落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
ミリーは傷んだ本を布で包むと、ほかの回収品とは分けて荷物へ収めた。
サビはその様子を見届けてから、再び部屋の入口へ注意を戻す。
通路に変化はない。 淡い光を浮かべた聖霊も、先ほどと同じ表示を繰り返している。
「ここは、もう良さそうね」
ミリーは棚を一通り確認すると、状態の良い本を数冊だけ抜き取った。
「これ以上探しても、持ち帰れるものはあまりなさそう。もう少し周りを見たら戻りましょうか」
「ああ」
サビが答えた、その時だった。
通路の奥から、硬いものが床を打つ音が聞こえた。
最初は一度だけだった。
だが、すぐに二度、三度と続き、次第に間隔が短くなっていく。
サビは通路へ顔を向けた。
「何かが向かってきているな」
ミリーも手を止め、腰の弓へ手を伸ばす。
音は一人分ではなかった。
複数の足音が、こちらへ向かって全速力で近づいている。
途中で何かが倒れ、床を擦る大きな音が響いた。
「同じ依頼を受けていた傭兵たちかしら?」
「分からない」
サビは巨剣槍の柄へ手を掛け、部屋の外へ出た。
足音に混じって、荒い呼吸と、短く罵るような声が聞こえる。
やがて通路の奥で、魔石ランプの光が激しく揺れた。
最初に現れたのは、血のついた鎧を身につけた男だった。
男は背後を何度も振り返りながら走っている。
その後ろからも、武器や荷物を抱えた数人の傭兵たちが、押し合うようにして姿を現した。
「何があった?」
サビは巨剣槍を構えたまま、鋭く問いかけた。
先頭の男はサビたちの姿に一瞬目を見開いた。
だが、すぐに険しい表情へ戻る。
「どけ!」
「何が来てる」
サビがもう一度問いただす。
しかし、男たちは答えなかった。
サビたちを避けるように左右へ分かれ、そのまま横を駆け抜けていく。
最後尾の男も、一度だけ背後を振り返っただけだった。
ミリーは生成した魔力矢を手にしたまま、困惑した表情でその背中を見送った。
「何なの、あいつら……」
サビも走り去る傭兵たちへ視線を向けていた。
そのため、気づくのが僅かに遅れた。
遺跡の入口側から、先ほどまで感じなかった巨大な魔力反応が急速に近づいている。
次いで、遠くから重い振動が伝わった。
床に散らばった本の破片が、微かに跳ねる。
「……マズいな!」
サビは巨剣槍を担ぎ直し、ミリーへ振り返った。
「でかい魔物だ! 奥へ逃げるぞ!」
「……分かった!」
サビが駆け出す。
ミリーも一瞬だけ入口側へ目を向けたが、すぐに身を翻し、その後を追った。
二人が駆け出すのとほぼ同時に、ひと際大きな破砕音と衝撃が通路を駆け抜けた。
サビが一瞬だけ振り返る。
赤黒い毛皮に包まれた巨獣が、通路を塞ぐようにして侵入してきていた。
四肢を振るうたびに、床の瓦礫が弾け飛び、壁の一部が砕け落ちる。
狭い通路へ無理やり体をねじ込みながら、それでも速度を落とさず迫ってきていた。
「ウソッ!」
振り返ったミリーの顔から、さっと血の気が引く。
サビも、背後から押し寄せる魔力の圧力に息を詰めた。
クローエイプやワイルドボアとは比べものにならない。
まともにぶつかれば、巨剣槍ごと押し潰される。
「前を見ろ! 走れ!」
サビは叫ぶと、さらに足を速めた。
二人の姿を捉えた巨体が、大きく顎を開く。
「ゴアアアアアッ!」
咆哮が狭い通路を突き抜けた。
耳の奥が痺れ、足元の感覚が一瞬遠のく。
サビは歯を食いしばり、もつれかけた脚を無理やり前へ出した。
隣を走るミリーも体勢を崩しかけたが、一瞬壁へ手をついて体勢を戻した。
「ゴアグリズリーよ! どうしてこんな場所に……!」
二人の前方に、通路の分岐が現れた。
右手の通路には、先ほどの傭兵たちが持つ魔石ランプの光が揺れている。
すでに何人かが角の向こうへ消えようとしていた。
ミリーは走りながら、分岐の壁に残された標識へ目を向ける。
「左が出口よ!」
サビは返事をする余裕もなく、床を蹴って左へ曲がった。
