落星の継承者  重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話   作:青井リンボ

11 / 18
11

 その後、二人は魔石を換金し、預けていた装備を回収すると、傭兵ギルドを後にした。

 大通りを歩きながら、フードを深く被ったミリーが、サビの身につけている装備へ目を向ける。

 

「次は、サビの防具の仕立て直しね。顔なじみの工房があるから、そこへ行きましょう」

 

「ああ、分かった。……金は足りるか?」

 

 サビは懐に入れた報酬袋へ視線を落とした。

 自分の働きで手に入れた、初めてのまとまった金だった。だが、装備の値段など見当もつかない。

 

「全然足りないわね」

 

 あっさりと言われ、サビはわずかに目を見開いた。

 

「それじゃまずいだろ」

 

「大丈夫よ。足りない分は私が立て替えるわ。これから稼いだ中から、少しずつ返してくれればいいから」

 

 ミリーはフードの隙間から、何でもないように答える。

 

「……それはありがたいな。早く返さないとな」

 

 サビは報酬袋を握り直した。

 人から何かを借りれば、たいていはそれ以上のものを求められる。

 少なくとも、これまでサビが知っていたのは、そういう関係ばかりだった。

 

 だが、ミリーとは偶然ではあるが共通の目的を持った仲間となっている。

 そのことが、かえって落ち着かなかった。

 

 そうして二人が歩きながら会話をしていると、後方から揃いの足音が近づいてきた。

 サビはさりげなく、背後を見やる。

 

 青を基調とした装備を身につけた、サビたちと同年代ほどの四人組だった。

 肩当てや外套には同じ紋章が刻まれ、先頭を歩く男の胸元には三ツ星の傭兵証が下がっている。

 それぞれの体格や武器に合わせて、防具の形まで整えられていた。

 

 その中でも、後方を歩く細身の女だけは装いが軽い。

 身体に沿った革鎧の上へ丈の短い青い外套を羽織り、腕や肩を覆う防具も最低限に留めている。

 その腰には、金属の銃身と魔石を組み合わせた細身の魔導銃が下がっていた。

 

 継ぎ接ぎの革鎧を身につけたサビとは、ひと目で違いが分かった。

 その先頭を歩いていた、金色の長髪を持つ男と視線が重なる。

 男は数歩進んだところで足を止め、確かめるようにサビの顔を見た。

 

「……サビか?」

 

「……アルバ」

 

 聞き覚えのある声だった。

 アルバはサビの全身を上から下まで眺める。胸元の一ツ星証へ目を留めると、意外そうに片眉を上げた。

 

「弱かったお前が、傭兵だって?」

 

「ああ」

 

「まともに魔力も使えなかっただろ」

 

「今も使えない」

 

 サビが答えると、アルバの視線が背中の巨剣槍へ移った。

 武器の大きさには少しだけ興味を示したものの、すぐに傷んだ防具を見て鼻を鳴らす。

 

「随分でかい物を持ってるな。振り回されて死なないように気をつけろよ」

 

 その口調に、本気で心配している様子はなかった。

 腰に魔導銃を下げた女が、サビを見ながら尋ねる。

 

「知り合い?」

 

「昔、スラムで見かけた奴だ」

 

 そこで女が改めてサビの顔を確かめると、思い出したように声を出す。

 

「あのサビなの?」

 

「そう」

 

 アルバは軽く答え、嘲笑を浮かべる。

 

「魔力もろくに使えなくて、喧嘩になるたび転がされてた」

 

 サビは否定しなかった。

 実際、当時の自分ではアルバたちに勝てなかった。

 

 アルバはそこで初めて、サビの隣に立つミリーへ目を向けた。

 深く被ったフードの隙間から、白銀の髪と褐色の肌が僅かに覗いている。

 

「そっちも傭兵か?」

 

「そうだけど」

 

 ミリーが短く答える。

 

「こいつと組んでるのか?」

 

「ええ」

 

 アルバは少し驚いたようにサビを見た後、ミリーへ人当たりのいい笑みを向けた。

 

「変わった趣味だな。依頼先で困ったことがあったら、紺碧の風のアルバを訪ねるんだな。こいつよりは役に立てると思う」

 

「そう」

 

 ミリーは特に表情を変えずに答えた。

 アルバは反応の薄さを気にした様子もなく、肩をすくめる。

 

