黒いモスラの魔法少女   作:よよよーよ・だーだだ

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24、妖星ゴラスと黒い小美人

 バトラがいなくなった翌朝、家の電話が鳴った。

 ママは三分ほど喋っていた。相槌が「はい」から「……はあ」になって、最後は「そうですか……」になった。

 

「バトラちゃんね、帰ったんですって。ロシリカに」

 

 受話器を置いて、ママはそう言った。

 急に手続きが変わって、昨日のうちに出国したのだという。荷物は後日送ってほしい、本人からの挨拶が間に合わなくて申し訳ない、三か月間ありがとうございました。ずいぶん丁寧な人だったそうだ。

 電話台のメモに部署名が書いてあった。連合政府教育支援局、特別編入制度推進室。六月にわたしが調べて、存在しないことを確認した部署である。

 

「変よねえ。あの子なら挨拶くらいするでしょうに」

 

 夜に帰ってきたパパも同じことを言った。ママは「変よねえ」で止まり、パパは「おかしいだろ」で止まる。止まる場所は結局同じである。

 

「でも、政府の人だったんだろう?」

「そう言ってたわ」

「……あの子、テレビに映ってたよな」

「……ええ」

「……そういうことなら、まあ、そういうことなんだろう」

 

 それで、その話は終わった。

 『政府の言うことなので』で納得してしまうのは責任ある大人の有権者として思考停止にも程があるのではと思わないでもなかったけれど、もっともわたしにそれを言う資格はない。

 

「バトラなら、大丈夫だよ。メールもLINEもあるし、連絡はできるよ」

 

 心配そうに見る両親に、わたしは笑ってそう応えた。営業スマイル一番、無難、逃走用。

 本当のことを言ったとしよう。実はバトラは怪獣と戦う魔法少女で、この夏はずっと命懸けでわたしと一緒にゴジラと戦っていたのだ、と。

 そうすればこの二人は正しく行動する。警察に届けて、学校に問い合わせて、その政府の人とやらを問い詰めて、そして最後にはそれに関わっていたわたしを家から出さなくなる。わたしにはそれが分かっていた。

 

「……そう」

 

 わたしの言葉にパパとママは少しほっとした顔をした。

 わたしは自分の部屋に戻り、畳まれた布団の前に座って、朝まで一睡もしなかった。

 

 

 発見された褐色矮星には、『ゴラス』という名前がついた。

 質量が地球の六千倍もあるのに他の惑星に影響を与えないという奇妙な性質と、周りの天体を無視してまっすぐ地球に近づいていることから、“妖星”と呼ばれているらしい。

 

 政府の会見で、地球へのゴラス衝突の可能性は「極めて高い」と発表された。

 パーセントで言えと記者が質問したが、学者たちは言わなかった。言えないのだと思う。確率で言えばはっきり言えないほど高いから極めて高いと言ったのだ。極めて高いというのはきっと「ほぼ確実」の言い換えで、たぶんパーセントの数字で表すよりもずっと配慮された言い方なのだろう。

 

 街は、二段階で壊れていった。

 一段階目は買い物だった。米が消えて、水が消えて、カセットコンロが消えて、なぜかトイレットペーパーが消えた。コロナ禍のときも震災のときも、この国は非常時にトイレットペーパーを買う。伝統芸能である。

 二段階目は、人が来なくなることだった。

 スーパーの店員が来なくなり、電車の本数が減り、うちの近所のクリニックが「当面休診」の紙を貼った。それがいちばん怖かった。棚が空になるのは想像がついたが、人が持ち場を離れるというのは想像していなかった。

 わたしたちの街は、二週間前に半分焼けている。備蓄する場所がある人と、備蓄する家がない人が、同じ列に並んでいた。

 

 学校は、四日目に機能が止まった。正式にそう発表されたわけではないが、ただ生徒の出席が二割になり、先生が三人来なくなり、時間割が「自習」で埋まった。三年生の受験がどうなるのかを誰かが職員室に訊きに行って、返事をもらえずに戻ってきた。

 仮設校舎の教室で誰かが「もう勉強しなくていいんじゃん」と言ったが、誰も笑わなかった。

 五日目から、わたしは学校をさぼることにした。

 二年間無遅刻無欠席の記録が、そこで途切れた。地球が矮星と衝突して砕け散るかもしれないというときに皆勤賞のことを考える人間は、たぶん日本でわたしくらいだろう。

 

 さぼる理由はただ一つ、こんなときに姿を消したあのバカを見つけるためである。

 

 

