落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
再び森を進む二人の足取りは、先ほどまでよりも軽かった。
頭上で枝が揺れるたびにサビは視線を向けたが、魔力の気配がないと分かれば、すぐに前方へ意識を戻す。
クローエイプの動きにも、目が慣れていた。
そのまましばらく進んだところで、サビは足を止めた。
「どうしたの?」
少し後ろを歩いていたミリーが問いかける。
サビは答えず、一本の木の根元へ近づいた。
張り出した根の横に、四角い穴が開いている。
中には土砂が流れ込み、奥へ向かって斜面を作っていた。
その途中から、灰色の角が僅かに覗いている。
サビは巨剣槍の石突きで、その上に積もった土と枯れ葉を掻き退ける。
現れたのは、自然に割れた岩ではなかった。
角の揃った灰色の階段が、地面の下へ向かって続いている。
「これ……」
ミリーも隣へ屈み込み、表面を手で払った。
苔と土の下から、等間隔に刻まれた細い溝が現れる。
「遺跡への入り口ね」
「みたいだな」
サビは暗い穴の奥を覗き込んだ。
奴隷だった頃なら、入口を見つけた時点で大人へ報告し、最初に中へ押し込まれていた。
だが、今は違う。
入るかどうかを決めるのも、見つけた物を持ち帰るのも自分たちだった。
二人は周囲の蔓を払い、伸びきった低木を掻き分けた。
入口の上部には、錆びた金属板が斜めに垂れ下がっていた。
表面には色褪せた文字と、下向きの矢印らしき図形が残っている。
ミリーは慎重に斜面を下り、入口付近の土を調べた。
指先で表面をなぞり、崩れた枝や堆積した落ち葉を確かめる。
「新しい足跡はないわね。目印をつけた形跡もない」
「誰も入ってないのか」
「それはまだ分からない」
ミリーは暗い入口を見つめた。
「昔は別の入口があったかもしれないし、ここも最近になって崩れて出てきただけかもしれないわね」
そう言いながら、ミリーは腰の鞄から小さな魔石ランプを取り出し、淡い光を灯した。
サビも腰に提げていた魔石ランプを起動する。
2つの光が階段を照らしたが、その先にある暗闇までは見通せなかった。
ミリーは入口の前に立つと、サビの方へ振り返った。
「じゃあ、遺跡では私が先導するわ。サビもある程度は分かってるでしょうけど」
サビは頷き返すと、奴隷だった頃を思い返しながら呟いた。
「ああ。何となくヤバそうなところは分かる。だが、死ななかったのは運がよかったからだろうな」
「それなら、せっかくだし私が知ってる範囲で教えるわ」
ミリーは魔石ランプを前へ掲げ、慎重に階段を下り始めた。
サビも巨剣槍を握り直し、その後に続く。
足を置く前に段差の沈みを確かめ、天井の亀裂と空気の流れを順に見る。
誰かに教えられたわけではない。そうしなかった奴が死ぬのを見て、自然に覚えた癖だった。
階段を下りた二人は、薄暗い空間へ足を踏み入れた。
先を行くミリーは、魔石ランプで天井と足元を順に照らしながら、油断なく視線を巡らせている。
サビもその少し後ろを歩き、周囲の物音と魔力の気配を探った。
階段の先は、広場のように開けていた。
二人の魔石ランプが、遠く離れた左右の壁を微かに照らしている。
天井から垂れた案内板には、色あせた文字と、服や食べ物らしき絵が並んでいた。
正面にはさらに通路が続いているが、途中で光が途切れ、その先までは見通せない。
「どう?」
ミリーが振り返らずに問いかける。
サビは周囲へ広げていた意識を戻し、短く答えた。
「近くに魔力の気配はなさそうだ」
「分かったわ。サビのその感知は便利ね」
ミリーは頷くと、天井から垂れた案内板へ魔石ランプを向けた。
「衣料品、食料品、食事処……。ここは崩壊前の商業施設みたいね」
そのまま周囲の案内板にも光を当て、書かれた文字や図を順に確かめていく。
「やっぱりそうみたい。たぶん、いくつもの店が並んでいた場所ね」
「これだけで分かるのか」
サビも案内板へ目を向けたが、並んだ文字のほとんどは読めなかった。
奴隷だった頃に覚えたのは、警告を示す文字や記号くらいだ。
文字が読めれば、ミリーと同じように、この場所が何だったのか分かるのだろう。
そう思うと、読めない案内板が少し惜しく感じられた。
サビが知っている遺跡は、暗い通路や壊れた機械ばかりだった。
これほど広い場所に店が並び、大勢の人間が服を選び、飯を食っていたという光景はうまく想像できない。
「案内板とこの広さを見れば、大体はね。研究施設ほど厳重な警備はされていないはずよ」
「厳重な警備って、ゴーレムとかか?」
サビは巨剣槍の元の持ち主を思い出し、わずかに顔をしかめた。
「残っていることがあるわ。大金持ちの屋敷や軍の施設も同じ。防衛用のゴーレムが、何百年も命令を守り続けていたりするから」
「そんなのが何体もいたら、やばいな」
