落星の継承者 重量変化だけしか使えない主人公が、バカでかい武器を振り回す話 作:青井リンボ
ミリーとサビは拠点に帰って来ると、一緒に食事をとった。
サビは焼いたゴアグリズリーの肉を放り込むように喰らうと、眠たげな様子で身体を洗い、そのまま寝室へ倒れ込むように戻っていった。
ミリーはその様子を見て、本当に限界近かったのだろうと思った。
帰り道、何度も欠伸を噛み殺していた。
それでも、周囲への警戒だけは一度も緩めなかった。
最後まで、あの人らしいと思った。
ミリーも身体を洗い、自室へ戻る。
大きく息を吐き、ベッドへ腰掛けた。
疲労は強かった。
それでも、すぐ眠れるような気分ではなかった。
ふと部屋の隅へ目を向ける。
そこには、弦楽器が立てかけられていた。
「……弾けてないなあ」
小さく呟く。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
もう、パパとママはいない。
いつだっただろう。
パパが突然、楽器を持って帰ってきた日のことを思い出す。
遺跡から見つかった物で、状態も良いらしい。
——せっかくだから、みんなで一曲くらい弾けるようになろう。
確か、そんなことを言っていた。
でも、最初に楽器を触った時、一番酷かったのはパパだった。
笛を吹けば妙な音ばかり出る。
何度やっても変な音になるものだから、ママとミリーは顔を見合わせて、とうとう我慢できずに笑った。
あの時の、少し困ったようなパパの顔。
今でも覚えている。
ママも最初から上手かったわけじゃない。
何度も間違えて、それでも三人で練習した。
少しずつ音が合うようになって。
いつの間にか、一曲だけなら三人で弾けるようになっていた。
ミリーはゆっくりと弦へ指を置いた。
何度も練習した曲だった。
もう指の動きは覚えている。
けれど、小さく音を鳴らした瞬間、胸の奥に違和感が残った。
昔と同じはずなのに。
あの頃は、もっと楽しかった気がする。
音が下手でも、途中で間違えても、パパとママは笑って聞いてくれた。
「ああ……そうか」
小さく呟く。
「パパとママが、聞いてくれていたから……」
音色が寂しかったんじゃない。
そこにいた人が、もういないのだ。
しばらく、何も考えずに弦を見つめていた。
視界が少し滲む。
けれど、あの日のような苦しさではなかった。
不意に、一人の男の顔が浮かんだ。
「……サビか」
よく分からない人だった。
初めて会った時、サビはパパとママを助けようとはしなかった。
あの時は、そのことがずっと引っ掛かっていた。
目の前で二人が殺されようとしているのに、離れた場所から見ているだけだった。
結局、サビが戦場へ飛び込んできたのも、ファングアントの群れに追われてからだ。
けれど、一緒に行動するようになってから、少しだけ見え方が変わった。
ゴアグリズリーに追い詰められた時、サビは逃げなかった。
逃げ道がなくなり、戦わなければ死ぬと分かった瞬間には、迷わず前へ出た。
自分より遥かに大きな魔物を相手にしながら、ただ無茶をしていたわけでもない。
攻撃を避け、位置を変え、自分の矢まで使いながら、最後まで活路を探していた。
怖くないわけではないのだと思う。
危険が分からないわけでもない。
むしろ、あの人は危険をよく見ている。
だからこそ、どうにもならない時には手を出さない。
けれど、少しでも生き残る道があるなら、迷わずそこへ踏み込める。
そう考えると、あの日のことも少しだけ整理できた。
あの時、サビが考えなしにバーグへ飛び込んだところで、何も変わらなかったのかもしれない。
パパとママを救えず、サビまで殺されて終わっていた可能性もある。
「……」
納得したからといって、何とも思わなくなったわけではない。
それでも、あの時のサビを以前と同じようには見られなくなっていた。
危険を避けようとするけど、追い詰められれば誰よりも危険な場所へ出ていく。
