亜人族は生きにくい。 作:アインツベルン
特に読み返しておらず、記憶にあるまま続きを書いているので、内容や設定に齟齬があればおしえてください
「店先で話されるのも迷惑だから、とりあえずスタッフルームを貸し切りにしといた。感謝して」
「感謝って、別に頼んでないんだけど」
言うと、朱音はわざとらしくため息を吐いた。
「自分の状況わかってる? その姿でどうやって普通に暮らしていくつもりなの? 身分証は使えた? 仕事には行けるの? わかっていると思うけど、君はもう普通の生活は送れないの。分かったら私の言いなりになって」
「それは、」
一応わかっているつもりではある。酒を買おうとしたところで、店員のお姉ちゃんに馬鹿にされてしまった。仕事に行こうものなら、そもそも入り口で警備員に止められそうだ。
かといって上司に電話をかけても、この声のせいで悪戯電話を疑われそうだし、働けないなら金を工面する事もできない。当然、借金の類も無理だろう。返せる当てがないどころか、借りる事すらできなそうだ。
「ここで働けばいいのか?」
「君に愛嬌があればそれも考えたけど無理ね。それに、君の種族を考えるなら、もっと適した仕事がある」
朱音はそういうと、棚からグラスを一つ取り出して、珈琲を注いだ。
「ちょっとまってくれ、俺の種族がわかってるのか?」
「当たり前でしょ。私はもう何人も亜人を見てきてるの。一目見ただけで大体わかるよ」
「なら教えてくれ、俺は何なんだ」
「そう急くなって。とりあえず一回珈琲でもどう? これなら君でも飲めるでしょ?」
確かに、珈琲なら飲めた。これならと珈琲を選んだ辺り、本当に俺が何なのか見当はついているらしい。
「どう? 市販の物にしてはおいしいでしょ」
「ああ、後に引かなくて飲みやすいな」
「ならよかった。子供でも飲みやすい甘ったるいやつだからね」
「にしてはかなり苦いけど」
「当たり前でしょ。今の君はただの子供なんだから、前に比べて味覚がいいの」
どうやら、子供になったのは見た目だけではないらしい。
「亜人になると、体の機能も全部引っ張られて変わるのか?」
「そうだね。性別まで変わるって言うのは私も初めて見たケースだからちょっと驚いてるけど、まあ妥当と言えば妥当なのかな」
含みを持たせた言い方に、内心で興味が膨らんでいく。だが。
「まあ、色々聞きたい事はあるだろうけど、一旦は何も聞かないで。最初に、私から言えることは言う。そのあとでなら、なんでも答えてあげるから。ああ、これはあくまで時間短縮のため。余計な会話の手間を削減して、使える時間を増やす目的だから」
「あ、ああ」
続いた言葉に、そう返すしかなかった。
「もうわかっている事だと思うけど、日本には今、人間以外に、ヒトの姿をしている別の種族が存在している」
朱音はそう語り始めた。
*
聞かされたのは、至極当然と言った内容の物だった。
日本には亜人がいる事。それらは、神話や民間伝承から引き継がれた種族的特徴を持つという事。
数千年以上前から、亜人は生まれ始めた。人と同じ姿をしながらも、どこか人とは違う亜種族。並外れた嗅覚や聴覚を持つ狐族、精気を喰らう事でしか生き永らえる事の出来ない吸魔種《サキュバス》。吸血鬼や、エルフ。それから、妖。
それらは古には妖魔と呼ばれ、人々の願いや欲望を触媒として生まれる、ヒトならざるバケモノだ。
誰かが殺戮を望めば、殺戮に適した種族が顕現する。誰かが魔術を望めば、魔術に長けた種族が現れる。最初は人ではない異形をしていた彼らも、軈て時代の移り変わりとともに人々の願いの形も変容し、最後には人によく似た姿で生まれるようになった。
「しかし、今ではもう、ほとんどの場合、亜人は日本人からしか生まれない。それがなぜかわかる?」
「わかる訳ないだろ」
返すと、朱音は不遜に笑んでいった。
「妖は人々の願いから生まれてた。妖を信じていればいる程、その数が多ければ多い程、より顕現する確率が高い。けれど現代においては、そういった類のものは全てファンタジーで、もはや誰も、本気でそんなのがいるなんて信じてないんだよ」
「でも、ならどうして日本人からは生まれるんだ?」
「私が、そうしたからだよ」
「……は?」
正直、状況が今一つ読み込めていなかった。
自分が化物になったことはわかったけれど、同じようなのが割とたくさんいて、しかもそれが日本人からしか生まれないなんて言われても、何が何だかさっぱりわからない。
ましてや、朱音がそうした? なら、彼女は一体何者なんだ。
「——ッ!」
「気になる? 知りたい?」
突然前のめりに顔に触れられ、そう言われた。香水とも、シャンプーとも違う淡く甘い香りがふわりと漂い、鼻腔を掠めていった。
「……教えてくれ。お前が誰で、俺が何なのかを」
「いいよ。ただその代わり、私のお願いも一つ聞いてもらう」
「ああ、約束しよう。だから、」
「あー、そう急くなって言っただろう? 別に勿体ぶるような物でもないし、今じゃその名すら廃れて久しいんだし」
