32、エンドタイトル:モスラの歌 ~『ゴジラVSモスラ』より~
「――ミ! ツグミ!」
名前を呼ばれた気がして、わたしは目を開けた。
いつのまにか気を失っていたと思ったら、空が上にあった。いや、下にもある。左にも右にもあって、わたしは空中でぐるぐる回っている。
わたしは三秒ほどこの状況を分析し、その結果たいへん簡潔な結論が出た。
空の上から落ちてる。
パラシュート無しのスカイダイビングである。
背中に手をやったが、さっきまであった白いふわふわの翅が跡形もなかった。服も夏服のブレザーに戻っていたし、視界に入った髪は黒い。
頭の中の使命感もいつのまにか消え失せていて、果たすべき役割が終わったのでわたしの魔法少女タイムは終わってしまったらしい。
融通が利かねえなちくしょう。せめて地表まで送ってくれないのかよ。
「ツグミッ!」
声が降ってきて見上げると、バトラが雲を割って急降下してくるのが見えた。翅をぎゅっと畳んで、細く尖った形になって、まっすぐに。
「ツグミ、手を出せ!」
わたしは腕を伸ばした。
伸ばしたが、狙いが定まらない。回転しているので、あいつが視界に入って、消えて、また入る。走馬灯ってこういう感じかなとやけに冷静な頭で思ったが、それにしては地味な映像だった。
見上げるとバトラの顔が見えた。
あんな必死な表情、三か月で一度も見たことがない。いつだってこいつはずっと涼しい顔をしていて、ゴジラの前でも眉ひとつ動かさなかった奴が、いま、思いっきり歯を食いしばって死に物狂いの顔をしている。
……なんかちょっと、嬉しいな。わたしは自分の性格の悪さを再確認した。
「届け……届け……ッ!」
指が見えた。三十センチくらい。あと少し。
でも、縮まらない。
下を見ると海だった。焼けた街の向こうの、朝の海。灰色で、白い筋が入っていて、そこへ向かってわたしは落ちている。海に落ちたら助かるんじゃないか、という気もしたがこの高さじゃ無理だろとすぐに理解した。
あと一分もしないうちに墜落して死ぬ。そう悟って、目をつぶった刹那。
もふん、という感触とともにわたしは光に包まれた。
目をつぶっているのに分かるくらいの光。まぶたの裏が赤くなって、わたしは反射的に目を開けた。
わたしと海のあいだの、何もないはずの場所に白い光が割り込んでいた。
超スピード落下の浮遊感は無く、まるでたんぽぽの綿毛になったみたいにふわふわと宙を降下している。
「浮いてる……?」
人間、死ぬと思っていたのに死ななかったとき、まず出てくるのは安堵ではない。困惑である。
自分の身体を確かめた。両手。両足。制服は焦げているし、あちこち擦り剥いているし、右の靴はどこかへ行っていたが、それ以外は全部ついていた。
海面から、およそ数百メートル。落ちる理由ならあるのに、落ちていない。
……あの。これ、いつまでこうしてればいいんですか。最終的に助かるならそう言ってくださいよ。そう文句を言おうと思ったが、そもそも誰が答えてくれるのかもわからなかった。
「ツグミッ!!」
そのとき、横から黒いのが突っ込んできた。
止まりきれなかったらしい。バトラはわたしの真横で急減速して、そのまま勢い余ってぶつかってきた。
「うわっ」
「っ、と」
二人でくるくる回って、それからゆっくり止まった。
気づいたら、あいつの腕がわたしの背中に回っていた。わたしもあいつの背中に手を回していた。どっちが先だったのかは知らない。知らないことにしておく。
「……浮いてるね」
「浮いている」
「なんで?」
「知らん」
相変わらず情報量ゼロの会話である。
あいつがわたしの顔を見た。顔じゅう煤だらけで、髪はぐしゃぐしゃで、目のふちが赤い。
それから、額をわたしの肩にぶつけてきた。
「痛い」
「うるさい」
あいつはそのまま動かなかった。
肩のところが少し濡れたけど、わたしは何も言わないことにした。こいつの名誉のために書いておくと泣いてたんじゃなくて、たぶん煤が溶けただけだと思う。たぶんね。
降ろされたのは、砂浜だった。
足の裏が地面に触れたとき、わたしは思ったより強く踏ん張ってしまって、その場でよろけた。バトラが支えた。
「立てるか」
「立てるよ、たぶん」
たぶんだった。膝が笑っている。この夏、わたしの膝はよく笑う。
ようやく離れた腕を見て、わたしはあいつの状態にはじめて気づいた。制服がぼろぼろである。袖が片方ちぎれていて、スカートは焦げていて、靴も片方ない。翅はもう消えていたが、消える前にどうなっていたかは、さっき見たので知っている。