「その分、見つかるものも高価だけどね」
ミリーは魔石ランプを前方へ向けた。
「商業施設だと、大きなお宝は期待しにくいわ。残ってるとすれば、日用品や本、壊れた機械の部品くらい」
「本も売れるのか」
「ものによるわ。人気コミックの欠番なんかは、下手な金属部品より高く売れることもあるわよ」
ミリーはそう言いながら歩き出した。
「巻が揃ってるものや、保存状態がいいもの。それから、まだ複製されてない本は高くなりやすいわ。他にも、滅多にないけどレコードとか――」
ミリーは、遺跡で高く売れる品をいくつか挙げていった。
サビも奴隷だった頃、大人の一部が本を読んでいたことを思い出す。
もっとも、彼らが読んでいたのは、女の裸が載ったものばかりだったが。
「高く売れるのか。……まあ、欲しがる奴がいるのは分かるが」
「ええ。私も直接見た事は無いけど、本当に珍しいものなら、数百万、数千万エクスで買い取る人もいるそうだからね」
「そこまでなのか……」
サビは少し話が食い違っている気もした。
だが、二人はすでに広場から続く通路の前まで来ていた。
サビは余計な考えを切り上げ、光の届かない奥へ意識を戻した。
ミリーは床や天井、壁を確かめながら、慎重に通路へ入っていく。
広場と比べ、空気は湿っていた。
かすかに黴のような匂いが鼻につく。
左右には扉を失った小部屋が並んでいた。
魔石ランプの光が室内を照らす。
中には椅子や机、棚が散乱していたが、見える範囲にめぼしいものはない。
サビは1つの部屋へ魔石ランプを向けた。
棚は倒れていたが、引き出しだけはすべて抜かれ、中身が床へぶちまけられている。
自然に崩れたようには見えなかった。
「ここ、前に誰かが漁ってるんじゃないか」
ミリーも足を止め、室内を確かめた。
「そうみたい。かなり古い跡だけどね」
ミリーも小部屋の中へ視線を走らせると、溜息を吐いた。
「状況的に先客が目立つものは持って行ってるでしょうね。でも、昔の探索者が価値を知らなかったものや、取り外せなかった部品は残ってるかもしれない」
ミリーは小部屋から視線を外すと、歩みを再開させる。
その後ろを歩きながら、サビは周囲の物音と魔力の気配を探り続ける。
やがて、前方の天井付近に微かな反応を感じ取った。
「ミリー」
サビが低く呼び止める。
「前に何かいる。魔物じゃない。遺跡で、意味の分からないことを喋るやつだ」
「……聖霊の事?」
「そういう名前なのか。たぶん、その気配だ」
ミリーは足を止め、魔石ランプを前方へ向けた。
しばらく暗闇を見つめたあと、慎重に歩みを再開する。
「聖霊まで感知できるのはすごいわね。私も魔物なら、ある程度は分かるけど」
「もう近いぞ」
サビがそう警告した直後、通路の奥に淡い光が浮かんだ。
空中に、半透明の文字と矢印が明滅している。
形は案内板に似ていたが、支える柱も壁もない。
微かに揺らぎながら、同じ表示を繰り返していた。
「これが聖霊か?」
「ええ。そうね」
サビは空中に浮かぶ文字と図形を見つめた。
「街へ来る途中、空にも似たような光が浮かんでたな」
サビは時折目にする、空に浮かぶ淡く巨大な模様を思い出していた。
「ええ。あれも聖霊の一種だと言われてるわ」
ミリーも明滅する表示を見上げた。
「ただ、何の働きが残ったものなのかは、誰にも分かってないみたい。遺跡の聖霊みたいに同じ場所へ留まらず、空の上を広く漂ってるから」
「じゃあ、これと同じものかどうかも分からないのか」
「そうね。聖霊って呼んでるだけで、全部が同じものとは限らないわ」
「……何でこんなよく分らない物が遺跡とかにいるんだ」
サビの視線の先には、全く意味の分からない図形が立ち並んでいる。
その横には、単純化した人の絵がそれぞれを指し示す事を繰り返していた。
「たしか、大崩壊の時に世界中へ魔力が広がって、昔の機械はほとんど動かなくなったのが始まりだったはず」
ミリーは少しだけ距離を残して立ち止まり、浮かぶ文字を目で追った。
「機械の中にあった働きの一部だけが、魔力を浴びて残ることがあるの。そういうものを聖霊って呼ぶのよ。これもその1つね」
「そういうもんか」
サビがそう返すと、ミリーは再び歩みを再開した。
サビも警戒しながら光の周囲へ意識を広げたが、魔物のような敵意や動く気配は感じない。
浮かぶ矢印は、二人が進む通路の奥を示していた。
「この先に、本を売っていた店があるみたい。行きましょう」
「あの聖霊は危なくないのか」
「まあ聖霊そのものは襲ってこないわ。でも、警備設備と繋がってることはある」
サビは明滅する表示から目を離さず、その脇を通り過ぎた。
「それなら十分危ないだろ」
「流石にあれは無害なタイプよ。表示を見る限りこの施設の案内だけみたいだから」
警戒を強めるサビに、ミリーは苦笑すると、魔石ランプを通路の先へ向けた。