そういうと朱音は、自分の元にも珈琲を注ぎ、一口だけカップに口を付けて、大きく息を吐いてからこういった。
「私は、今生き残っている中で最古の妖。常世を千年彷徨った、ただの哀れな子狐だよ」
窓一つない密室に、風が立ち込めた。彼女の黒髪が揺れて、風に揺られながら、長く、腰まで伸びていく。
そして、その艶やかな髪の間隙から、ひょこ、と、一本の黒に近い灰色の尻尾が生えて――そのまま地面にぺたりと落ちた。
「……一本しかないじゃん」
溜息混じりに返すと、「それが問題なの!」とまるで幼女の癇癪みたいな語調で叫ばれた。
*
「妖狐ってのはね、狐ちゃんが長い間妖気に振れ続けることで化ける存在なの。猫又みたいに、長く生きてれば勝手に変化するシステマチックな物じゃないの」
「はあ」
「で、私は九尾。それはもう、すごい妖怪だったんだから」
「そうなんだ」
「そうなの」
「へぇ」
「信じてないだろ!!」
と言われても、今目の前で見せられたのは、一本しか尾のない幼女の姿をした黒い狐であって、大妖怪の風体とは到底思えない。
「すごかったんだから! 朝廷と争って封印されたり、島に流されたり、磔にされたり!」
「全部負けてるだろそれ」
「それはそうだけど、国と戦ったんだよ! 名誉ある敗北ってものなの!」
「キャラ変わってるよ」
「元からだし!」
「必死だなぁ」
立ち上がり、すごい勢いで弁明を始める朱音に半眼を向ける。
妖狐なのは認めるとして、そんな大妖怪がここまで必死に自分を凄さを語ってくると、なんというか、強烈な小物臭が漂ってくる。
「まあいいや。君が認めようが認めまいが、私が大妖怪だった事には変わりがないんだから」
「そうだよねー」
「それで、」
「うんうん」
「——馬鹿にするな! 話しずらいわ!!」
涙目で文句を言われた。
流石に可哀想になってきて、ちゃんと座り直し彼女の方を見る。
「それで、その問題ってのは何なんだ?」
「……なんで君が仕切り始めるの」
「いいから」
「ああ、なんか面倒くさくなってきた。もう手短に済ませるわ」
言うと、やっと彼女も落ち着いたようで、椅子に座り、こちらに向き直った。
「私はかつて、本当に九尾の狐だった。けれど、度重なる戦いや左遷、それから時代の変化で、段々と出せる尾が少なくなってきて、今じゃ一本しか出せないし、妖術もあの頃の100分の1くらいしか使えない。妖気が徐々に枯渇し始めてるの」
「その妖気ってのが完全になくなったらどうなるんだ?」
「妖気が一切なくなることはない。それは亜人の生命力そのものだから。けど、私の場合は少し違うくて、妖気が一定割合を下回ったら、その存在ごと消えてしまうの」
「消える? 死ぬとかじゃなくて?」
「そう、消える。消えてなくなるの。それが妖狐の定めであり、妖にとっての死になる」
まとめると、かつて狐だった彼女は、妖気を吸い上げ続け妖狐となり、何らかの理由で人々と争ってきた。その結果、自己を構成していた妖気が減り続け、今では尻尾一本分。
「つまり要するに、今のお前は、その辺の狐と同じ雑魚ってことか?」
「そう。私はその辺の狐と――じゃない! その辺の狐が人に化けれるわけないでしょ! 妖術使ってる狐見たことある!? あんなのと一緒にしないで!」
「でも、尻尾が一本ってことはそういう事なんだよな」
「訂正して。その辺の狐と同じ雑魚じゃなくて、妖狐界隈では雑魚って」
「結局雑魚なのかよ」
「そうよ、悪い?」
「悪いとは言ってない」
そう、悪いとは言ってないし、思ってもいない。実際俺をここまで連れてきてくれたことには感謝している。その真意はわからないが、彼女が俺よりも強いのは確かだし、言い合えるというだけで、彼女が本気で殺しに来たら、勝てるわけがない事もわかっている。
「生きた歴史証人になんて口の利き方するんだか。老人は敬えって教わらなかったの?」
「老人扱いしていいの? 怒らない?」
「……怒る」
「なら言うなよ」
適当に会話しながら考える。それなら、大妖怪がどうしてこんな夜の街で生きているのか。俺なんかに眼を付けたのか。
「で、俺に聞いて欲しい頼みっていうのは何なんだ?」
「ああそう。一つだけ聞いて欲しい事がある」
「だから、それは何なんだ」
「えっと、」
「なんだよ」
何故かすごくもったいぶられた。
両手を股の間に挟み、肩を小さくしながら俯いて、ふるふると震え始めた。一体どれだけプライドが高かったら、頼みごとをする時にこんな調子になるんだろう、と内心で溜息を吐く。
「えっとね、その、」
「なんでも言ってくれ。俺にできる事ならするから。どうせもう元の社会じゃ生きていけないんだし」
「わかってる。だから、その、君には私の妖気回復を手伝ってほしいの」
「妖気回復?」
「そう、ようきかいふく」
最後に関しては、訳が分からないくらい舌足らずで、しかも棒読みだった。
「俺、妖気なんか感じ取れないけど」
「別に大丈夫。君が妖気を扱えるかどうかに関わらず、私は君から妖気を回復できるから」
「それは、どうして?」
「君が、