落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
重量変化の訓練と薬の補充を終えた翌日。
サビとミリーは、再びゲッテルの店を訪れていた。
開け放たれた店先からは、行き交う人々の話し声や、荷車が石畳を軋ませる音が流れ込んでくる。
朝の冷たい空気に混じって、店内には革と油、それに微かな金属の匂いが漂っていた。
作業台の上には、金属板と革を組み合わせた一式の防具が並べられている。
素材や形そのものは、預ける前と大きく変わってはいない。だが、革の継ぎ目や金属板の位置は整えられ、以前の寄せ集めじみた印象は薄れていた。
少し離れた場所では、ミリーがアンナと話しながら、自分の防具の調整を受けている。
ゲッテルは作業台から胸当てを持ち上げると、サビの前へ立った。
「まあ、実際につけてみろ」
「ああ」
サビが両腕を広げると、ゲッテルは胸当てを身体へ当て、手早く革帯を回していく。
「胸と肩周りは、お前さんがその馬鹿でかい武器を振りかぶっても、引っかかりにくいよう調整した」
胸当てを固定したゲッテルは、続いて肩当てを取りつけた。
「腕を上げろ」
言われるまま、サビは両腕を頭上まで持ち上げる。
以前なら脇へ食い込んでいた革帯が、今度はほとんど動きを妨げなかった。
腕を前で交差させても、肩の金属板が胸当てへぶつからない。
「引っかからないな」
「そのために直したんだ。次は腰だ。身体を捻ってみろ」
腰当てをつけ終えると、サビは上半身を左右へ大きく捻った。
装甲板が腰の動きに合わせてずれ、以前のように防具だけが遅れて引っ張られる感覚がない。
「こっちも、武器を振り回す時の邪魔にならないよう配置を変えてある。とはいえ、動きやすくした分、隙間は増える。何でも防げるとは思うなよ」
「ああ」
その後もゲッテルは腕当てや脛当てを手早く取りつけ、革帯の締め方や調整方法を淡々と説明していった。
すべてを身につけても、誰かのために作られた防具を無理に着込んでいるような感覚は、以前よりずっと薄れていた。
「残るはグローブだが――」
ゲッテルは作業台に残っていたグローブを手に取り、厚くなった掌側を指で叩いた。
「お前さんの戦い方は、随分と手に負担がかかるようだな」
「確かに、毎回血まみれになってるな」
サビは頷き、前日にステラから処置を受けた掌へ目を落とした。
裂けた皮膚には薬が塗られ、薄く布が巻かれている。
「掌側の革を厚くして、親指と人差し指の間、それから手首周りも補強した。柄を握った時にずれにくいよう、内側にも少し手を加えてある」
ゲッテルからグローブを受け取る。
以前のものより1回りほど厚く、指を通すと革が手へ固く馴染んだ。
「これは助かるな」
「勘違いするな。これで手が傷まなくなるわけじゃない」
ゲッテルはサビの手元を見ながら続ける。
「傷むまでに振れる回数が増えるだけだ」
グローブをつけ終えたサビは、掌を何度か開閉した。
握り込むたび、ぎちぎちと厚い革が鳴る。多少の硬さはあるが、指や手首が余計にぶれず、力を逃がさずに済みそうだった。
「裏庭で動いてみろ。店の中でそれを振り回されちゃたまらん」
ゲッテルが、作業場の奥にある扉を指す。
サビは頷き、立てかけてあった巨剣槍を担いで裏庭へ向かった。
裏庭へ出たサビは、周囲に何もないことを確認してから巨剣槍を構えた。
軽量化した巨剣槍をゆっくりと持ち上げ、頭上へ大きく振りかぶる。
肩当ては腕の動きに合わせて滑り、胸当ての縁も脇へ食い込まない。
そのまま腰を捻り、踏み込みながら横薙ぎに振る。
腰当てが身体の回転についてきた。防具だけが遅れて引かれる感覚もなく、振り終わった後の体勢も崩れにくい。
