迷子の迷子のウマ娘 作:UMAUMA
「おやおや、カフェじゃないか。いきなり私の研究室にやってきてどうしたんだい?まさか新しい薬の実験に自ら――――――――」
「そんなわけないでしょう。少しだけ使わせてもらうだけです」
「えーたまにはいいじゃないかぁ……最近やけに冷たくないかい、私に対して」
「気のせいです」
結局寮に行くという話は、相方に大変だろうということでぽしゃり、ではどこにいくのかとマンハッタンカフェの後ろを付いて行った。
結果、ヤバそうな雰囲気を纏った白衣のウマ娘の研究室なる部屋に入ることになった。
白衣を揺らし、肩辺りまで伸びた栗毛とマッドサイエンティストを思わせる狂気的な目に捉われながら俺達は迎えられた。
まぁ俺幽霊だから多分白衣のウマ娘には見えてないだろうが。
「少しだけ会話して、すぐに去ります」
「おやおや、残念だねぇ。それにしても、急に空調の効きが良くなったのか、妙に室温が下がった気がするよ」
白衣のウマ娘が自身の身体を摩りながら、耳をピクリと動かして何もない空間――――まさに俺が立っている場所をじっと見た。
思わずビクッとする俺を余所に、マンハッタンカフェは淡々と返す。
「今日は帰り道に視えてしまったウマ娘の方の事情を伺おうと思いまして。困ってたので。室温が下がったのもそのせいだと思います」
「ほう?視えない私には分からないが……そんな子犬みたいに連れてこれるものなのかい……?」
「ちゃんとお願いしして付いてきて貰ってますよ。それに、どうやらお友達のように喋ることができないみたいなので」
そう言いながらマンハッタンカフェが部屋の片隅にあるコーヒーメーカーに豆をセットし、ボタンを押している。
「ついでに私も紅茶をお願いしたいね」
「……ついでですよ」
呆れたといわんばかりに小さな溜息を吐いたマンハッタンカフェは、手慣れた手つきでカップにリプ〇ンの紅茶パックを入れ、お湯を注ぐ。
それと同時に唸るコーヒーメーカーから落ち着くようなコーヒーの香りが漂ってくる。
……というか幽霊の俺にも匂いは感じれるのか。
まぁ匂いは嗅げても飲めやしないのだから、正直ありがた迷惑かもしれない。
「……さて、では色々話しましょうか。今日はトレーニングがお休みなので」
湯気の立ち昇るブラックコーヒーを啜り、マンハッタンカフェは俺を見た。
その隣では、彼女のお友達(姿がそっくりさん)も空いている椅子にゆったりと座っていた。
「そうですね、何から聞いたものでしょうか……まずあなたはトレセン学園の生徒ですか?」
そこから??
俺は今来ている服を指差す。薄くはなっているものの、れっきとしたトレセン学園の制服だ。どうやら死んだときの服装がそのまま反映されているらしい。
「なんとなくそうだろうとは思っていましたが……自分の名前は分かりますか?」
俺は首を横に振った。
「では担当トレーナーの名前などは……?」
再び俺は、首を横に振る。
「学年などはどうですか?」
俺は指で数字を作ろうとするが、そもそも自分が何年生だったかという記憶すらぼやぼやとしていて、指が止まる。
「……何も、思い出せないみたいですね」
俺は力なく頷く。伝えたい言葉はたくさんあるのに、つっかえたように声が出ないもどかしさに、自然と拳を強く握りしめていた。
「そう、ですか……これだと私だけではあなたの困り事を解決するのは難しそうですね……すみません」
マンハッタンカフェが申し訳なさそうに眉を下げる。
俺はいやいや、と首を振った。
幽霊の俺が見える存在がいるというだけでも大変ありがたいものなのだ。
「ありがとうございます。そうですね、では他の方の協力を得ることにしましょうか。私のトレーナーでもいいですが、トレセン学園のウマ娘に詳しい方といえばやはり……」
マンハッタンカフェとお友達の視線がゆっくりと部屋の向かい側へと移る。
「ん?なんだい、ようやく私の実験に協力する気になったのかな?」
チェアーに座り、砂糖を大量に紅茶に注ぎ続ける白衣のウマ娘だ。
「いいえそうではなく。ウマ娘に詳しかったですよね、アグネスデジタルさん」
アグネスデジタル。俺は前世でその名を聞いたことがある。
芝、ダート、何でもござれのオールラウンダー。G1も大量に勝っていたはずだ。
「ああ、確かにその通りだとも。彼女はウマ娘のためならどこにだって行くからね。私の同室ながら、非常に変わっている」
「変わっている点ではあなたも大概です」
「アッハハハ、私はただウマ娘の可能性の研究をしているにすぎないのだよ」
高笑いする白衣のウマ娘。
結局彼女は何者なのだろうか。白衣の下に着ているのが制服だから、トレセン生なのは分かるが。
俺は自分の顔を指さし、次に彼女を指さして、首を傾げる。彼女は誰?というニュアンスを込めている。
「彼女が誰かってことですか?アグネスタキオンです。ああいう感じですが、れっきとしたトレセン生です」
アグネスタキオンだと。また有名なのが出てきよった……
「デジタルさんは今どちらにいらっしゃるか分かりますか?」
「確か寮で作業すると言っていたねぇ。今も寮だろうさ」
「なるほど」
マンハッタンカフェが残りのコーヒーを飲み、立ち上がる。
「では少しだけお邪魔しましょうか。えっと……それにしても名前がないというのは不便ですね」
確かにそうかもしれない。名前の分からない俺は今まさにアンクノウン。
マンハッタンカフェの隣で、お友達もコクコクと頷いている。
「そうですね……では一先ず”お友達2号”さんと……え、駄目ですか?……では普通に幽霊さんと……」
俺は強く頷いた。
幽霊さんとお友達2号。どっちもどっちだが、どちらかと言われれば火を見るよりも明らかだろう。
「では行きましょうか、幽霊さん」
マンハッタンカフェとお友達の後に続いて、俺も部屋を出る。
にしてもトレセン学園は広すぎる。俺こんな部屋があったこと今まで知らなかったんだが。
幽霊さんかぁ……結局名前のない俺って何なんだろうな。
不思議な気分になりながら、俺は二人の後を追った。