落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
その後、二人は魔石を換金し、預けていた装備を回収すると、傭兵ギルドを後にした。
大通りを歩きながら、フードを深く被ったミリーが、サビの身につけている装備へ目を向ける。
「次は、サビの防具の仕立て直しね。顔なじみの工房があるから、そこへ行きましょう」
「ああ、分かった。……金は足りるか?」
サビは懐に入れた報酬袋へ視線を落とした。
自分の働きで手に入れた、初めてのまとまった金だった。だが、装備の値段など見当もつかない。
「全然足りないわね」
あっさりと言われ、サビはわずかに目を見開いた。
「それじゃまずいだろ」
「大丈夫よ。足りない分は私が立て替えるわ。これから稼いだ中から、少しずつ返してくれればいいから」
ミリーはフードの隙間から、何でもないように答える。
「……それはありがたいな。早く返さないとな」
サビは報酬袋を握り直した。
人から何かを借りれば、たいていはそれ以上のものを求められる。
少なくとも、これまでサビが知っていたのは、そういう関係ばかりだった。
だが、ミリーとは偶然ではあるが共通の目的を持った仲間となっている。
そのことが、かえって落ち着かなかった。
そうして二人が歩きながら会話をしていると、後方から揃いの足音が近づいてきた。
サビはさりげなく、背後を見やる。
青を基調とした装備を身につけた、サビたちと同年代ほどの四人組だった。
肩当てや外套には同じ紋章が刻まれ、先頭を歩く男の胸元には三ツ星の傭兵証が下がっている。
それぞれの体格や武器に合わせて、防具の形まで整えられていた。
その中でも、後方を歩く細身の女だけは装いが軽い。
身体に沿った革鎧の上へ丈の短い青い外套を羽織り、腕や肩を覆う防具も最低限に留めている。
その腰には、金属の銃身と魔石を組み合わせた細身の魔導銃が下がっていた。
継ぎ接ぎの革鎧を身につけたサビとは、ひと目で違いが分かった。
その先頭を歩いていた、金色の長髪を持つ男と視線が重なる。
男は数歩進んだところで足を止め、確かめるようにサビの顔を見た。
「……サビか?」
「……アルバ」
聞き覚えのある声だった。
アルバはサビの全身を上から下まで眺める。胸元の一ツ星証へ目を留めると、意外そうに片眉を上げた。
「弱かったお前が、傭兵だって?」
「ああ」
「まともに魔力も使えなかっただろ」
「今も使えない」
サビが答えると、アルバの視線が背中の巨剣槍へ移った。
武器の大きさには少しだけ興味を示したものの、すぐに傷んだ防具を見て鼻を鳴らす。
「随分でかい物を持ってるな。振り回されて死なないように気をつけろよ」
その口調に、本気で心配している様子はなかった。
腰に魔導銃を下げた女が、サビを見ながら尋ねる。
「知り合い?」
「昔、スラムで見かけた奴だ」
そこで女が改めてサビの顔を確かめると、思い出したように声を出す。
「あのサビなの?」
「そう」
アルバは軽く答え、嘲笑を浮かべる。
「魔力もろくに使えなくて、喧嘩になるたび転がされてた」
サビは否定しなかった。
実際、当時の自分ではアルバたちに勝てなかった。
アルバはそこで初めて、サビの隣に立つミリーへ目を向けた。
深く被ったフードの隙間から、白銀の髪と褐色の肌が僅かに覗いている。
「そっちも傭兵か?」
「そうだけど」
ミリーが短く答える。
「こいつと組んでるのか?」
「ええ」
アルバは少し驚いたようにサビを見た後、ミリーへ人当たりのいい笑みを向けた。
「変わった趣味だな。依頼先で困ったことがあったら、紺碧の風のアルバを訪ねるんだな。こいつよりは役に立てると思う」
