落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
アオは「魔人」と呼ばれる、旧時代に作られた人造人間の系譜にあたる存在で、青い鱗などの特徴を持っています。
魔人自体は現在ではかなり珍しいものの、存在は社会に知られています。
今後にも関わる設定なので、サラにアオの行方を尋ねる該当箇所での内容を追加しています。
サビたちは木々に残された痕跡を確かめながら、慎重に森の中を進んでいた。
重なり合う枝葉の隙間から、細い木漏れ日が差し込んでいる。
湿った土を踏む音に混じり、ときおり小枝の折れる乾いた音が響いた。
先頭を歩いていたサビが、不意に足を止める。
僅かに顔を上げ、木々の間へ視線を巡らせた。
そのまま片手でゆっくりとヘルムのバイザーを下ろす。
金属が噛み合う小さな音とともに、額から頬までが覆われた。 視界は狭まったが、枝の上に潜む影を追うには十分だった。
後ろのミリーからも見えるよう、左手を上げた。
そのまま指先だけを動かし、前方左上を示す。
ミリーは何も尋ねなかった。
サビが示した方向へ視線を向けながら弓を構え、青白い魔力の矢を生成する。
まだ弦は引き絞らず、すぐに狙いを変えられる程度に緩く番えた。
木々の影に紛れ、四体のクローエイプが息を潜めていた。
腕は脚よりも長く、その先には黒く発達した爪が伸びている。
枝の上へ低く身を伏せ、葉陰に浮かぶ8つの眼が、サビたちをじっと見下ろしていた。
サビと、そのうちの一体の視線が重なった。
「キキッ!」
甲高い声が森の静寂を破った。
「キィッ!」
別の個体も応える。
発見されたと悟ったクローエイプたちは、一斉に枝を蹴った。
長い腕が伸びる。
黒い爪が隣の木の幹へ深く突き立ち、体が勢いよく引き寄せられた。
爪が樹皮を引き裂く音が、左右から立て続けに響く。
幹から枝へ。
枝から別の幹へ。
4つの影はほとんど地面へ下りることなく、サビたちを囲むように散開していった。
だが、二人もその場には留まらない。
「右へ」
「ああ」
ミリーの短い声に応じ、サビは巨剣槍を構え直す。
二人は互いの位置を崩さないまま、木々の間隔が広い方向へ素早く移動した。
クローエイプたちは左右から回り込みながら、より木々の密集した場所へ二人を追い込もうとしている。
サビたちは反対に、巨剣槍と弓の射線を確保できる場所へ下がっていく。
最初に有利な位置を取るのがどちらか。
まだ一撃も交わさないまま、戦いはすでに始まっていた。
四体のクローエイプは、絶え間なく木から木へ移動していた。
爪が幹へ突き立つたびに樹皮が弾け、枝葉の間を黒い影が高速で駆け抜ける。
そのうちの一体が大きく迂回し、サビたちの背後へ回り込もうとしていた。
先に仕掛けたのはミリーだった。
すでに引き絞っていた弦を放す。
青白い魔力矢が、木々の間を縫うように飛んだ。
だが、クローエイプは矢が迫る直前に爪を幹から引き抜き、体を大きく振った。
魔力矢は胴体を捉えきれず、伸ばされた片腕を浅く切り裂く。
「キィーッ!」
甲高い悲鳴が響いた。
「速い……!」
ミリーはすぐに次の魔力矢を作りながら、移動を続ける影へ視線を走らせた。
サビの近くにいた一体が、僅かに悲鳴の方へ顔を向ける。
「……ッシ!」
その一瞬を逃さず、サビは地面を蹴った。
軽量化した巨剣槍を大きく振りかぶり、木の幹へ取りついているクローエイプへ斜めに振り下ろす。
軽い巨剣槍が急速に加速する。
刃が魔物を捉える直前、サビは軽量化を解除した。
唸りを上げる鉄塊が、凄まじい質量を伴って迫る。
「キッ!」
だがクローエイプは、危険を察すると同時に幹を強く蹴った。
黒い影が枝葉の中へ跳ね上がる。
巨剣槍はその真下を通過し、代わりに太い木の幹へ叩き込まれた。
轟音が響く。
樹皮と木片が爆ぜ、幹が半ばからへし折れた。
「……チィッ!」
その隙を狙い、別のクローエイプが枝から飛び出した。
