落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
その後、サビたちは崩落した広場から脱出するため、瓦礫に埋もれた通路の入口に立っていた。
積み重なった土砂と瓦礫を確認すると、上部には僅かな隙間が残っている。
向こう側の薄暗い通路が、ほんの少しだけ覗いていた。
「完全に埋まったわけじゃなさそうね」
「ああ。これなら退かせる」
サビは巨剣槍を床へ置こうとして、僅かに顔をしかめた。
ゴアグリズリーから吹き飛ばされた時に、打った肩と脇腹が痛む。
戦っている最中は気にならなかったが、身体を動かすたびに鈍い痛みが戻ってきていた。
「その前に、少し飲んだ方がいいんじゃない?」
ミリーが小さな瓶を差し出した。
回復薬だった。
「ああ」
「動けるうちに飲むのよ。全部じゃなくていいから」
サビは瓶を受け取り、栓を抜いた。 一口だけ喉へ流し込む。
強い苦味の後、胃の奥から熱が広がっていく。
すぐに傷が消えるわけではない。
だが、少しすると肩や脇腹の痛みが遠のいた。
それと同時に、妙に頭が冴えてくる。
周囲の魔力まで、先ほどより輪郭がはっきりしたように感じた。
「……変な感じだな」
「効いてきた?」
「たぶん」
サビは瓶を返し、手近な瓦礫へ両手を掛けた。
魔力を流し込み、軽量化を使う。
持ち上げることすら難しそうだった石塊から、急激に重さが抜けた。
サビはそれを軽々と持ち上げると、広場の端へ放り投げる。
手を離れた直後、瓦礫は本来の質量を取り戻した。
石塊が床へ激しく叩きつけられ、広場に重い振動が走る。
「……投げる場所には気をつけてね」
「……ああ」
答えながら、サビは次の瓦礫へ手を伸ばした。
先ほどの戦いで、自分の身体と巨剣槍を同時に軽くした感覚がまだ残っている。
その感覚を思い出しながら、隣り合った2つの石へ手を置いた。
意識を分ける。
いつもなら、一方へ魔力を流せば、もう一方への感覚がぼやける。
だが、今は違った。右手。左手。
2つへ流れていく魔力を、別々のものとして捉えられる。
(……いけるか?)
僅かに頭の奥が重くなる。
それでも、2つの瓦礫から同時に重さが抜けた。
「2つとも……」
ミリーが目を見開く。
「さっきもそうだったけど、複数には使えないんじゃなかったの?」
「俺もそう思ってた」
サビは両手で瓦礫を押し退ける。
不思議なほど、魔力の流れがはっきり分かる。
「今は、分けても混ざらねえ」
「戦ってる時に掴んだの?」
「分からねえ」
サビは少し考え、先ほど飲んだ瓶へ目を向けた。
「……頭は、いつもより冴えてる」
ミリーも回復薬を見る。
「回復薬には痛みを鈍らせたり、一時的に身体を動かしやすくするものも入ってるわ。だからって無理していいわけじゃないけど」
「そうなのか」
「飲みすぎると、後で酷い目に遭うわよ」
サビは軽くした瓦礫を横へ退かした。
「覚えとく」
そう答えながら、さらに通路を塞ぐ石を取り除いていった。
人が通れるほどの隙間を作る頃には、サビの額から汗が流れていた。
上部から差し込む光は、先ほどより明るくなっている。
「これなら通れるな」
そう言って身体を起こした瞬間、頭の奥がずきりと痛んだ。
「……ッ」
「どうしたの?」
「なんでもねえ」
だが、先ほどまでの妙な冴えは消えていた。
代わりに、身体が急に重く感じる。
遠のいていた肩と脇腹の痛みも、少しずつ戻ってきていた。
右手を開閉する。 指先に僅かな震えがある。
ミリーが呆れたようにサビを見る。
「だから言ったでしょう。薬で治ったわけじゃないのよ」
「ああ」
サビは短く答え、息を整えた。
それでも。
先ほど2つの瓦礫を同時に軽くした感覚だけは、まだ頭の中に残っていた。
「……次は素材の回収ね」
ミリーは広場に横たわるゴアグリズリーへ目を向けた。
倒れていても、その巨体は通路の幅を埋めかねないほど大きい。
「さすがに、あれを丸ごと運ぶのは無理よ。軽くできても、大きさまでは変わらないでしょう?」
「ああ。ここで解体するしかないな」
「魔石と爪、牙。それから、できるだけ毛皮も持ち帰りたいわ」
サビは巨体の傍まで歩き、赤黒い毛皮へ手を置いた。
「こいつを動かせれば、解体しやすいか?」
「ええ。裏返すだけでも、私たちだけじゃ無理だから」
サビは頷き、ゴアグリズリーへ軽量化を使った。
巨体から、ゆっくりと重さが抜けていく。
同時に、身体の内側に残っていた魔力の大半が、一気に向こうへ持っていかれるような感覚があった。
「……重いな」
「軽くなったのに?」