「そう」
ミリーは特に表情を変えずに答えた。
アルバは反応の薄さを気にした様子もなく、肩をすくめる。
「まあ、生き残ってればまた会うだろ」
そう言い残し、アルバは仲間たちを連れて歩き出した。
魔導銃を下げた女を含む三人も、巨剣槍やミリーへ興味深そうな視線を向けながら、その後へ続いていく。
青い装備の一団は通行人の間を進み、ほどなく人混みの中へ消えていった。
「……知り合い?」
「ああ。昔、同じスラムにいた」
ミリーはアルバたちが消えた方を見ながら、少し眉を寄せる。
「随分嫌な言い方をするわね」
「昔からあんな感じだ」
「そうなの?」
「ああ。食い物の取り合いで、よく負けた」
サビが何でもないことのように答えると、ミリーは僅かに顔をしかめた。
「嫌味な奴ね」
サビは特に答えなかった。
実際、昔の自分ではアルバには勝てなかった。
まともに魔力を扱うこともできず、食い物を奪われても取り返せなかった。
だが、それはもう昔の話だった。
それに、あいつに構っている暇も無かった。
背負った巨剣槍の重みを確かめるように肩を動かし、懐の報酬袋へ手を触れる。
防具を直す。
依頼を受ける。
金と情報を集める。
今は、自分にあるものを使って進むしかない。
「行くか」
「ええ」
二人は再び大通りを歩き出した。
その後、二人は商業区と呼ばれる一画へ足を踏み入れた。
レンガで舗装された街路の両側には、武器や防具を並べた工房、青白い光を放つ魔石灯を掲げた魔道具店、湯気と香辛料の匂いを漂わせる飲食店が軒を連ねている。
店先には魔物の牙や皮が吊るされ、荷車には金属板や魔導車の部品が山積みにされていた。
大通りを行き交う人々の多くは武器を帯びている。
道行く者達の中に混ざり、揃いの腕章をつけた屈強な男たちが巡回しており、通行人へ鋭い視線を向けていた。商品へ手を伸ばしかけた子供が、怒鳴り声とともに追い払われていた。
サビは賑わう街並みに目を向けながらも、無意識に人の流れや逃げ道を確かめながら歩みを進めていった。
やがて二人は商業区の外れまで進み、一軒の工房の前で足を止めた。
石と古びた木材を組み合わせた建物で、外観は周囲の工房とさほど変わらない。
開け放たれた扉の奥から、金属を打つ規則的な音が響いていた。
店内へ入ると、壁や木製の棚に、革や金属を組み合わせた鎧が所狭しと並んでいる。
店の奥には使い込まれた防具のほか、胸当てや籠手、留め具など、修理途中らしい部品も積み上げられていた。
カウンターにはサビたちより少し年下に見える茶髪の少女が、片肘をついている。
眠たげな目が二人へ向けられ、ミリーの姿を認めると、少女はゆっくり片手を上げた。
「いらっしゃーい。……あ、ミリーだ。久しぶりー」
「久しぶり、アンナ。変わりない?」
「ちょっとくらいじゃ、何にも変わらないよー」
「それならよかった」
ミリーが笑うと、アンナも僅かに口元を緩めた。
それから、カウンター越しにサビを見上げる。
「その、いかついお兄さんは誰ー? すっごい武器持ってるね」
「この人はサビっていうの。えっと……パーティを組んだのよ」
「へえー。……そっか」
アンナは一瞬だけ、隠しきれ無い陰のあるミリーの表情を見やった。
だが、何かを尋ねることはせず、すぐにサビへ視線を戻す。
「それで、今日は何の用ー?」
ミリーがわずかに肩の力を抜き、サビへ目を向けた。
サビは自分が身につけている、形も材質もちぐはぐな防具を指さす。
「こいつの仕立て直しを頼みたい」
「なるほどねー」
アンナはサビの肩から腰までを眺め、大きく頷いた。
「じゃあ、おじいちゃん呼んでくるよ」
