落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
サラは登録用紙を広げ、サビの身元を順に確認していった。
だが、記入できたのは名前だけだった。
姓も、生年月日も、出身地もない。
年齢もミリーと同じくらいというだけで、現在の住所や身元を証明する記録も持っていなかった。
サラの手が一度だけ止まったが、事情を問い詰めることはなかった。
都市外の集落出身者や、身元を証明できない者の登録も珍しくないらしい。
先ほど提出した被害報告と合わせて、確認できる情報だけが用紙へ記録された。
「このままですと、最初は星無しでの登録になります」
聞き馴染みのない言葉に、サビは首を傾げた。
「星無し?」
「正式な傭兵として認められる前の段階です。魔石や遺物の買い取りは利用できますが、一ツ星以上のランクでなければ、ギルドから依頼を受けることはできません」
「どうすれば一ツ星になれる?」
「一定量の魔石や遺物を納めるか、一ツ星以上の傭兵から保証を受ける必要があります」
サビが困ったように隣へ目を向けると、ミリーは迷わず頷いた。
「保証するわ。サビはグレイウルフを倒せる。私も実際に見てる」
サラは二人の顔を順に確認し、用紙へ新たな項目を書き加えた。
「承知しました。では、その前提で登録を進めます」
「次に、活動区分を決めます。ハンターとシーカーについてはご存じですか?」
「知らない」
「魔物の討伐や護衛を中心に行うのがハンター。遺跡の調査や、遺物の回収を中心に行うのがシーカーです」
サラはミリーへ視線を向けた。
「ミリーさんはシーカーとして登録されています」
「遺跡の探索なら、両親から教わってきたわ」
ミリーは沈みかけた表情を押し隠すように答えた。
区分によって受ける依頼の傾向は変わるが、活動が完全に制限されるわけではない。
パーティを組み、ハンターとシーカーの仕事を同時に受ける者も多いという。
サビは少し考え、自分の掌へ目を落とした。
遺跡の中を歩くことには慣れている。
だが、知識を使って遺物を見分けたり、設備を調査したりすることはできない。
自分にあるのは、魔物の気配を探る感覚と、手に入れたばかりの巨剣槍だった。
「なら、俺はハンターだな」
「分かりました」
サラはハンターの欄へ印をつけた。
「続いて、主な能力と魔力適性を登録します。これは実力を公開するためではなく、依頼との相性を判断するためのものです」
「……誤魔化した場合は?」
サビは眉にシワを寄せつつ、微かに首を傾げる。
今までの過酷な経験から、正直に全てを話す事に抵抗があった。
「詳細を伏せることはできます。ただし、申告が少なければ紹介できる依頼も限られます。虚偽の申告によって事故が起きた場合は、処罰の対象になります」
「……分かった」
「一般的な身体強化は使えますか?」
「……使えないな」
サラが顔を上げる。
「武器や防具へ魔力を巡らせ、強度を高めることは?」
「……できない」
「……体の表面に魔力を纏う防護は?」
「……それもできないな」
今度こそ、サラの手が完全に止まった。
通常、多くの傭兵は魔力を肉体へ巡らせ、身体能力を高める。
武器や防具に魔力を通し、強度を補うことも基礎の1つだった。
その程度や得手不得手には差がある。
だが、その全てができない人間は、壁の外で戦うにはあまりにも不利だった。
「では、使える魔力技能はどのような物がありますか?」
「俺の魔力は、重さを変えられる」
サラの目が細くなる。
「重さを?」
「俺の体と、触っている物を軽くできる。ただ、重くしたり別々の物を同時に変えるのはまだ無理だな」
「戦い方としてはどのような?」
「ああ。バカでかいゴーレムの武器を軽くして振って、当たる前に重さを戻してぶつけてる」
サラはしばらく黙った後、登録用紙へ慎重に書き込んでいった。
「通常の魔力運用ができない代わりに、性質が特定の現象へ固定されているようですね」
「珍しいのか?」
「ええ。変質した魔力を持つ方自体が珍しいです。ただ、サビさんのように通常の魔力技能を失い、1つの性質へ特化した例は、いくつか記録されています」
サラはそこで、ミリーへ視線を移した。
「ミリーさんも、登録上は魔力変質者として扱われています」
「ミリーもなのか?」
「そう言われてるわ」
サビが隣を見ると、ミリーは軽く肩をすくめた。
「通常、体外へ放出した魔力は急速に拡散します。弾として使うには、放つ前に形を整える必要があります」
「でも、ミリーの矢は残るのか」
「ええ。一度形を整えた魔力を固定できるんです。だから、身体から離れてもほとんど拡散しません」
サラはわずかに言葉を区切った。
