落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
廊下へ出ると、リビングの方から小さな物音が聞こえた。
反射的に足を止め、息を潜める。
「……サビも起きたの?」
扉越しに聞こえたミリーの声に、サビは握りかけていた短剣から手を離した。
「ああ。今起きたところだ」
リビングの扉を開く。
室内には香辛料の匂いが漂い、中央の机では、昨日と同じ携帯食と野菜を使った煮込みが湯気を上げていた。
「ちょうどよかったわ。もう少ししたら起こそうと思ってたの。食べましょう」
「俺の分もあるのか?」
「これが一人で食べる量に見える?」
ミリーはそう言うと、煮込みを2つの皿へよそった。
サビは少しだけ戸惑った後、椅子に座って皿を受け取る。
「……ありがとう」
ミリーは何でもないことのように頷いた。
「食べ終わったら、街の外側にある訓練場所へ行きましょう。その後は、薬師のステラさんの店ね。薬や魔物除けも補充しておきたいから」
「ああ。早く試したいことがある」
「なら、冷める前に食べないとね」
二人は手早く朝食を済ませると、必要な荷物を魔導車へ積み込み、家を出た。
魔導車が止まったのは、エクスランドの最外周部にある荒れ地だった。
地面には砕けた石材や朽ちた木材が散らばり、崩れ残った建造物の柱には、武器で打ちつけられた無数の傷が刻まれている。
訓練用に整えられた場所ではない。
だが、周囲に人家がなく、壊して困るものも少ないため、いつからか傭兵たちが身体を動かすために使うようになったらしい。
他にも何人かの傭兵が、それぞれ離れた場所で武器を振ったり、組み合ったりしていた。
誰かが場所を仕切っている様子はない。
それでも、飛んできた武器や魔力に巻き込まれないよう、互いの間には十分な距離が空けられていた。
サビは魔導車から降りると、荷台から巨剣槍を軽量化して引き出した。
「それで、何を試したいの?」
ミリーの問いに、サビは打撃痕の残る柱へ目を向けた。
「振った後のことだ」
巨剣槍を、ゆっくりと肩へ担ぐ。
「このままじゃ、振った後の隙がデカすぎる。当てたら、すぐにこいつを軽くしてみる」
そう言うと、サビは近くの柱へ向かって踏み込んだ。
軽量化した巨剣槍を振りかぶり、その勢いのまま横薙ぎに叩き込む。
刃が触れる直前、軽量化を解除した。
「……ッ!」
突如として本来の質量を取り戻した巨剣槍が、柱へ激突する。
凄まじい破砕音とともに柱が砕け、大量の石片が飛び散った。
だが、巨剣槍の勢いは止まらない。
柱を粉砕したその先へ、サビの身体ごと引きずるように流れていく。
「クッ……!」
サビは慌てて巨剣槍を再び軽量化した。
刃先が急に地面へ沈む勢いを失い、地面を浅く削りながら止まる。
それでも、すでに崩れていたサビの体勢までは戻らない。
片足を大きく踏み出し、たたらを踏むようにして、どうにか転倒を免れた。
轟音に気づいた周囲の傭兵たちが、一斉にこちらへ顔を向ける。
だが、飛び散った破片が届かない距離にいると分かると、何人かはすぐに自分たちの訓練へ戻っていった。
サビは軽くなった巨剣槍を引き戻しながら、今の感覚を確かめる。
痺れる体の各所と、擦れた掌の痛みに顔をしかめつつ、次の柱に向かって行く。
「……軽くすることはできた」
サビは足元に残った刃の跡へ目を落とした。
「でも遅いな。当たったと分かってから軽くしたんじゃ、もう身体が持っていかれてる」
「……確かにね。でも、相変わらず破壊力だけは本当にすごいわね」
ミリーは、粉々になった柱の残骸へ目を向けた。
「少なくとも、一ツ星の傭兵が出していい威力じゃないわ」
「そうか」
サビは短く返し、別の柱へ向き直った。
巨剣槍を構えながら、柄を握る手を何度か開閉する。先ほど腕へ返ってきた衝撃を思い返していた。
(当たった後じゃない。衝撃が返ってきた瞬間だ)
サビは地面を蹴った。
「……ッ!」
軽量化した巨剣槍が高速で振り抜かれる。
刃が柱へ食い込み、轟音とともに石材が砕けた。
その衝撃が柄を通じて掌へ返った瞬間、サビは巨剣槍を再び軽量化する。
