落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
サラは二人から聞き取った内容と、持ち込まれた素材の記録を一通り確認すると、手元の書類へ最後の記入を加えた。
「では、今回の依頼についてですが――クローエイプの討伐依頼は、達成として処理します」
サビは小さく頷く。
本来の依頼とは随分違う形になったが、少なくとも群れを放置したまま帰ってきたわけではない。
「それに加えて、群れの規模とゴアグリズリーの討伐実績を考慮した追加報酬が支払われます。合わせた査定額は――180万エクスです」
「……180万?」
サビは聞き間違えたのかと思い、サラの顔を見た。
「はい。180万エクスです」
隣に座っていたミリーも、珍しく何も言わずに目を瞬かせている。
二人で分けても90万。
さらに、持ち帰った素材の売却代金は別に加わる。
「そんなに貰えるのか?」
「ゴアグリズリーですから」
サラは当然のことのように答えた。
「通常であれば、三ツ星以上の傭兵を含む複数人での討伐が推奨される魔物です。それが街道の近くまで出てきていた以上、放置されていれば商隊や周辺の集落へ被害が出ていた可能性もあります」
そう言ってから、サラは僅かに表情を緩めた。
「正直に言えば、報告を聞いた時は驚きました。お二人とも無事に戻ってきて、本当によかったです」
「……まあ、結構危なかったけどな」
サビが答えると、ミリーも苦笑する。
「……結構どころじゃなかったでしょう」
素材についても、その場で使い道を相談することになった。
ゴアグリズリーの毛皮は防具の素材として利用できるらしく、サビとミリーは必要な分を手元へ残すことにした。
残る素材については売却し、その代金を二人で分けることになった。
サラは素材に関する記録をまとめると、今度は二人の傭兵証を机の上へ並べた。
「それから、今回の依頼と討伐実績を受けて、お二人のランクを一ツ星から二ツ星へ引き上げます」
「二ツ星……」
サビが傭兵証へ視線を落とす。
初めて依頼を受けたばかりだというのに、もう1つ上のランクへ進むことになるらしい。
だが、サビには少し引っ掛かるものがあった。
「ゴアグリズリーを倒しても、二ツ星なのか?」
サラは不満を向けられたとは受け取らなかったらしい。
落ち着いた様子で頷いた。
「討伐した対象だけを見れば、三ツ星以上の傭兵に相当する功績です」
「なら、どうして二ツ星なんだ?」
「傭兵のランクは、一度の功績だけで決まるものではないからです」
サラは机の上に置かれた記録を指先で揃えた。
「強力な魔物を討伐できることと、継続して依頼を遂行できることは、同じではありません。情報の確認、依頼主との交渉、長期間の移動、護衛対象の管理、危険を避ける判断――ランクが上がるほど、戦闘力以外の能力も求められます」
今回のゴアグリズリーとの戦いも、最初から討伐を計画して挑んだわけではない。
逃げ場を失い、戦うほかなかっただけだ。
「一度の大きな成果だけでランクを引き上げれば、本人の実力以上の依頼を受けられるようになり、傭兵本人だけでなく依頼主まで危険に晒します。そのため、原則として複数回の活動を確認した上で昇格を判断します」
「随分慎重なのね」
「死者を増やさないためには必要なことです」
サラはそう答えてから、僅かに表情を和らげた。
「ただし、今回の討伐が低く評価されているわけではありません」
彼女は二人の記録へ視線を落とした。
「現在のお二人は、形式上は二ツ星です。しかし、ギルド内での評価は三ツ星に近い位置にあります」
「三ツ星に近い?」
「あといくつか依頼を問題なく達成し、今回の戦闘が偶然ではないと確認できれば、通常より早く三ツ星への昇格審査を行えます」
偶然。
その言葉に、サビは僅かに眉を動かした。
ゴアグリズリーを倒せたのが、運だけだったとは思わない。
だが、同じ状況なら必ず勝てるかと問われれば、頷くことはできなかった。