「あんたこそ立てるの、それ」
「立っている」
「答えになってない」
「立っているのが答えだろう」
そうこうしているうちに上から、白い光が降りてきた。
最初は眩しくて何も見えなかったが、目が慣れてきて輪郭が出てきた。
翅である。
それはわたしが変身したときと同じ形をしていた。白くて、ふわふわしてて、表面に細かい光が乗っていて、動くたびに色が変わる。青が見えて、赤が見えて、黄色が見えた。
ただし、サイズが違う。いま上にあるやつは、街ひとつぶんくらいある。
どこからどこまでが翅なのか分からない。空の一部が白くなっていて、それが翅の形をしている、という感じだ。しかも輪郭がぼやけていて、じっと見ようとするとそこにあるはずのものが微妙にずれる。目が悪くなったのかと思って何度か瞬きしたが、目のせいではなかった。
光の真ん中に、蛾がいた。
「えっ」
わたしは間抜けな声を出した。
知っている。教科書に載ってた。この星が怪獣黙示録で焼かれる時代、その最後に現れたという巨大蛾。ゴジラと戦って、そのあと空から落ちてくる小惑星を止めに行って、それきり帰ってこなかったとされている極彩色の大怪獣。
「モスラ……?」
いや、死んだでしょ。教科書にそう書いてあったし、テストにも出たので、そのときわたしは「モスラは小惑星を防ぐために死んだ」と答えたと思う。
隣でバトラが呟いた。
「……モスラ=エターナルだ」
モスラ=エターナル。この白いモスラのことらしい。
輪郭がぼやけている理由はなんとなく分かった。わたしがスペースゴジラ相手にばらまいたあの鱗粉と同じである。この世界に切り口だけ見せていて、本体はどこか別のところにあるのだ。
バトラは続けた。
「今のモスラはもうこの世界の生き物ではない、彼岸の存在だ。わたしも初めて見た」
つまり今のモスラは、死ぬとか死なないとかいう話が当てはまらない高次元怪獣なのだ。わたしを教えた教科書のほうが間違っているのである。わたしのテストの答えは無罪だ。
モスラ=エターナルは小鳥の歌声のような心地良い声をあげると、真っ白な翅がゆっくりと一度だけ大きく打たれた。
砂浜の砂が舞い上がって、わたしは目を閉じた。閉じたまぶたの裏が、明るくなった。
目を開けたとき、翅は上がりはじめていた。高度を上げていく。ゆっくりと、まっすぐに。モスラ=エターナルの純白のシルエットが、朝の空に溶けていく。
「……あ」
わたしは前に出た。
前に出てから、何をするつもりだったのか自分でも分からなくなった。この世のものではない怪獣を追いかけられるわけがないし、呼び止める理由もない。
それでも、前に出てしまったのである。締まりがないので、わたしは叫んだ。
「ありがとうございましたー!」
我ながら、たいへん間抜けな声だった。届いたかどうかはわからないが、届いたらいいな、とは思った。
バトラが胡乱な目つきで口を挟んだ。
「……なんだ、それは」
「お礼だけど」
「聞こえるものか」
「聞こえなくても言うの。言わなかったら、言ってないことになるでしょ」
「……そうか」
わたしの理屈に納得したのかしてないんだか、バトラは隣に並んで、同じほうを見て、それからこう言った。
「……世話になった」
モスラ=エターナルが、一度だけこちらを向いた気がした。
気がした、というだけである。あんなに大きいものが向きを変えたなら、もっとはっきり分かったはずだ。輪郭がぼやけているせいで何が起きたのかよく分からない。
代わりにモスラの心地よい鳴き声と共に、空から白いものが落ちてきた。雪だと思ったが、九月に雪が降るわけがないので、たぶん違う。
手のひらを出すとキラキラと手のひらに乗ったのに、何も感じなかった。重さがない。温度もない。
わたしはそれをしばらく見ていて、やがて消えた。
白い光が空に溶けきって、あとには九月の朝の空だけが残った。
雲がある。海がある。焼けた街がある。遠くで、たぶんヘリコプターの音がする。
もう、どこにもいない。
手首が、軽くなった。
見ると、白い組紐がほどけていた。
結び目が緩んだのではない。糸そのものが端から解けて、細くなって、塵になっていく。六月からずっとそこにあったものが、わたしの手首の上で、静かに崩れていた。
「あ」
わたしは慌てて手を握ったが、握っても何も掴めなかった。
白い塵が風に乗り、海のほうへ低く流れていって、朝の光の中で見えなくなった。
……あっけないな。
わたしは、しばらく自分の手首を見ていた。
