──朝。それは一日の始まりの時間であり、朝の過ごし方次第でその後の一日の運命も変わったいくことになるだろう。朝ごはんを食べるか否か、学校に遅刻するか否か──朝の過ごし方は十人十色。
世の男性諸君はいかがお過ごしだろうか。常日頃から貞操の危機に瀕している人もいれば、もう初体験を奪われてしまった人もいるんじゃないだろうか。そんな人達には素直に尊敬の念と俺は常に男子の味方であるという言葉を贈ろう。
さてさて、そんな俺の朝の過ごし方だが──
「……んっ……おはよ」
「出てけ」
「今更何を言うか」
「開き直るんじゃないよこの馬鹿タレ」
「馬鹿タレはハルの方だよ。だからこの私を押し返そうとする手をどけて」
「無理」
「どうやらハルは真っ向勝負がお望みのようで……!」
「甘いなリン……! 君と同じ能力値の俺に勝てるとでも……!?」
「寝ている時のハルは耳が弱いのを知ってる。だからそこを責める……!」
「うおおやめろやめろ……!」
家族兼幼馴染の勝手に添い寝していた志摩リンとの攻防戦から始まる。
こやつは俺に対しての好感度が中々に異常でね……最早最近は俺の寝室がリンの寝室になりつつあるんだよ。
え、今の耳が弱い発言はスルーしていいのか?? 俺そんなことされてたの?? 怖いよリン。
リンがこんな風情の欠片もない行動をするようになったのはいつ頃だろうな……中学くらいからかね。小学生の時から布団に潜り込んで来ることはあったけど今みたいに欲丸出しじゃなかったからな。あの時の純粋なリンに戻ってくれ〜……
そんなことを考えながら必死こいてリンを遠ざけることに何とか成功した俺だが……毎朝毎朝やめて欲しいよ。俺の切実な願いを受け止めてくれリンマジで。
「今から着替えるから自室に帰れ」
「やだ」
「ここで着替えるとかは言わせないからね?」
「ここで着替える」
「人の話聞いてんの??」
「ほら、お互いに身体は見せ合ったことあるんだし今更恥ずかしがることないよ」
「語弊があるぞ。アレは一方的にリンが脱いだだけだろ」
「ハルは全裸だったでしょ」
「突っ込んで来たのはどこの誰って話だけど??」
その言葉と共に蘇る昔の記憶──とは言っても割と最近な気がする。
中学の頃だったかな。俺がゆっくりと湯船に浸かってリラックスする至福の時間に身を委ねていた時、突如として風呂場の扉にうっすらと人影が映ったのだ。
まさかと思った俺は扉をすぐに力一杯に閉じようとしたのだが、ほんの少しの隙間から服をはだけさせたリンの顔がぬるりと姿を現したのだ。
その瞬間に俺のお稲荷さんもリンに見られ……何を思ったのかは知らないが急に馬鹿力になってさ。その時の攻防戦は今でも覚えてるし、だから俺が風呂に入ってる時は洗面所の鍵は閉めさせてもらっている。
リンの両親も何か注意して欲しいものだが……前も言ったけど婿に迎える気満々なんだから困る。
「……」
「……」
「……え、ほんとに帰らない気? 制服自室にあるだろ」
「いや、あるけど」
「まさか昨日からここで着替える気だったのか君は」
「ご明察」
「……トイレで着替えるわ」
「じゃあ私も」
「狭いだろ」
「狭いね」
「じゃあリンはどうするべきかな?」
「一緒に着替える」
「そっか。だったら一人で行け」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「最近お笑いハマってんの??」
最早ここまで来るとコントみたいになってるねこの朝の攻防戦。いや笑い事じゃないけどね? 割と本気で貞操がやばいから。
抱きつくくらいはもういいんだよ。抵抗のしようがないから。流石にリンも寝ている間には過激なことはしないみたいだし……だからと言って寝る前とか寝起きに襲いかかってくるなって話なんだけどね。
唇を何度奪われそうになったことか……唇を許してしまえば芋づる式に貞操まで辿り着かれてしまうからその一線は死んでも守る。
別にリンのことが嫌いって訳でもないんだけど……もっとこう、やりようがあるだろう。こんな価値観だから仕方がないのかもしれないけどさ。
「はぁ……向こう見てるならいいよ。お互いにね」
「……………まぁ、いいか」
「見るなって言ってるの分かってるよね?」
「ちょっと何言ってるか「部屋に南京錠」混浴しよっか」
「ごめん俺が悪かったからほんとに」
「分かったよ。見ないようには努力する」
「努力する気あるのか……?」
畜生。何でこんな朝っぱらからリンに生着替えを見られなきゃいけないんだ。どうせ努力したけど無理だったとか何か言って見るつもりだろうこの脳内ピンク本好き人間め。
***
「眼福眼福……」
「おはようございます……」
「おはよう二人とも」