ミリーもすぐ後に続く。
背後から、壁や床を砕く凄まじい音が迫ってきた。
一瞬だけ音が遠ざかったように思えた。
だが、次の瞬間には分岐の角が大きく崩れ、ゴアグリズリーの咆哮が再び二人の背中を打った。
魔力の気配は、少しずつ距離は離れていた。
しかし、追ってきている。
サビは前だけを見て、薄暗い通路を全力で駆けた。
やがて、通路の先が大きく開けているのが見えた。
その向こうから、白い光が差し込んでいる。
「出口だ!」
ミリーの声に、サビもさらに強く床を蹴った。
二人はほとんど転がり込むように、広い空間へ飛び込んだ。
「……嘘だろ」
サビは思わず足を緩めた。
そこは、かつて建物の出入口として使われていたらしい、天井の高い広場だった。
正面の地上へ続いていたと思われる場所には、大量の土砂と瓦礫が積み重なっていた。
その真上では、天井が大きく崩れ落ちている。
二人が出口だと思った光は、崩落箇所から差し込む日差しだった。
ミリーもサビの隣で立ち止まった。
肩を上下させながら、塞がれた階段を見上げる。
「そんな……」
外は見えている。
だが、崩れた天井と積み重なった瓦礫は、二人の手でどうにかできる量ではなかった。
立ちすくむ二人の足元から伝わる振動が、急速に大きくなっていく。
出口を塞ぐ瓦礫を見上げていたミリーは、琥珀色の瞳を揺らしながらサビへ顔を向けた。
「ご、ごめんなさい……。私が、こっちを出口だって言ったから」
「標識には、そう書いてあったんだろ」
「でも、このままじゃ……」
ミリーは言葉を詰まらせた。
自分の判断で逃げ道を失い、サビまで巻き込んだ。
そう思っていることは、その顔を見れば分かった。
「お前が指示しなかったら、分岐で迷って追いつかれてた」
サビは出口を塞ぐ瓦礫から目を離し、迫ってくる振動へ意識を向けた。
「それに、左へ曲がったのは俺だ。お前だけの判断じゃない」
「サビ……」
「後は、生き残ってからにしろ」
サビは巨剣槍を両手で握り締めた。
「それよりも――」
背後へ振り返り、ゴアグリズリーが迫る通路へ鋭い視線を向ける。
広場は天井が高く、横幅も十分にある。少なくとも、狭い通路の中よりは巨剣槍を思い切り振るえる。
「逃げ道はないが、ここならぶん回せる」
ミリーは一瞬息を呑んだが、やがて大きく息を吐いて弓を握り直した。
「……分かった。私も援護する」
「ああ。頼む」
サビは頷き返すと、広場の入口へ駆け出した。
逃げ場はない。
なら、相手が十分に動き出す前に、こちらから叩くしかなかった。
通路から破片と共に、壁の一部を粉砕してゴアグリズリーが顔をだす。
そこへ全力で駆けつけたサビは、巨剣槍を渾身の力で振り下ろした。
「ォォォォラアッ!」
高速で迫る巨剣槍に対し、ゴアグリズリーは素早く反応した。
質量が元に戻った巨剣槍に対して、巨体に似合わぬ俊敏さで右前腕を振るって薙ぎ払う。
圧倒的質量の巨剣槍と、暴力的な前腕が接触する。
「……グッ!?」
頭部を目掛けていた巨剣槍は、殴りつけられたことで軌道が大きく逸れてしまう。
しかし、逸れた先ではゴアグリズリーの左腕に直撃し、鈍い音と共にぬめり込んだ。
「ゴアアアアアアッ!」
ゴアグリズリーがたまらず絶叫した。
左前脚が大きく沈み、広場へ踏み出しかけていた巨体が片側へ傾く。
だが、その程度で動きを止める相手ではなかった。
すかさず振るわれた右前脚が、サビへ襲い掛かる。
「くっ!」
サビは床へ飛び込むようにして回避した。
頭上を通過した前脚が風を巻き起こし、その先の石床を大きく砕く。
さらにゴアグリズリーは、狭い通路へ引っ掛かっていた巨体を強引に捻った。
肩が壁へ激突する。
通路の縁が砕け、天井から巨大な瓦礫が崩れ落ちた。
轟音とともに土煙が噴き上がり、ゴアグリズリーが通ってきた入口を埋めていく。
その間に、巨獣は広場へ完全に身を乗り出していた。
サビは床を転がりながら、崩れた入口へ一瞬だけ視線を向ける。
崩れ落ちた瓦礫が、通路を閉ざしていた。
(戻る道も潰れたか……!)