 まず最初に行ったのは、あの公園だった。

 高台にあって、塗装の剝げたすべり台と、錆びたブランコが二つある。わたしが六月に怪物に追われて転んだ場所であり、あいつが空から降ってきた場所である。

 誰もいなかった。

 ブランコが風で揺れていて、自動販売機が相変わらず優柔不断な温度の飲み物を売っていた。わたしはベンチに座って、あいつが最初に降り立った白線のあたりを見ていた。

 

「ここにいないなら……」

 

 わたしは言いかけて、やめた。

 ここにいないなら、どこにもいない。そう言いかけたのだが、口に出すと本当になりそうだったので、やめたのである。

 

 次に旧館の瓦礫を見に行った。いつもバトラと作戦会議を開いていた場所だが、無論いるわけはなかった。

 それからあいつがゴジラの眷属たちを倒した場所を順番に回った。海と、川と、山と、地面の下。地面の下は入口が塞がれていて、川はまだ護岸の工事が入ったままだった。

 結局どこにも何もなく、二日で思いつく場所が尽きた。ふと独り言ちる。

 

「……わたし、あいつのこと何も知らなかったんだなあ」

 

 わたしはあいつの好きな食べ物を五つ言える。嫌いな家事を三つ言えるし、名字がないことも、地球を守るための使命があることも知っている。

 けれど、今あいつが行きそうな場所については一つも知らなかった。

 

 

 アヤノとカンナに連絡を取ると、二人とも協力してくれることになった。

 

「わたしは会社の人に聞いてみるねぇ」

「じゃああたしは配信動画上げて、リスナーから情報募るよ。黒いモスラの魔法少女は今や怪獣界隈の有名人だし、目撃した人がいるかもしれない」

 

 ……ありがとう、二人とも。頭を下げるわたしに、二人は笑って応えた。

 

「いいよぉ」

「ツグミとバトラのためだもの」

 

 ヒルズには放課後――アヤノはまだ実家の監視があったので放課後になった――、三人で一緒に行った。

 

「バトラちゃん、ヒルズに住んでたの?」

「うん。わたしの家に来る前はね」

 

 ヒルズには、ゴジラ=アース襲来前にも小美人から呼び出されて来たことがある。あるいは小美人たちもまだいて事情を教えてくれるかもしれない、と一縷の望みを賭けた。

 けれど。

 

「……出ないね」

 

 受付で、以前来た時に聞かされた部屋番号を呼び出しても誰も出ない。カンナが見かねた様子で言った。

 

「留守かな。ドローン飛ばして覗いてみる?」

「また倫理的に危ういことを言うなあ。ダメに決まってるでしょそんなの」

「だよねぇ」

「ツグミちゃん、管理人さんとかに引っ越したかどうか訊いてみる?」

 

 アヤノからの提案にわたしも少し考えたが、首を振った。

 

「いや、いいよ。多分個人情報だから教えてくれないだろうし」

「そっかぁ」

 

 それになんとなくだが、バトラがいなくなったのであれば小美人たちもここにはいないような気がした。居留守を使っている可能性もあるのかもしれないが、そんなことをするような人たちだとも思えない。

 アヤノがぽつりとつぶやいた。

 

「……バトラちゃん、どこに行っちゃったんだろうねぇ」

 

 気が付くと、わたしは手首のものを握っていた。白い組紐である。六月にこの部屋で小美人と出会ったときに、『モスラの加護が受けられる』とわたしにくれたものだ。

 ……モスラの加護、か。あのときバトラはこう言った。気休めだ、と。

 実際のところは気休めにすらなっていない。この一週間、わたしはこれを何度も握って何も起きなかった。

 

 

 捜索の間、ヤマナシさんには電話を十一回かけた。

 一回目から七回目までは呼び出し音が鳴り続け、八回目からは「おかけになった電話は電波の届かないところにあるか電源が入っていないため掛かりません」というお馴染みのアナウンスが流れるだけだった。

 わたしは、連合政府教育支援局の代表番号を調べて電話をかけた。女性の受付が出た。

 

「特別編入制度推進室のヤマナシさん、お願いします」

「……少しお待ちください」

 

 三分待たされて、そんな部署はないし、ヤマナシ=タケルなんて人もいないと言われた。

 ……知っている。六月にわたしが自分で組織図を調べて突き止めていたことだ。実在しない部署の名刺を配っていた男に、実在しない部署の番号でつながるはずがない。分かりきったことをわざわざ確かめに行くのはまだ諦めたくないからであるのはわかっていたが、それでも確かめずにいられなかった。

