落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
サビたちは粉塵の舞う通路を慎重に進んだ。
心臓の鼓動が耳に響き、一歩ごとに足が重い。
やがて粉塵が落ち着いて視界が開ける。
だが通路の先は曲がり角になっており、死角の奥からは大量の瓦礫が飛び散ってきていた。
押し出されるように先頭になったサビは、崩落であってくれと祈りながら、慎重に曲がり角の先を覗き込んだ。
「ッ!」
そこにあったのは、巨大な人型の影だった。
常人の二倍を優に超える巨体が、狭い通路のほとんどを埋めている。
よく見ると、その体は黒い金属でできており、節々からは微かな青い燐光が漏れていた。
手には、巨大な槍とも剣ともつかない異形の武器が握られている。
通路の壁は抉られ、周囲には血が飛び散っていた。
ゴーレム。
遺跡の守護者として恐れられている魔導兵器だ。
(かなりデカい!)
サビは咄嗟に顔を引っ込め、息を殺して後ずさった。だが、曲がり角の向こうから重い振動が伝わってくる。
ゴーレムはこちらへ近づいてきていた。
(気づかれたのか!? 逃げる? 隠れる? どうする……!)
サビが判断を迷った、その時だった。
近くの誰かが瓦礫に足を取られ、乾いた音を立てる。
その瞬間、ゴーレムの重い足音もぴたりと止まった。
通路が、しんと静まり返る。
皆が息を潜める中、通路の先から金属が軋む音と、高まる魔力の気配が伝わってきた。
それを感じ取った瞬間、サビは本能のままに地面へ伏せる。
次の瞬間、轟音が響いた。
頭上を何かが高速で薙ぎ抜け、瓦礫と血がサビの上に降り注ぐ。
「……ッ!」
ゴーレムの巨剣槍が、壁ごと周囲を薙ぎ払っていた。
サビ以外の全てが、一瞬で粉砕される。
その直後、ゴーレムが重い振動を伴って曲がり角から姿を現した。
サビは瓦礫と血まみれの肉片に半ば埋もれたまま、痛みに耐えて息を殺す。
だが、ゴーレムはサビのすぐ近くまで来ると立ち止まった。
震えそうになる体を押さえつけて、呼吸を止める。
サビは一切の物音を立てまいと全身を固め、自らの魔力気配が希薄な体質に賭けた。
永遠と思える数秒の後、ゴーレムがついに動き出した。
「……ッ!」
目の前の瓦礫が、鈍い音を立てて踏み潰される。
地面が震え、砕けた石片が顔に跳ねた。
その巨大な足が、ほんのわずか先を通り過ぎていく。
まだ見つかっていない。
そう理解するより先に、ゴーレムは瓦礫を踏み砕きながら拠点の方へ進んでいった。
次の瞬間、拠点から怒号と金属のぶつかる音が響き渡る。
「どうなってんだ! なんでこのクラスのゴーレムがここにいるんだ!」
「全力で攻撃してください!」
「半分以上やられた! もう無理だ!」
「別方向からも小型ゴーレムが入り込んできてる!」
「だからってもう逃げ切れるわけねえだろ!」
「うわああああッ!……」
拠点の騒ぎが静まると、サビは神経を尖らせたまま瓦礫を押しのけ、静かに動き出した。
こういう時は、1つ動くだけでも生死が分かれる。
慎重に進んで拠点へ辿り着くと、サビは通路の陰から中を覗き込んだ。
そこには複数の死体と、小型ゴーレムの残骸、壊れたテントや荷物が散乱していた。
動いているものは見当たらない。
拠点の中央では、巨大なゴーレムが胸に穴を穿たれたまま崩れ落ちていた。
その周囲には、首を失った細身の男や、血塗れの大男の死体が無残に転がっている。
共倒れか。
少なくとも今この場で、自分に危害を加えてくる者はいないようだった。
そこまで確認した瞬間、サビはこの混乱が脱出の好機だと悟る。
(今しかない!)
