落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話   作:青井リンボ

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「腹減った」

 

 少年はその言葉を静かにつぶやいた。

 

 滑らかな石造りの通路の壁に、少年はもたれ掛かるように体を休めていた。

 所々微かに光る苔や壁や天井の一部が崩れており、重ねた年月を物語っている。

 

 彼は赤錆色の髪と瞳を持ち、無数の傷跡が目立つ顔は、良く見ると微かなあどけなさを感じさせる。

 ボロボロの服に包まれた体は、年齢に対してかなり大柄だ。

 

「腹……減った」

 

 少年以外の姿はなく、つぶやきは何処へともなく消えていった。

 胃の中の虫もその言葉に同意するかのように鳴った。

 しかし、持っているのは先端のとがった粗末な金属の棒と、食べ物が一切入っていない小さなずた袋だけだった。

 

 しばらくすると、少年は億劫そうに体を起こし、荷物を手に歩き始めた。

 

 少年は、周囲を見渡しながらゆっくりと歩みを進めている。

 暗い通路には剥がれ落ちた瓦礫や、何かの動物の骨が落ちていた。

 どことなく湿った、少し冷たい空気が少年に纏わりつく。

 

 少年は足を止め、小さなリュックから折りたたんだ地図と炭の棒を取り出した。

 通路の壁に描かれた模様を、地図の余白に拙いながら写していく。

 

「……!」

 

 突然、少年の手が止まる。背後に気配を感じたのか、柱の陰に素早く身を滑り込ませる。

 柱の陰からそっと顔を出し、暗い通路の先をじっと見つめた。

 

 暗がりから姿を現したのは頭から角を生やした魔物であるホーンラビットだった。

 大きさは少年の半分ほど。ときおり立ち止まっては周囲をうかがいながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

 少年は覗かせていた顔を影の中に戻すと、棒を固く握りしめて呼吸を止めた。

 そして、近づいてくる魔力の気配へと意識を集中させる。

 

 ホーンラビットが目の前を通り過ぎようとしたその瞬間、少年は棒を突き出した。

 

「キュッ!」

 

 少年の棒が鋭く突き出され、獣の体に深く突き刺さる。

 傷口から淡い青白い光が漏れ、棒を押し返すような強い抵抗が走った。

 

「フッ!……」

 

 少年はさらに全身を使い力を込めて深く突き刺す。

 もがいていたホーンラビットは、か細い鳴き声を最期に、その場に崩れ落ちた。

 

 棒を突き刺したまま、少年は素早く周囲に目を走らせた。

 腰にさしていた短剣を取り出すと、獣の心臓目掛けて突きを放った。

 

 ピクリとも動かない。息絶えたと判断した少年は、魔物の体を素早く解体した。

 魔石と呼ばれる薄青い石を取り出し、その周囲の肉を粗く切り分けていく。

 

 作業を終えると、再び辺りを確認し、肉へと喰らいついた。

 咀嚼する間も周囲に目を光らせ、噛むというより、飲み込むように貪る。

 やがて食べ終えると、物足りなさそうに口元をぬぐい、奥へと歩を進めた。

 

 通路には目立った分岐もなく、しばらく進んだ先は、崩落で塞がれていた。

 ふと見上げると、天井に空いた隙間から青空が覗き、白い雲がゆっくりと流れている。

 

「戻るか」

 

 少年はため息交じりに小さくつぶやき、それでもしばらくのあいだ青空を眩しそうに見上げていた。

 その後、地図へ書き込むと、踵を返してとぼとぼと歩いていった。

 

 

 

 

 少年は微かに光る苔へと目を凝らしながら道を戻る。その少年の視線の先でランプに照らされた男の姿が浮かび上がってきた。

 男は粗末な椅子に腰かけ、こちらを一瞥すると、退屈そうに視線を手元へ戻す。

 男の手元には、色あせた旧時代の娯楽雑誌が無造作に広げられており、ページをめくる音と少年の足音だけが通路に反響していた。

 

 男は刺々しい金属で補強された皮鎧に身を包んでいる。

 男の隣に立てられかけた少し錆びの浮いた剣からは、荒事に慣れている者特有の気配を漂わせていた。

 

