れる。カブの種も余っている。ひとまず、この中途半端な土地を耕すところからかな? よし! と気合いを入れ、アメは再びクワを手に取った。
名前 :アメ
性別 :メス
種族 :リオル
レベル:Lv.6
タイプ:かくとう
特性 :せいしんりょく / いたずらごころ / ???
持ち物:――
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『アメ』
カバン(容量12個)
・25ポケ → 225ポケ
・オレンの実
・オノ New!!
・ツルハシ New!!
・クワ New!!
・ジョウロ New!!
・カブの種×5 New!!
・クリ×1 New!!
・木材×23 New!!
・石材×5 New!!
・つくし×4 New!!