「それに、ミリーさんは身体強化や魔力防護も通常どおり使えます。重量変化に特化したサビさんとは、性質が大きく異なります」
「私には、矢として使えるならそれで十分だけどね」
同じ魔力変質者と呼ばれていても、サビとミリーの力はまるで違う。
サビは1つの性質と引き換えに、通常の魔力技能を失っている。
一方のミリーは、それらを残したまま、魔力を固定する性質を備えていた。
「話を戻しますが、サビさんの能力の限界も、まだ不明ということですね」
サビは先ほど武器を預けた方向へ目を向けた。
「ああ。あんなにでかい武器を使ったのも、つい最近が初めてだった」
サラは大きく頷くと、さらに登録書へペンを走らせた。
「ほかに得意なことはありますか?」
「魔力の気配を探るのは得意だ。離れていても、近づいてくる奴には気づけることが多い」
「これも魔力変質者によくある特徴ですね」
サビは意外そうに、職員へ顔を向ける。
「そうなのか」
「ええ、周囲の魔力との差分が大きいので、より魔力を感知しやすいのだと言われてます。正確な範囲はどうでしょうか?」
「ここからさっきの受付くらいまでだと思うが、相手にもよるな」
「承知いたしました。おおよそのサビさんの能力については把握できたと思います」
サラは能力欄へ、いくつかの項目を追加した。
接触対象の軽量化。
複数対象は現状不可。
通常の身体強化と魔力防護は使用不可。
魔力感知に適性あり。
能力の最大範囲、最大重量変化量は未確認。
「傭兵登録後、より適した依頼を紹介しやすくする為に魔力能力試験を受けることもできます。ただ、サビさんの場合は一般的な魔力検査の意味がないでしょうが」
「……そうだな」
サビは苦々しく頷く。
今まで、サビは重量変化に気づくまで、魔力が使えない為に様々な点で不利を背負ってきた。
その現状を改めて突き付けられたような、感覚だった。
能力の確認を終えると、サラは登録用紙へ最後の書き込みを加えた。
「ミリーさんの保証も確認できました。サビさんは星無しではなく、一ツ星からの登録となります」
サラは引き出しから、少しくすんだ色の金属札を取り出した。
表面には1つの星と、交差する剣と虫眼鏡を組み合わせたエクスランド傭兵ギルドの紋章が刻まれている。
「傭兵のランクは星の数で表され、最高位は六ツ星です」
必要な情報を書き込んだ札が、サビの前へ置かれた。
「魔物を討伐しまくれば、星が増えてくのか?」
「ハンターについては、おおむねそう考えて構いません。ただし、戦闘力だけで決まるものではありません」
依頼の達成実績、報告の正確さ、規則違反の有無、依頼主や仲間からの信用。
そうしたものを含めて、ギルドが昇格を判断するという。
強い魔物を倒せるだけでは、上の仕事を任せてもらえないらしい。
「一ツ星では、都市周辺の採取や運搬、低脅威の魔物討伐などが中心になります」
「バーグに関係する依頼はないのか?」
サラは僅かに表情を引き締めた。
「賞金首として公開されている情報は確認できます。ただ、討伐や捕縛を一ツ星へ斡旋することはありません」
「星を上げれば、もっと詳しい情報も手に入るのか?」
「実績と信用が認められれば、受けられる依頼も、閲覧できる情報も増えていきます」
サビは金属札へ目を落とした。
バーグの居場所を知りたい。
その先にいるかもしれないアオへ辿り着きたい。
だが、巨剣槍を一度振るっただけで、誰かが情報を差し出してくれるわけではない。
金だけでなく、実績と信用が必要になる。
面倒な仕組みだと思った。
それでも、今までのサビには、情報を求める場所すらなかった。
サビは金属札を手に取った。
掌に収まるほど小さく、巨剣槍とは比べものにならないほど軽い。
だが、この一ツ星がなければ、何も始まらない。
「これで登録は完了です。紛失した場合は、必ず再発行の手続きをしてください」
「ああ」
サビは一ツ星の札にひもを通して、首から下げる。
「それで、仕事はどうやって受けるんだ?」
「公開されている依頼の中から希望するものを選んでいただくか、ギルドで条件に合う依頼を紹介する事があります」
サラは机の脇から、数枚の依頼書を取り出した。
「魔物の討伐については、各地から寄せられた目撃報告や被害状況をもとに依頼が出されます。特定の地域で魔物が増加している場合は、農地や街道へ被害が広がる前に、ギルドから討伐を募ることもあります」
続いて、別の依頼書を重ねる。
「ほかにも、都市の住民や商会から、遺跡に残された遺物や資材を回収してほしいという依頼があります。こちらは主にシーカー向けですが、護衛としてハンターが同行する場合も珍しくありません」
「私たちなら、一緒に受けられるわね」
