落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
サラがサビたちを搬入口の奥へ案内しようとした、その時だった。
背後から、魔導車の駆動音が近づいてくる。
振り返ると、傷だらけの車体が搬入口へ入ってきた。
荷台には僅かな魔物素材と、壊れた装備が乱雑に積まれている。
乗っていた傭兵たちの姿を見た瞬間、ミリーの表情が変わった。
「あの人です!」
鋭い声が搬入口へ響く。
魔導車から降りようとしていた男たちの動きが止まる。
そのうちの一人が、ミリーとサビを見て露骨に顔を強張らせた。
「……お前ら」
「私たちにゴアグリズリーを押しつけて逃げた人たちです」
周囲のざわめきが、一瞬だけ静まる。
次の瞬間、別の種類の騒ぎが広がった。
「押しつけた?」
「さっきのゴアグリズリーをか?」
男の一人が慌てて手を振る。
「違う! 俺たちは逃げてただけだ! あんな状況で他人を助ける余裕なんかなかった!」
「助けろなんて言ってないでしょ」
ミリーは男たちを真っ直ぐ見据えた。
「私たちが何に追われているのか聞いた時、あなたたちは何も答えなかった。すれ違う直前まで、後ろを確認していたのに」
「聞こえなかったんだよ!」
「目も合ったわ」
男の顔が僅かに歪む。
サビは口を挟まなかった。
ただ荷台の脇に立ち、男たちと周囲の傭兵を静かに見ている。
その視線を受けた一人が、無意識に一歩だけ後ろへ下がった。
「ここでは結論を出しません」
サラが二組の間へ入る。
声は穏やかだったが、遮る余地はなかった。
「双方から、別々に事情を伺います。ゴアグリズリーに遭遇した場所、時刻、逃走経路についても確認させてください」
「……俺たちを疑ってるのか?」
「事実を確認します」
サラが即座に返す。
「ミリーさんからは、既に報告の申し出があります。皆さんにも、本日中に聞き取りへ応じていただきます」
搬入口に再びざわめきが広がった。
やがて、表側へ続く通路から複数の足音が聞こえた。
「随分と騒がしいな」
聞き覚えのある声だった。
サビが視線を向ける。
通路の奥から現れたのは、紺碧の風の装備を身につけた若い傭兵たちだった。
その先頭を歩いていたアルバが、まず自分のクランの構成員へ目を向ける。
次に、荷台を埋める赤黒い毛皮。
最後に、その脇に立つサビを見た。
「一ツ星がゴアグリズリーを倒したって聞いたが」
アルバの目が細くなる。
「……それがお前だったとはな」
アルバは搬入口に集まった者たちを見回した。
荷台を埋める赤黒い毛皮。
その脇に置かれた、傷だらけの巨剣槍。
サビとミリーを挟むように立つギルド職員と、少し離れた場所で問い詰められている紺碧の風の構成員たち。
問い詰められていた男の一人が、助けを求めるようにアルバのもとへ駆け寄った。
「アルバ、聞いてくれ。こいつら、俺たちがゴアグリズリーを押しつけたって言い出してるんだ」
男は早口で事情を説明した。
だが、その内容は、自分たちは魔物から逃げていただけだという主張に終始していた。
サビたちとすれ違ったことも、その時に何を伝えたのかも、曖昧な言葉で濁している。
アルバは男の話を聞き終えると、荷台の毛皮へ目を向けた。
次いで、サビへ視線を移す。
「……こいつらは、押しつけてないって言ってるぞ」
サビは答えなかった。
アルバの目が僅かに細くなる。
「それより、本当にお前らが倒したのか?」
その言葉に、周囲のざわめきが小さくなる。
「一ツ星が二人でゴアグリズリーを討伐したなんて、随分と出来すぎた話だ」
アルバは荷台へ顎を向けた。
「他の連中が弱らせたものを仕留めたか、どこかから素材を横取りしたんじゃないのか?」