無愛想で、口数も少ない。
何を考えているのか、今でもよく分からない。
「……なんなのかしら」
ミリーは小さく呟いた。
その答えは、まだ見つからなかった。
◇
次の日、サビ達はギルドから引き取ったゴアグリズリーの素材を持って、ゲッテルの工房へ訪れていた。
大袋から出されたゴアグリズリーの素材が、運搬用の荷車の上に広げられていた。
その前には、ゲッテルが立っており、顎髭を撫でる手を止めていた。
隣にはアンナも、普段の眠たげな表情ではなく、眉を上げて口に手を当てていた。
「……本当に、ゴアグリズリーを倒したのか」
「ああ、そうだ」
ゲッテルは、もう一度サビとミリーの方へ眼を向けると、唸りを上げる。
「……仕立て合わせた防具を着て、最初の依頼じゃぞ……」
ゲッテルは手元にある大きくえぐれたヘルムを見やった。
そして、ミリーとサビが身に着けている防具の損傷にも一通り目を通す。
その後、大きくため息を吐いた。
「わしもこんな状況は初めてじゃ。じゃが、まずは無事でよかった」
ゲッテルはそう言うと気を取り直したように、咳払いをした。
サビは呼吸を止めて、僅かに間を置いた。
こうも真っ直ぐ、無事を喜ばれたのはいつぶりだろうか。
その様子に苦笑いを浮かべたミリーが、要件を切り出す。
「という訳で、私は防具の更新をお願いしたいんです。強化銀系の物に変えようかと」
「俺はこいつの素材を使って、全身の防具を作って欲しい」
二人の要望を聞いたゲッテルは、まずは毛皮を拡げると、傷み具合の確認を始めた。
「ふむ。矢傷は多いが、特に問題はないな」
ゲッテルは毛皮を広げ、表裏を確かめながら使える部分を選り分けていった。
その後サビの要望から、ゲッテルは防具の仕様を固めていった。
ゴアグリズリーの毛皮は、並の刃では容易に裂けない強度を持ちながら、加工すれば関節の動きを妨げない程度の柔軟性も残せるという。
そのため、肩や肘、腰、膝といった可動部には、通常の防具よりも広く毛皮を使うことになった。
一方、胴や頭部などの急所には、貧者の暗銀と呼ばれる黒みがかった金属を使用する。
強度の割に安価な金属だが、魔力の馴染みが悪く、身に着けた者が防具へ魔力を通しても十分な強化を得られない。
そのため、本格的な傭兵用防具にはあまり使われていなかった。
だが、通常の魔力強化を使えないサビには関係がない。
魔力との相性を捨て、素材そのものの強度を優先する。
毛皮についても、サビとミリーでは加工方法が異なっていた。
ミリーの防具に使う分は、柔らかくなめしたうえで、毛皮に残った変質魔力を取り除く除染加工を施す。
素材に残った魔力と使用者の魔力が反発すれば、防具へ流した魔力が打ち消され、十分な強化を得られないためだ。
除染によって毛皮本来の強度は幾分落ちるものの、ミリー自身の魔力を阻害せずに通せるようになるため、実際の防御力は高くなる。
対して、サビの防具に使う毛皮には除染加工を行わない。
腐敗を防ぎ、身体の動きに合わせて成形するための最低限の処理だけを施し、ゴアグリズリーの変質魔力を素材の中へ残す。
通常の魔力を防具へ纏わせられないサビなら、残存する魔力との反発を気にする必要もない。そのため、除染による劣化を避け、毛皮本来の強靱さをそのまま利用できるという。
何度かゲッテルと相談を重ねた末、ゴアグリズリーの毛皮と貧者の暗銀を組み合わせた、サビ専用の全身防具を仕立てることになった。
ミリーの防具も、弓を引く肩や腕の動きを妨げない形を維持しながら、除染した毛皮で胸や脇腹、関節部を補強することが決まった。
同じ魔物の素材を使っていても、完成する防具の性質は大きく異なる。
ミリーは自らの魔力を通して性能を引き出す防具。
サビは魔力との相性を無視し、素材そのものの強さだけを突き詰めた防具だった。
まとめた防具の仕様に目を通すゲッテルは、確認を終えたようで大きく頷く。