跡もついていない。三か月ずっと巻いていたのだから日焼けの線くらい残っていてもよさそうなものだが、それすらない。最初から何も無かったみたいである。
空が、明るくなっていた。
波の音がして、遠くでヘリの音がする。焼けた街のどこかでたぶんもう誰かが働きはじめている。
わたしは膝を抱えて座っていて、隣でバトラも座っていた。
二人とも、しばらく何も言わなかった。言うことが思いつかなかったのである。
……終わったんだなあ。
ゴジラも、ゴラスも、スペースゴジラも、バトラの使命は全部終わった。地球は砕けなかったし、街は半分焼けたけどたぶん建て直せる。
そしてなによりわたしたちは生きている。
「……ねえ」
「なんだ」
「これから、どうする?」
わたしの質問でバトラはこちらを見た。
いつもの調子で「知らん」とでも言われると思ったが、言わなかった。
やがてバトラは言った。
「……わからん」
「知らん、じゃなくて?」
そう訊ねるとバトラは真面目な顔で首を振った。
「知らないのではなくて、わからん。こういうのは、初めてだ」
わたしは、砂を掬った。
掬って、指の隙間から落としながら答えた。
「じゃあ、決めれば」
「どうやってだ」
「好きにすればいいんだよ」
「好きに、というのはどういう手順だ」
好きにしろと言われて手順を聞く奴、それは果たして好きにしていると言えるのかなんてことが頭をよぎったが、そこでわたしは気づいた。
こいつ、予定がないのは初めてなんだ。
ゴジラと戦って、勝って、宇宙へ行って死ぬ。使命という二文字の中で、バトラの人生は最初から全部決まっていた。
それが全部終わった。
だからいま、バトラの予定には何も無い。明日何をするか自分で決めるという作業を、こいつは一度もやったことがないのである。
だったら、とわたしは提案した。
「じゃあ、選択肢を出そうか」
「うむ」
わたしは指を折った。
「一、どっか行く。二、モナークとかGフォースに雇ってもらう。ヤマナシさんに言えばたぶんどうにでもなるでしょ。三は……」
「三は?」
わたしは、そこで一度言葉を切った。
「……三、うちに来る。どう?」
バトラはしばらく考え、悩んだ様子で言った。
「選んでいいのか」
「なんで訊くの」
「わたしは、もう役に立たない」
あいつは、海のほうを見たまま言った。
「使命は終わった。守る必要もない。おまえの家にいる理由がない」
その言い草にわたしは少し腹が立ったので、砂を投げた。ぱらぱらとあいつの膝にかかった。
「なにをする」
「あんたさあ、うちで三か月なにしてたの。役に立つから置いてたと思ってたなら、それ、いちばん失礼だからね」
布団も畳めず、食器も片付けず、夏休みの宿題もやらないでわたしに迷惑をかけるような奴である。役に立つから置いていたと思っているなら了見違いも良いところだ。
バトラはしばらく膝を抱えて、そこに顔を半分埋めて口を開いた。
「……そうか。だったら、」
そしてバトラは答えを言った。わたしは笑った。
そこからのことを、順番に書いておく。
まず、カンナの動画チャンネル『大怪獣のカナリア』がバズった。
あの夜明けの朝、臨時基地の窓から撮った映像、砕け散ったスペースゴジラが流れ星になって夜明け前の空を落ちてくるやつだ。ヤマナシさんが「載せていいよ」と言ったので、カンナはその日のうちに上げたらしい。
『魔法少女が地球を救った瞬間』というタイトルのその動画は、投稿されてから三週間で一億回再生された。YOASOBIのアイドルより再生されてる。
テレビ局から連絡が来て、新聞社から連絡が来て、海外のニュースサイト、さらにはカンナが尊敬している有名配信者ともコラボしたという。
〈
〈ハーイ、ドーモ、Canaryデース……!〉
翻訳ツールを使いながらのコラボだったが、爆発的にヒット。カンナのチャンネル登録者数は、九百八十五人から四万人を超えた。
「四万って」
カンナは、スマホを持ったまま真顔で言った。
「四万って、なに?」
「登録者数だよ」
「いや、四万って、なに?」
大丈夫か、カンナ。
登録者数がずっと三桁だった人間に四万のインパクトは重すぎたらしい。しばらくして正気に戻ったカンナが最初に言ったのは「これ、コメント全部読むの無理じゃない?」だった。
全部読もうとするな。
ちなみにあの夏の映像については一本も出していない。海も、山も、地の底も、ゴジラとの戦いも、全部撮っていたはずなのに一秒も上げていないらしい。
それについてカンナはこう言った。
「ああ、あれ消したし」
消した? 消した、ってあの動画を?