心臓が早鐘を打つのを感じながら、サビは死体へ駆け寄り、使えそうな装備を手早く剥ぎ取り始めた。
「……お、い……」
サビが死体から装備や道具、硬貨を集めていると、かすかな人声が耳に引っかかった。
剥ぎ取った剣を握り直し、慎重に声のした方へ視線を向ける。
その先に、血にまみれた男が横たわっていた。
弱ってはいるが、まだ息がある。
男は朦朧としたまま、血に濡れた手をゆっくりとサビへ伸ばした。
「……」
サビは男の装備を見て、奴隷ではないことを確かめる。
次の瞬間には、握っていた剣で男の胸を突いていた。
かすかな魔力の抵抗が剣先に返る。
それでもサビは全力で押し込み、剣は男の胸を貫いた。
「カッ……」
男の目が、驚きと痛みで大きく見開かれる。
サビはその目をじっと見返したまま、相手が動かなくなるまで剣を離さなかった。
やがて男は首を落とし、完全に動きを止めた。
サビは刺さった剣をそのままに男から離れると、別の剣を拾い上げ、改めて周囲へ視線を走らせた。
魔力の気配と物音を探る。
(この部屋に、もう生き残りはいないみたいだな)
サビは食料や硬貨、武具を一通り回収し終えると、剥ぎ取った装備を少し窮屈そうに身につけた。
身支度を終えたサビは、改めて周囲を見渡す。
ここにいるのは暴漢や遺跡荒らしばかりだ。
そして、自分もまた生きるために他人を傷つける側にいる。
だからサビは、自分に害をなす相手に容赦するつもりはなかった。
サビは踵を返すと、遺跡の外に続く通路へ足を踏み出した。
(とりあえず、ここを離れるか……アオは、どこにいる……)
サビの脳裏に、かつて一緒に暮らしていた少女の姿がよぎる。
生き延びることに必死で、脱出の見込みもないまま、考えないようにしてきた存在だった。
共に捕まって以来、離れ離れのまま。
その事実が、浮きかけたサビの気持ちを重く沈めた。
やがて遺跡の外へ続く通路を歩いていたサビは、前方から魔力の気配を感じ取ると、素早く物陰に身を潜めた。
そこから覗き込む。
外から、何かが通路へ入り込んできていた。
「なんだ?」
それは、歪んだ大きな一対の牙を持つ、ワイルドボアだった。
毛皮に包まれた四肢で立つ巨体は、サビよりひと回り以上大きい。
普通の大人でも二人がかりでようやく倒せる相手だ。
今のサビでは、まともに戦っても歯が立たない。
(まずい!)
通路は一本道だった。
このまま物陰に潜んでいても、すれ違いざまに気づかれる可能性が高い。
「……ッ!」
サビは即座に踵を返すと、先ほど戦闘のあった広場へ向かって全力で駆け出した。
少しでも速く走るため、持ち物の多くを投げ捨てながら必死に足を動かす。
背後では、突然飛び出した影にワイルドボアが一瞬驚いたようだった。
だが次の瞬間には、サビを獲物と認めたのか、地面を力強く蹴って追撃を始める。
瓦礫が激しく飛び散った。
背後から、破砕音と荒い息遣いが迫ってくる。
サビは焦りながらも、必死に足を動かした。
剥ぎ取った、サイズの合っていない防具同士が擦れる音を立てている。
サビは全力で広場に飛び込むと、すかさず身を横へ投げ出す。
次の瞬間、ワイルドボアが凄まじい速度で脇を過ぎた。
そのまま瓦礫にぶつかり、大きく土埃を巻き上げて止まった。
だが、魔物はほとんど怯まない。
すぐにサビへ向き直ると、地面を爆ぜさせながら再び突進してきた。
「……ッチ!」
サビは慌てて立ち上がる。
ゴーレムの残骸や散乱した瓦礫を盾にしながら、どうにか距離を取りつつ広場を逃げ回った。
(これじゃダメだ……)
劣勢だと分かっていても、サビは一瞬の隙を狙って、先ほど死体から手に入れた剣を振るう。
だが刃は、魔力を纏った毛皮に弾かれる。
(駄目か! 硬え……)
サビには剣術の知識もなければ、普通の人の様に武器や体に魔力を纏わせることもできない。
ただの剣では、魔力を纏った魔物に傷を通せなかった。
うなり声を上げたワイルドボアが、体勢を崩したサビへ再び突進してきた。
(クソッ!)