「かなり重くなるぞ」
「重さなら問題ない」
「そうじゃったな」
即答するサビに、ゲッテルは呆れたように顎髭を撫でた。
「なら、遠慮なく頑丈にしてやる。ただし、完成までは一週間ほど見ておけ」
「そんなにかかるのか?」
「お前さんの防具は、そこらの既製品とは違うからのう」
ゲッテルは広げた毛皮とサビの体を交互に見ながら、頭の中で作業の手順を確かめていく。
「毛皮の裁断と仕立ては、わしとアンナでやる。じゃが、胴鎧やヘルムに使う暗銀の加工は、職人組合の金物屋にも一部を頼まねばならん。うちの道具だけで無理に仕上げれば、かえって強度を落とす」
「ああ。丈夫になるなら構わない」
「そう言うと思ったわい」
細かな寸法や仕様について幾つか確認した後、ゴアグリズリーの毛皮と貧者の暗銀を組み合わせた全身防具を仕立てることが決まった。
費用は、加工費と使用する暗銀等をまとめて、料金40万エクス。
以前の防具の代金を合わせた46万エクスを、サビはその場で支払った。
少し前までは、5万エクスを用意するだけでも手持ちのほとんどを失っていた。
今でも決して安い金額ではない。
それでも、自分の命を守るものだと考えれば、迷う理由はなかった。
「随分と景気がよくなったものじゃな」
「ゴアグリズリーが高く売れた」
「その代わり、命まで売りかけたようじゃがな」
「次は売らないために払ってる」
ゲッテルは一瞬黙った後、喉の奥で笑った。
「違いない」
「前は5万エクスでも頭を抱えてたのにね」
ミリーが感慨深そうに言う。
「そうだったな……」
「ついこの前の話よ」
サビは少し考えた後、曖昧に頷いた。
馴染みのない桁の為、現実味がない。
まだ、半分も使ってないという感覚くらいしかない。
(まだ実感はわかねえな……)
アンナが素材を工房の奥へ運び始める。
その姿を見送ったサビは、店の隅で寝かせている巨剣槍へ目を向けた。
「もう1つ、こいつを直せるところはあるか?」
サビが巨剣槍を持ち上げ、作業台の近くへ運ぶ。
巨大な刀身には新しい欠けが増え、表面には細かな罅が何本も走っていた。
ゲッテルは刀身へ顔を近づけると、金属製の棒で何か所かを軽く叩いた。
低く濁った音が工房に響く。
何度か場所を変えて叩いた後、ゲッテルは難しい顔で首を横に振った。
「こいつは、普通の鍛冶屋でも厳しいな」
「直せないのか?」
「ちょっとした金物なら、わしでもどうにかできる。じゃが、こいつは大きすぎる。さらに、中に何か仕込まれとる可能性もある。下手に熱を入れれば、今より酷くなるぞ」
サビは巨剣槍の刀身へ目を向けた。
「なら、どこへ持っていけばいい」
ゲッテルは腕を組み、しばらく考え込む。
「職人組合に知り合いがおる。建物の梁や、魔導車の骨組み、大型機械の部品を加工しとる工房じゃ。あそこなら、この大きさを固定できる設備くらいはある」
「建物を作る工房で、武器を直すのか?」
「この大きさになれば、剣より梁に近いからのう」
ゲッテルは巨剣槍の分厚い刀身を指で叩いた。
「確かに、普通の剣よりは建物の一部に見えるわね」
ミリーが巨剣槍の先端を見上げながら呟いた。
「武器だ」
「分かってるわよ」
ゲッテルは二人のやり取りを聞き流しながら、作業台の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「直せるかどうかは、向こうの職人に見てもらわんと分からん。少なくとも、普通の鍛冶屋へ持ち込むよりは可能性がある」
工房の名前と、ゲッテルからの紹介であることを簡単に書きつけ、サビへ差し出す。
「受付でこれを見せろ」
サビは紙を受け取ると、不慣れな文字が並ぶ表面へ目を落とした。
「場所は?」
「ここから職人街を南へ進め。大きな煙突が三本並んでおる工房じゃ。入口に、歯車と槌を組み合わせた看板が出とる」
「ああ。分かった」
サビは紹介状を懐へしまい、再び巨剣槍を肩へ担いだ。