それでも勢いを完全には殺せず、切っ先が地面を浅く削った。
だが、先ほどのように身体全体を引きずられることはない。上半身が前へ傾いただけで、踏み出した片足がその場でサビの身体を支えた。
「……よし」
サビはすぐに巨剣槍を引き戻した。
反動を受けた肩に鈍い痛みが残っている。それでも、その顔には僅かな手応えが浮かんでいた。
「今の切り替えを、もっと早く正確にできれば止められる」
ミリーも砕けた柱とサビの足元を見比べ、頷く。
「一度でかなり変わったわね」
「ああ。もう何度かやる」
「……私も見てるだけじゃいられないわね」
ミリーも背負っていた弓を取り出し、サビから離れた場所へ移動した。
腰のポーチから、これまで使っていたものより太い金属製の弦を取り出す。弓の留め具を緩めると、慣れた手つきで弦を張り替えた。
「それに変えるとどうなるんだ?」
「今までより強く矢を飛ばせるわ。ただ、引く力が強くなる分、魔力矢を保つのも難しくなるけどね」
ミリーは弓を構え、淡く輝く魔力矢を作り出した。
新しい弦を引き絞るにつれて、魔力矢の輪郭が僅かに揺らぐ。
ミリーは矢を固定し直し、そのまま指を放した。
鋭い弦音が響く。
魔力矢は凄まじい速度で飛んだが、目印を付けた瓦礫の中心から外れ、その端を抉って燐光に変わった。
「……速くはなったけど、まだ安定しないわね」
そう呟きながら、ミリーはすぐに次の矢を作り始めた。
サビも訓練へ戻る。
荒れ地には、巨剣槍が柱を砕く轟音と、弓の弦が鳴る鋭い音が交互に響いた。
何度か繰り返すうちに、サビの動きは目に見えて変わっていった。
刃が柱へ食い込んだ瞬間、柄を通して返ってくる衝撃を捉える。
その直後に巨剣槍を軽量化し、残った勢いを腕と腰で受け止める。
やがて、切っ先を地面へ触れさせることなく、巨剣槍を引き戻せるようになった。
「……これなら、当てた後は何とかなりそうだな」
サビは巨剣槍を構え直しながら、砕けた柱を見つめる。
だが、すぐに眉を寄せた。
「でも、実戦で毎回当たるわけじゃない」
今度は柱の少し横へ向かって巨剣槍を構えた。
「わざと外すの?」
「ああ。外した時にも止められないと意味がない」
サビは地面を蹴り、巨剣槍を横薙ぎに振り抜いた。
刃は狙いどおり、柱の手前を通過する。
サビは巨剣槍を軽量化しようとした。
「……ッ!」
しかし、空振りの為、先ほどまで感じていた衝撃が返ってこない。
切り替えが一瞬遅れた。
巨剣槍はサビの身体を引きずりながら流れ、切っ先が地面へ激突する。石材が削れ、鋭い破片が周囲へ飛び散った。
その1つが、サビの頬を浅く切った。
「クッ……」
サビはたたらを踏みながらも、巨剣槍を再び軽くして止める。
それから、頬の傷ではなく、地面に刻まれた深い跡へ目を向けた。
「当たれば、衝撃で切り替える瞬間が分かる。でも、外すと何も返ってこない」
「目で確認するしかないわね」
「ああ。でも、実戦じゃ相手も動く」
サビは軽くなった巨剣槍を持ち上げ、柄を握り直した。
何度か繰り返すうちに、サビは別の違和感にも気付いていた。
軽量化自体は問題なく使える。
だが、短い間隔で何度も切り替えると、身体の奥に重い疲労とは違う消耗が残る。
魔力が軽量化に使った分だけ、確実に減っている。
幸い、巨剣槍を振り回す訓練を続けてきたことで、その差を感じ取れる程度にはなっていた。
「……難しいな」
そう言いながらも、サビは諦めた様子を見せなかった。
巨剣槍を見つめ、僅かに目を細める。
「軽くして振って、元に戻して当てる。それだけで終わりなのかも、まだ分からない」
ミリーは答えず、サビの頬から流れる血へ目を向けた。
「それを考える前に、傷を見せて」
「これくらい平気だ」
「平気じゃないわよ」
ミリーはサビの頬に滲んだ血を見て、眉を寄せた。
「普通なら、今くらいの破片は無意識にまとっている魔力で防げる。でも、サビにはそのまま刺さるのよ」
サビは言い返せず、僅かに視線を逸らした。
その反応に小さく息を吐くと、ミリーは荷物をまとめ始める。
