落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
広大なギルドの中は、朝から多くの傭兵で賑わっていた。
依頼票を手に、仲間と共に意気揚々と外へ向かう者。
反対に、装備をぼろぼろにし、疲れ切った顔で受付へ何かを報告している者もいる。
そんな喧騒の中、武器を受付へ預けたサビとミリーは、人波をかき分けながら奥へ進んだ。
やがて二人は、討伐依頼の集められた掲示板の前で足を止める。
板の上には、魔物の姿を簡略化した絵や、数字の並んだ依頼票が隙間なく張り出されていた。
サビはあまり文字を読めない。
そのため、報酬額や描かれた魔物の姿を確かめながら、気になった依頼を指し示し、細かな内容はミリーに読んでもらうことになった。
「グレイウルフの群れか。これはどうなんだ?」
サビが指したのは、他の依頼より報酬額の大きい一枚だった。
「うーん。相手はよく知ってるけど、場所がかなり遠いわね。それに、この印を見る限り、もう何組か受けてるみたい」
ミリーは顎に手を添え、依頼票の隅につけられた印を指でなぞった。
「遠ければ、それだけ魔導車の燃料に使う魔石も増えるでしょう? しかも、先に着いた傭兵がほとんど狩っていたら、往復しただけで終わるかもしれないわ」
「報酬が高くても、手元に残るとは限らないってことか」
「そういうこと。魔導車を持ってない傭兵なら、ギルドの定期便を使うお金も必要になるしね」
ミリーは依頼票から手を離し、隣に張られた別の一枚へ目を移した。
「書いてある報酬だけじゃなくて、そこまで行くのにいくらかかるか、他に何人狙っているかも考えないと。結局、割に合わない依頼も多いのよ」
「面倒なんだな」
「だから、こうして選んでるんでしょう?」
ミリーは少し得意げに答えると、再び掲示板を見上げた。
「あ。これなら、ちょうどよさそうね」
ミリーが指さした依頼票には、長い腕を持つ猿型の魔物が描かれていた。
「だいぶん前に、一度見たことがあるな」
「クローエイプね。一体ごとの脅威度は、グレイウルフとそれほど変わらないわ。それに場所も近いし、定期便の経路から少し外れてるから、受注しているのもまだ二組だけね」
そう言うと、ミリーは掲示板から依頼票を外した。
「先に全部狩られる心配は?」
サビもミリーの手元の依頼票に目を向けつつ、懸念を口にした。
「群れの目撃数から考えれば、それでも十分残ってると思う」
ミリーは依頼票の討伐数や目撃地点、期限を改めて確認してから、サビへ向き直る。
「……これにしましょうか。護衛や採集の依頼もあるけど、バーグを追うつもりなら、私たちはもっと戦闘に慣れておいた方がいいわ」
「……ああ。今のままじゃな」
「クローエイプは素早いし、高いところから回り込んでくる。サビがその武器を当てる練習にもなると思う」
サビは依頼票に描かれた魔物へ目を落とした。
グレイウルフとの戦いでも、巨剣槍の威力自体は十分に通用した。
だが、一度振り抜けば体勢を崩し、ミリーの援護がなければ危ない場面もあった。
アオの行方を追い、いずれバーグと戦うつもりなら、戦いを避ける依頼ばかり選んではいられない。
「分かった。これにしよう」
「決まりね」
二人は表情を引き締めて頷き合うと、依頼票を手に受付カウンターへ向かった。
「では、お気をつけて」
依頼の受注を済ませた二人は、ギルド職員であるサラへ短く返事をして席を立った。
預けていた武器を受け取り、ギルドの出入り口へ向かっていると、前方に青い装備の一団が見えた。
以前大通りで出会った、アルバたちだった。
四人の装備は青を基調とした色と意匠で揃えられ、肩当てや外套には同じ紋章が刻まれている。
近くを歩いていた傭兵たちも、その一団に気づいて声を交わす。
「……あいつら、紺碧の風の新人どもか」
「先頭にいるのがアルバだったな。もう三ツ星に上がったらしいぞ」
「まだあの歳だろ。随分早いな」
「クランがスラムから拾い上げて、ガキの頃から育ててたらしい。装備も訓練も、その辺の新人とは違うさ」
「俺もガキの頃に拾われてりゃなあ」
「お前じゃ三日でスラムに叩き返されるだろ」
小さな笑い声が上がった。
サビはその会話を聞きながら、アルバの胸元へ目を向ける。
3つの星が刻まれた傭兵証。
昔から、自分より強かった。
それだけではない。
アルバはとうの昔にスラムを抜け出し、有力なクランの中で装備と訓練を与えられ、傭兵としての経験を積み重ねていた。
サビが奴隷として遺跡へ潜らされている間にも、アルバは先へ進んでいたのだ。
「本当に三ツ星なのね」
隣でミリーが呟いた。
「ああ」
「同じくらいの歳に見えるけど、随分早いんじゃない?」
「そうらしいな」
サビが答えたところで、周囲を見回していたアルバと再び視線が重なった。
アルバはサビの手にある依頼票と、背負った巨剣槍へ目を向ける。
「もう依頼へ出るのか」
「ああ」
「何を受けた?」
「クローエイプの討伐だ」
アルバは小さく鼻を鳴らした。
「一ツ星には、ちょうどいい相手だな」