わたしが思わず聞き返すとカンナはこともなげに答えた。
「うん。だって、あれはあたしのじゃないから」
しれっと言うなあ。まあ当人がそれでいいならいいんだけど。
次に、ヤマナシさんがうちに来た。
十月のはじめである。スーツを着て、菓子折りを持って、玄関で靴を揃えて上がって、うちの居間で一時間半頭を下げていた。
パパはヤマナシさんを殴らなかった。殴らなかったが、一時間半のあいだに三回席を立って窓を開けに行った。あれは頭を冷やしていたのだと思う。
最後にパパが言ったのは、これだった。
「……娘に何かあったら、あなたの人生を全部使って償ってもらいます」
「はい」
ヤマナシさんは即答した。
「返事が早い」
「覚悟していましたので」
ママは、その横でお茶を淹れ直していた。
帰り際、ママがヤマナシさんに菓子折りを持たせようとして、たいへん揉めた。お詫びに来た人に菓子折りを持って帰らせる家があるか。あるのである。うちのママはそういう人だ。
十月の半ばに、わたしは陸上部に戻った。
仮設のグラウンドである。校庭にプレハブが建っているので、走れる直線は八十メートルしかないが、それでも部員は毎日そこを走っていた。
顧問の先生はわたしを見て、二秒だけ黙って口を開いた。
「新人戦は先月終わった。いま戻っても、冬は走り込みだけだぞ」
わたしは答えた。
「はい」
「春に間に合うかも分からん」
「それでもいいんです」
「……ストレッチからな」
一年ぶりのスパイクは思ったより馴染んだが、思ったより脚は動かなかった。一年間サボったぶんの筋肉は、そう都合よく戻ってこない。
三本走って吐きそうになり、もっと前から復帰しておけば良かったと思ったが、まあ後の祭りである。
アヤノにも報告した。
旧館の踊り場は瓦礫のままなので、仮設校舎の非常階段である。相変わらず風は通るが日は当たらない。駄菓子を食うには最適だった。
「陸上、戻ることにした」
「うん」
「知ってたの?」
「だろうな、って。さっき顧問の先生と話してるの見たし」
アヤノはフワフワしているように見えて、たまに探偵みたいに鋭くなる。
わたしはそこで一度、前から言おうと決めていたことを思い出した。
「……あのさ」
「なぁに」
「去年の秋、わたし、ここ来なくなったでしょ」
アヤノの手が、止まった。
「三週間くらいして、一回来て、寒くなったから教室で食べようって言ったの、わたしだよね」
「……うん」
「あのとき、アヤノ、ずっとここに来てたでしょ」
アヤノは言うことに迷った様子で考え込んだ後、やがて口を開いた。
「……気づいてたの?」
「気づいてたよ」
わたしは言った。
「気づいてて知らないふりしたの。だって、気づいてるって言ったら、ちゃんと話さなきゃいけなくなるから」
風が通った。九月にも寒かったこの階段は、十月にはもっと寒い。
「ごめん、アヤノ。あと、ありがとう」
「……いいよぉ、そんなの」
「よくない」
わたしは首を振った。
「あのときさ、うちの親も、先生も、部活の子も、みんな心配してくれたよ。でも、みんな『大丈夫?』って訊いてきたの。だけどアヤノだけ訊かなかった」
わたしは、自分の膝を見た。
「余計なことは訊かないで、二人分持って、ずっと座ってた……そんなことする人、他にいないよ」
アヤノが、こちらを見た。
「あのときあそこにいたのがアヤノでよかった。他の誰かじゃなくて、アヤノでよかった。ありがとう、アヤノがいてくれて良かったよ」
「……そっかあ」
そう答えるアヤノの顔は、どこか晴れやかなものだった。
十月に部活に復帰して、十一月に焼き芋を食べて、十二月に入ってこたつを出した。
十二月の中旬、わたしたちは四人でプレゼントを買いに行った。
クリスマスプレゼントの交換会をやろうと言い出したのはカンナである。予算は二千円まで。誰が誰に当たるかは当日くじ。
そのカンナは、雑貨屋の前で三十分粘っていた。
「これとこれ、どっちがいいと思う?」
「両方買えば?」
「予算!」
「登録者四万人いるんでしょ」
「収益化まだ通ってないんだよ!」
アヤノは、もう買い終わっていた。ラッピングまで完璧である。育ちが出るとはこのことだ。
そしてバトラは、商店街の真ん中で三十分立ち尽くしていた。
「決まらないの?」
「決まらん」
バトラは、たいへん深刻な顔をしていた。
「相手が分からないのに、贈るものを決めるのは非効率だ」