 最後に、ショートメールを一通送った。

 

『バトラがいなくなりました。ゴラスと関係ありますか?』

 

 既読も返信も、配信不能の通知すら来なかった。

 

 

 数日後、アヤノとカンナから、それぞれ報告を受けた。

 

「お兄ちゃんに頼んだの」

 

 アヤノのお兄ちゃん、マルトモ・オバナザワホールディングスの跡継ぎで次期社長である。アヤノより六つ上で、この夏じゅう海外にいたはずだ。

 アヤノは言った。

 

「うちの会社、いろんなところに人がいるから。輸送とか、港とか、市場とか。国の仕事もしてるし。そういう人たちに、お兄ちゃんから聞いてもらったんだけれど……」

 

 アヤノは申し訳なさそうな顔をした。

 

「わたしのおうち、こういうときに役に立つと思ってたの。お金とか、人とか、いっぱいあるから……なのに、なんにもできなかった」

 

 わたしは何か言おうとしたが、その前にカンナが喋りはじめた。

 

「あたしも駄目だったよ。あたしから動画あげてリスナーに探してもらったんだけど……」

 

 そう言ってカンナは端末を出して、こちらに見せた。

 空、空、空、空。雲。電線。夕焼け。誰かの家の屋上から撮った、なんにも写っていない空が、延々と並んでいる。

 

「……集まったのが三百十二件。だけどどれにもバトラは映ってなかった」

 

 ごめん、ツグミ。ごめんねぇ、ツグミちゃん。

 二人はそれぞれの言い方でわたしに謝ってきたので、わたしは遮った。

 

「こっちこそごめん。こんなこと頼んじゃ駄目だったんだよ」

「そんなことは……」

「ある。あるの」

 

 わたしは自分の膝を見ていた。

 

「アヤノ、お兄さんにも悪いことをしちゃった。オバナザワの家の名前は、アヤノが自分のために使うものであって、わたしの友達を探すために使うものじゃないでしょ。ごめん」

「ツグミちゃん……」

「カンナも。あんたのチャンネルは怪獣を撮る場所でしょ。人探しの掲示板じゃないでしょ。あんな動画上げたら、変なコメントが来るに決まってたよ。こっちこそごめん」

「ツグミ……」

 

 それからわたしたちは公園に戻った。万策尽きて、他に行くところがなかったからである。

 三人ともベンチに座って、誰も喋らなかった。空はもう暗くなりかけていて、東の空に星のない場所が見えた。あそこにあるはずの星がない、という形でゴラスは見える。

 ……あれがもうじき地球にやってくる。

 空に星が一つ増えただけなら、バトラは黙って消えたりしない。

 むしろ逆だ。ゴラスが見つかった朝に、バトラはいなくなった。ヤマナシさんには連絡がつかず、小美人たちもヒルズから消え、そして地球を滅ぼすかもしれない星が近づいている。それら全部が同じ日に始まっていて、関係がないはずがない。

 

「……あいつは、ゴラスをどうにかしに行ったんだ」

 

 でも、関係があると分かったところで、バトラの居場所が分かるわけではなかった。

 アヤノは家の伝手を使って港や倉庫や輸送会社に訊いてくれたし、カンナは動画配信者としての発信力でバトラを見なかったかと情報を集めた。わたしはヤマナシさんへ何度も電話をし、心当たりのある場所はすべて探し回った。

 結果は、何もなかった。

 

 

 初秋に入って短くなった日が暮れてゆき、夜に近づくにつれて街の明かりが少しずつ増えていった。

 

 まだ街は停電していない。地球が天体と衝突するかもしれない週なのに、誰かがまだ発電所にいて、誰かがまだ水道を回していて、誰かがまだ道路の信号を灯している。持ち場を離れた人がたくさんいて、それでも残っている人がいる。

 その明かりを見ながら、わたしは、ひどく身勝手なことを考えていた。

 

 あの中の誰も、バトラのことを探していない。

 

 当たり前である。世界はいま、空から落ちてくる星のことで手いっぱいだ。誰かが一人いなくなったことなんて、この街の誰の議題にも上っていない。

 ……理不尽だな、と思った。

 思ったところで、じゃあ誰が悪いのかというと、誰も悪くないのである。誰も悪くないまま理不尽になっている状況というのが、この世でいちばん腹の立て先がない。

 わたしが溜息を吐いたとき、異変は起こった。

 最初に気づいたのはカンナだった。

 

「……ねえ」

 

 さっきまで端末の画面を見ていた顔が、ゆっくりと上を向く。

 わたしとアヤノもつられて視線を上げた。

 