高速で迫る牙に、サビは崩れた体勢のまま何とか剣を合わせる。
その瞬間、本能的に重量変化の能力を発動し、自分の体を一瞬軽くした。
次の瞬間、サビの体は大きく吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
何度も地面を転がった。
それでも体を軽くしたことで、衝撃はどうにか殺せていた。
「ハァッ……ハァ……ッ」
ふらつきながらも立ち上がる。
もう限界が近いと、サビには分かっていた。
(この武器じゃ、コイツは殺せない!)
動いている魔物の目を、正確に突くのは現実的じゃない。
そう判断したサビは、再び瓦礫を使って時間を稼ぐ。
(俺が今できることは何だ!?)
ようやく巡ってきた機会だった。
ここで魔物の餌になるわけにはいかない。
サビは広場の瓦礫や死体の間を駆け抜けながら、突破口を探し続けた。
「チィッ……!」
だが、現実は甘くなかった。
突進を避けようとした瞬間、サビの足が瓦礫に取られた。
体勢が崩れる。
迫ってくる魔物の目と牙が、妙にゆっくり見えた。
サビは再び体を重量変化の能力で軽くする。
片足に無理やり力を込め、大きく横へ飛んだ。
「グゥ……!」
直撃は避けた。
だが足がわずかに魔物に触れ、その反動でサビの体は広場の中央まで吹き飛ばされた。
「ガハッ……」
よろめきながらも、なんとか立ち上がる。
だが視界は霞み、足には鈍い痛みが走っていた。
次の突進を避け切れる自信はない。
「……ここで終わって、たまるかよッ……!」
それでもサビは諦めなかった。
(何か無いのか……ッあれだ!)
サビは素早く周囲へ目を走らせると、ある一点で目を留めた。
次の瞬間、剣を魔物へ投げつけ、そのまま目を留めた場所へ飛び込んだ。
そこに転がっていたのは、ゴーレムが持っていた巨大な武器である——巨剣槍だった。
長い柄の先端は折れ、刃にも大きな欠けがある。
それでも全長はサビの身長を遥かに超え、刀身だけでも人間一人を押し潰せそうな厚みがあった。
サビは地面に横たわる巨剣槍へ飛びついた。
両腕を回し、しがみつくように柄を握り締める。
背後から、ワイルドボアの荒い息遣いが迫っていた。
蹄が床を蹴るたび、細かな瓦礫が跳ね、地面から振動が伝わってくる。
もう逃げる余裕はない。
サビは歯を食いしばり、握った柄から巨剣槍へ魔力を流し込んだ。
ここまで巨大な物に、自分の能力を使ったことはない。
どこまで軽くできるのか。
自分の魔力が足りるのか。
そもそも、この鉄塊全体に力を行き渡らせられるのかさえ分からなかった。
それでも、もう賭けるしかない。
「動け……ッ!」
鈍く冷たい金属の奥へ、サビの魔力が染み込んでいく。
だが、あまりにも巨大だった。
いつもナイフや自分の体へ力を使う時とは違い、魔力が底の見えない穴へ吸い込まれていくような感覚がある。
「オオオオオ……!」
サビは声を張り上げ、魔力を無理やり押し込んだ。
次の瞬間。
地面へ食い込んでいた巨剣槍が、わずかに揺れた。
「……ッ!」
動いた。
その手応えを逃すまいと、さらに魔力を注ぎ込む。
鉄塊を地面へ縫い留めていた重さが、少しずつ薄れていった。
動かなかった柄が浮く。
地面に埋まっていた刃が、瓦礫をこぼしながら引き抜かれていく。
そして突然、巨剣槍の重さが消えた。
「うおッ……!」
予想以上に軽くなった武器が、サビの両腕に引かれて一気に跳ね上がる。
勢い余って体が後ろへ反り返った。
軽い。
見た目からは考えられないほど軽い。
だが、巨大さまで消えたわけではなかった。
長大な刀身は空気を押し退け、わずかに動かすだけでサビの全身を引っ張った。
それでもサビは両足を踏ん張り、巨剣槍を頭上へ持ち上げた。
視界の正面では、ワイルドボアが牙を突き出して迫ってくる。
衝突まで数歩の距離ほどだ。
振り下ろすしかない。
だが、軽いままでは、あの毛皮と頭蓋を砕けない。