特に危険だったのは、壁や地面との間に挟まれることだ。
横薙ぎなら勢いに流される余地がある。だが、背後に壁がある状態で受ければ、今の防具では身体ごと潰される。
戦いの最中、サビは無意識に壁を背負う位置を避けていた。
加えて、相手の攻撃が体の構造上、横薙ぎに偏っていたことも大きい。
もし狭い場所だったなら。
あるいは、打ち下ろしを多用する相手だったなら。
結果は違っていたかもしれない。
「……分かった」
勝ったのは事実だ。
だが、まだどんな状況でも勝てるわけではなかった。
サビは少し考え、机の上に置かれた二ツ星の傭兵証を見る。
「三ツ星になれば、今より見られる情報も増えるのか?」
「はい。受けられる依頼だけでなく、危険人物や危険地域について開示できる情報の範囲も広がります」
サビの脳裏に、バーグに連れ去られたアオの姿が浮かんだ。
「……バーグについて、居場所や何か新しい情報はないか?」
その名前が出ると、隣にいたミリーの表情も僅かに硬くなった。
サラは以前のやり取りを思い出したように頷く。
「……以前、お尋ねになった賞金首ですね」
「ああ」
「少々お待ちください」
サラは席を立つと、受付の奥にある書類棚へ向かった。
いくつかの記録を確認した後、一冊の薄い帳面を手に戻ってくる。
席へ座り、何枚かページをめくった。
「……申し訳ございません。現在、二ツ星の傭兵へ新たに開示できる情報はありません」
「目撃情報も?」
ミリーが尋ねた。
「はい。少なくとも、お二人の現在のランクでお伝えできるものはありません」
「……そう」
ミリーは短く答え、口を結んだ。
「三ツ星なら分かるのか?」
「開示される情報の範囲は広がります。ただし、対象によっては三ツ星以上でも制限されます」
「……そうか」
サビは傭兵証へ視線を落とした。
バーグを捕まえれば、アオがどこへ連れていかれたのか分かるかもしれない。
一ツ星だった時よりは、少しだけ近づいた。
だが、まだ届かない。
隣では、ミリーも同じように二ツ星の傭兵証を見つめていた。
「……次ね」
「ああ」
しばらくして、サビはサラへ視線を戻した。
「早く三ツ星になるなら、どういう依頼を受ければいい?」
「特定の依頼を達成すれば昇格できる、というものではありません」
サラはそう前置きしてから、少し考える。
「ですが、遠方への護衛依頼は評価材料になりやすいですね」
「護衛?」
「各地からエクスランドへ向かう商隊や、逆に商品を仕入れに出る商隊の移動中、襲撃して来る魔物から、積み荷や商人を守る依頼です」
サラは二人の記録へ目を落とした。
「数日にわたる移動、依頼主との連携、魔物との交戦、危険な場所を避ける判断。討伐依頼だけでは確認しづらい能力を、一度の依頼でいくつも評価できます」
「だから評価されやすいのね」
ミリーが納得したように言う。
「はい。もちろん、無事に依頼を終えられれば、ですが」
サラは僅かに笑った。
「ちょうど今は護衛の募集も増えています。お二人なら、二ツ星向けのものでも条件の良い依頼を紹介できると思います」
サビはミリーを見る。
ミリーも少し考えてから頷いた。
「悪くないんじゃない?」
「ああ」
バーグの情報はまだ得られない。
なら、今は先へ進むしかない。
「サラさん、ありがとうございます。手続きを続けてください」
「はい。それでは、更新の手続きを進めます」
サラは帳面を閉じ、二人の傭兵証を手に取った。
一ツ星として受けた最初の依頼は、クローエイプの討伐だった。
そこから遺跡を見つけ、逃げ込んできた傭兵たちと遭遇し、最後にはゴアグリズリーを倒した。
サビにはまだ、二ツ星という肩書きがどれほどのものなのか実感はなかった。
ただ、自分たちが昨日までとは違う場所に立ったことだけは分かった。
「後は私も、装備を見直した方がよさそうね」
ミリーが自分の弓へ目を落とす。
ゴアグリズリーを相手に、矢の威力が足りなかったことを気にしているらしい。