 公園のすべり台、塗装の剥げた赤い屋根の上に、小さな機械のドラゴンが飛んでいた。

 

 そのドラゴンに跨っている誰かは女性だったが、ただし人形くらいの大きさしかない。

 黒い小美人だ。ただし、ヒルズの小美人が南洋っぽい印象だったのに対し、こちらは毒々しいゴスロリっぽい雰囲気がある。

 その姿を見ていたカンナの顔色が変わった。

 

「ちょっと待って、まさか……」

「知ってるの?」

「う、うん……」

 

 カンナは立ち上がり、わたしとアヤノの前へ出た。

 相手は手のひらに乗りそうな大きさなのに、本気でこちらを庇っている。

 

「黒い小美人、ベノヴェラだ……!」

 

 ベノヴェラという名前を呼ばれて、初めて黒い小美人は口を開いた。

 

「へえ。あたしを知ってる人間が、まだいたのか」

 

 小さな身体から出たとは思えないほどよく通る声に、カンナが一歩下がる。

 

「本物……?」

「偽物に会ったことがあるのかい」

「ないけど」

「なら比べようがないだろう」

 

 どっかで聞いたことのあるようなやりとりをのたまいながら、ベノヴェラと呼ばれた小美人は機械のドラゴン――あとで知ったが名前はガルガルというらしい――から飛び降りた。

 落ちるのではなく、ゆっくりと滑るように降りてくる。わたしたちの前を一周し、最後はベンチの背もたれへ着地した。

 近くで見ると、ヒルズの小美人たちより表情がずっと人間くさい。眉がよく動き、口元もよく歪む。背丈は人形のように小さいのに、態度だけはわたしたち三人をまとめても足りないくらい大きかった。

 

「カンナ、この人何者なの?」

 

 詳しそうなカンナに訊ねると、カンナは困惑気味に応えた。

 

「黒い小美人ベノヴェラ、怪獣黙示録の頃の危険人物」

「小美人なのに?」

「小美人だからって、みんな人間の味方ってわけじゃないんだよ」

「舐めるなよ。あんな、怪獣を使って人間どもに尻尾を振ってるような下等な連中と一緒にするな」

「ほら、本人もこう言ってる」

「何した人なの?」

「それは……」

 

 カンナは一度、ベノヴェラを見た。

 言っていいのか迷った様子だったが、ベノヴェラ本人が平然としているのを見ておずおずと説明し始めた。

 

「ベノヴェラは、キングギドラの怪獣大戦争のあと他の怪獣と組んでエコテロを起こしたんだ。最終的にはモスラに負けたって聞いたけど……」

 

 今度はベノヴェラの方から口を開いた。

 

「バトラのこと、ずいぶん探したようだな」

「見てたの? というか、バトラのこと、知ってるの?」

 

 向こうからバトラの名前を口に出したので、わたしは思わず食いついてしまう。

 そんなわたしの様子を面白そうに眺めながら、ベノヴェラは答えた。

 

「ああ、見ていたさ。公園。旧館。川。山。地下。ヒルズ。人間の輸送網。監視映像。動画サイト……おまえたちみたいなガキどもが、自分たちだけで何とかできると思って走り回っていた頃からね」

 

 だったらもっと早く出てきてよと思ったが、エコテロなんてするような奴だから素直に頼んでどうにかしてくれるとも思えなかった。あるいはわたしたちが困っているのを眺めて面白がっていたのかもしれない。

 ベノヴェラはキヒヒと笑った。

 

「あたしのことを覚えていた褒美に、一つ良いことを教えてやろうか」

 

 ベノヴェラは、わたしたちを順番に見た。

 

「おまえたちの負けだよ。まる一週間、無駄なことをした」

「無駄って……」

「探し方が間違ってるって言ってるんだ」

 

 黒い小美人は、にやりと笑った。

 

「『使命』を帯びた奴は、その使命を果たすまで帰ってこない。おまえたちはこの一週間、帰ってこない奴の帰る場所を探して回っていたわけだ。おうおう、まったく涙ぐましいねえ」

「……あなた、なにが目的なの」

 

 わたしはそう訊いた。声が、自分でも驚くほど低かった。

 

「あなた、悪い奴なんでしょ。人間が嫌いなんでしょ。それがなんの用なの?」

「言うじゃないか」

「事実確認でしょうが」

 

 ベノヴェラは、ふん、と鼻を鳴らした。

 それから街のほうを向いた。高台から見えるのは、ゴジラに半分焼かれた街と、その向こうのまだ焼けていない街である。日はもう落ちていて、家々の窓には明かりがついていた。停電はしていない。