「まあ、生き残ってればまた会うだろ」

 

 そう言い残し、アルバは仲間たちを連れて歩き出した。

 魔導銃を下げた女を含む三人も、巨剣槍やミリーへ興味深そうな視線を向けながら、その後へ続いていく。

 青い装備の一団は通行人の間を進み、ほどなく人混みの中へ消えていった。

 

「……知り合い?」

 

「ああ。昔、同じスラムにいた」

 

 ミリーはアルバたちが消えた方を見ながら、少し眉を寄せる。

 

「随分嫌な言い方をするわね」

 

「昔からあんな感じだ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。食い物の取り合いで、よく負けた」

 

 サビが何でもないことのように答えると、ミリーは僅かに顔をしかめた。

 

「嫌味な奴ね」

 

 サビは特に答えなかった。

 

 実際、昔の自分ではアルバには勝てなかった。

 まともに魔力を扱うこともできず、食い物を奪われても取り返せなかった。

 

 だが、それはもう昔の話だった。

 それに、あいつに構っている暇も無かった。

 背負った巨剣槍の重みを確かめるように肩を動かし、懐の報酬袋へ手を触れる。

 

 防具を直す。

 依頼を受ける。

 金と情報を集める。

 

 今は、自分にあるものを使って進むしかない。

 

「行くか」

 

「ええ」

 

 二人は再び大通りを歩き出した。

 

 

 

 その後、二人は商業区と呼ばれる一画へ足を踏み入れた。

 レンガで舗装された街路の両側には、武器や防具を並べた工房、青白い光を放つ魔石灯を掲げた魔道具店、湯気と香辛料の匂いを漂わせる飲食店が軒を連ねている。

 

 店先には魔物の牙や皮が吊るされ、荷車には金属板や魔導車の部品が山積みにされていた。

 大通りを行き交う人々の多くは武器を帯びている。

 

 道行く者達の中に混ざり、揃いの腕章をつけた屈強な男たちが巡回しており、通行人へ鋭い視線を向けていた。商品へ手を伸ばしかけた子供が、怒鳴り声とともに追い払われていた。

 サビは賑わう街並みに目を向けながらも、無意識に人の流れや逃げ道を確かめながら歩みを進めていった。

 

 やがて二人は商業区の外れまで進み、一軒の工房の前で足を止めた。

 

 石と古びた木材を組み合わせた建物で、外観は周囲の工房とさほど変わらない。

 開け放たれた扉の奥から、金属を打つ規則的な音が響いていた。

 店内へ入ると、壁や木製の棚に、革や金属を組み合わせた鎧が所狭しと並んでいる。

 店の奥には使い込まれた防具のほか、胸当てや籠手、留め具など、修理途中らしい部品も積み上げられていた。

 

 カウンターにはサビたちより少し年下に見える茶髪の少女が、片肘をついている。

 眠たげな目が二人へ向けられ、ミリーの姿を認めると、少女はゆっくり片手を上げた。

 

「いらっしゃーい。……あ、ミリーだ。久しぶりー」

 

「久しぶり、アンナ。変わりない?」

 

「ちょっとくらいじゃ、何にも変わらないよー」

 

「それならよかった」

 

 ミリーが笑うと、アンナも僅かに口元を緩めた。

 それから、カウンター越しにサビを見上げる。

 

「その、いかついお兄さんは誰ー? すっごい武器持ってるね」

 

「この人はサビっていうの。えっと……パーティを組んだのよ」

 

「へえー。……そっか」

 

 アンナは一瞬だけ、隠しきれ無い陰のあるミリーの表情を見やった。

 だが、何かを尋ねることはせず、すぐにサビへ視線を戻す。

 

「それで、今日は何の用ー?」

 

 ミリーがわずかに肩の力を抜き、サビへ目を向けた。

 サビは自分が身につけている、形も材質もちぐはぐな防具を指さす。

 

「こいつの仕立て直しを頼みたい」

 

「なるほどねー」

 

 アンナはサビの肩から腰までを眺め、大きく頷いた。

 

「じゃあ、おじいちゃん呼んでくるよ」

 

 そう言い残し、工房の奥へ姿を消す。

 

 