「ただ、“窓”だけはどんな時でも危険よ」
「窓?」
「壁や床に、外の景色みたいなものが映ることがあるの。見つけても、長く見たり触ったりしないで」
サビは反射的に左右の壁へ目を走らせた。
今のところ、黴と汚れに覆われた灰色の壁が続いているだけだった。
「どうなる?」
「正気を失うことがあるわ」
「……分かった」
理由や仕組みまでは、サビには分からない。
だが、「見るな、触るな」という決まりなら覚えやすかった。
サビは浮かぶ表示を避け、先ほどまで以上に壁や床へ注意を向けながら、ミリーの後を追った。
前方の床に、本がまばらに落ちているのが見えた。
どれも通路の右手にある部屋から転がり出てきたらしく、破れた紙が入口付近まで散らばっている。
「あそこね」
ミリーも気づいたようで、周囲を警戒しながら部屋へ近づいた。
中にはいくつもの棚が並んでいた。
ほとんどの本は床へ落ち、崩れた棚や瓦礫の下に埋もれている。
天井の亀裂から水が入り込んでいたらしく、奥の一角では紙が黒く変色し、触れれば崩れそうなほど腐っていた。
棚に残っている本も疎らだった。
ミリーは部屋全体を見渡し、軽くため息をつく。
「うーん。あまり期待はできなさそうね。状態のいいものだけ見てみましょうか」
「俺はどうすればいい?」
サビには、どの本に価値があるのか見当もつかない。
ミリーの後ろで警戒を続けるべきか、それとも本探しを手伝うべきか迷った。
「あー……取りあえず、周囲を見ていてくれる?」
ミリーは近くの棚へ歩きかけたが、途中で振り返った。
「それと、さっきコミックに興味ありそうだったから、見つけたら取っておく?」
「……いや。そういうわけじゃない」
サビは僅かに目を逸らした。
裸の女が大量に載った本を欲しがっていると思われているのなら、素直に頷く気にはなれなかった。
「そう?」
ミリーは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は追及せず、棚の確認を始めた。
サビも入口付近へ立ち、通路と部屋の奥へ交互に視線を向ける。
その時、足元に落ちていた一冊の本が目に入った。
サビはしばらく表紙を見下ろしたあと、その本を拾い上げた。
表紙には、巨大な剣を持った男が、何体もの魔物を前に立っている姿が描かれている。
文字は読めない。
それでも、何をしようとしている場面なのかは分かった。
「やっぱり興味あるんじゃない」
いつの間にか近くへ来ていたミリーが、サビの手元を覗き込んだ。
「……たまたま目に入っただけだ」
「そう?ちょっと確認させて」
ミリーは本を受け取り、表紙と中身を簡単に確かめた。
紙は湿気を吸い、端が大きく傷んでいる。
表紙の一部は破れており、文字も一部が滲んでいた。
「状態はあまり良くないわね。たぶん、売っても大した金額にはならないと思う」
「なら、置いていくか」
「待って」
ミリーから返ってきたコミックを投げ捨てようとしたサビを、制止する。
「せっかくだし、文字を読む練習に使ったら?」
「これでか?」
「絵があるから、普通の本より分かりやすいわ。台詞も短いし、読めないところは私が教える」
ミリーは傷んだ表紙をもう一度眺めた。
「題材も、よくある冒険ものみたいね。それなりには楽しめると思うわよ」
サビは手元の本から、ミリーへ視線を移した。
「随分、良くしてくれるんだな」
「これから一緒にバーグを追うんでしょう?」
ミリーは当然のことのように答えた。
「遺跡の文字を少しでも読めた方が、サビも動きやすいわ。それに、今まで助けてもらった分くらいは返したいしね」
「そういうものか」
「そういうものよ」
ミリーは傷んだ本へ目を落としたまま、少しだけ間を置いた。
「私、五年前に父さんと母さんに拾われたの」
サビが顔を上げる。
「その前のことは何も覚えてないわ。自分がどこにいたのかも、……本当の両親が誰なのかも」
ミリーの声は穏やかだった。
だが、何かを耐えていることくらいは、サビにも分かった。
「父さんと母さんは、そんな私に文字を教えてくれた。遺跡の歩き方も、魔物から身を守る方法も、それ以外の色々なことも」
ミリーは棚に残された本を一冊抜き取り、傷み具合を確かめた。
「だから、自分が教わったことを誰かに教えるのは、私には当たり前なのよ」
「……そうか」
「ええ」
サビはそれ以上、ミリーの過去を尋ねなかった。
聞かれたくないから黙っているのか、本人にも話せることがないのか。その違いまでは分からない。
ただ、以前のミリーなら、こうしたことを自分から話さなかっただろうとは思った。
サビは手元の本へ目を戻す。
文字を覚えれば、遺跡の案内板や警告も今より多く読めるようになる。 バーグを追うにも、探索を続けるにも役に立つ。
「……分かった。持って帰る」
「決まりね」