「ほとんどサビが倒したような物だから、私の取り分は少なくていい――」
「またそれか」
サビが遮った。
ミリーが顔を上げる。
「左目を潰してくれなかったら、俺は死んでた。矢を撃ち続けてくれなかったら、最後まで戦えてねえ」
「でも、最後に倒したのはサビでしょう」
「二人で倒した。さっきも言っただろ」
サビが言い切ると、ミリーはしばらく黙った。
「……分かった。半分ずつね」
「ああ」
向かいに座るサラが、二人を見ながら僅かに目元を和らげていた。
「……何だ?」
サビが怪訝そうに問い返す。
隣を見ると、ミリーは逃げるように視線をテーブルへ落としていた。
「ええ。適切な分配だと思います」
サラは口元に浮かびかけた笑みを隠すように、一度だけ小さく咳払いをした。
それから、妙に満足そうな様子で大きく頷いた。
その後、ゴアグリズリーを引き連れてきた傭兵たちについても、改めて調査結果が伝えられた。
毛皮に残された傷と魔力の残滓から、彼らがゴアグリズリーと交戦していたことは確認された。
さらに、周辺で活動していた傭兵たちの目撃証言から、最初に交戦した場所もおおよそ判明している。彼らはそこからかなりの距離を逃走し、ゴアグリズリーを遺跡の奥まで移動させていた。
「ただし、サビさんたちへ意図的に押しつけたかまでは確認できませんでした」
サラは机の上の記録を閉じた。
「すれ違った際に警告があったかについても、双方の証言が食い違っています。現時点の証拠だけでは、故意による加害として処分することはできません」
ミリーは納得しきれない様子で眉を寄せた。
「……なら、何もなしなの?」
「いいえ」
サラは静かに首を横へ振った。
「自分たちの実力を超える魔物へ不用意に手を出し、討伐や誘導もできないまま、長距離にわたって移動させたことは確認されています」
その指先が、傭兵たちの活動記録へ触れる。
「周辺で活動する他の傭兵を危険へ巻き込んだ以上、今回の依頼評価には相応の減点が行われます。この件も、ギルドと所属クランの記録へ残されます」
「傭兵登録を取り消したりはしないのか?」
「この一件だけで、そこまでの処分にはなりません。ただし、同様の問題を繰り返せば、今回の記録も含めて判断されます」
故意に囮へされたことまでは証明できなかった。
だが、彼らの判断に問題がなかったことにもならない。
ミリーはまだ不満を残した顔をしていたが、やがて小さく頷いた。
サラへの報告と、その後の手続きを終えてギルドを出る頃には、すでに日は沈んでいた。
建物の外へ出ると、昼間とは違うエクスランドの街並みが二人を迎える。
幹線道路に沿って並ぶ街灯には、乳白色の魔力灯がともっていた。一定の間隔で落ちる淡い光が、石と土で固められた道を途切れ途切れに照らしている。
その向こうには、継ぎ接ぎの家々が黒い影となって立ち並んでいた。
窓から漏れる橙色の明かり。
食事の匂いと、家族らしい者たちの話し声。
通りに面した酒場からは、酒に酔った男たちの笑い声が響いている。その声に紛れて、魔石レコード盤の再生する音楽が微かに耳に入ってくる。
店先では二人の傭兵が肩を組み、何がおかしいのか、大声を上げながらふらついていた。
しばらくすると、幹線道路を魔導車が通り過ぎていく。
車体の前面についた2つの魔力灯が闇を切り裂き、低い駆動音とともに遠ざかっていった。
昼の喧騒とは違う。
だが、都市が眠っているわけでもなかった。
戦いも、報告も、周囲の騒ぎも終わり、人々はそれぞれの夜へ戻っている。
サビは傷ついた巨剣槍を肩に担ぎ、ミリーと並んで歩いていた。
ゴアグリズリーの素材は、検分と査定が終わるまでギルドの保管庫で預かってもらうことになった。毛皮や牙のうち、装備へ使う分については、後日改めて工房へ運び出せるらしい。
「180万エクスに加え、二ツ星に上がったのか……」
サビは歩きながら、改めて呟いた。
言葉にしてみても、まだ現実味がなかった。
腰元へ手を伸ばし、新しく渡された傭兵証を取り出す。