立ち上がろうとするサビへ向けて、ゴアグリズリーの巨体が一気に沈み込む。
次の瞬間にも飛び掛かろうとした、その頭部へ魔力の矢が飛来した。
矢は赤黒い毛皮へ突き刺さったものの、深くは入らない。
ゴアグリズリーが唸り声を上げ、ミリーへ顔を向けた。
その隙に、サビは転がるようにしてゴアグリズリーから距離を取った。
立ち上がる余裕もない。 片手と膝を使って床を蹴り、前脚の届かない位置まで必死に離れる。
ようやく間合いが開いたところで立ち上がり、深く息を吐いた。
巨剣槍を握り直す。
(速い……! これは、まずいな)
巨体に似合わぬ俊敏さと、一撃で床を砕く破壊力。
これまで聞かされた魔物の中にも、これほどの相手はいなかった。
サビは無意識に、握った巨剣槍へ力を込める。
身体が覚えている。
先ほど、あの前脚が振り抜かれた瞬間の感覚を。
もし少しでも判断が遅れていれば、今頃立ち上がることすらできていなかった。
怖い。
そう認めるより先に、身体が警告していた。
目の前の相手は、今まで戦ってきた魔物とは違う。
だが、待っていれば押し潰される。
サビは考えがまとまり切るより先に、再び地面を蹴った。
一気に懐へ踏み込み、軽量化した巨剣槍を頭部目掛けて薙ぎ払う。
しかし、ゴアグリズリーは体と頭を素早く捻り、刃の軌道から逃れた。
(……は?)
巨剣槍が空を切る。
回避したゴアグリズリーは、そのままサビへ視線を据えていた。
既に右前脚が持ち上がっている。
サビは咄嗟に巨剣槍を軽量化し、振り抜いた勢いを殺そうとする。
それでも、身体の動きが追いつかない。
(これじゃ間に合わねえ!)
迫る前脚が視界を埋める。
(武器だけじゃない――体も!)
考えている余裕はなかった。
サビは一か八か、自分の身体へも魔力を流し込む。
その瞬間、足元から重さが抜けた。
身体が浮き上がるような感覚。
しかし、完全には避けきれない。
ゴアグリズリーが前脚を振り下ろそうとした、その直前。
再び魔力の矢が飛来した。
今度は毛皮ではない。
ミリーが放った矢は、狙い違わずゴアグリズリーの左目へ突き刺さる。
「ギイアアアアアアアアッ!」
巨獣が頭を仰け反らせ、絶叫する。
振り下ろされた前脚の軌道が僅かに逸れた。
同時に、サビも床を蹴る。
身体が、予想していた以上の勢いで横へ飛んだ。
「うおっ!?」
それでも完全には逃れられなかった。
爪の先端が、サビのヘルム側面を掠める。
金属を潰す凄まじい音が響いた。
「グッ!」
視界が大きく揺れる。
バイザーの一部が抉れ、砕けた金属片と爪先が頬を裂いた。
熱い血が流れる。
サビはそのまま床を何度も転がった。
止まり切れず、肩から激しく石床へ叩きつけられる。
完全に体勢を崩していた。
だが、ゴアグリズリーも無事ではない。
左目に突き刺さった魔力矢を振り払おうと、上体を起こして激しく頭を振っている。
僅かながら、立て直す時間は残されていた。
「サビッ! 大丈夫!?」
ミリーは戸惑った表情を浮かべながらも、ゴアグリズリーへ続けて魔力矢を射かける。
放たれた矢が、ゴアグリズリーの顔や胸元へ次々と突き刺さる。
サビも床へ手をつき、すぐさま立ち上がった。
血の流れる頬や打ち付けた肩には鈍い痛みが残っている。
(頭はかち割られずに済んだか……)
ミリーがあの瞬間に矢を当てなければ、身体を軽くする暇もなかった。
それでも避け切れず、最後にヘルムが命を繋いだ。
どれか1つでも欠けていれば、今ので終わっていた。
だが、それ以上に、先ほど身体から重さが抜けた感覚は鮮明に残っていた。
(感覚は、大体つかめた!)
巨剣槍を構え、低く腰を落とす。
ゴアグリズリーがミリーの矢を振り払おうとした、その瞬間。
サビは再び自分の身体へ魔力を流し込んだ。
足元から重さが消える。
地面すれすれまで身体を倒し、床を思い切り蹴り抜いた。
踏み込みは、これまでとは比べものにならなかった。
石床を滑るようにして、一息にゴアグリズリーとの距離を詰める。
「え……?」
ミリーが驚きに目を見開く。
サビはそのまま、立ち上がったゴアグリズリーの胴体目掛けて巨剣槍を振り抜いた。
巨獣も遅れて反応する。
後ろへ跳んで逃れようとしたが、既に間に合わない。
刃が届く寸前、サビは巨剣槍の軽量化を解除した。
本来の質量を取り戻した一撃が、浮き上がった胴体へ深々と叩き込まれる。
「ゴッ――」
肺から空気を押し出されたような声が漏れた。
赤黒い毛皮が大きく陥没し、ゴアグリズリーの巨体が僅かに宙を滑る。
そのまま床へ横倒しになり、瓦礫を巻き込みながら激しく転がった。
広場全体が揺れるような衝撃が響く。
だが、サビは手応えに顔をしかめた。
骨へは届いている。
それでも、仕留めた感触にはほど遠かった。