「6番サビ、戻りました……」

 

 少年の名前はサビというようだ。

 サビが近づき声をかけると、見張り役の男は気だるげに口を開く。

 

「通れ」

 

 サビはその言葉を合図に見張りの横を通り抜ると、開けた場所へと足を踏み入れた。

 

 そこでは吊り下げられた魔力ランプの光に照らされ、サビのような粗末な服装の少年たちが荷物を運び、薄汚れた顔を伏せたまま作業を続けていた。

 一方、先ほどの見張りと同じ装備の大人たちは、動きの鈍い子供を怒鳴りつけ、ときには気まぐれのように殴りつけていた。

 

 広場の中央では、三人の男がテーブルを囲んでいた。

 両手斧を背負った大男が苛立たしげに指で卓を鳴らし、その向かいでは腰に剣を差した細身の男が薄い笑みを崩さず地図を眺めていた。

 その横には、赤く塗られた金属鎧の男が椅子の背にだらしなくもたれ、刃の欠けた鋸刃剣を無造作に腰へ提げていた。

 誰も大声を出しているわけではない。だが、その場だけ空気が違った。

 

 三人は、周囲の荒くれ者たちとは比べものにならない魔力の気配をまとっていた。

 特に赤鎧の男が纏っている気配はひと際サビを緊張させる。

 その魔力の気配を感じ取れるサビは、強張る体を無理やり動かしと、すぐに三人の元へと歩いていった。

 

「6番……目立ったトラップはありませんでした。途中で道が崩れていました。ホーンラビットが一匹いましたが、天井の穴から入り込んだと……」

 

 サビはそう報告すると、ずた袋から書き込みを加えた地図と、先ほど仕留めたホーンラビットの魔石を取り出して差し出した。

 

「今のところ成果なしか、クソッタレ!……それにファングアントの群れも最近増えてるし面倒だな」

 

「まあ、我々が封印を開けるまで誰も侵入した形跡はないですし、他のルートからの報告も待たないと何とも言えませんね。」

 

 斧の大男は苛立たしげにさらに強く卓を指で鳴らし、吐き捨てるように言った。

 一方、細身の男は変わらぬ薄い笑みを浮かべたまま、のんびりとした口調で続けた。

 

 サビは余計なことを言わず、短く頷くだけに留めた。

 この三人の機嫌を損ねた人間がどんな目に遭うのか、サビは何度も見てきた。

 

「遺跡開拓なんて面倒くせえなあ! 傷がカビちまいそうだ。うろついてるワイルドボアでもぶっ殺して気晴らししてくるか」

 

 赤い鎧の男はそう吐き捨てると、外へと続く通路へ向かって歩き出した。

 

「バーグてめえ……どうせワイルドボアなんざ口実で、適当に奴隷でもいたぶって楽しむつもりだろう」

 

 斧の男は文句を言うも、引き止める気はない。

 

 サビは、こちらへ歩いてくるバーグと呼ばれた赤鎧の男へ道を開けようと身を引いた。

 だが、バーグは鬱陶しそうに片手を振っただけで、サビの体は横殴りに弾き飛ばされた。

 

「グッ……!」

 

 背中から地面に叩きつけられ、そのまま瓦礫の上を転がる。

 ようやく身を起こしたサビは、息を詰まらせながら立ち上がり、顔を伏せたまま拳を握りしめた。

 

 バーグはそんなサビを見下ろし、口の端を吊り上げる。

 

「図体はでかいが、随分と簡単に吹っ飛ぶんだな?」

 

 そう言い残すと、近くにいた複数の手下と怯える奴隷を引き連れ、外へと姿を消した。

 

「……はあ。とりあえず、他のルートの奴らが返ってくるまで待機してろ」

 

 斧を持つ大男はサビに短く指示を出すと、何事もなかったように地図へ視線を戻した。

 サビは拳を握り締めたまま、爪が掌に食い込むのも気にせず、静かに拠点の隅へと向かっていった。

 

 

 