そう言い残し、工房の奥へ姿を消す。
サビが巨剣槍を邪魔にならないよう店の隅へ横たえると、少し間を置いて金属を叩く音が止まった。
代わりに、硬い床を踏む足音が近づいてくる。
一歩。続いて、何かを引きずるような鈍い音。
やがてアンナとともに、禿げ上がった頭と濃い髭を持つ老人が姿を現した。
背はさほど高くない。だが、革の前掛けから覗く腕は太く、年齢を感じさせないほど筋肉が盛り上がっている。
左脚は膝から下が、革帯と黒ずんだ金属で組まれた義足に置き換わっていた。
歩くたびに内部の関節が小さく軋み、隙間から青白い魔力の光が明滅する。
歩みは遅い。それでも上体は真っ直ぐに伸び、足元以外に衰えを感じさせなかった。
老人――ゲッテルは、挨拶もせずにサビの前まで近づいた。
鋭い目でサビの頭から足元までを眺めると、無造作に肩当てを掴んで揺らす。
続いて脇の留め具へ太い指を差し込み、眉間の皺を深くした。
「腕を上げろ」
サビは言われるまま、両腕を持ち上げた。
肩口の革が引きつれ、金属板が胸へ食い込む。
ゲッテルは小さく鼻を鳴らした。
「これでよく腕が動いたな」
「動きにくくはある」
「動きにくいで済ませるな。戦ってる最中に引っ掛かれば死ぬぞ」
ゲッテルは次に腰回りの革帯を引き、サビの体格と防具の隙間を確かめていく。
「若い割には、随分といい身体をしてる。だが、こいつはお前の身体に合ってない。拾い物を無理やり着てるだけだな」
「ああ」
ゲッテルの手が、サビの肩や腰に残る傷の上で止まる。
そのまま、床に寝かせてある巨剣槍へ目を向けた。
「あれも飾りじゃなさそうだな」
「使ってる」
「だろうな。右肩と腰ばかり傷んでやがる。振ったあと、武器に引っ張られてるだろ」
サビは僅かに眉を動かした。
「……分かるのか?」
「分からなきゃ、この仕事はやっとらん」
ゲッテルはそこで初めてサビから手を離し、ミリーへ顔を向けた。
「ミリーちゃんも久しぶりだな。無事に戻ったようで何よりだ」
「はい。ゲッテルさんもお元気そうで安心しました」
「この足以外はな」
ゲッテルは黒ずんだ義足を不満げに叩いた。金属の内部から、短く硬い音が返る。
それだけで話を終えると、すぐにサビへ視線を戻した。
「細かく採寸する。若いの、奥へ来い」
「ああ」
サビが頷くと、ゲッテルは金属の足音を響かせながら、工房の奥へ向かった。
「大体分かった」
店の奥でサビの採寸を終えたゲッテルは、革紐や金属製の測定具を作業台へ戻しながら鼻を鳴らした。
防具を外したサビは、その場に並べられた自分の装備へ目を向ける。
「お前さんは魔力変質者だそうだな。なら、普通の傭兵向けの魔力回路や、馴染ませの加工は考えなくていいな?」
「ああ。普通の魔力は使えない」
「なら、その代わり、素材そのものの強度と、身体の動かしやすさを優先する。あの得物を振った時に肩と腰が引っ掛からんよう、留め具の位置も変えるぞ」
ゲッテルは肩当ての裏側を指で叩き、続いて腰を覆う革帯を持ち上げた。
「もっとも、これはあくまで仕立て直しじゃ。今ある物を、お前さんの身体に合わせて誤魔化すだけだ。今後も同じ得物を使うなら、いずれ最初から専用に作る必要がある」
「もっと金がかかるのか?」
「当たり前じゃ。あれを振り回す人間なんぞ、最初から規格の外に決まっとる」
サビは黙り込み、取り外した防具と巨剣槍を見比べた。
ゲッテルはそんなサビを一瞥すると、指を折りながら必要な作業を数え始める。
「肩と腰の作り直し、革帯と留め具の交換、傷んだ金属板の補強……前金で1万エクスじゃな。二日後の受け渡しで、残り4万エクス、合わせて5万エクスじゃな」
(5万エクス……?)
