テーブルの上に、市販のカレールウで作ったフライドチキンカレーが並んでいた。
昨夜のホットスナックを刻んで載せただけの、ごく簡単な味だ。
それでも湯気が立ち、居間に穏やかな匂いが満ちている。
衛宮士郎、セイバー、遠坂凛、そしてマリア。
四人でスプーンを運ぶ。
しばらくして、マリアが口を開いた。
「暫く、ここに置いてもらう」
三人の動きが止まった。
「「「……は?」」」
士郎が目を丸くし、セイバーが静かに視線を上げ、凛がスプーンを置いた。
「宿が爆発に巻き込まれた」
マリアは続けた。
「宿無しになった、泊めてくれ。駄目か?」
士郎が慌てて手を振る。
「お、俺は大丈夫だけど……」
「だめよ、衛宮君」
凛が即座に遮る。
「こんな得体の知れない魔術師が、いつまでも居座ってどうするの」
セイバーも低く同意した。
「そうです、シロウ。これ以上、不確定な要素を増やすのは避けた方が良いでしょう」
凛が腕を組む。
「そもそも執行者が宿無しとか、おかしいでしょ。宿の取り方、知らないの?」
「取れないことはない」
マリアは淡々と答えた。
「だが、士郎の味噌汁が美味かった。毎日味噌汁を作ってほしい。宿泊費は出す」
セイバーがわずかに目を細めた。
「……たしかに、シロウの味噌汁は美味いです」
凛が呆れたように息を吐く。
「あ、あなたねぇ…味噌汁を毎日作れって……それ、意味わかってて言ってる?」
「ん?味噌汁を毎日作れ、ということだろう」
「……呆れた。さすがに外国人ね」
マリアは福神漬けを口に運び、ボリボリと音を立てながら短く付け加えた。
「私の心は常に日本にある。サシミも食えるぞ。イカソーメンだったか…あれは実に良い。漁村を思い出す」
凛はもう何も言わず、席を立った。
「漁村?……はぁ…まあいいわ。私、先に行くから。衛宮君、変なことに巻き込まれないでよ」
凛が玄関を出て行き、戸が閉まる音がした。
居間に残された空気が、わずかに緩む。
そのしばらく後。
玄関の戸が開く音がした。
間桐桜と藤村大河が顔を出した。
大河が最初に声を上げた。
「おはよー!士郎ー、ご飯まだ——って、誰この美人さん!?二人も!?……はっ!?これみんな士郎の彼女さん!?もしや……士郎のハーレム!?」
士郎が顔を真っ赤にして否定する。
「なんでさ……!ち、違う違う!」
桜が少し表情を曇らせた。
「先輩……この方々は?その…どういった、ご関係なんですか?」
士郎がセイバーを差して理由を話す。
「いや、彼女でもないし。友達じゃなくて………そう!お、親父の知り合いなんだ。切嗣が飛び回ってた頃、知り合った人の娘さんなんだ」
セイバーの視線が、一瞬だけ鋭く細められた。
「切嗣」という名に、反応した。
大河が次にマリアを指差す。
「この凄い格好の人も?」
「あ、えーっと……そう!切嗣の関係者!」
マリアが静かに頷いた。
「切嗣……切嗣…ああ…衛宮切嗣か。そうだな…まあ、同業者と言ったところだ」
桜が戸惑いを隠せない。
「そんな人が、なんで先輩の家に……」
「ホテルがガス爆発の影響で泊まれなくなった。宿無しだったから、ここを頼った。それだけだ」
士郎がフォローする。
「そ、そういう事だ。今日からしばらく、うちで暮らすから。よろしくしてやってくれ」
マリアは二人を交互に見た。
「二人を紹介してくれ」
士郎が大河を指す。
「藤村大河。俺は藤ねえ、って呼んでる。俺達が通ってる学園の教師だ」
次に桜を見る。
「間桐桜。俺の後輩。よくここに来て、一緒に飯を作ってくれるんだ」
マリアが短く、呟いた。
「それはつまり……通い妻、という事か?」
桜の顔が一気に赤くなった。
「貴公は士郎のことが好きなのか?」
桜は何も答えず、さらに俯いた。
マリアは桜にだけ聞こえる声量で、淡々と言った。
「なら、押し倒したまえよ」
桜の頭から、目に見えて湯気のようなものが出た。
士郎が慌てて割って入る。
「な、なに桜に吹き込んでいるんだ!?」
「ちょっとした人生の先輩からのアドバイスだ」
大河が目を輝かせて近づいてくる。
「なになに?今なんか面白そうな事言った?聞かせて聞かせて!」
マリアは首を横に振った。
「秘密だ。それが甘いものなら、尚更な」
大河が「ちぇー」と唇を尖らせる。
それでも朝食は進んだ。
桜と大河もカレーを分け合い、短時間で食べ終える。
「じゃあ、そろそろ行くか」
士郎が席を立つ。
「私も行きます」
後に続くセイバーに士郎は混乱しつつも、桜と大河を伴い玄関へ向かう。
戸が閉まり、衛宮邸に静寂が戻った。
マリアは一人、居間に残された。
彼女はゆっくりと立ち上がり、ただ佇む。
両腕を左右に広げ、左手を高く掲げる。
それは「交信」そのものだ。
誰に向けているのか、何を伝えようとしているのか。
答えはない。
そのまま、動かない。
金糸の刺繍がわずかに揺れる。
時間だけが、静かに流れていく。
昼を過ぎ、午後になり、やがて夕方。
玄関の戸が開く音がした。
士郎が先に入ってくる。
「ただいま——って」
言葉が止まった。
居間の中央で、マリアがまだ同じ姿勢のままだった。
右腕を横に広げ、左手を高く掲げ、斜め上を見上げている。
セイバーが即座に半歩前に出る。
大河が後ろから覗き込んで悲鳴に近い声を上げた。
「ひぃっ!?な、なにそのポーズ!?」
桜が後ずさる。
士郎が恐る恐る声をかける。
「……何してるんだ?」
マリアはゆっくりと腕を下ろし、こちらを振り返った。
「……”交信”だ」
それだけだった。