長い腕を振りかぶり、黒い爪をサビの首へ叩き込もうとする。
「ッ!」
サビは巨剣槍を抱えたまま、横へ大きく転がった。
だが、完全には避けきれない。
死角から飛び込んできたクローエイプの爪が、サビの顔面をかする様に薙いだ。
金属を引っ掻く甲高い音が鳴り、バイザーの上で火花が散る。
衝撃に頭が揺れる。
それでも、爪は表面へ数本の傷を刻んだだけだった。
サビは倒れ込みそうになる身体を無理やり支え、すぐに前を見る。
立ち上がろうとするサビの正面で、さらに別の一体が太い枝へ爪を食い込ませた。
長い腕へ力を込め、今にも飛びかかろうと体を沈める。
「サビ、前!」
ミリーの声と同時に、魔力矢が飛来した。
青白い光が枝葉の間を抜け、クローエイプの脇腹へ突き刺さる。
「ギッ――ギィッ!」
クローエイプは体を大きく揺らし、掴んでいた枝から落下した。
サビは地面へ片足をついたまま、その姿を捉える。
すでに軽量化した巨剣槍が風を切る。
「オォッ!」
一気に踏み込み、落下してきたクローエイプへ巨剣槍を振り下ろす。
今度は逃げ場がない。
接触の直前に重さを戻された巨剣槍が、その胴体を地面へ叩きつけた。
肉と骨が潰れる鈍い音が響く。
砕けた地面の中で、潰れたクローエイプは二度と動かなかった。
だが、サビは既に仕留めた獲物ではなく、先ほど巨剣槍を避けた個体へ視線を向けていた。
(今のは、重くするのが早すぎた)
振り下ろす勢いは足りていた。
狙いも大きく外してはいない。
だが、軽量化を解除した瞬間から、巨剣槍の軌道はほとんど変えられなくなった。
クローエイプはその軌道を見てから、幹を蹴って逃げたのだ。
(最後まで見る。逃げる方向へ合わせてから、重さを戻す)
サビは一度、大きく息を吐いた。
巨剣槍を握る腕から、意識して力を抜く。
その間にも、残ったクローエイプたちは木々の間を走り続けていた。
爪が幹へ食い込み、左右から樹皮の弾ける音が響く。
サビはその中央に立ち、あえて巨剣槍を大きく構えた。
自分へ視線が集まっているのが分かる。
先ほどから、クローエイプたちは巨大な武器を振るうサビを最も危険な相手と見ていた。
その周囲を駆け回り、攻撃の隙を狙っている。
結果としてサビは、群れの目を引きつける囮になっていた。
「そのまま引きつけて!」
少し離れた位置から、ミリーの声が飛ぶ。
「私が動きを止める!」
サビは返事の代わりに、巨剣槍を大きく構え直した。
自分だけを見ているなら、その分だけミリーへの警戒は薄くなる。
「キィッ!」
右上から一体が、木々を伝ってサビへ近づいてくる。
サビは軽量化した巨剣槍を、右手から横薙ぎに振る。
クローエイプはサビの動きに反応し、爪を近くの幹へ突き立て、空中で体を引き上げた。
(まだだ)
サビは軽量化を解除しない。
軽い巨剣槍の穂先を持ち上げ、逃げたクローエイプの軌道へ追従させる。
当たる直前に軽量化を解除する。
だが、魔物の方が速い。
刃先は僅かに届かず、その背後を通り過ぎた。
「……ッ!」
空振りした巨剣槍が、左へ大きく流れる。
以前なら、そのまま武器の勢いに体ごと引きずられていた。
サビはすぐに巨剣槍を軽量化した。
柄を握り込んでいた力を緩め、流れる勢いへ逆らわずに左足を踏み出す。
さらに一歩踏み替えながら、柄を握った両手を胸元へ引き戻した。
軽くなった巨剣槍は、サビの左側へ振り抜かれた形でぴたりと止まった。
(止められた)
乱れた足が地面を捉えている。
巨剣槍も、すでに次へ振れる位置にあった。
爪が樹皮を引き裂く音。
枝葉の擦れる音。
クローエイプたちが発する甲高い鳴き声。
そのすべてが遠のき、木々の間を走る影と魔力の気配だけが鮮明に浮かび上がる。
背後で、魔力の気配が急速に接近してくる。
振り向いて確かめるよりも先に、サビの体が動いた。
左側で止めていた巨剣槍を引き戻しながら、右足を軸に腰を回す。
同時に上体を反転させ、そのまま巨剣槍を左から右へ鋭く薙ぎ返した。