 

「勘違いするんじゃないよ。あたしはおまえたち人間の味方をしに来たんじゃない」

「じゃあなんで……?」

 

 黒い小美人は、吐き捨てるように言った。

 

「腹が立ってるのさ。他の小美人にも、この星の奴らにもね」

「どうして?」

「いい質問だ」

 

 それから、今度は声を出さずに口の端だけで笑った。

 

「どいつもこいつも、あの子を都合のいい道具として使い潰そうとしているからさ。小美人どもも大人たちもあの子に優しくもしただろうし、大事にもしただろう。そのうえで送り出したんだ、本当の『使命』にね」

「バトラの本当の『使命』? それってゴジラと戦うことだったんじゃ……?」

「知りたいかい」

 

 ベノヴェラは、そう言った。

 

「あたしは全部知ってるよ。あの子が本当は何のために生まれて、いまどこで何をしていて、これからどうなるのか。あの小美人どもが口をつぐんでることも、政府の連中が言えないことも、ぜんぶあたしは知っている」

 

 ベノヴェラは、腕を組んだ。

 

「ただし、聞いたら忘れられないよ。あたしは親切じゃないからね。おまえたちが泣こうが喚こうが、聞かなかったことにはしてやれない。それでもいいなら教えてやるよ。どうだい?」

 

 わたしは、そこで一度、ちゃんと考えた。

 この一週間で、わたしは行けるところを全部行った。あいつの居場所は分からなかったし、思いつく場所は尽きたし、電話は誰も出なかった。

 ベノヴェラが話そうとしていることは明らかに進展につながるものだったが、その口ぶりから一度聞いたらもう元には戻れない種類のものだというのはなんとなく分かった。

 分かったが、戻る場所はもう無いのである。あいつのいない九月に戻ったところで、そこにはこたつの話をせがむやつがいない。

 

「アヤノ」

「なぁに」

「カンナ」

「……なに?」

「わたしは聞く。二人は、どうする?」

 

 アヤノはすぐには答えなかった。膝の上で重ねていた手を見て、それからベノヴェラへ目を向ける。

 

「聞くよぉ」

 

 声は柔らかかったけれど、迷ってはいなかった。

 

「だって、ツグミちゃんだけに聞かせたら、また一人で抱えるでしょう?」

「抱えないよ」

「そう言って抱えるんだよねぇ、ツグミちゃんは」

 

 否定しようとしてやめた。実績がありすぎた。

 

「それに言ったじゃない。今度は勝手に外さないで、って。今度はわたしも聞きたいんだ」

 

 その言葉で、ゴロザウルスの時に交わした約束が胸の奥へ戻ってきた。

 話せないときは、話せないと言う。訊かないでほしいときは、そう言う。危ないからといって、相手を勝手に外さない。

 

「……分かった」

 

 次にカンナを見る。

 カンナは腕を組み、ベノヴェラを警戒したまま唇を尖らせていた。

 

「聞く」

「即答だね」

「だって、ここで帰ったら絶対あとで気になるし」

 

 カンナはポケットから端末を取り出した。

 画面には、さっきまで見ていた三百十二件の投稿が並んでいる。何も映っていない空。雲。電線。夕焼け。

 カンナは画面をしばらく見たあと、電源を落とした。

 

「聞こうよツグミ、三人でさ」

 

 ……わたしは、なんだかもう、この二人に何を隠していたんだろうと思った。

 わたしは言った。

 

「ベノヴェラ、全部教えて。あいつが何なのか。何のために造られたのか。いまどこで何をしてるのか。ぜんぶ」

 

 わたしの言葉に、ベノヴェラはほほうと言いたげに片眉を釣り上げた。

 

「何も聞かずに答えるのか」

「バトラのことなら」

「聞いたあと、知らなければよかったと思うかもしれない」

「それでも」

「おまえの友達を見る目が変わってしまうかもしれないがね」

「変わらないよ」

「言い切るねえ」

 

 ベノヴェラは、満足そうな顔をした。意外と悪い奴ではないのかもと思ったが、あるいは人間が破滅に落ちてゆくのを見るのが好きなだけかもしれないので、それは結局悪い奴なのかもしれなかった。

 

「……いいだろう」

 

 黒い小美人は、不敵に笑みながらこう言った。

 

「あの子……バトラは、生まれるより前から死ぬことが決まっていたんだよ」

 




べノヴェラについてはこちら
https://syosetu.org/novel/289558/10.html

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