サビの眉が僅かに動いた。
だが、何も言わなかった。
「そんな……!」
フードの下で、ミリーは大きく目を見開いた。
言われた意味を呑み込むにつれて、その表情が驚愕から怒りへ変わっていく。
「でたらめを言わないで!」
アルバは嘲笑を浮かべたまま、ミリーには目も向けなかった。
その視線は、真っ直ぐサビへ注がれている。
「随分と必死だな。そこまで騒がれると、余計に怪しく見えてくる」
サビの奥歯が、僅かに噛み合った。
自分を疑われるだけなら、まだ聞き流せた。
だが、あの場で最後まで矢を撃ち続けたミリーまで、嘘をついているように扱われるのは気に入らなかった。
アルバの口元が、さらに歪む。
「昔と変わらないな。自分じゃ何も言えず、また女に庇ってもらうのか」
アルバはミリーを一瞥し、嘲るように鼻を鳴らした。
「あの鱗の女はどうした? もうお前を庇ってはくれないのか」
サビの表情から、僅かに残っていた熱が消えた。
「……試してみるか。今ここで」
思っていた以上に低い声が出た。
口元が僅かに吊り上がり、閉じ切らない唇の間から白い歯が覗く。
「サビ……?」
ミリーが、驚いたようにその横顔を見た。
「ちょっと、待って――」
ミリーが手を伸ばしかける。
しかし、サビはそちらを見なかった。
アルバから目を逸らさないまま、荷台の巨剣槍へ手を伸ばす。
アルバの表情からも、嘲笑が消えた。
剣は入口で預けている。
アルバは両腕を僅かに開き、サビの正面に仁王立ちとなった。
「やる気か?」
低い声と同時に、全身から魔力が立ち上る。
微かな燐光を帯びた魔力が熱気のように周囲へ揺らめき、肩まで流れる金色の長髪をふわりと持ち上げた。
ミリーは二人の間へ視線を走らせ、伸ばしかけた手を強く握り締めた。
サビも荷台の巨剣槍を掴むと、アルバを睨み返した。
それでも、二人の間に満ちた剣呑な気配に、周囲の傭兵たちが僅かに後ずさった。
搬入口を満たしていたざわめきが止まった。
「そこまでです」
二人の間へ、サラの声が割って入った。
大声ではなかった。
それでも、張り詰めた空気を断ち切るには十分だった。
「ギルドの敷地内で、許可なく武器を構えることは認められません」
サラはまずサビへ視線を向ける。
「サビさん。巨剣槍から手を離してください」
サビはしばらくアルバを睨んでいたが、やがて巨剣槍を掴んでいた手を下ろした。
続いてサラは、アルバへ向き直る。
「アルバさんも、魔力を収めてください」
アルバは僅かに眉を寄せたが、腕を組むと纏っていた魔力を霧散させた。
「それと、先ほどの発言についてですが」
二人の様子を確認したサラ、は荷台へ歩み寄った。
「素材の横取りを疑われるのであれば、正式な異議として受理できます。その場合、討伐者について詳しい調査を行います」
「……一ツ星が二人で倒したという方が、不自然ではないのですか?」
「異例ではあります。しかし、不自然であることと、虚偽であることは同じではありません」
アルバは腕を組み、なおも納得していない様子でサビを睨んでいた。
その視線を意に介さず、サラは折り畳まれた赤黒い毛皮を示す。
「ゴアグリズリーの側頭部には、極めて大きな打撃による陥没があります。肩や胴にも、同じ形状の打痕が複数残っています」
その視線が、毛皮の脇へ置かれた巨剣槍へ移る。
「詳しい検分はこれからですが、傷の幅と形状は、サビさんの武器と一致する可能性が高いでしょう」
さらに、毛皮の各所に残された小さな穿孔へ指を向ける。
「こちらは魔力矢によるものです。残留している魔力を調べれば、ミリーさんのものか確認できます」
アルバはそこで初めて、荷台の素材をまともに見た。
大きく潰れた側頭部。
巨大な鉄塊を何度も叩きつけられたような肩と胴。
