士郎がセイバーを庇い、斧剣の直撃を受けた。
血が飛び散り、少年の体が地面に転がる。 セイバーが即座に駆け寄るも、意識はもうない。
イリヤはそれを見て、興味を失ったように肩をすくめた。
「……もういい。こんなの、つまんない」
彼女はバーサーカーの方へ視線を戻し、小さく息を吐く。
「ーリン。次に会ったら、殺すから」
イリヤは撤退を決めた、その瞬間だった。
路地の奥から、一人の女が歩いてくる。
羽根つき帽子に、古めかしい貴族的な装束。
金糸の刺繍が夜の灯に鈍く光る。
右手に肉まん、左手にコンビニのビニール袋。
セイバーが目を見開いた。
「…!?貴方は!!なぜ!」
凛が振り返る。
「あ、あなた誰よ」
女は肉まんを頰張りながら、平然と答えた。
「私か?私は時計塔のマリアだ」
セイバーが声を荒げる。
「なぜ!なぜ貴方がここにいる」
「コンビニに寄っていた。夜も揚げ物を購入できるのは、とても有り難い。コンビニ…良い文明だ」
イリヤがゆっくりと顔を上げる。
興味深そうに、その異様な格好の女を眺めた。
「可哀想だけど、見られちゃったから…殺すね」
彼女はバーサーカーに命じる。
「あれも壊しちゃって!バーサーカー!」
バーサーカーが咆哮する。
「■■■■■■■■■■■───!」
マリアは肉まんを最後まで頰張り、ゆっくりと落葉を構えた。
口の中は生地と肉餡で満ちている。
「はふぁふぇ、はもなくわふぁる(下がれ、さもなくば狩る)」
マリアの警告も虚しく、斧剣は振り下ろされる。
マリアは左手にビニール袋を持ったまま、前ステップで回避した。
肉饅を咀嚼しながら、袋を揺らさず、片手で落葉を振るい、数合打ち合う。
イリヤの目が輝いた。
「片手でバーサーカーの攻撃を!?すごいすごいすごい!!気が変わったわ!バーサーカー!思いっきりやっちゃえ!」
マリアが短く言った。
「むしゃむしゃ、ゴクンッ…待て」
イリヤ「え?」
「すまんセイバー。コレ、持ってて」
彼女はスタスタとセイバーに近寄り、コンビニ袋を彼女に押し付ける。 セイバーはとっさに受け取り、「…は?」と呆気にとられた。
凛がしばし絶句し、ようやく口を開く。
「……セイバー、あの人、知り合い?」
「先日、シロウの家に泊めた魔術師です」
「…は?」
「時計塔の執行者、と名乗っていました」
「…は?」
両手を使えるようになったマリアが、落葉を分離させて二刀に構える。 斬撃を重ねるが、刃は弾かれ、有効打にならない。
イリヤが笑った。
「あんたの攻撃なんか受けても、バーサーカーはびくともしないんだから!」
そこでマリアは落葉を再び合体させ、左手にエヴェリンを構えた。 骨髄の灰を込めた銀の弾丸を装填し、次の振り下ろしを直前で撃ち抜く。
弾丸が命中する。 バーサーカーの巨体が一瞬、がくりと膝を落とした。
その隙を逃さない。
マリアは前に踏み込み、右手をバーサーカーの胸部に突き入れる。 指が肉を割り、肋骨の隙間を抉り、内臓を掴む。 完全に引き抜くことはしない。
だが、大量の血が噴き出し、確かな手応えがあった。
バーサーカーの体が大きく揺れる。
十二ある命のうち、一つが消えた。
イリヤの顔色が、みるみるうちに失われていく。
「……ウソ。ウソ、ウソ……。なんで。なんで、バーサーカーの体が……。あんなに頑丈なのに……傷が…どうして……」
声が震えている。 さっきまでの興味や興奮は消え、ただ理解できない現実を前にしている子供の声だった。
「血が出るなら、殺せるはずだ」
マリアの言葉にセイバーが目を見開く。
「……今の一撃、通ったのですか?」
凛が絶句したまま、ようやく言葉を絞り出す。
「……は?ちょっと待って。今の、本気で効いてるの?あのサーヴァントに?」
二人の視線が、血まみれの手を下げたマリアに集まる。
しかしその瞬間、再生したバーサーカーが即座に反撃する。
斧剣はマリアの胴を捉え、彼女の体が壁に叩きつけられた。
骨が軋む音。口の中に血の味。