何度か方向を変えて素振りを繰り返した後、サビは巨剣槍を止めた。
「……凄いな。鎧を着てるのに、前より動きやすい」
声がわずかに弾んでいた。
サビは改めて柄を握り直す。
「それに、柄が手の中でずれない。前より握りを保ちやすいな」
「実際に防具が軽くなったわけじゃない。お前さんの動きと喧嘩しなくなっただけだ」
ゲッテルは満足したのか、顎髭を撫でながら頷いた。
様子を見に来ていたミリーも、サビの全身を見回すように眺め、満足げに頷く。
「これでようやく、ちゃんとした傭兵に見えるわね」
「昨日までは違ったのか?」
「ギルドの人たちも、思わず二度見するくらいにはね」
「そういえば、見られてたな……」
サビが今さら思い出したように呟く。
そんな様子を見ていたミリーはサビの顔へ目を向け、真新しいかさぶたを指差した。
「そういえば、サビには兜もあった方がいいんじゃない?」
その発言を受けたゲッテルは、サビの頬の傷へ視線を向けると、小さく鼻を鳴らした。
「だろうな。実は前に魔力を確認した時から、用意するつもりだった。頭まで剥き出しのまま戦わせる気はない」
ゲッテルは短く答えると、踵を返して店の中へ戻っていった。
やがてゲッテルは、一つの金属製の兜を抱えて戻ってきた。
「普通の傭兵は、視界が狭まるだの音が聞こえにくいだの言って、あまり被りたがらんのじゃがな。お前さんは魔力で身体を守れん以上、必須じゃろう」
ゲッテルが作業台へ兜を置く。
鈍い灰色の金属で作られた、古めかしい兜だった。
頭頂部から後頭部、頬までを厚い板が覆い、正面には格子状の面頬が取りつけられている。
顔を守りながら、視界と呼吸をできるだけ妨げない構造らしい。
サビは格子の隙間へ指を近づけ、少し感心したように眺める。
「思ったより、前が見えそうだな」
「防ぐことだけ考えて鉄板で塞いだところで、敵が見えずに頭を割られたら意味がないからな。こいつは防御より、被ったまま動けることを優先した型じゃ」
ゲッテルは兜を持ち上げ、その内側をサビへ向けた。
内側には革と厚い布が重ねられている。兜本体には細かな傷や変色が残っていたが、内張りと顎の下を固定する革帯は新しいものへ交換されていた。
「在庫の中で長いこと眠っとった品じゃが、お前さんにはちょうどいい大きさだった。内側と留め具は合わせて直してある。少し頭を下げろ」
「ああ」
サビは巨剣槍を地面へ横たえると、ゲッテルの前で腰を屈めた。
ゲッテルは赤錆色の髪を軽く押さえると、兜を頭上からゆっくりと被せる。
厚い内張りが頭へ密着し、頬当てが顔の左右へ収まった。
続いて顎の下へ革帯を回し、兜が前後へずれない位置まで締めていく。
「きつくないか?」
「少し締めつけられるが、痛くはない」
「なら、それくらいでいい。緩ければ、殴られた時に兜だけがずれて何も見えなくなる」
兜は頭へ固く収まり、首を動かしても大きくずれなかった。
面頬を下ろすと視界に格子が入り、周囲の音も僅かに遠くなる。
それでも呼吸は籠もらず、正面を見る分には問題なかった。
サビは面頬を下ろしたまま、ゆっくりと周囲を見回した。
視界と音は、確かに僅かに遮られている。
だが意識を周囲へ広げると、ゲッテルの魔力の気配が目の前にあり、少し離れた場所にはミリーとアンナの気配も感じられた。
視界の外に立つ相手が動けば、その位置の変化もおおよそ分かる。
サビは試すように目を閉じた。
「何をしとる?」
「周囲の魔力気配を確認してる」
兜の中で呼吸を整え、魔力の気配へ意識を集中する。
目を閉じていても、目の前に立つゲッテルの存在は分かる。
背後からミリーが足音を忍ばせて近づいてくることにも、気づいた。