「こいつじゃなくて、使ってる魔力がだ」
サビは足元に置いた巨剣槍へ視線を向けた。
ゴアグリズリーを軽くしたまま、あれにまで軽量化を重ねる余裕はない。
試すまでもなく分かった。
「こいつを軽くしてる間は、巨剣槍までは無理だ」
「じゃあ、通路が広くても、ゴアグリズリーと武器を一緒に運ぶのは無理なのね」
「ああ。どっちかしか軽くできない」
サビが軽量化を解くと、ゴアグリズリーの巨体が再び石床へ沈み込んだ。
「じゃあ。ここで解体して、価値の高い部位だけ持ち帰りましょう」
ミリーはゴアグリズリーの巨体を見回した。
「魔石に、爪と牙。毛皮も傷んでいない部分なら、かなりの値段になると思う」
「使える部分は、なるべく傷つけずに剥がそう」
「簡単に言うけど、かなり大変よ」
「重さなら俺がどうにかする」
ミリーは一瞬だけ黙り、それから小さく息を吐いた。
「分かったわ。日が暮れる前に始めましょう」
剥ぎ取りを終える頃には、広場に差し込む日の角度も大きく変わっていた。
サビは血の付いた刃を布で拭いながら、ゴアグリズリーの背中に残った浅い傷へ目を向けた。
自分たちがつけたものではない。
古くはない裂傷や、武器で抉られた跡が幾つも残っている。
「あいつらも、こいつと戦ってたんだな」
「ええ。たぶん、途中で勝てないと判断して逃げたんでしょうね」
「まあ、逃げること自体は仕方ないか」
「逃げること自体はね」
ミリーは苦々しげに、崩落した通路の入口へ目を向けた。
「でも、私たちがいると分かっていて何も言わなかった。問いかけにも答えず、ゴアグリズリーを引き連れたまま横を通り抜けた」
その声から、戦いを終えた安堵が薄れていく。
「傭兵同士だから、危険な時に必ず助け合えるとは限らないわ。自分たちが生き残るだけで精一杯になることもある」
ミリーは一度言葉を切った。
「それでも、あれは違う。警告する時間はあった。私たちを置いていけば、追いつかれるまでの時間を稼げると分かっていたはずよ」
「俺たちを囮にしたってことか」
「そう見られても仕方がないわ」
ミリーの表情が硬くなる。
「それに、あの人たち……紺碧の風の記章をつけていた」
「……あのクランか」
サビの声が僅かに低くなる。
ギルドで見かけた紋章と、その場にいたアルバの顔が脳裏をよぎった。
「全員の顔までは見られなかったけど、肩の紋章は間違いないと思う」
サビは彼らが走り去った方向へ目を向けた。
問いかけた時、先頭の男は確かにサビたちを見ていた。驚いた顔をしたあと、何も伝えずに通り過ぎた。
「ギルドに報告するのか」
「するわ。証明できるものが少ないから、どこまで問題にされるかは分からないけど」
ミリーは静かに息を吐いた。
「でも、黙って済ませていいことじゃない」
二人は剥ぎ取った毛皮や牙を紐で縛り、持ち運べるようまとめていった。
ゴアグリズリーの解体を終えた二人は、素材で荷台を埋めた魔導車を走らせ、エクスランドへ戻っていた。
赤黒い毛皮は、大きく折り畳んでも荷台の大半を占めている。その隙間には、太い爪や牙、魔石を収めた袋が積み込まれていた。
巨剣槍も、その脇へ横倒しにして載せてある。
ここへ来るまでは、魔物の襲撃に備えて、サビが巨剣槍を担いだまま屋根や車体脇のステップへ立っていた。
だが、街道を進むにつれて周囲を行き交う魔導車が増え、前方にエクスランドの外壁が見え始めたところで、ようやく武器を荷台へ下ろしていた。
今は運転席の隣に座り、近づいてくる街並みを眺めている。
魔導車の振動に合わせて、二人の肩が時折触れそうになる。
以前なら、サビは気を利かせることもなく屋根に残っていただろう。
ミリーも、わざわざ隣へ座るよう促しはしなかった。
だが今は、どちらもその距離を気にしていなかった。
「そういえば、素材は全部売る?」
前を見たまま、ミリーが尋ねた。
「いや」
サビは自分の防具を見下ろした。
ゴアグリズリーの一撃を受けた部分には深い傷が残り、脇腹を留めていた金具の1つは歪んでいる。千切れた革紐も、別の紐で応急的に結び直しただけだった。
「あの毛皮、防具に使えないか」
ミリーが一瞬だけサビへ顔を向ける。
「……使えると思う。今の防具より、ずっと頑丈になるはずよ」
ただし、ゴアグリズリーほどの素材を加工できる職人は限られ、費用も相応にかかるらしい。
それでも、爪や牙を売れば加工費の足しにはなる。加えて、この級の魔物は正式な依頼を受けていなくても、討伐部位や魔石で確認が取れれば、ギルドから報奨金が支払われるという。
「なら、毛皮は残したい」