明確な視線を感じながらの着替えを終えた後、俺たちは二人揃ってリビングへ。そこにはリンの母親である
この二人はとても温厚で怒っているところを見たことがないが、渉さんから何かと昔話を聞かされることが多い。そんで、その大半が咲さん関係のもので……なんだかんだ言って結局惚気話になるんだからリンと同じ血を引いているのだとよく思う。
ただね……その影響なのか分からないけどリンと俺がくっつくことをどうも夢見ているみたいで外堀は完全に埋められている。俺の両親は今は海外だが恋愛に関してはリンとしか許さないみたいな感じになってるんだよね。主にお母さんが。
普段の温厚な態度はどこへやら……いい人達なのに。
「あ、俺作りますよ弁当。すぐに終わるんで」
「あ、そう? ごめんねいつも任せっきりで」
「住まわせてもらってるんですからこれくらいは当然ですよ」
「うーん、やっぱりハル君はよく出来た子だね。小学生の頃から態度も大人じみていたし」
「そんなそんな……」
「その分、色々と身の守り方はきちんとして欲しいけどね」
「リンに言ってもらって欲しいんですけど……」
「リンはハル君に惚れ込んでいるからね……無理なお願いかもね」
「そっすか……」
この世界で特に男性が身を守る術を身につけるべき時期は中学から高校の間辺りだろう。恐らくは渉さんもそういう経験があるからこそのアドバイスをしている訳だし……リンには目を瞑っているのは解せないが。
既婚者ならではの重みのある言葉だ。しっかりと記憶しておこう。
咲さんも咲さんで意外とファンキーな一面もあるからな……渉さんとくっついた経緯も色々と気になるところではあるが、それを聞いたらリンとくっつく気満々だと思われてしまう。
……別にリンとくっつくこと自体に抵抗感とか忌避感はないんだけど……何度も言うけどもっとやりようがあるだろって話。
普段からこんなに欲丸出しにされてちゃロマンチックな雰囲気になることなんてありゃしないんだよ。
普段から官能小説でも読んでるのかってぐらい欲丸出しだからさ……もっと純愛の物語を読もうよ純愛を。少しでも影響されて欲しいものだね。
「にしても……やっぱり手際がいいね。リン以上に家事得意だもんねハル君は」
「慣れたら簡単ですよ。それに習慣化してるんで今更変わらないですよ」
「花婿修行……」
「聞こえてるぞリンさんや」
「大丈夫。私がもらってあげるから」
「何故に上から目線……」
家事ってのは嫌々やるものじゃなくて日常生活の中の当たり前として定着させるもの。そうなれば早起きすることも……リンのせいで強制早起きだけど。
洗濯だって掃除だってキャンプと同じ要領でなんべんも試して試してようやく技術知識が身につくものだからね。一朝一夕で身につくものじゃないさ。
世間的には家事ができる男性ってのはとんでもなく優良物件として扱われる。女性が基本的に参画している社会において男性は育児家事に専念する人が多いのだ。
こういうところもあべこべになっているのは中々に面倒だ。
男性ってのは高貴な存在とした扱う人もいるらしくてさ……変な宗教団体があるって噂も聞いたことがある。
今のこの世の中は男性が生きやすいのか生きづらいのか……分からないね。
***
「あー眠い……」
「夜更かししてたの?」
「んー……まぁ、捉え方によってはそうかもしれない?」
「私に聞かれても?」
「それはそっか」
「……」
リンに滅茶苦茶密着されながら登校して無事昼休みへと突入。リンは図書委員の仕事があって席を外しており、今は俺とリンの共通の中学からの友人──
彼女は中々にマイペースな性格をしているが面倒見は何かとよく、男子の俺にとっても話しやすい数少ない女子の友人だ。
リンとは違ってのほほんとしているからリンによって散々掻き乱されまくった心も癒えるんだよね。彼女が飼っている『ちくわ』というチワワをよく見て癒されるし。
こんな世界においてもこういう女子はいるんだなと常日頃から思っている。欲っていう欲が全く感じられないから凄い新鮮。
出会った当初は結構男子耐性がなかったのかリンを通して話すことが多々あったが、今はこうして二人きりでも上手く話せるようになったのは純粋に嬉しい。
そもそも男子が女子と昼ご飯を一緒に食べること自体、男女両方から驚かれることなんだ。
校内の男子は全員がお互いに顔見知りな為よく集まっているのだが、斉藤さんやリンとの関係は大丈夫なのかとよく聞かれる。
リンとの関係に関してはまぁアレだけど……
ともかく、こういう欲がないってのは男子にとってはありがたいものなんだよ。
「男の子の友達と食べなくていいの?」
「だいじょぶだいじょぶ。あいつらとはよく外食してるし、一同に会することもあるから」