「どう?」
サビの背後で、ミリーが声を掛けた。
サビは振り返らずに答える。
「近づいてきた事は分かってた」
「見えてないのに?」
「ああ。兜で少しくらい見えにくくなっても、魔力の気配まで分からなくなるわけじゃないな」
目を開けたサビは、改めて左右へ首を巡らせる。
細かな物の形や飛んでくる破片までは、魔力だけでは分からない。
それでも、周囲にいる生き物の位置や接近を探る分には、兜による影響はほとんどなかった。
「なら、お前さんには余計に相性がいいかもしれんな」
ゲッテルは顎髭を撫でながら、格子状の面頬を指で軽く叩いた。
「ただし、気配が分かるからといって、何が飛んでくるかまで分かるわけじゃない。目で見ることを疎かにするなよ」
「ああ。分かってる」
サビは面頬を押し上げた。
格子が額の前へ収まり、視界が完全に開ける。朝の冷たい空気が、頬の傷を撫でた。
そのまま巨剣槍を持ち上げ、兜の重さとずれを確かめるように軽く構えを取った。
そんなサビの姿をじっと見ていたゲッテルは、顎髭を撫でながら口を開く。
「まあそのヘルムは売れ残りじゃから、料金はいらん。しかし、留め具や調整費用は防具代に上乗せしとくからの」
その言葉を聞いたサビは、少し浮ついた様子からピクリと硬直した。
「……まあ、そうだよな」
「頭がかち割られるよりはマシじゃろうて」
「それはそうだが……」
サビは面頬を上げたまま、どこか名残惜しそうに腰の小袋へ目を落とした。
その露骨な反応に、ミリーは疲れの残る顔に僅かな笑みを浮かべた。
「さっきまで、あんなに嬉しそうだったのに」
「防具が良くなったのは嬉しい。借金が増えるのは別の話だろ」
「それは確かにそうね」
もっともらしく言い返すサビに、ミリーは軽く頷いた。
ゲッテルは呆れたように鼻を鳴らすと、サビの胸当てを軽く拳で叩いた。
「今までの防具を、お前さんの体格と戦い方に合わせて組み直しただけじゃ。使えん魔力回路を外して、素材そのものの強度と動きやすさを優先した」
「それなら、俺向けに作った防具と同じじゃないのか?」
「全然違うわい」
ゲッテルは即座に否定した。
「本当にお前さんへ合わせて作るなら、素材を選ぶところから始める。どこを厚くして、どこを動かし、どこで衝撃を受けるか。全部、その得物の使い方込みで設計せにゃならん」
サビは少し考えた後、真顔で尋ねた。
「それはいくらかかる?」
アンナが、そんなサビの様子に噴き出すように笑った。
ミリーもつられるように、笑みを深める。
「まず聞くのがそこなのね」
「重要だろ」
サビが納得できない様子で眉を寄せる一方、ゲッテルは顎髭を撫でながら、しばらく頭の中で計算するように目を細めた。
「使う素材次第じゃが、今のお前さんが簡単に払える額ではないの」
「そうか……」
露骨に肩を落とすサビへ、ゲッテルは続ける。
「もっとも、お前さんの場合は普通の傭兵とは違う素材が使えるかもしれん」
「違う素材?」
「ある程度以上の強い魔物の毛皮や骨じゃ」
サビは顔を上げた。
「普通なら魔物の残った魔力を抜いて、人間の魔力を通せるよう加工する。じゃが、お前さんは防具へ魔力を通せん」
ゲッテルは作業台の端に置かれた、加工途中の獣皮へ目を向けた。
「なら、魔物が持っとる強度を残したまま使えるかもしれん。重い素材でも、お前さんなら扱えるじゃろう」
サビは身につけた防具と巨剣槍を交互に見た。
重量変化を使えば、防具の重さもある程度は補えるかもしれない。
今まで考えたこともなかったが、自分の能力は武器以外にも使い道がある。
「その魔物を倒して、素材を持ってくれば作れるのか?」
「状態のいいものなら考えてやる」
「分かった」