サビは荷台へ視線を向けた。
折り畳まれた赤黒い毛皮には、巨剣槍を叩き込んだ痕がいくつも残っている。
あれほど攻撃を受けても、その毛皮は容易に刃を通さなかった。
「ゲッテルさんに相談してみましょう」
「ああ」
「欲張るわね」
「死にたくないだけだ」
ミリーは僅かに笑った。
「それなら、かなり正しい使い道ね」
それからしばらく、二人は持ち帰った素材の使い道を話し合った。
外壁都市が近づくにつれて、街道を進む車両と人影が増えていく。
夕暮れの光を受けたエクスランドの外壁が、空を遮るように高く立ち上がっていた。
傭兵ギルドの裏手には、討伐した魔物の素材や遺跡から持ち帰った品を受け入れるための、広い搬入口が設けられていた。
石畳の上には何台もの魔導車が並び、依頼を終えた傭兵たちが荷台から戦利品を下ろしている。
血の残る魔物の角や毛皮。縄で束ねられた牙や爪。泥と埃にまみれた金属部品や、用途の分からない旧時代の機械。
搬入口の壁際や倉庫の出入口には、武装したギルドの警備員が何人も立っていた。
戦利品を持ち帰った傭兵たちが、武器を携えたまま行き交う場所だけに、警戒は表の受付よりも厳重だった。
職員たちは持ち込まれた品を1つずつ確認し、木札へ内容を書きつけながら、検分場や倉庫へ振り分けていた。
素材を解体する刃物の音。
荷車の車輪が石畳を転がる音。
査定額を巡って声を荒らげる傭兵と、それを淡々となだめる職員の声。
討伐や探索を終えた者たちが、危険の成果を金へ換えるために集まる場所だった。
その搬入口へ、サビたちの魔導車がゆっくりと入っていく。
荷台は赤黒い毛皮や骨や爪、牙を収めた袋で隙間なく埋まり、その脇には傷ついた巨剣槍が横倒しに置かれていた。
近くで小型魔物の素材を下ろしていた傭兵が、何気なく荷台へ目を向ける。
その手が止まった。
「……おい、あれ」
声につられて、周囲の視線が一斉に集まる。
フードを被っているミリーが荷台を覆っていた布を外すと、折り畳まれた分厚い毛皮と、その隙間から覗く黒い爪が露わになった。
「ゴアグリズリーじゃねえか?」
「まさか。あんなもん、討伐隊でも組まなきゃ――」
別の傭兵が、運転席から降りたサビとミリーを見た。
その視線が、二人の首元にある傭兵証で止まる。
「はあ!? 一ツ星の傭兵がゴアグリズリーを討伐したのか!?」
「二人とも一ツ星じゃねえか!」
「どこかの討伐隊から、素材だけ譲ってもらったんじゃねえのか?」
ざわめきが、広がっていった。
周囲から向けられる視線に、ミリーは僅かに肩をすくめた。
「……まあ、目立つわよね」
荷台を埋める赤黒い毛皮。その脇には、人の背丈を遥かに超える巨剣槍が横たわっている。
「まあ仕方ねえな」
「だね」
フードの下でミリーは、小さく笑った。
その騒ぎの中を、一人の職員が足早に進んでくる。
サラだった。
彼女は普段と変わらない落ち着いた表情を保っていたが、荷台の素材を見た瞬間だけ、僅かに目を見開いた。
「……サビさん、ミリーさん」
サラは二人の傷ついた防具と、その後ろに積まれた素材を順に確認した。
「クローエイプの討伐依頼だったはずですが」
サラの問いに、ミリーはすぐには答えなかった。
安堵しているようにも、気まずそうにも見える、何とも言えない表情を浮かべる。
「……依頼の途中で、ゴアグリズリーに遭遇しました」
サラの視線が、荷台に積まれた赤黒い毛皮へ移る。
「お二人で討伐されたのですか?」
「はい。実は、他の傭兵が連れてきたものを、私たちが押しつけられたような形になって……」
ミリーはそこで一度、言葉を切った。
無事に戻れた安堵と、これから話す内容への気まずさが入り混じったような表情を浮かべている。
サビは会話には加わらず、荷台の脇に立っていた。
集まった傭兵たちの中に、不用意に素材へ近づく者がいないか。それだけを静かに見張っている。
サラは二人の傷ついた防具と、荷台に積まれた素材を順に確認した。
「……詳しい事情を伺う必要がありそうですね」
僅かな間を置き、職員としての落ち着いた表情へ戻る。
「まずは素材を検分し、お二人の負傷も確認させてください。報告はその後で構いません」
「重い傷はありません。それより、先に報告をさせてください」
ミリーの声は穏やかだったが、譲る様子はなかった。
「同じことが、別の傭兵にも起きるかもしれませんから」
サラはミリーの表情を見つめ、静かに頷いた。
「……分かりました。では、場所を移しましょう」
ミリーが小さく息を吐く。
周囲のざわめきは、まだ収まっていなかった。