サビは足を大きく開いた。
痛む脚へ力を込め、体ごと前へ倒れ込むように巨剣槍を振り下ろす。
「オォォ……ラァ!」
巨大な刃が、唸りを上げて落ちていく。
速すぎる。
サビの腕で振っているというより、倒れ始めた鉄塔にしがみついているようだった。
軽くしてもなお、武器の長さと勢いが全身を引きずっていく。
狙いを外せば終わる。
早く重さを戻せば、自分ごと地面へ引き倒される。
遅ければ、ただの軽い鉄板を叩きつけるだけだ。
迫る牙。
振り下ろされる刃。
両者がぶつかる、その寸前。
サビは本能のまま、巨剣槍へ流していた魔力を断ち切った。
消えていた重さが、一瞬で戻る。
「ッ――!」
両腕に引き千切られそうな衝撃が走る。
軽さに任せて加速していた巨剣槍が、本来の巨大な質量を取り戻す。
サビの体はその落下に巻き込まれ、ほとんど武器へしがみついたまま地面に引きずり込まれた。
次の瞬間、巨剣槍がワイルドボアの頭部へ激突した。
硬いものを砕く感触が、柄を通じて両手へ伝わる。
ワイルドボアの強靭な頭蓋が陥没した。
突き出されていた牙が折れ、巨体が地面へ押し潰される。
だが、巨剣槍の勢いは止まらない。
魔物の肉と骨をまとめて押し込み、そのまま床へ叩きつけると、爆発するような轟音が広場を揺らした。
石床が放射状にひび割れる。
砕けた瓦礫と肉片が弾け飛び、強烈な衝撃がサビの足元を突き抜けた。
「ぐッ……!」
サビの体も反動で跳ね上がる。
柄を握った手から肩まで鋭い痛みが走り、足元の感覚が一瞬消えた。
舞い上がった土埃が視界を覆う。
石の破片が頬を打ち、耳の奥では轟音の名残が鳴り続けていた。
サビは巨剣槍へ縋りついたまま、荒い呼吸を繰り返す。
「ハァッ……ハァ……」
手を離せば、そのまま倒れ込みそうだった。
それでも、すぐに顔を上げる。
霞む視界の中で周囲へ意識を広げ、新たな魔力の気配や物音を探った。
何も近づいてこない。
やがて土埃が薄れていく。
大きく陥没した床の底で、ワイルドボアは原型を失うほどに圧殺されていた。
頭部から胴体にかけて巨剣槍に押し潰され、砕けた石と肉が混ざり合っている。
「……」
サビはその光景を、呆然と見下ろした。
自分がやった。
まともな剣では傷1つつけられなかった魔物を。
さっきまで逃げ回ることしかできなかった相手を。
この一撃で、叩き潰した。
遅れて、全身が小刻みに震え始めた。
恐怖が残っているのか、力を使い果たしたせいなのか、サビ自身にも分からない。
巨大な質量を叩きつけた反動で、掌の皮は裂けていた。
指先は痺れ、腕は肩から外れそうなほど痛む。
呼吸をするたびに、脇腹や傷ついた足も悲鳴を上げた。
それでも、その顔には次第に獰猛な笑みが浮かんでいった。
「……く」
喉の奥から、かすれた声が漏れる。
「……くははッ!」
笑いながら、サビはその場に膝をついた。
死ななかった。
生き残っただけではない。
ずっと自分を押し潰してきた脅威を、初めて自分の手で叩き返した。
しばらく荒い呼吸を整えた後、サビは潰れたワイルドボアへ歩み寄った。
まだ痺れの残る手でナイフを握り、魔石と食べられそうな肉を素早く削ぎ取っていく。
切り取った肉へ、そのまま喰らいついた。
血の味も、生温かさも気にしない。
噛み千切り、ほとんど飲み込むように腹へ収めていく。
空腹を満たしながら、サビは床へめり込んだ巨剣槍の柄を握った。
再び魔力を流す。
先ほどよりもわずかに早く、巨剣槍の重さが薄れていく。
サビは全身を使って引き上げ、砕けた床から巨大な刃を抜き取った。
まだ扱い方は分からない。
一度振れば、自分の体まで壊れかねない。
それでも、この武器なら戦える。
サビは血と土に汚れた巨剣槍を肩へ担いだ。
不釣り合いなほど巨大な鉄塊が、能力によって軽々と持ち上がる。
そして一度だけ、背後に残された陥没跡を振り返った。
そのまま前へ向き直り、再び遺跡の外へ足を進めていった。