サビの動きが止まった。
懐にあるのは、先ほど初めて受け取った1万5千エクスだけだ。前金を払えば、ほとんど残らない。それどころか、残金の4万エクスなどすぐには用意できそうになかった。
その反応を予想していたのか、ゲッテルは髭を撫でながら鼻を鳴らす。
「どうせ、残りを払えるほど持っとらんのじゃろう」
「……ああ」
「ミリーちゃんと、……クレイブ達の顔を立ててやる。残りはすぐでなくていい。傭兵として稼げるようになってから、少しずつ持ってこい」
ゲッテルはそれだけ言うと、取り外した肩当てを片手で持ち上げた。
「ただし、踏み倒したら二度とうちの敷居は跨がせんぞ」
「……払う。できるだけ早く」
「ならいい」
ゲッテルは片足を引きずりながら、装備を作業台へ運んでいく。
その途中で足を止め、サビへ背中を向けたまま口を開いた。
「それと、ワシの勝手な頼みじゃが――ミリーちゃんを裏切るなよ」
「……裏切る?」
「クレイブたちに何かあったのは、分かる。そのいきさつで組んでおるんじゃろ」
サビはゲッテルの広い背中を見つめた。
何を約束できるのかは、まだ分からない。
サビ自身、アオを探すためにどこまで行くことになるのか、見当もついていなかった。
それでも、成り行きで組んだ相手とはいえ、ここまでミリーとは互いの背中を守ってきた。
「……俺から裏切るつもりはない」
サビが答えると、ゲッテルは振り返らず、片手を軽く上げた。
それ以上は何も言わず、サビは店先へ戻った。
カウンターでは、アンナとミリーが何かを話していた。
サビが戻ってきたことに気づくと、アンナは会話を止め、眠たげな目をそちらへ向ける。
「話はまとまったみたいだねー。じゃあ、前金1万エクスをいただきまーす」
「ああ」
サビは懐から報酬袋を取り出した。
中から硬貨を数え、アンナの前へ並べていく。金額に間違いがないことを確かめると、アンナは硬貨を手元へ引き寄せた。
「確かに1万エクス。毎度ありー」
初めて自分で稼いだ報酬の大半が、一瞬で消えた。
必要な出費だと分かっている。今の防具では動きを妨げられ、いずれ戦いの最中に命を落とすかもしれない。
それでも、急に頼りなくなった報酬袋の重さは、サビの気持ちまで沈ませた。
残った硬貨を袋へ戻しながら、先ほど交わした言葉を思い返す。
ミリーは、足りない分を立て替えると言った。
ゲッテルは、残りは稼げるようになってからで構わないと言った。
期限を決められたわけでもない。余分な金を要求されたわけでも、脅されたわけでもなかった。
(……よく分からねえな)
サビがこれまで知っていた貸し借りには、必ず別の何かがついてきた。
食べ物を渡された後には仕事を押しつけられ、助けられれば、それ以上のものを奪われる。
相手が優しく振る舞う時ほど、何を求めているのか警戒する必要があった。
だが、ミリーとゲッテルからは、そうしたものが感じられない。
それが悪いことではないのだろうとは思う。
ただ、どう受け取ればいいのか、サビにはまだ分からなかった。
「二日後にはできてるから、取りに来てねー」
「……ああ」
サビは軽くなった袋を懐へ戻した。
露骨に肩を落としたサビを見て、ミリーはフードの奥で僅かに笑う。
「必要なものなんだから、そんな顔をしないの」
「まあ、そうだな……」
「これから稼げばいいのよ」
ミリーは、それが当然のことのように言った。
サビは一瞬だけ彼女の横顔を見た。
そして、それでも先ほどより表情を引き締めて頷く。
「……そうだな」
「それじゃ、またね。アンナ」
「うん。また二日後ー」
ミリーはアンナへ手を振ると、サビとともに工房を出た。
金属を打つ音を背後に聞きながら、二人は再び賑やかな大通りへ踏み出した。