ミリーが言った。
「はい。ミリーさんが遺跡の調査や進路の判断を担当し、サビさんが魔物への対処を担う形なら、両方の区分を生かせます」
サビは机に並べられた依頼書へ目を向けた。
細かな文字は読めなかったが、端には対象となる魔物や、目的地を示す簡単な絵が添えられている。
「今の俺たちでも受けられそうな仕事はあるのか?」
「一つ星へ紹介される討伐依頼では、都市周辺に現れる小型の魔物が中心です。グレイウルフや、それに近い脅威度の魔物ですね」
サラが手元の紙を広げると、グレイウルフに加え、ワイルドボアや、サル型、鹿型の魔物を描いた絵が並んでいた。
見覚えのある魔物の姿にサビが目を留める中、サラが説明を続ける。
「同じ種類でも、数や生息地によって危険度は変わります。対象だけでなく、群れの規模、目的地までの距離、周辺環境なども確認して選んでください」
「条件を見て、今の俺たちで倒せる奴を選ぶのか」
「その方がよいでしょう。グレイウルフ一頭と、森の中にいる十頭の群れでは、同じ討伐対象でもまったく別の依頼ですから」
職員は紙の端に記された注意書きを指で示した。
「ただし、依頼書に書かれている内容が、現地の状況と必ず一致するとは限りません」
「どういうことだ?」
「魔物は移動しますし、報告を受けてから依頼が出るまでに群れが増えている場合もあります。別の魔物が縄張りへ入り込んでいたり、遺跡から出てきたゴーレムが周辺を徘徊していたりすることもあります」
サビは、遺跡の奥で突然動き出した巨大なゴーレムを思い出した。
あの時も、バーグたちは目覚めるまで、その存在に気づいていなかった。
「依頼に書かれていない、もっと危険な奴と出会うこともあるのか」
「ええ。頻繁に起きることではありませんが、壁の外では珍しくもありません」
職員の表情が少しだけ厳しくなる。
「想定していたより脅威度の高い魔物やゴーレムを確認した場合、依頼の達成よりも撤退と報告を優先してください。逃げ帰ることは失敗ではありません。正確な情報を持ち帰ることも、傭兵の仕事です」
「覚えておく」
サビは紙に並んだ魔物の絵を見ながら頷いた。
絵に描かれた獲物だけを倒せば済むとは限らない。
壁の外では、何が待っているのかを完全に知ることはできなかった。
依頼票を一通り眺めたサビは、ふと気になった事を口にした。
「依頼を受けずに、魔物を狩るのは駄目なのか?」
「禁止されてはいません」
サラは別の書類を取り出した。
「ギルドでは、常に魔物の魔石や利用可能な素材の買い取りも行っています。依頼を受けず、自由に探索して持ち帰った品を売る傭兵もいます」
「なら、依頼がなくても金にはできるんだな」
「はい。ただし、その場合は依頼達成による追加報酬はありません。また、討伐対象や探索場所について、ギルドが十分な情報を持っていない場合もあります」
依頼を受ければ、目的地や確認されている危険について情報を得られ、達成すれば決められた報酬が支払われる。
一方で、自由に探索すれば行き先や獲物を自分たちで選べるが、成果がなければ収入も得られない。
「最初は、依頼を見て選んだ方が良いと思う」
ミリーが依頼書へ目を落とした。
「グレイウルフと同じくらいの魔物から、場所や数を見て決めましょう。条件の合う依頼がなければ、私が知っている場所を探索して素材を集めてもいいわ」
「ああ。その方が無駄にはならなそうだ」
サビが頷くと、ミリーの視線がそのまま彼の防具へ移った。
「でも、その前に防具ね」
「……駄目か?」
「駄目というより、次も同じように生き残れるとは思わない方がいいわ」
体格に合っていない皮鎧は、腕を動かすたびに革が引きつる。
拾い集めた防具を無理に組み合わせているため、守られていない隙間も多かった。
「グレイウルフから取った素材もあるし、魔石を売ったお金もある。まずは、それで今の防具を仕立て直しましょう」
「その後で、受けられそうな依頼を探すのか」
「ええ。対象はグレイウルフに限らなくていいわ。今の私たちで戦えて、報酬や場所の条件が合うものから選ぶ」
「依頼がなければ、探索して魔石や素材を持ち帰る」
「そういうこと」
依頼を受けて魔物を討つ。
自分たちで荒野や遺跡を探索し、持ち帰った魔石や素材を売る。
どちらを選ぶにしても、まずは壁の外で継続して戦える装備が必要だった。
「まずは、防具をどうにかする」
「それから、条件のいい仕事を探す」
「ああ。巨剣槍も、もっとまともに扱えるようにする」
小さな一つ星の札を手に入れただけで、急に強くなったわけではない。
それでも、何を倒し、何を持ち帰り、どのように金と実績を積み上げていけばいいのか。
進むべき道は、以前よりはっきりと見えていた。