 サビが巨剣槍を邪魔にならないよう店の隅へ横たえると、少し間を置いて金属を叩く音が止まった。

 代わりに、硬い床を踏む足音が近づいてくる。

 

 一歩。続いて、何かを引きずるような鈍い音。

 やがてアンナとともに、禿げ上がった頭と濃い髭を持つ老人が姿を現した。

 

 背はさほど高くない。だが、革の前掛けから覗く腕は太く、年齢を感じさせないほど筋肉が盛り上がっている。

 左脚は膝から下が、革帯と黒ずんだ金属で組まれた義足に置き換わっていた。

 歩くたびに内部の関節が小さく軋み、隙間から青白い魔力の光が明滅する。

 

 歩みは遅い。それでも上体は真っ直ぐに伸び、足元以外に衰えを感じさせなかった。

 老人――ゲッテルは、挨拶もせずにサビの前まで近づいた。

 鋭い目でサビの頭から足元までを眺めると、無造作に肩当てを掴んで揺らす。

 続いて脇の留め具へ太い指を差し込み、眉間の皺を深くした。

 

「腕を上げろ」

 

 サビは言われるまま、両腕を持ち上げた。

 肩口の革が引きつれ、金属板が胸へ食い込む。

 ゲッテルは小さく鼻を鳴らした。

 

「これでよく腕が動いたな」

 

「動きにくくはある」

 

「動きにくいで済ませるな。戦ってる最中に引っ掛かれば死ぬぞ」

 

 ゲッテルは次に腰回りの革帯を引き、サビの体格と防具の隙間を確かめていく。

 

「若い割には、随分といい身体をしてる。だが、こいつはお前の身体に合ってない。拾い物を無理やり着てるだけだな」

 

「ああ」

 

 ゲッテルの手が、サビの肩や腰に残る傷の上で止まる。

 そのまま、床に寝かせてある巨剣槍へ目を向けた。

 

「あれも飾りじゃなさそうだな」

 

「使ってる」

 

「だろうな。右肩と腰ばかり傷んでやがる。振ったあと、武器に引っ張られてるだろ」

 

 サビは僅かに眉を動かした。

 

「……分かるのか?」

 

「分からなきゃ、この仕事はやっとらん」

 

 ゲッテルはそこで初めてサビから手を離し、ミリーへ顔を向けた。

 

「ミリーちゃんも久しぶりだな。無事に戻ったようで何よりだ」

 

「はい。ゲッテルさんもお元気そうで安心しました」

 

「この足以外はな」

 

 ゲッテルは黒ずんだ義足を不満げに叩いた。金属の内部から、短く硬い音が返る。

 それだけで話を終えると、すぐにサビへ視線を戻した。

 

「細かく採寸する。若いの、奥へ来い」

 

「ああ」

 

 サビが頷くと、ゲッテルは金属の足音を響かせながら、工房の奥へ向かった。

 

 

 

「大体分かった」

 

 店の奥でサビの採寸を終えたゲッテルは、革紐や金属製の測定具を作業台へ戻しながら鼻を鳴らした。

 防具を外したサビは、その場に並べられた自分の装備へ目を向ける。

 

「お前さんは魔力変質者だそうだな。なら、普通の傭兵向けの魔力回路や、馴染ませの加工は考えなくていいな?」

 

「ああ。普通の魔力は使えない」

 

「なら、その代わり、素材そのものの強度と、身体の動かしやすさを優先する。あの得物を振った時に肩と腰が引っ掛からんよう、留め具の位置も変えるぞ」

 

 ゲッテルは肩当ての裏側を指で叩き、続いて腰を覆う革帯を持ち上げた。

 

「もっとも、これはあくまで仕立て直しじゃ。今ある物を、お前さんの身体に合わせて誤魔化すだけだ。今後も同じ得物を使うなら、いずれ最初から専用に作る必要がある」

 

「もっと金がかかるのか?」

 

「当たり前じゃ。あれを振り回す人間なんぞ、最初から規格の外に決まっとる」

 

 サビは黙り込み、取り外した防具と巨剣槍を見比べた。

 ゲッテルはそんなサビを一瞥すると、指を折りながら必要な作業を数え始める。

 

「肩と腰の作り直し、革帯と留め具の交換、傷んだ金属板の補強……前金で1万エクスじゃな。二日後の受け渡しで、残り4万エクス、合わせて5万エクスじゃな」

 

(5万エクス……?)