登録した時の傭兵証は、表面のくすんだ粗い金属板だった。
だが今手にあるものは、縁や表面も滑らかに磨かれ、星を示す2つの刻印が並んでいる。
重さや大きさも、以前のものとほとんど変わらない。
それでも指先で触れた感触は、まるで別の物だった。
「それ、さっきから何度も見てるわよ」
ミリーが隣から覗き込む。
「本当に変わったのかと思ってな」
「サラさんが目の前で交換してくれたでしょう」
「ああ」
サビは短く答え、もう一度だけ2つの星を確かめてから、傭兵証を腰へ戻した。
グレイウルフ一頭の魔石と素材を売って、3千エクス。
以前の自分なら、その金額だけでも何日暮らせるかを真っ先に考えていた。
だが今回は、その何百倍もの報奨金が支払われるという。
素材の売却代金まで加われば、さらに増える。
「私も、まだ実感がないわ」
ミリーも隣で小さく息を吐いた。
「クローエイプの討伐に行っただけのはずなのにね」
「そっちの方を忘れてたな」
「サラさんに言われるまで、完全に忘れてたわ」
ミリーの口元が僅かに緩む。
サビも、あの魔物たちと戦ったのが随分と前のことのように感じていた。
実際には、まだ数日も経っていない。
「これだけあれば、山分けした後にゴアグリズリーの防具を作っても残るか?」
「たぶんね。私も弓と防具を見直せると思う」
ミリーはそう言ったあと、少し考えるように前を見た。
「生活費も、しばらくは心配しなくてよさそう」
「ああ」
毎日の食事。
防具の修理費。
これまでは何か1つ支払うたびに、残った金を数えなければならなかった。
それが、今日だけで変わった。
サビは肩に担いだ巨剣槍の柄を握り直す。
手に入れた金額よりも、あのゴアグリズリーを倒したという事実の方が、まだはっきりと身体に残っていた。
街灯の下を通るたび、傷だらけの防具と巨剣槍が淡い光を受ける。
その隣を、ミリーが同じ歩調で歩いていた。
「明日は、ゲッテルのところか」
口にしてから、サビは肩の巨剣槍へ目を向けた。
「……こいつも見てもらわねえとな」
ゴアグリズリーとの戦いから帰還し、素材の検分や報告、紺碧の風との騒ぎまで続いたせいで、すっかり後回しになっていた。
刀身の一部が僅かに欠け、その箇所から細い罅が伸びている。
一度気づいてしまうと、無視できる傷には見えなかった。
次に強い衝撃を受けた時、そこから一気に割れる可能性もある。
「ひびが入ってる」
ミリーが足を緩め、巨剣槍を見上げた。
「ああ。戦ってる時に音がした」
「それを先に言いなさいよ」
「色々あったから忘れてた」
ミリーは一瞬、何か言いたげに口を開いた。
「……とにかく、その前に休みなさい。身体中、傷だらけでしょう」
「擦り傷くらいだ」
「打ち身も傷に入るのよ。それに武器まで壊れかけてるじゃない」
サビは答えず、そのまま歩き続けた。
ミリーは呆れたように横顔を見ていたが、やがて諦めたように息を吐く。
二人の前には、魔力灯に照らされた夜道が続いていた。
しばらく歩いたところで、ミリーがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、あのコミックも持って帰ってきたのよね」
「ああ、今日はもう読める気はしないな」
サビは欠伸しながら荷物の中に収めた、傷んだ本のことを思い出した。
遺跡を見つけ、古い店を調べ、ゴアグリズリーに追われて、どうにか生きて戻った。
その間に、クローエイプの討伐依頼まで終わらせている。
「……本当に、色々あったわね」
ミリーが苦笑する。
「ああ。多すぎる」
二人は顔を見合わせると、どちらからともなく小さく笑った。
僅か数日の出来事とは思えなかった。
それでも、傷ついた武器も、持ち帰ったコミックも、隣を歩くミリーもすべて確かな現実だった。
サビは一瞬だけ青い髪の少女を思い出した。
その面影は、夜の街灯の中へ静かに溶けていった。
それでも、サビは前を向いた。
二人はそのまま、魔力灯の並ぶ夜道を歩いていった。