「今日はここまでにしましょう。どうせ薬や包帯を買いに行く予定だったんだから」
サビは肩や腰に残る鈍い痛みへ顔をしかめつつ、自分の掌へ目を落とした。
何度も巨剣槍を振ったことで皮膚が擦り切れ、柄を握り締めていた部分から血が滲んでいる。
「……まあ、そうだな」
「続きはまた今度ね。明日から依頼を受けるんだから、今日のうちに身体を潰したら意味がないわ」
そう言われ、サビも巨剣槍を肩へ担いだ。
それからミリーに続き、魔導車へ歩き出した。
商業区へ向かったサビたちは、やがて一軒の店の前に辿り着いた。
店先には大小の鉢植えが並び、青々とした葉の上で、撒かれたばかりの水滴が日の光を反射している。
慣れた様子で扉を開くミリーに続き、サビも店内へ足を踏み入れた。
薬草らしい青臭さと、鼻を刺すような独特の香りが混ざり合っている。
壁一面の棚には色も形も異なる瓶が並び、天井からは束ねられた植物が所狭しと吊り下げられていた。
乾燥させた葉や根の中には、僅かに魔力の気配を放つものもある。
入口の正面には、小さなカウンターがあった。
その奥では、腰の曲がった老婆が、すり鉢の中身をゆっくりとかき混ぜている。
「いらっしゃい」
老婆はほとんど閉じていた瞼を僅かに持ち上げ、二人へ顔を向けた。
「こんにちは、ステラさん」
「おや、ミリーちゃんかい。今日は何が必要なんだい?」
「匂い消しと軟膏、それから回復薬が減ってきたから、補充に来たの」
ステラは小さく頷き、カウンターの下から紙と炭筆を取り出した。
「回復薬は、ミリーちゃんの分だけでいいのかい?」
「いや、俺も軟膏と回復薬が欲しい」
周囲の棚を物珍しそうに眺めていたサビが答える。
「どれくらい必要なんだい?」
「軟膏と回復薬を、5つずつくらいだな」
「はいよ。少し待っておくれ」
ステラはすり鉢へ布を被せると、ゆっくりと店の奥へ消えていった。
やがて、幾つかの瓶や包みを抱えて戻ってくる。
ミリーが品物の種類と数を確認していると、ステラは何かを探すように店の入口へ目を向けた。
「そういえば、クレイブとラナちゃんはどうしたんだい? いつもなら二人のどちらかが一緒だっただろう」
ミリーの肩が、僅かに揺れた。
品物へ伸ばしていた手が止まる。
「……パパとママたちは、依頼で都市の外へ出た時に、賞金首の一団に襲われました」
ミリーは唇を噛み、俯きかけた顔をどうにか上げた。
「生き残ったのは、私だけです」
ステラの手から、炭筆が静かに置かれた。
「……そうだったのかい」
先ほどまで細く閉じていた目を開き、ミリーを見つめる。
「知らなかったとはいえ、悪いことを聞いたねえ」
「いいんです」
ミリーは首を横に振った。
「パパも、よく言ってました。傭兵をしていれば、いつ誰がいなくなるか分からないって……」
そこで一度、言葉が途切れる。
それでもミリーは、何とか笑おうとした。
「私も、ちゃんとやっていかないとッ……」
ステラはカウンター越しに手を伸ばし、ミリーの手へ自分の手を重ねた。
「一人で全部やろうとしなくていいんだよ」
「……ステラさん」
「薬のことでも、それ以外でも、困ったらいつでもおいで。私にできることなら、力になるからねえ」
「……ありがとうございます」
ミリーは微かに震える声で答えた。
ステラは何も急かさず、しばらくその手をゆっくりとさすり続けていた。
少し離れた場所から二人を見ていたサビには、背を向けたミリーの表情は見えない。
ただ、ステラに包まれたその手が、僅かに震えているのだけは見えた。
しばらくして、ミリーはゆっくりと息を吐いた。
「ステラさん、ありがとうございます。……それと、サビの傷を診てもらいたいんです」
「うん、分かったよ」
ミリーはステラの手から自分の手を引くと、少し申し訳なさそうに視線を逸らした。
サビは気にするなと軽く手を振り、ミリーと入れ替わるようにステラの前へ出る。
その横から、ミリーが補足した。
「サビは魔力変質者なんです。普通の回復薬だと、効き方が違うかもしれなくて」
「なるほどねえ」
ステラはサビの顔と手元へ順番に目を向けた。