そこには、爪を振りかぶったクローエイプがいた。
サビの死角から飛びかかり、まだ空中に浮いている。
逃げ場はなかった。
クローエイプの脇腹へ、サビの巨剣槍が叩き込まれた。
「ギ――」
断末魔すら途切れた。
クローエイプの体は巨剣槍に巻き込まれ、血飛沫を引きながら横へ吹き飛ぶ。
そのまま太い木の幹へ激突した。
凄まじい破裂音が森に響き、幹にへばり付いた魔物の体が地面へとずり落ちていった。
「キキーッ!」
残ったクローエイプたちは、苛立たしげに鳴き声を上げた。
そこから、流れが変わった。
巨剣槍を軽く保ったまま、逃げる軌道へ刃先を合わせる。 魔物の動きを最後まで見極め、命中の直前まで重さを戻さない。
ミリーもまた、サビへ注意を引きつけられた個体を選び、移動先へ矢を置くように放っていく。
一体が魔力矢に進路を阻まれ、枝の上で一瞬立ち止まる。
「今よ!」
「ああ!」
そこへすかさず、サビの巨剣槍が叩き込まれた。
太い枝ごと叩き潰され、血と木片が周囲に飛び散る。
素早く軽量化をする事で、サビは姿勢を大きく崩さず、構え直した。
その様子を見ていた最後の一体が二人から逃げようとする。
「右は塞ぐ!」
ミリーの放った魔力矢が、その逃げ道へ先回りした。
進路を変えたクローエイプは、迫ってくるサビの間合いへ飛び込む。
そこに巨剣槍の一撃が襲い掛かった。
再び爆発音とともに木の幹ごと、最後のクローエイプも叩き潰される。
ほどなくして、森には再び枝葉の擦れる音だけが残った。
その後も二人は休憩を挟みながら、クローエイプの討伐を続けていた。
森の中を、サビは巨剣槍を肩に担いで進む。
鋭く周囲へ視線を巡らせ、その後ろではミリーも弓を手に警戒を続けていた。
不意に、サビが足を止めた。
巨剣槍を肩から下ろし、柄を両手で握る。
穂先を後方へ引いたまま、いつでも振り下ろせるよう腰を落とした。
ミリーも問いかけることなく弓を構える。
弦を引き絞り、茂みの奥から聞こえた微かな葉擦れへ狙いを向けた。
「キーッ!」
次の瞬間、木々の間から黒い影が飛び出した。
クローエイプだ。
だが、サビはすでにその位置を捉えていた。
「フッ!」
軽量化した巨剣槍を、飛びかかってくる魔物へ振り下ろす。
逃げる方向を最後まで見定める。
刃が胴体へ届く寸前、重さを戻した。
強烈な一撃がクローエイプを地面へ叩きつける。
湿った土が爆ぜ、血飛沫が周囲の草木へ散った。
ほぼ同時に、背後から別の気配が迫る。
サビは一体目を潰した直後には巨剣槍を軽くしていた。
流れた穂先を引き戻し、振り向きざまに横薙ぎを放つ。
「ギィッ!」
空中のクローエイプが胴を打ち抜かれ、木々の間へ吹き飛んだ。
さらに茂みから三体目が躍り出る。
「そっちは任せて!」
ミリーの魔力矢が、その肩口へ突き刺さった。
勢いを失ったクローエイプが地面を転がる。
そこへ体勢を整えていたサビがすぐさま踏み込み、巨剣槍を容赦なく振り下ろした。
鈍い破砕音が響く。
最後の一体も、巨剣槍の下で完全に動きを止めた。
サビはすぐには構えを解かなかった。
巨剣槍を軽く保ったまま、周囲の物音と魔力の気配を探る。
しばらくして新たな気配がないことを確認すると、ようやく穂先を下ろした。
「……この群れは、こいつらで最後みたいだな」
「……そうみたいね」
ミリーも弦を緩め、木々の間へ視線を巡らせた。
ミリーは倒れた三体へ目を向け、それからサビの足元と巨剣槍を見比べた。
「……さっきより、ずっと動きがよくなってる」
「そうか?」
「最初は外すたびに引きずられてたでしょう。今は、外しても次へ繋げてる」
ミリーはサビの腕や足元へ、確かめるような視線を向ける。
「……腕は大丈夫?」
「ああ。少し引っ張られたが、問題ない」
サビは軽く肩を回すと、何事もなかったように巨剣槍を担ぎ直した。
二人は倒したクローエイプから魔石を回収し、再び森の中を進み始める。
依頼に必要な数までは、あと僅かだった。