 そこは、地面にぼろ布がまばらに敷かれているだけの場所だった。

 同じくらいの年頃の少年たちがその上にうずくまり、誰も喋らず、薄暗い天井を見つめるか眠ったふりをしている。

 

 サビは誰とも目を合わせず、空いているぼろ布の上に腰を下ろした。

 見慣れない顔が混じっていても、不思議には思わない。貧民街からは、また次の子供が連れてこられるだけだ。

 逆に、いなくなった顔のことを口にする者もいない。

 

 サビたちは遺跡で斥候や荷運びをやらされていた。

 罠があるか、魔物がいるか、まず確かめるのはいつも子供だ。

 

 食い物はろくに与えられない。

 

 今もサビから離れた場所で乾いたパン屑のようなものを投げいれられ、子供たちは我先に飛びつき、殴り合いをしている。

 それを眺めて笑いながら、大人たちは子供が殴り倒されるたびに、テーブルの上で硬貨をやり取りしていた。

 

 その奪い合いに加わらない子供たちは、光のない瞳で一度だけそちらを見て、すぐに視線を外した。

 サビも同じように目をそらすと、ずた袋を漁り始めた。

 

 

 

「腹減った……」

 

 ひと息ついた途端、また胃の奥がきりきりと痛み出す。

 だが、ここには何もない。

 サビはずた袋をまさぐったが、指先に触れるのは空っぽの布だけだった。

 

 空っぽのずた袋を見下ろし、サビは赤錆色の髪を古傷だらけの手で掻いた。

 

 ここでは、誰かを当てにすることなどできない。

 それでも、サビには一人だけ思い出す相手がいた。

 

 アオ。

 

 食べ物を見つければ分け合い、寒い夜には身を寄せ合って眠った相手がいた。

 青い髪と、体の一部に鱗を持つ少女。

 共に捕まってからは、一度も姿を見ていない。

 どこへ連れていかれたのか、生きているのかさえ分からなかった。

 

 サビは胸の奥に浮かんだものを、押し込めるように息を吐いた。

 今は考えたところで、どうすることもできない。

 

 

 

 空腹で胃が締め付けられるように痛む中、サビは唇を噛みながらナイフを握った。

 じっと手元に視線を落とし、探るように柄の表面を指先でなぞる。

 

 その間、サビの手の中でナイフは軽くなったり、元の重さに戻ったりを繰り返していた。

 

(この力をもっとうまく使えれば……)

 

 数日前から、触れた物の重さを変えられるようになった。

 だが、まだナイフ程度で試すことしかできていない。

 

 普通なら魔力で肉体や武器を強化する。

 だが、サビにはそれができなかった。

 

(ここにいた奴らは、次々とくたばっていった)

 

 サビはナイフの柄を強く握った。

 

(俺もいつか、同じように死ぬ。そうなる前に、ここを出られたら……)

 

 その先に何をするのか。

 考えるまでもなかった。

 

 アオを探す。

 

 生きているという確証などない。

 それでも、重さを変えるこの力だけが、まだこの現実に抗えるかもしれないと思わせてくれた。

 

 

 

 その後しばらくして、サビが魔力操作に集中していた時だった。

 突如、誰かの断末魔と、何かを粉砕するような轟音が広場に響き渡る。

 

 拠点内は一瞬で静まり返り、サビも息を潜めて音のした方へ意識を向けた。

 だがすぐに奴隷を呼び集める声が響き、サビは他の奴隷たちとともにその場へ急ぐ。

 

 通路の前に辿り着くと、すでに陣形が組まれ、大人たちはそれぞれ武器を手に構えていた。

 先ほどの大男と細身の男も、その中にいる。

 こうした異変は珍しくなく、子供たちが何をさせられるかも決まっていた。

 

 大男が斧を構えつつ、舌打ちをする。

 

「だめだ、土ぼこりが舞い上がって通路の先が見えねえ。崩落か? それとも魔物か?」

 

 細身の男は変わらぬ薄い笑みを浮かべたまま、サビたちを一瞥して口を開いた。

 

「というわけで、君たちで確認してきてもらってもいいかな?」

 

 サビたちに選ぶ余地はなかった。

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