全身へ刻まれた、無数の矢傷。
それ以外の武器による傷は、見当たらなかった。
アルバの視線が、サビの傷ついた防具へ移る。
歪んだ留め具。千切れた革紐。全身を覆う埃と、乾きかけた血。
その傍らに立つミリーも、同じように戦いの跡を残している。
「なお、正式に異議を申し立てられた場合は、アルバさんの主張も記録されます」
サラは変わらぬ口調で続けた。
「素材の検分、魔力残滓の照合、関係者への聞き取りを行い、その結果に応じて虚偽申告や不当な告発についても判断します」
アルバの眉が僅かに動いた。
「……俺は、可能性を言っただけですので」
「承知しました。では、正式な異議ではないものとして扱います」
サラはそのまま、問い詰められていた紺碧の風の構成員たちへ視線を移した。
「ゴアグリズリーを誘導した経緯については、本日中に個別の聞き取りを行います。後日、紺碧の風の責任者にも同席いただき、改めて事実関係を確認します」
男たちの顔が強張った。
「サビさんとミリーさんは、先に報告をお願いします」
サラに促され、ミリーが歩き出す。
サビはアルバを一度だけ見たあと、何も言わずにその後へ続いた。
アルバは二人の背中を睨みながら、舌打ちをしていた。
◇
ギルドを出た後、アルバたちは都市の中央寄りにある料理店を訪れていた。
外壁部の酒場とは違い、磨かれた石材と濃い色の木材で整えられた店内には、怒鳴り声も酔客の歌もない。
卓上には白い布が敷かれ、銀の食器と薄い硝子の杯が並んでいる。
運ばれてくる料理も、香草を添えた除染済みの魔物肉や、中央帯の農場で採れた野菜を使ったものばかりだった。
同席しているのは、紺碧の風の若い構成員だけではない。
向かいの席には商会ギルド副長の息子が座り、その隣では外壁議会に顔の利く役人が、酒を口にしながら穏やかに話している。
少し前には、店へ顔を見せた有力工房の主人がアルバへ声をかけ、次の討伐で得た素材について優先的に相談したいと告げていった。
店の主人も、アルバたちの卓へ自ら挨拶に来ている。
紺碧の風の期待の新人。
若くして三ツ星へ上がったアルバの名は、傭兵ギルドの外にも少しずつ知られ始めていた。
仲間たちは上機嫌に話し、向かいの役人も次の大規模依頼について何かを尋ねている。
だが、アルバの意識は別の場所にあった。
――一ツ星の二人だけで、ゴアグリズリーを倒した。
それもあのサビが。
聞き間違いだと思った。
何かの偶然か、別の傭兵が瀕死にした個体を仕留めただけだとも。
だが、あの毛皮に残された傷はどうだ。
側頭部を陥没させた一撃。
分厚い毛皮と筋肉を通して、骨まで砕いた打撃。
それを与えたのが、あの魔力の気配すらない赤錆髪の男だというのか。
しかも、あの粗末な防具と妙な武器で。
わずか二人で。
自分が初めてゴアグリズリーの討伐へ参加した時は、どうだった。
紺碧の風のベテランが前衛を固めた。
盾役が攻撃を引き受け、その隙を狙って自分は——。
アルバは咄嗟に思考を打ち切った。
小さな音がして、手元へ目を落とす。
握っていた金属製の杯が、僅かに歪んでいた。
いつの間にか、指へ力が入っていたらしい。
「アルバ?」
隣に座る仲間が、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「何でもない」
アルバは自信をにじませた笑みを浮かべると、杯からゆっくりと手を離した。
卓上では、都市の有力者たちとの会話が続いている。
自分はここまで上がってきた。
実績を重ね、クランに認められ、こうした席へも呼ばれるようにもなった。
そのはずなのに。
脳裏には、粗末な防具のまま巨剣槍へ手を伸ばした、あの男の姿が焼きついて離れなかった。