 

 サビの動きが止まった。

 懐にあるのは、先ほど初めて受け取った1万5千エクスだけだ。前金を払えば、ほとんど残らない。それどころか、残金の4万エクスなどすぐには用意できそうになかった。

 その反応を予想していたのか、ゲッテルは髭を撫でながら鼻を鳴らす。

 

「どうせ、残りを払えるほど持っとらんのじゃろう」

 

「……ああ」

 

「ミリーちゃんと、……クレイブ達の顔を立ててやる。残りはすぐでなくていい。傭兵として稼げるようになってから、少しずつ持ってこい」

 

 ゲッテルはそれだけ言うと、取り外した肩当てを片手で持ち上げた。

 

「ただし、踏み倒したら二度とうちの敷居は跨がせんぞ」

 

「……払う。できるだけ早く」

 

「ならいい」

 

 ゲッテルは片足を引きずりながら、装備を作業台へ運んでいく。

 その途中で足を止め、サビへ背中を向けたまま口を開いた。

 

「それと、ワシの勝手な頼みじゃが――ミリーちゃんを裏切るなよ」

 

「……裏切る?」

 

「クレイブたちに何かあったのは、分かる。そのいきさつで組んでおるんじゃろ」

 

 サビはゲッテルの広い背中を見つめた。

 何を約束できるのかは、まだ分からない。

 サビ自身、アオを探すためにどこまで行くことになるのか、見当もついていなかった。

 

 それでも、成り行きで組んだ相手とはいえ、ここまでミリーとは互いの背中を守ってきた。

 

「……俺から裏切るつもりはない」

 

 サビが答えると、ゲッテルは振り返らず、片手を軽く上げた。

 それ以上は何も言わず、サビは店先へ戻った。

 

 

 

 カウンターでは、アンナとミリーが何かを話していた。

 サビが戻ってきたことに気づくと、アンナは会話を止め、眠たげな目をそちらへ向ける。

 

「話はまとまったみたいだねー。じゃあ、前金1万エクスをいただきまーす」

 

「ああ」

 

 サビは懐から報酬袋を取り出した。

 中から硬貨を数え、アンナの前へ並べていく。金額に間違いがないことを確かめると、アンナは硬貨を手元へ引き寄せた。

 

「確かに1万エクス。毎度ありー」

 

 初めて自分で稼いだ報酬の大半が、一瞬で消えた。

 必要な出費だと分かっている。今の防具では動きを妨げられ、いずれ戦いの最中に命を落とすかもしれない。

 それでも、急に頼りなくなった報酬袋の重さは、サビの気持ちまで沈ませた。

 

 残った硬貨を袋へ戻しながら、先ほど交わした言葉を思い返す。

 ミリーは、足りない分を立て替えると言った。

 ゲッテルは、残りは稼げるようになってからで構わないと言った。

 

 期限を決められたわけでもない。余分な金を要求されたわけでも、脅されたわけでもなかった。

 

(……よく分からねえな)

 

 サビがこれまで知っていた貸し借りには、必ず別の何かがついてきた。

 

 食べ物を渡された後には仕事を押しつけられ、助けられれば、それ以上のものを奪われる。

 相手が優しく振る舞う時ほど、何を求めているのか警戒する必要があった。

 

 だが、ミリーとゲッテルからは、そうしたものが感じられない。

 それが悪いことではないのだろうとは思う。

 ただ、どう受け取ればいいのか、サビにはまだ分からなかった。

 

「二日後にはできてるから、取りに来てねー」

 

「……ああ」

 

 サビは軽くなった袋を懐へ戻した。

 露骨に肩を落としたサビを見て、ミリーはフードの奥で僅かに笑う。

 

「必要なものなんだから、そんな顔をしないの」

 

「まあ、そうだな……」

 

「これから稼げばいいのよ」

 

 ミリーは、それが当然のことのように言った。

 サビは一瞬だけ彼女の横顔を見た。

 そして、それでも先ほどより表情を引き締めて頷く。

 

「……そうだな」

 

「それじゃ、またね。アンナ」

 

「うん。また二日後ー」

 

 ミリーはアンナへ手を振ると、サビとともに工房を出た。

 金属を打つ音を背後に聞きながら、二人は再び賑やかな大通りへ踏み出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。