迷いなく頷いたサビを見て、ゲッテルは僅かに眉をひそめた。
「先に言っておくが、今すぐ狩ってこいという話ではないぞ。そういう素材を持つ魔物は、駆け出しが気軽に相手をするようなもんじゃない」
「ああ。無理はしない」
サビは真面目な顔で答えた。
その後、後日支払う金額を確認すると、サビの表情が僅かに曇った。
だが、身につけた防具を脱ごうとはしなかった。
兜は一旦脱いで、紐を使って肩から背中にかけてぶら下げている。
「留め具が緩んだり、身体に当たる場所が出てきたら持ってこい。料金を払い終えるまでは死ぬなよ」
「ああ」
「それと、いきなり無茶な使い方をするなよ。仕立て直したとはいえ、元は既製品じゃ」
「分かってる」
サビが頷くと、ゲッテルは疑わしそうに目を細めた。
その様子を見ていたアンナが、作業台の向こうで小さく笑う。
「その顔を見る限り、あまり信用されてないみたいね」
「昨日、掌を血まみれにして帰ってきたばかりだからでしょうね」
ミリーが答えると、サビは何も言い返せず、僅かに視線を逸らした。
「次はギルドへ依頼を見に行くんだったよな」
話を切り上げるように巨剣槍を担ぎ、サビは店の出口へ向かう。
「はいはい」
ミリーは苦笑を浮かべたまま、ゲッテルとアンナに別れを告げる。
それから、一足先に店を出たサビの後を追った。
開け放たれた店先から、朝の光が差し込んでいた。
外へ出ると、街路にはすでに多くの人が行き交っている。荷車が石畳を軋ませ、商人たちの呼び声と工房から響く槌の音が、入り混じって流れていた。
サビは店先で一度立ち止まり、身体を僅かに動かした。
肩を回しても、腰を捻っても、防具が遅れて引っ張られる感覚はない。
「どう?」
隣へ並んだミリーが、サビを上から下まで見回した。
「問題ない。今までより動きやすい」
「そうじゃなくて、見た目の話」
「見た目?」
サビは自分の胸当てへ目を落とした。
革と金属を組み合わせた防具。補強されたグローブ。
頭部を守る兜。そして、肩に担いだ異様な巨剣槍。
昨日までと同じ武器を持っているはずなのに、装備が身体へ馴染んだことで、全体の印象は大きく変わっていた。
「もう拾った防具を無理やり着てるようには見えないわ」
「そうか」
「もう少し嬉しそうにしたら?」
「動きやすくなったのは嬉しいぞ」
「やっぱり見た目はどうでもいいのね」
ミリーは呆れたように少し笑うと、街路の先へ歩き始めた。
サビもその後を追う。
以前この道を歩いた時には、巨剣槍や不揃いの装備を見て、通行人たちが露骨に距離を取っていた。
今も肩に担いだ巨大な武器へ視線を向ける者はいる。
だが、その目に浮かぶのは、得体の知れない者を見る警戒だけではなかった。
駆け出しとはいえ、武装した傭兵を見るものへと変わっている。
サビ自身は、その違いをさほど気にしていなかった。
ただ、道を歩くたびに肩当てが腕へ当たらず、腰の装甲板も足運びを妨げない。
そのことの方が重要だった。
「まずはギルドへ行って、受けられる依頼を確認しましょう」
「ああ」
「今日は、私たちが正式にパーティとして受ける最初の依頼だからね」
ミリーはそう言うと、少しだけ歩調を速めた。
サビも巨剣槍を担ぎ直す。
傭兵登録を終えただけでは、何も変わらない。
依頼をこなし、報酬を得て、少しずつ実績を積む。
それを続けなければ、アオの情報へ近づくこともできない。
街路の先に、灰色の石材と金属で造られた傭兵ギルドの建物が見えてくる。
入口では、武器を持った傭兵たちが次々と出入りしていた。
「行きましょう」
「ああ」
サビとミリーは並んで入口をくぐった。
ギルドの中では、朝から依頼板の前に傭兵たちが人だかりを作っていた。