それだけ言うと、アルバはサビの返事を待たず、仲間たちと掲示板の方へ歩いていった。
ミリーは遠ざかるアルバの背中を見つめる。
「やっぱり嫌味な奴ね」
「そうか?」
「そうよ」
サビはもう一度、アルバの背中に目を向けた。
だが、アルバと競うために傭兵になったわけではない。
サビは手にした依頼票を握り直した。
まずはクローエイプを倒す。
今は、自分の前にあるものを1つずつ片づけるしかない。
「行こう」
「ええ」
二人は青い一団へ背を向け、傭兵ギルドを後にした。
エクスランドから魔導車で二日ほど。
サビとミリーは、広大な森の外縁まで来ていた。
森と草原の境目には、崩壊前の建造物がいくつも残されている。
半ば土へ沈んだ壁や、錆びた骨組みが草の間から突き出し、その向こうでは密集した木々が暗い影を作っていた。
ミリーは木立の陰へ停めた魔導車の上に立ち、深緑と茶色の斑模様が入った大きな布を車体へ被せていく。
離れて見れば、草木の色へ溶け込み、輪郭も判別しにくくなる布だった。
仕立て直された防具は、巨剣槍を担いでも肩や腰の動きを妨げていない。
兜のバイザーはまだ上げたままで、森へ入る前に視界を広く取っていた。
草を揺らす風の音。
枝葉が擦れ合う音。
遠くから、途切れ途切れに聞こえる鳥の鳴き声。
そのどれかに別の気配が混じっていないか、耳と魔力感知の両方で探る。
やがて布の端を車体の下へ固定し終えたミリーが、魔導車から飛び降りた。
サビのそばまで歩いてくる。
「よし。これなら、すぐには見つからないと思うわ」
魔導車を隠し終えたミリーは、弓を背負い直しながら森へ目を向けた。
「まずは浅い場所で、小さな群れを探しましょう。クローエイプの動きと、私たちの戦い方が噛み合うかを確かめるの」
「そこで問題なければ、奥まで行くのか?」
「ええ。ただし、木が密集している場所はなるべく避けるわ」
ミリーは森の中へ目を凝らし、木々の間隔が広い場所を探る。
「クローエイプは枝から枝へ移れるけど、私たちは地面を歩くしかない。木が多い場所へ入るほど、向こうの逃げ道と攻撃方向が増えるの」
サビも密集した木立へ視線を向けた。
太い幹と枝が複雑に重なり、巨剣槍を横へ振れば、すぐにどこかへ引っかかりそうだった。
「俺も、あの中じゃこいつを振りにくいな」
「そういうこと。相手の得意な場所で、わざわざ戦う必要はないわ」
ミリーは比較的木々の間隔が広い方向を指した。
「最初はあっちから進みましょう。見つけても、密集した場所へ逃げ込まれたら深追いしないで」
「ああ。向こうから出てくるのを待つ」
「その方がいいわ。今回の目的は、無理に群れを全滅させることじゃないもの」
二人は比較的木々の間隔が広い場所を選び、森の中へ入っていった。
外から見た時よりも、森の中は暗い。
重なった枝葉が日の光を遮り、湿った土と腐葉土の匂いが濃く漂っていた。
ミリーは数歩進むごとに足を止め、木の幹や枝へ目を向けている。
「何を探してる?」
「クローエイプの爪痕よ」
ミリーは近くの木へ歩み寄ると、幹の表面を指した。
サビも目を凝らす。
樹皮には、斜め上へ走る細長い傷が四本並んでいた。
傷の周囲には削れた木屑が残り、僅かに樹液が滲んでいる。
「クローエイプは、発達した爪を幹や太い枝へ突き立てて移動するの。地面を走るより、木から木へ飛び移る方が速いわ」
ミリーは爪痕の上へ視線を走らせた。
傷は幹の途中まで続き、その先の太い枝にも新しい抉れが残っている。
「この傷はまだ新しい。近くを通ったのは、それほど前じゃないと思う」
「何匹くらいいるかも分かるのか?」
「だいたいならね」
ミリーは幹に残った傷を見比べた。
「深さと間隔の違う傷が重なってる。少なくとも三体。多分、もう少しいるわ」
サビは傷へ顔を近づけた。
初めは同じように見えたが、言われてみれば、四本の筋の幅が僅かに違っている。
樹皮の剥がれ方も一様ではない。
それから周囲の木々へ視線を移した。
「……あっちにもあるな」
サビが少し離れた木を指した。
ミリーもそちらを見る。
目を細めた後、小さく頷いた。
「よく見つけたわね」
「こっちの傷より浅い。それに、木屑が地面じゃなくて向こう側に落ちてる」
サビはさらに奥の木へ視線を向けた。
「こっちから、あの方向へ移動したんじゃないか?」
ミリーは一瞬だけ驚いた顔をした。
それから爪痕と周囲の枝を改めて確認する。
「……多分そうね。教えたばかりなのに、よくそこまで分かったわね」
「ごみを漁る時も、誰かが先に入った場所かどうかは見てたからな」
「なるほどね」
ミリーは感心したように頷いたが、すぐに表情を引き締めた。
「でも、追うなら木の間隔を見ながらよ。傷が密集した場所へ続いていたら、そこで止まる」
「あいつらの得意な場所だからか」
「ええ。爪は移動に使うだけじゃない。まともに受ければ、革鎧くらいなら簡単に裂かれるわ」
サビは巨剣槍を握り直し、傷が続く森の奥へ目を向けた。
木々の上からは、まだ何の気配も感じない。
それでも先ほどまでただの木にしか見えなかった森が、今は無数の痕跡を残した獣道のように見え始めていた。