「そこが楽しいんじゃない」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
しばらく唸ってから、口を開いた。
「……焼き芋券というものはないのか」
「ないよ」
「作れないか」
「発想が渋いんだよ」
ちょうどそのとき、スマホのアラートが鳴った。
怪獣出現のアラートである。夏にゴジラ=アースを倒して以降ほとんど鳴らなかったが、久方ぶりに鳴り出した。
人の流れが止まって、みんなが同じ海の方を見た。
現れたのは赤い怪獣だ。
夕暮れの空を背にして、それは真っ赤に見えた。全身が節くれ立った甲殻に覆われていて、頭に太い角が一本あって、背中から悪魔みたいな翅が広がっている。甲殻類と悪魔を無理やり縫い合わせたような形だ。
海の水を蹴散らしながら上陸してくる赤い怪獣。その名をカンナが口にした。
「デストロイア……!?」
なんで今更怪獣が、と言いかけたところでわたしは思い至った。
……たしかに地球生命の意思の計画は終わった。ゴラスは砕けて、スペースゴジラは倒されて、バトラの使命は完了した。
だけどそれは、怪獣がいなくなるという意味ではなかったのだ。
当たり前である。この星にはずっと怪獣がいたし、計画の前にも、計画の外にも、そして計画のあとにも、どこかで怪獣は生まれ続けている。ゴジラがいなくなったからといって、この世界が怪獣と生きてゆく世界であることは変わらないのである。
人が走りはじめた。商店街が悲鳴で埋まって、誰かが子供を抱き上げて、店のシャッターが下りはじめる。
その中で、バトラだけが動かない。あいつは海のほうを見ていて、わたしはその横顔を見た。
……行くんだろうな、と思った。
わざわざ訊くまでもない、こいつはそういう奴である。使命がどうとか、地球生命の計画がどうとか、そんなものはもはや関係なくもう自分で決められる。
そしてバトラは決めた顔をしていた。
「ツグミ、行ってくる」
わたしは、頷いた。
「うん」
言うことは決まっていた。
三回目である。一度目はゴジラと戦うとき、二度目はスペースゴジラと戦う時、そして三度目は今日。
わたしは言った。
「……行ってらっしゃい。必ず、帰ってきてね」
「……ああ」
あいつは、笑った。
相変わらず下手くそだった。口の端が片方しか上がらない。三か月半経っても、そこはまだ練習が足りていないらしい。
黒い翅が開き、バトラは飛んだ。
夕暮れの空に黒い翅が上がる。人の頭の上を、商店街のイルミネーションの上を、ツリーの上を越えて、まっすぐに海のほうへ。
黒い翅が、夕暮れの中で小さくなっていく。
愛想がなくて、生活能力が壊滅していて、布団も畳めなくて、夏休みの宿題も一ページもやらなくて、必殺技に名前もつけなくて、そのくせ人のことばっかり考えている、いけ好かないあいつ。
六月にわたしの作り笑いを一秒で見抜いたあいつ。作り笑いが上手いな、なんて言われた日から半年である。
わたしは、両手をメガホン代わりに口へと当てて思いっきり息を吸った。ここから言っても届かない距離だったと思うが、届かなくても言うのである。言わなかったら、言ってないことになるので。
わたしは声を張り上げた。
「バトラー! ケーキ、二段階のやつにするからねー!」
商店街に中学生の間抜けな声が響き、空の向こうで黒い翅が一度だけ揺れた気がした。
おしまい。感想ください。
執筆BGM:ムリムリ進化論(ナナヲアカリ)、Shiny Ray(YURiKA)、Reply(夏吉ゆうこ)、ガーネット(奥華子)
おまけ:登場怪獣一覧
1、バトラ
2、セルヴァム
3、チタノザウルス
4、ゴジラ=アクアティリス
5、バラン
6、ゴジラ=アンフィビア
7、ゴロザウルス
8、ゴジラ=テレストリス
9、フェアリーモスラ
10、ゴジラ=アース
11、MOGERA
12、ガルガル
13、スペースゴジラ=プラネテス
14、モスラ=エターナル
15、デストロイア
フェアリーモスラとガルガルはもっと活躍させても良かったかなと思っている。
好きなキャラは?
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バトラ
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ツグミ
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カンナ
-
アヤノ