「……やっぱりハル君って変わってるよね〜。普通女子と食べようなんて言う男子いないよ」
「そりゃ変な女子とはしないよ。斉藤さんは信頼してるから平気」
「……そ、そっか」
「リンに比べたら雲泥の差」
「リンは相変わらずだね〜……ちょっと羨ましかったり……」
……まぁ、ここは聞こえていない振りをするとして。
男子グループはよく秘密裏に作り上げた基地で集まって食事を共にしたりするのだが、俺はこの世界において恐らくは五本指には入る自ら進んで女子と関わろうとする男子である為、こうやって抜け出す日も多々……
だいたいリンに引きずられて無理やり一緒にさせられるんだけどね。
だけどその程度で俺の評価が下がる訳もなく、本気で貞操は守れと常日頃から言われている。
俺たち男子の友情は運命的な強い糸で繋がれているんだ。喧嘩しようが離れ離れになろうが、そんなことで切れるような絆じゃないのさ。
この世界においては男子と男子の繋がりは重要過ぎて常識になりつつあるからね。
そんな俺の数少ない信頼できる女子が斉藤さんという訳だ。中学からの付き合いでこうして二人で時間を過ごすには少し時間を要した。
さっきも言ったけど、斉藤さんが意外にも男性耐性がなかったみたいで……まぁそれが普通なんだけど。
この世界の女性は大きく二つのタイプに分類される。
一つはリンのように積極的に男性と関わって関係を持とうとする獣タイプ。そしてもう一つは斉藤さんのように男性耐性がない消極的ではあるが男性には興味があるというタイプ。
斉藤さんが男性に興味があるのかは分からないけどね。
その中間的存在も当然いる訳だが、俺は斉藤さんタイプの方が断然いい。
普段からあの本の虫に纏わりつかれているのだから、当たり前だと思って欲しい。
「──戻ったぞい」
「あー戻って来ちゃっ……じゃなくて、おかえり」
「聞こえてるけど。そんなに私に──「何言う気なのかは知らないけど言わせないからね?」チッ……」
「本気の舌打ち……!」
「リンもご飯食べよ〜」
「そうだね。折角のハルの手作りなんだし」
「ほぼ毎日食べてるでしょ」
斉藤さんの前でもリンは相変わらずの丸出しっぷりだ。そういうところが意外と長所とも言えるかもしれないね。まぁ単に関係値の高さ故なんだけど。
それと、朝言った通り俺とリンの昼ご飯は大体俺が弁当を作っている。たまにリンも手伝ってくれるが、キャンプの知識で多少は蓄えているのかちゃんと美味しいのは素直に尊敬する。
毎度毎度美味しいと言ってくれるのは料理人冥利に尽きるって話だけど……変なところで俺も甘いんだよね。リンに対しては。
そう言えばキャンプ飯ではあんまり本格的なものは作ったことがなかったな……バーベキューコンロとかガスバーナー型を買う手もアリだな。漫画とかゲームとか娯楽に多少はお金を使ってはいるが、ちゃんと貯金はしてあるからね。
美味しいご飯には高い費用を払う義務がある……必要経費と考えて今度見に行くか。
「──ちょいちょい、ハル」
「ん?」
「あーん」
「……」
「ほら、口を開けろ〜」
「あっ、じゃあ私も……はい、あーん」
「……食べるからほっぺに押し付けないで」
自分の分を残しておくつもりはないのかこの人達は。折角の昼ごはんだってのに……なんだかんだ言ってちょっと楽しい気分になっている自分に腹が立つ。
「あーん……」
「……どう、美味しい?」
「自分で言うのもなんだけど、美味しいかな」
「あっ、じゃあ私にもやってよ! ほら、あーん……」
「むっ、ずるいぞ斉藤。ハル。私が先」
「リンは毎日一緒でしょ?」
「だからこそだよ」
「……次体育だから着替えてくる」
「「いつの間に食べ終わって……!?」」
君たちが争ってる間に流し込んだよしっかりと。さて、男子達に会いに行くとしますか。
「……やっぱり、ハル君って変わってるよね。普通、あんなことされたら嫌われちゃうよ」
「……ハルは、すごく優しいからね。私が保証する」
「優しいだなんて次元じゃない気もするんだけどな〜……?」
「それはそう」
***
そしてその日の夜──俺の自室に突撃して来たリンが急に言い出したのは、キャンプしようという旨だった。
「──で、どこに行きたいの?」
「ここだよ」
「……
「そうそう。だから行くよ」
「行かない選択肢はないのね」
「そう言ってるけど乗り気な癖に」
「……まぁ、行くけどさ……テントは別々ね」
「………」
「……なんか言ってくれよ」
「……………善処する」
「じゃないと行かないぞ」
「分かったよ。
「代わりに温泉とか一緒とかはなしだからね」
「………チッ」
「おい」
本当に大丈夫なのかこやつは。