「それじゃあ、まず傷を見せてもらおうかねえ」
「ああ」
サビは腰を屈め、ステラの前へ横顔を差し出した。
頬には先ほど負ったばかりの傷だけでなく、色の薄れた古い裂傷が幾筋も残っている。
首筋や、袖口から覗く腕にも、大小の傷痕が刻まれていた。
ステラは何かを尋ねかけたが、口を閉じた。
ステラは薄く開いた目で処置する傷口を確認すると、消毒液を含ませた布を慎重に当てた。
傷口に鋭い痛みが走ったが、痛みに慣れているサビは微動だにしなかった。
「ずいぶん我慢強いねえ。それじゃあ、軟膏も少しだけ試してみようか」
ステラは小瓶の蓋を開け、細い棒の先に巻いた綿で少量の軟膏を掬い取った。
そのまま傷の端へ、薄く塗り広げる。
「どうだい。変な感じはしないかねえ?」
「少しひりつく。それ以外は何もない」
「息苦しさや、身体が熱くなる感じは?」
「ないな」
ステラは傷口だけでなく、その周囲の皮膚もじっくりと観察した。
「腫れや発疹も出ていないねえ。今のところは問題なさそうだ」
そう言って、薬を塗った傷の上へ薄い保護布を貼りつけた。
「念のため、しばらく店で休んでおくれ。変質者は同じ薬でも、効きすぎることがあるからねえ」
「分かった」
しばらく待っても、サビの身体に目立った異常は現れなかった。
掌の傷にも同じ軟膏を使って処置を施し、最後にステラが商品をカウンターへ並べる。
「この軟膏は問題なさそうだねえ。回復薬も、今の反応を見て調整したものを用意してあるよ」
「普通のものとは違うのか?」
「使ってる薬草は同じさ。ただ、量と配合を少し変えてある。今の様子なら、これで問題ないだろうねえ」
ステラは小瓶を一本持ち上げ、サビへ見せた。
「傷の治りを早めて、出血を抑えて、ぼんやりした頭も冴えさせてくれる。浅い傷なら半分でいい。残りは栓をして、なるべく早く使い切りな」
「深い傷なら全部か?」
「戦いながら動かなきゃならない時ならねえ。ただ、回復薬を飲んだからって、傷がその場で塞がるわけじゃないよ。血を抑えて、身体が治ろうとする力を無理やり高めるだけさ」
ステラは小瓶を軽く振った。
「それに、一度に何本も飲むんじゃないよ。効きすぎると頭が冴えすぎて、1つのことしか見えなくなる。痛みも疲れも忘れて動けるけど、薬が切れた後の反動は大きいからねえ」
「一本までなら大丈夫なのか?」
「この薬なら、普通はね。二本目を続けて飲むのは、本当に死にそうな時だけにしな。助かっても、その後しばらく動けなくなるよ」
「ああ」
「傷が浅ければ半分。深くても、休める状況なら薬より先に止血と固定。回復薬は、無理に動かなきゃ死ぬ時のために残しておくものさ」
ステラは小瓶を元へ戻すと、品物の数を確かめ、代金を告げた。
「ミリーちゃんの注文分と処置代も合わせて、2万エクスだよ」
「じゃあ、ここはパーティの共通資金から出すわ。二人とも使うものだからね」
「……2万」
サビは並べられた薬と、ミリーが取り出した金袋を見比べた。
必要な物だとは分かっている。それでも、昨日までの稼ぎが次々に消えていく感覚には、まだ慣れなかった。
「……分かった」
どうにか頷いたサビを見て、ミリーが苦笑する。
「必要な出費よ。明日、怪我をしてから困るよりいいでしょう?」
「……まあな」
サビは支払いから目線を外すと、痛みの引いた掌を、何度か開閉した。
「じゃあ、明日に備えて早めに家へ戻りましょうか」
「ああ」
「はいよ。また何かあったらおいで」
「ありがとうございました」
「では」
ステラに見送られながら、二人は店を後にした。
外へ出ると、商業区の建物の間から、傾き始めた日が差し込んでいた。
「いよいよ明日ね」
「ああ。防具を受け取って、そのまま依頼か」
サビは巨剣槍を担ぎ直し、ミリーが持っている薬の包みへ目を向けた。
「稼ぐ前から、ずいぶん金を使っちまった」
「傭兵としての準備で使ったんだから、無駄じゃないわよ」
「……まあ、確かにな」
サビは短く答え、前へ視線を戻した。
「明日から稼いでいけばいいか」
「その意気ね」
二人は並んで、家へ続く道を歩き出した。