それでもマリアはむくりと立ち上がる。 輸血液を取り出し、右太ももに突き立てた。 血が体内に流れ込み、傷が急速に塞がっていく。
凛が声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って、何なのあれ!?執行者ってあれが普通なの!?」
マリアは金属音を立てて落葉を再び二分割した。
左右の手に一本ずつ握り、ためらいなく自らの腹部へ突き立てる。
刃が肉を割り、内臓の近くまで達する。 血が勢いよく噴き出し、白い狩装束を赤く染める。 痛みに顔を歪めることもなく、ただ淡々と刀を引き抜いた。
引き抜いた刃に、自らの血をたっぷりと纏わせる。 血は刀身を伝って滴り、やがて刃そのものに沿って伸びていく。 リーチが明らかに長くなり、斬撃の軌跡に遅れて血の飛沫が爆発するように広がる。
イリヤが後ずさった。
「えっ……な、なにそれ。自分で自分を刺して……あなた、頭おかしいの?」
セイバーも、凛も、言葉を失っていた。
しかし、血の刃を振るうマリアは、徐々にバーサーカーの攻撃を見切り始めていた。 前ステップで回避しつつ間合いを詰め、遅れて爆発する血の飛沫がバーサーカーの回避を困難にする。 手数で押し返し、再び有効打を入れる。
そうして、十二ある命のうち、二つ目が消える。
イリヤの声が完全に裏返った。
「な、なんなのよあなた!サーヴァントなの!?マスターは!?」
「私は聖杯戦争参加者じゃない」
イリヤは頭を振った。
「信じられない信じられない!もうイヤ!もう飽きた!バーサーカー!もう帰るよ!」
マリアが短く呼び止める。
「あ、待ってくれ。バゼットしらない?」
イリヤは舌を出して逃げた。
「はぁ!?そんなの知らないし!知ってても教えないよーだ!べーっ!!」
捨て台詞を吐いたイリヤさ、夜の闇へバーサーカーを伴って消えた。
戦場に残されたのは、血まみれのマリアと、瀕死の士郎、そしてセイバーと凛だった。
マリアはセイバーからコンビニ袋を回収し、中の揚げ物を確認する。 まだ温かい。
「運ぶぞ。彼の自宅へ」
凛が声を上げる。
「ちょっと待ちなさいよ。あなた、本当に時計塔の執行者なの?なんで衛宮君の家を知ってるのよ。本当に泊まったの!?」
「執行者だ。先日、泊まった」
「どういうこと?」
「長い話だ。今は彼を運ぶ」
セイバーが士郎を抱き上げ、三人は夜の道を歩き始めた。
衛宮邸に到着し、士郎を布団に寝かせる。
セイバーが状況を簡単に説明したあと、凛が改めて質問を重ねる。
「さっきの戦い方は何? あの、胸を抉る技は」
「内臓攻撃だ」
「……は?」
「バーサーカーに傷を負わせた攻撃は、それだ」
凛は頭を抱えた。
「あなた、サーヴァントなの?それともマスター側?」
「どちらでもない。執行者だ」
マリアはそこで話題を変えた。
「遠坂凛。貴公はバゼット・フラガ・マクレミッツを知らないか。時計塔の参加者だ」
凛が少し考えてから答える。
「時計塔の参加枠なら、名前くらいは聞いたことがある。でも詳細は知らないわ」
「そうか」
それ以上は追及しなかった。
結局、マリアと凛はそのまま衛宮邸に宿泊することになった。 セイバーと凛は士郎の看病を優先し、マリアは居間のソファで目を閉じる。
翌朝。
台所から、カレーの匂いが漂ってきた。
士郎がゆっくりと目を開ける。 体はまだ痛いが、意識ははっきりしている。
リビングに出ると、テーブルにカレーが並んでいた。 市販のカレールウに、昨夜のホットスナックの揚げ物を入れただけの、ごく家庭的な味だ。
セイバーが素直にスプーンを運ぶ。
「カレー…おいしいですね」
凛は一口食べて、拍子抜けしたように呟いた。
「あら、意外と普通の味ね」
マリアは淡々と食べ続けている。
士郎が恐る恐る口を開く。
「今朝からカレーって……なんでさ」
マリアが顔を上げた。
「暫く、ここに置いてもらう」
士郎、セイバー、凛が同時に声を揃える。
「「「……は?」」」
ちなみに主人公は、屋根上で警戒しているアーチャーにもカレーを差し入れた。
めっちゃ驚かれた。